苛酷環境に挑む土木技術

土木技術資料 50-1(2008)
特集:明日の社会を切り開く土木技術研究
苛酷環境に挑む土木技術
熊谷守晃 *
2.2 小樽港百年耐久性試験 1 )
1.はじめに 1
廣 井 勇 博 士 に よ り 1896年 ( 明 治 29年 ) か ら 始
北海道は積雪寒冷地であり、年間降雪日数は
められた小樽港コンクリート長期耐久性試験(通
100日を超え、最低気温も-10℃を下回るなど、
称 「 百 年 耐久 性 試 験 」)は 、 コ ン クリ ー ト の長 期
厳しい気象条件下にある。そのため、橋梁などの
挙動に関する連続的な試験としては世界最長のも
土木構造物の建設や保全管理に際しては、寒さや
のである。
雪に強い材料や工法を用いなければならず、温暖
地域とは異なる土木技術が必要である。
また、北海道には泥炭性軟弱地盤が広く分布し
ており、道路盛土や河川堤防の建設にあたっては
軟弱地盤対策を講じなければならない。
さらに北海道は急峻な地形が多く、各地域を結
ぶ主要な道路は海岸線や山岳部の急崖斜面に沿っ
た路線が多いことから、地質に応じた岩盤斜面崩
壊対策を検討実施する必要がある。
2.次世代型超耐久性コンクリートの開発
写真-2
小樽港百年耐久性試験のモルタル供試体
2.1 苛酷環境にある北海道のコンクリート構造物
北海道は、厳しい積雪寒冷環境にあると共に、
一連の試験結果から、長期にわたるモルタル供
周りを海で囲まれている。また、冬期には円滑な
試体の強度の増加は、セメントが粗粒であったこ
交通を確保するため、道路に塩化物系の凍結防止
とによる水和反応の持続と、火山灰のポゾラン反
剤が散布されている。
応効果であることが明らかになった。
このことは、北海道のコンクリート構造物が極
さらに、コンクリートの真に長期的な耐久性を
めて苛酷な環境に置かれていることを意味してい
考えるためには、セメントの形態と鉱物組成に関
る。北海道のコンクリート構造物の耐久性に関し
する検討が必要であることが確認された。
ては、凍害と塩害、およびそれらの複合劣化が大
2.3 次世代型汎用超耐久性コンクリートの開発
土 木 学 会 コ ン ク リ ー ト 標 準 示 方 書 が 、 平 成 11
きな課題と言える。
年度版として大幅に改訂された。仕様設計から性
能設計へ転換され、凍害や塩害に対する耐久性の
規定が強化された。そのため、厳しい環境下では、
これまで用いられてきたコンクリートだけでは長
期耐久性を確保することが困難となった。
その対策として、従来のコンクリートの耐久性
を大きく超える次世代型汎用超耐久性コンクリー
トの開発に取り組んだ。
小樽港コンクリート長期耐久性試験から得られ
写真-1
た教訓と技術的状況を考慮して、ビーライト系セ
橋梁地覆コンクリートの複合劣化
────────────────────────
Civil Engineering Technology for challenge to severe
environment
メントに着目し、このセメントが有する多様な性
能を明らかにするため、粒度や鉱物組成の改質を
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土木技術資料 50-1(2008)
行い、それらを用いたコンクリートの基本特性に
2.0
スケーリング量(g/c㎡)
ついて広範な検討を行った。
また、耐久性向上の観点からは混和材の利用が
有効と考え、ビーライト系セメントの一部を比表
面積の異なる高炉スラグ微粉末で置換したコンク
リートについても検討を行った。
水結合材比=40%
試験溶液
3%NaCl溶液
1.6
改質ビーライト
従来ビーライト
普通セメント
高炉B種
1.2
改質+スラグ6000
0.8
(スラグ置換率60%)
0.4
その結果、高微粉末化したビーライト系セメン
0.0
トに高炉スラグ微粉末(以下「スラグ」とい
0
う 。) を 加 える こ と で、低 発 熱 ・ 高強 度 ・ 高流 動
を可能とする新しいセメントを創製するに至った。
50
100 150 200 250
凍結融解サイクル(回)
図-2
なお、産業副産物であるスラグの利用は、循環
300
ビーライト系セメントを用いた
コンクリートのスケーリング抵抗
型社会の形成に寄与するだけでなく、セメント製
造に伴う二酸化炭素の排出抑制を可能とするなど、
2.5 北海道から発信する世界基準の技術
このように、開発したセメントを用いることで、
環境負荷低減の面からも極めて有用と考えられる。
多様な要求性能に応じたコンクリートの製造が可
2.4 高強度・高耐久性を実現
開発したセメントを用いたコンクリートの強度
能となる。近い将来このようなセメントが実用化
されることにより、コンクリートの耐久性の劇的
および耐久性の試験結果の一例を紹介する。
図 - 1に 圧 縮強 度と 材齢 の 関係 を示 す。 これ か
な向上が期待される。
ら、ビーライト系セメントの高微粉末化(以下
これは世界に先駆けて北海道で取り組んだ技術
