2016 その先を知りたい - J-PARC

季刊誌
04
NO.
JAPAN
PROTON
ACCELERATOR
RESEARCH
COMPLEX
2016
特集
ハドロン実験施設 研究者インタビュー
素粒子・
原子核の
標準理論
その先を知りたい
小松原健
山本剛史 高橋俊行
目 で 覚 える
素粒子・ハドロン・原子核
ハドロン
素粒子(クォーク)
グザイ粒子
原子核
K 中間子
ボトムクオークとトップクオーク
シグマ粒子
ラムダ粒子
パイ中間子
ストレンジクォークとチャームクォーク
中性子と陽子
ダウンクオークとアップクオーク
目で 覚 える
素粒子・ハドロン・原子核
クォークは現在 6 種類が見つかっており、それらが複数組み
器を用いて人工的に大量に作り出す必要があります。
合わさったのが「ハドロン」です。
「ハドロン」には様々な種類
加速した陽子のビームを金標的に当てると、様々な粒子が
がありますが、私たちの身近な世 界(地上)の物質は「陽子
発生します。この中から実験に必要な粒子を選び出して使
と中性子」からできています。
(ハドロンの表、下段左の 2 つ)
用します。粒 子によっては生 成 確 率が非 常に小さなものも
陽子や中性子以外のハドロンは、宇宙線で生成されても短
あるの で、大 量 の 粒 子を生 成 できる J-PARC の 大 強 度 陽 子
い時間しか存在しないので、実験に使用するのには向いて
ビームが必要なのです。ハドロン実験施設では特に、ストレ
いません。これらのハドロンを実験に用いるためには、加速
ンジクォークを含むハドロンの研究を行っています。
素粒子・
原子核の
標準理論
その先を知りたい
現在 J-PARC のハドロン実験施設には 3 本のビームラインが設置されており、様々な実験研究が行われ
π中間子が作られ、これら中間子を利用して素粒子や
ています。大強度の陽子ビームからは K 中間子、
原子核の世界を研究し、私たちの知の領域を拡げようとしています。
Interview
小松原 健
J-PARC 素粒子原子核ディビジョン 副ディビジョン長
中性 K 中間子稀崩壊実験 (KOTO=K0 at TOkai)
粒子の数を増やして世界で勝負
す。J-PARC の敷地内には直径 500m もの大きな
1000 回やれば 10 回、10000 回やれば 100 回見る
見の粒子が関係しているのかもしれません。起
います。
̶̶ もし新粒子が見つかったら、またノーベ
ル賞も有り得る ?
円形加速器があって、その中で陽子をグルグル
ことができます。
こる割合にズレがあるかどうかはまだ分かり
数百億回もやるとなると、データの取り方に
̶̶ ハドロン実験施設というのは何をす
回して加速。30GeV(※) まで加速したところで
私が行っている「中性K中間子の稀崩壊実験」
ませんが、私たちはあるだろうと思っています。
は工夫が必要です。全ての反応データを収集
るところですか?
加速器リングから取り出して、標的にぶつけま
は、まさにそういうものです。中性 K 中間子 (※)
実はこれと同じようなことが、以前にもあり
す。このときに生まれるのが、K 中間子などの
が崩壊するとき、大体は 3 つの中性パイ中間子
ました。1964 年、K 中間子の崩壊において、
「CP
「本物」らしい現象だけを上手に選択しなけれ
ノーベル賞クラスだとは思いますが、時間はか
目的は、素粒子と原子核について調べること
粒子。これを複数のエリアに導いて、様々な実
に変わったりするパターンなのですが、極めて
対称性の破れ」と呼ばれる、粒子と反粒子 (※)
ばなりません。条件を厳しくし過ぎると本物
かるでしょう。小林・益川理論にしても、理論
です。
験を同時に行っています。
まれに、中性パイ中間子とニュートリノ 2 つに
の振る舞いの違いが見つかったときです。こ
を取りこぼす可能性があるし、逆に甘すぎると
を実験で確かめて、受賞までに30年以上かかっ
物質は全て原子からできています。でも原
※GeV= ギガ電子ボルト。エネルギーの単位で、
変わるパターンがあると考えられています。
の事象は、それまでの理論では全く説明できま
処理がオーバーフローする。これをうまくや
ています。私たちの場合も、実験で新粒子を見
子がこの世界の最小構成単位ではなくて、原子
これが大きいほど高速。
※電荷がゼロの K 中間子 (K0)。K 中間子には、電
せんでした。
るのが腕の見せ所です。
つけたと言っても、それを確認するのにさらに
荷がプラスの K+ とマイナスの K- など合計 4 種
※素粒子に働く 4 種の力のうちのひとつ「弱い
類がある。
力」がわずかに CP 対称性を破ることが発見さ
はさらに、中心の原子核と周りの電子に分かれ
ます。原子核の中には陽子と中性子があって、
̶̶ 加速器と言えば欧州の LHC が有名ですね。
それぞれ、クォークと呼ばれる素粒子 3 つで構
この割合は、数 100 億回∼数 1000 億回に 1 回。
れた。
成されています。そのほかクォーク 2 つででき
エネルギー的には LHC の方が 3 桁も上ですが、
気が遠くなるほどの低さです。私の実験では、
当時、クォークはまだ 3 種類しか見つかって
ている中間子というものもあります。
J-PARC の加速器には、粒子の数がすごく多い
この現象を見つけようとしているんです。
これまでの研究によって、素粒子や原子核の
という特徴があります。エネルギーを高くす
振る舞いについては、大体のことは分かってき
るためには加速器を大きくする必要があって、
ていますが、それでもまだ良く分かっていない
LHC は山手線のような巨大サイズになってい
ことがたくさんあります。それを実験によっ
ます。日本でそんなものは作りにくいですが、
て確かめようとしているのがこの施設です。
リングが小さくても、工夫すれば粒子の数は増
現在、素粒子や原子核の世界をうまく説明で
やせるんです。
きる理論として「標準理論」というものが確立
̶̶ どうやって実験をするんですか ?