「改質ビーライト」という。)や粉末度の異なるス
であり、コンクリート分野で北海道から世界へ発
ラグを組み合わせることにより、初期や長期の強
信した世界基準の技術と言える。 2 )
度発現性を多様化できることがわかる。
3.大規模岩盤斜面崩壊対策 3)
100
北 海道 では 、平 成 8年の 豊 浜ト ンネ ル崩 落事 故
従来ビーライト
80
圧縮強度(MPa)
3.1 岩盤斜面崩壊
改質ビーライト
水結合材比=40%
普通セメント
60
の 後 にも 、島 牧村 第 2白糸 ト ンネ ル、 北見 市北 陽
高炉B種
地区、えりも町などで、大規模岩盤崩壊や落石等
改質+スラグ6000
40
の道路災害が続いており、このような災害に対す
改質+スラグ8000
る道路の安全性向上が強く求められている。
(スラグ置換率60%)
20
0
1
10
100
材齢(日)
図-1 ビーライト系セメントを用いた
コンクリートの圧縮強度
図 - 2に 塩 水を 用い た場 合 のス ケー リン グ抵 抗
性を示す。高炉B種セメントは一般に遮塩性が高
いことが知られているが、スケーリング量は最も
多くなった。これに対し、改質ビーライトとスラ
グを組み合わせた場合、スケーリングが極めて抑
制されることが明らかとなった。
写真-3
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大規模な岩盤斜面崩壊
土木技術資料 50-1(2008)
3.2 道路防災工の合理化・高度化
今後も得られた知見を基に、衝撃実験や数値解
落石等が想定される場合の対策の一つに、道路
析等を実施し、性能照査型設計法の確立や、適切
防災工(落石覆道や落石防護擁壁など)があり、
な終局耐力の評価手法の開発、既設構造物の合理
現在これらは許容応力度法で設計されている。
的な補修・補強工法の開発を目指し、研究の推進
既設の道路防災工において、設置後の点検等に
に努める所存である。
より、設計時の規模を上回る落石等が見込まれた
地盤線
場合における、適切かつ合理的な終局耐力の評価
置換工
手法や補修・補強工法はまだ確立されていない現
支持層
状にある。
床掘
ライン
従来工法
このため、道路防災工の性能照査型設計法(限
飛散防止材
敷砂
RC版 三層
EPS
界状態設計法)の確立や、適切な終局耐力の評価
手法の開発、既設構造物の合理的な補修・補強工
法の開発等を目指し、道路防災工の合理化・高度
支持層
化に資する研究を実施している。
覆道上の三層緩衝構造
3.3 実構造物への重鎮落下衝撃実験
落石衝撃を受けた場合の道路防災工の挙動を解
明 す る た め 、 RCア ー チ 構 造 物 に 対 し 落 石 を 模 擬
した重錘落下衝撃実験を行った。
地盤線
図-4
床掘
ライン
杭付落石防護擁壁
研究開発成果の一例
4.おわりに
実験は小型模型だけではなく、実大規模の部材
寒地基礎技術研究グループは、このように気象
試 験 体 、 さ ら に は 廃 道 区 間 の 実 構 造 物 ( RCア ー
条件、地形・地質条件的に苛酷な環境下における
チ 構 造 の ト ン ネ ル 巻 出 工 )( 図 - 3) に つ い て も
土木技術について、構造、材料、土質、基礎、地
実施しており、その挙動の解明が進展しつつある。
質の各分野で研究開発を進め、土木構造物の建設
や保全管理に貢献すべく鋭意努力している。
重錘
落下
参考文献
得られた伝達衝撃応力データの例
図-3
1) 長 瀧 重 義 監 修 : コ ン ク リート の 長 期 耐 久 性 [ 小 樽
港百年耐久性試験に学ぶ]、技報堂出版、1995.1
2) 名 和 豊 春 、 吉 田 行 : 高 炉 ス ラ グ と 合 体 し た ビ ー
ラ イ ト 系 セ メ ン ト - 北 海道発 世 界 基 準 の 高 強 度 ・
高 耐 久 性 コ ン ク リ ー ト 用セメ ン ト の 開 発 - 、 土 木
学会誌,pp.31-32,2007.1
3) 今 野 久 志 ほ か : 道 路 防 災 工 の 技 術 開 発 、( 社 ) 土
木 学 会 北 海道 支 部 創立 70周年 記 念 誌 、 pp.64-67、
2007.11
廃道区間の実構造物への重錘落下衝撃実験
3.4 研究成果と今後の展望
これまで、敷砂緩衝材よりも緩衝・分散性能に
熊谷守晃 *
優 れ た 砂 ・ RC版 ・ EPS( 発 泡 ス チ ロ ー ル ) か ら
なる三層緩衝構造や、支持地盤が深い場合や用地
制約がある箇所でコスト縮減等に寄与する杭付落
石防護擁壁、RCやPC構造に比べ軽量で靱性に富
む鋼・コンクリート合成落石覆道(サンドイッチ
覆 道 )な ど数 々の 研究 開発 を 行っ てき た( 図- 4
参照)。
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独立行政法人土木研究所
寒地土木研究所
寒地基礎技術研究グループ長
Moriaki KUMAGAI