宝くじに当たるよりも難しい?
̶̶ 最後に、若い人へのメッセージをお願い
̶̶ そんなに滅多に起こらないことが、なぜ
提唱された小林・益川理論です。そしてその後、
意味のあるものにするのであれば、少なくとも
研究者のイメージとはかけ離れているかもし
重要なのですか ?
本当にこれらのクォークが発見され、標準理論
10 回、将来的には 100 回くらいのデータが欲し
れませんが、実験は結構ハードです。加速器の
に繋がっていきました。
いところ。実験としては、長丁場になります。
実験が始まると、24 時間連続運転になるため、
ノーベル賞を目指して
̶̶ さらに粒子の数を増やすようなアップグ
には厳しいし、苦労も大きいけど、自分の作っ
レード計画は ?
た装置がうまく働くと、本当に嬉しい。この仕
̶̶ しかしそこまで起こる割合が低いと、見
( 約 333 億分の 1) のはずです。でも、実際に実験
つけるのは大変そうですね。
で割合を調べてみて、それより大きかったり小
さかったりしていたら、どうでしょうか。
私たちの実験に必要な粒子は、寿命が極めて短
̶̶ 標準理論が間違っている ?
します。
8 時間交替のシフトを組んで臨みます。体力的
る現象が起きる割合は 3×10 のマイナス 11 乗
でしょうか。
起こすことができます。すると、起こる割合が
「たまたま」と言われませんか ?
1 つだけでは十分ではありません。統計学的に
̶̶ 粒子が多いと、どんなメリットがあるの
粒子が多ければ、それだけたくさんの反応を
でその結果です。
まず確実に 1 つ見つけたいとは思いますが、
験であれば、ビンの中の試薬が使えます。でも、
いるわけではありません。なので、実験の材料
何年もかかるでしょう。ノーベル賞は、あくま
̶̶ 苦労してやっと見つけても、1 回だけだと
いなかったのですが、もし 6 種類あればこの事
生活の中には無いということです。化学の実
いということもあって、普段その辺に存在して
標準理論と違うものを発見できたらそれは
象をうまく説明できるとしたのが、1973 年に
しています。この理論によると、私が探してい
まず難しいのは、実験で使う " 材料 " が日常
すると処理が追いつかなくなってしまうので、
事は、好きであればすごく楽しめる分野だと思
加速器の強化や測定器の大型化も考えてい
います。
ますが、まずは現在の加速器と測定器で 10 の
体力的にきついこともあって、この分野は女性
はい。少なくとも、数百億回以上の崩壊を
マイナス 11 乗くらいまで調べて、見つかるか
が少ないのですが、いつまでもそんな研究分野
させる必要があります。まだ本格的にデータ
どうか調べたいです。まだ 1 回も見つかってい
でいいのかと話はしていて、みんなで改善しよ
を取り始めてから 1 年くらいしか経っていま
ないのに、いきなり「100 回見つけます」と言っ
うとしています。このことに限りませんが、前の
せんが、これには 3∼5 年くらいかかりそうで
ても、信用してもらえません。どうしても大き
世代の方々が我々にしてくれたように、次の世
を創るところから始めることになります。
低い現象でも見つけやすくなります。たとえば、
正しくは、標準理論にプラスアルファの何か
す。ちなみに今までの実験結果から、割合が
なお金がかかるので、段階を踏んで進める必要
代のために研究の環境を整えるのが私の役目だ
そのために必要なのが加速器という装置で
100 回 に 1 回 し か 起 き な い よ う な 現 象 で も、
がある、ということです。もしかしたら、未発
10 のマイナス 8 乗より小さいことは分かって
があります。
と思っています。ぜひ一緒に仕事をしましょう。
未知の領域を知りたい
Interview 2.
山本 剛史
ハイパー核の研究は、宇宙の“ある天体”
にも 密 接 に 関 わって い ると いう。ハ イ
パー核の研究はこの先どう進んでいくの
ハドロン実験施設では、様々な実験が行
か。将来の展望について、 J-PARC 素粒
われている。そのうちの 1 つ、
「 ハイパー
子 原 子 核 ディビジョン ハドロンセクショ
核ガンマ線分光実験」( E 13 実験)では、
昨年、世界初の大きな発見があったとい
う。どんな実験だったのか、研究メンバー
で あ り 東 北 大 学 博 士 研 究 員(イ ン タ
ビュー時/現在は J-PARCセンター素粒子
原子核ディビジョン ハドロンセクション)
の山本剛史氏に話を聞いた。
̶̶まず実験のタイトルにある「ハイパー核」
ンの高橋俊行氏に話を聞いた。
予想外のことが
起きて欲しい
Interview 3.
高橋 俊行
解することです。そのためのツールがハイパー
違いがある理由については現在議論中で、まだ
̶̶ハイパー核について、これからどんな実験
またダブルハイパー核を作る方法は、ラムダ粒
ただその理論では、太陽の 2 倍も質量があった
を行う予定ですか ?
子を 2 個入れるだけではありません。s クォー
場合、潰れてブラックホールになってしまうは
クを 2 個含むグザイマイナス粒子を 1 個入れる
ずなのですが、最近、宇宙で 2 倍質量の中性子
核。u クォークと d クォークのほかに、s クォー
結論は出ていません。今回はヘリウムを使い
クも入れることで、別の角度から核力を調べら
ましたが、今後、もっと大きな原子核で同様の
私たちの身近に存在する原子の原子核は、すべ
れるようになるんです。ただ s クォークの寿命
実験を行おうと考えています。大きな原子核
J-PARC ではこれまで、ストレンジ (s) クォーク
方法もあります。このハイパー核はなかなか
星が見つかりました。これは理論とは合わな
て陽子と中性子からできています。たとえば
は、10 の マ イ ナ ス 10 乗 秒 程 度 と 極 め て 短 い。
になると、陽子 / 中性子とラムダ粒子の間の距
が 1 個だけ入ったハイパー核が対象になって
観測できなかったのですが、以前筑波の実験で
いので、もしかしたら超高密度のところではラ
ヘリウムの原子核は、陽子と中性子が 2 個ずつ
すぐに崩壊してしまうため、実験が難しくなっ
離が離れるので、距離によって核力がどう変わ
いましたが、加速器や検出器の整備が進んでき
使った写真乾板を新手法で再解析したところ、
ムダ粒子やグザイマイナス粒子の間に強い斥
といった感じですね。ハイパー核と対比する
ています。
るか調べられます。それにより、この謎を突き
て、ようやく、これが 2 個になったダブルハイ
窒素の原子核にグザイマイナス粒子が束縛さ
力が働くのかもしれません。これを議論する
詰めて行きたいですね。
パー核について実験できるようになってきま
れた状態が見つかりました。
ためにはもっと実験が必要です。
̶̶グザイマイナス粒子とはどんな粒子です
̶̶宇宙まで関わってくるとは面白い研究で
か?
すね。
世界的にもほとんどなくて、ヘリウム原子核に
陽子や中性子よりも重く、マイナスの電荷を
はい。1 つの実験で全ての謎が解ける学問では
とは何か教えてください。
意味で、これは通常核と呼ばれます。でもハイ
パー核には、陽子と中性子以外に別の粒子が混
̶̶どんな実験を行ったんですか ?
混じる粒子としては、たとえばラムダ粒子があ
した。今まさに始まったばかりで、5 月末から
̶̶山本さんはまだ若いですが、いつからこの
じっているんですよ。
私たちの実験では、液化したヘリウムに K 中間
検出器を立ち上げているところです。
実験に関わっているのですか ?
ります。この粒子は、陽子や中性子と同じく
子をぶつけて、原子核の中性子を 1 つラムダ粒
ク ォ ー ク 3 個 で 構 成 さ れ ま す が、ア ッ プ (u)
子に入れ替えたヘリウム 4 ラムダというハイ
クォークとダウン (d) クォークだけの組み合わ
パー核を作りました。ここから放出されるガ
は昨年ですが、プロジェクトとしては 10 年く
ラムダ粒子が 2 個入ったヘリウム 6 ダブルラム
持った粒子です。ちょっとややこしいですが、
ないので、今後も、対象を変え、切り口を変えて、
せである陽子や中性子と違い、ストレンジ (s)
ンマ線のエネルギーを調べることで、中性子・
らい前から始まっていて、私が研究者としての
ダが唯一確実と言われています。歴史的に、ハ
これが窒素の原子核に入っているため、原子核
様々な実験を行っていきます。現実的に今で
クォークを含んでいます。s クォークが入った
陽子とラムダ粒子との間の相互作用を精密に
スタートを切ったのはちょうどその頃でした。
イパー核は日本の得意分野になっていて、独壇
の電荷は 1 つ減って、化学的には炭素と同じに
きるのは s クォークが 2 個までですが、将来的
原子核がハイパー核ということになります。
測定することができました。
それからずっと準備してきたので、実験が非常
場とも言えるんですが、このダブルハイパー核
なっているはずです。ただし寿命が極めて短
には 3 個 4 個とさらに増やしていきたいですね。
に待ち遠しく、昨年はついに念願が叶って本当
も、J-PARC の前身である筑波の加速器で確認
いので、原子の化学的性質を調べる間もなく崩
それによって、核力の起源や性質の理解に繋が
に嬉しかったです。
できた成果なんです。
壊してしまうのですが。
るでしょう。
のハイパー核である水素 4 ラムダについては、
̶̶研究者になったきっかけは何かあります
̶̶ラムダ粒子が 2 個になると、何が分かるの
̶̶s クォークが安定して存在することはない
原子核の分野では、まだまだ予想通りにならな
陽子と中性子がバラバラにならず、原子核とし
以前行われた実験の結果があるのですが、それ
か?
でしょうか。
のでしょうか。
いことの方が多いですが、だからこそ面白い。
てまとまっていられるのは、粒子が核力 ( 強い
との間に明確な違いが見られたのです。従来、
力 ) によって束縛されているからです。この核
陽子と中性子は核力としては同じと考えられ
大学の講義で、原子核にはいまだに分からない
ラムダ粒子が 1 個だけだと、ラムダ粒子同士に
太陽よりもっと大きな恒星が超新星爆発を起
聞いたときには、本当にワクワクしました。や
力は、ありふれた存在の陽子と中性子の間の相
ていて、私たちも変わらないだろうと思ってい
ことが多いと知ったのが大きかったですね。
働く核力は分かりませんね。2 個になって初め
こしたときにできる中性子星は、宇宙で最も高
ればやるほど謎が増えていく感じではありま
互作用についてはかなり正確に分かっている
た た め、こ ん な に 大 き な 差 が あ っ た こ と に
そんなに分からないものなら、その道に進んで
て調べることができます。実験で確認するまで、
密度な物質です。従来、中性子星は中性子だけ
すが、これからもたくさん予想外のことが起き
のですが、クォークの種類を変えた粒子だとど
ショックを受けました。
未知の領域を楽しみたいなと。私たちの研究は、
引力なのか斥力なのかすらも分かっていませ
の集まりだと考えられていましたが、最新の理
て欲しいですね。
自分達で検出器を作って、自分達で実験するス
んでしたが、これにより引力であることが確認
論 で は、中 心 部 の 超 高 密 度 な と こ ろ に は、s
̶̶従来の常識を覆す発見ですね。でもどう
タイルです。それが肌に合っていたというの
できました。
クォークが現れてくると言われています。こ
してなんでしょう。
もありますね。
̶̶ハイパー核を使って、何が分かるのでしょ
この結果、面白いことが分かりました。ヘリウ
うか。
ム 4 ラムダの陽子と中性子を入れ替えただけ
うなるのか、あまり分かっていませんでした。
私たちの研究の目的は、この核力をより深く理
実はダブルハイパー核を実験で確認した例は
大学 4 年生からです。実験そのものを行ったの
山本さんが紹介した E13 実験の結果を初めて
こには、安定して存在しているはずです。
2016 No.04
表紙/強い力で結びついた K 中間子のイメージ CG 裏表紙/ハドロン実験施設の実験で用いられている測定装置
季刊誌 J-PARC No.4 2016 年 10 月発行(年 4 回発行) 発行/ J-PARC センター 〒319-1195 茨城県那珂郡東海村大字白方 2-4 http://j-parc.jp
編集/ J-PARC センター広報セクション 企画・編集/森田 大介(Mac.H Graphicarts)
・大塚実
CG 制作/宮崎 剛(デジタルスタジオジャパン) デザイン/吉田達也・甘利瑞絵(Mac.H Graphicarts)