コメディカルと人工心臓要素技術

●特集「わかりやすい人工心臓の要素技術」
コメディカルと人工心臓要素技術
杏林大学保健学部臨床工学科
福長 一義
Kazuyoshi FUKUNAGA
1.
ると同時に,就学,就業復帰を可能とする高度先端医療機
心臓移植と補助人工心臓
器である。心臓移植の待機中にもかかわらず,社会復帰で
1997 年に臓器移植法が施行され,脳死からの心臓移植が
きることは,劇的な QOL(quality of life)の向上である。一
可能となった。その後,2009 年に法律が改正され,移植の
方で,VAD 装着患者の活動度の増加と共に,様々なリスク
適応が拡大されたものの,現在でもドナー不足は深刻であ
が増加することは想像に難くない。
る。日本では,心臓移植までの待機期間は平均 1,000 日弱,
【人工心臓装着患者の安全管理制度】
待機中の人工心臓による補助期間は平均 850 日を超えてい
VAD 治療が,病棟から,外来・在宅にシフトしたことで,
るのに対して,米国ではそれぞれ 60 日,50 日程度である。
これまで以上に VAD 装着患者の安全管理にチーム医療が
ただし心臓移植後の 10 年生存率でみると,国際心肺移植学
重要となり,コメディカルスタッフの役割の重要性が増加
会統計では 5 割程度であるのに対して,日本の成績は 9 割
している。そこで,関連 4 学会 1 研究会が主導で人工心臓
を超えている(日本心臓移植研究会 2012 年のレジストリ)
。
管理技術認定士制度(受験資格は経験 3 年以上の臨床工学
すなわち,日本はドナーが少なく待機期間が長期であるに
技士,看護師)が発足し,医師の指示のもとで行う補助人
もかかわらず,移植後の成績は非常に良いということにな
工心臓症例の危機管理に関する技能・知識をもつ専門家を
る。これは移植治療技術のみならず,移植までの橋渡し(ブ
育成している。
リッジ)が良好に行われているからであろう。
人工心臓は,副作用や機器の障害が生じた場合に,生命
さて,日本では 1990 年に世界に先駆けて体外設置型の
や健康に重大な影響を与える恐れがある高度管理医療機器
補助人工心臓(VAD: ventricular assist device)が販売承認
(クラスⅣ)であり,医療機器として承認を得るために,ヒ
されるなど,人工心臓研究および臨床使用の歴史は長い。
トでその安全性と有効性を確かめる治験(臨床試験)が行
しかしその後,1997 年の臓器移植法施行まで心臓移植がで
われている。治験は 4 施設 6 例で限られた期間で実施され
きず,また海外の最新人工心臓が承認されない(デバイス
るが(国内治験の植込み型 VAD の観察期間は,欧米にな
ラグ)時期が続き,VAD の臨床使用は一部の施設に限られ
らって 180 日),国内での移植待機期間を鑑みると,より長
年間数十例程度であった。近年,心臓移植の成績が明らか
期の治療成績の追跡が必須である。そこで,VAD 治療のリ
になるとともに,国内メーカが主体となって開発された植
スクとベネフィットを明確化するために,患者プロファイ
込み型 VAD が保険収載されるなど,日本の人工心臓治療は
ル,装置パラメータ,生存期間,QOL などを精査する必要
新たな局面を迎えている。
がある。そのため日本では,補助人工心臓市販後レジスト
植込み型 VAD は,移植しなければ救命し得ない重症心不
リ(J-MACS: Japanese Registr y for Mechanically Assisted
全患者に対して提供心臓が現れるまでの自宅待機を実現す
Circulator y Support)が 2010 年より稼働しており,基本的
に全例のデータが登録されている。
■著者連絡先
杏林大学保健学部臨床工学科
(〒 192-8508 東京都八王子市宮下町 476)
E-mail. [email protected]
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2.
人工心臓を知るということ
後述するように,VAD はその目的や,ポンプ性能(動脈
人工臓器 43 巻 1 号 2014 年
圧 100 mmHg に対して流量 5 l/min)は同じであるにもかか
わらず,様々なポンプが応用されている。さらに同じ遠心
ポンプであっても,軸受のクールシールシステムやインペ
ラの磁気浮上など,応用されている技術が異なる。現段階
では VAD の標準的な方式はなく,故に装置毎に取り扱いの
図 1 人工心臓の分類
注意事項も異なる。そのため,VAD 治療の安全な施行には,
装置に用いられている要素技術の基礎や原理を知った上
で,個別の VAD の特徴を熟知し,適切に対応することが求
薬物療法や再生医療などと併用して自己心回復まで心臓を
められる。
また,人工心臓管理技術認定士を目指したり,J-MACS
休ませるため(BTR: bridge to recovery)や,移植適応外患
のデータ入力やトラブルなどの有害事例報告書を理解した
者などの長期在宅治療(DT: destination therapy)へと適応
りする上でも,VAD に用いられている要素技術の基礎知識
が拡大している。ただし,日本では BTT までしか保険適応
が有用である。
されていない。
VAD には,機械的可動部や電子部品の耐久性,植込むた
現在,日本で保険収載されている主な VAD を表 1 に示し
めの小型化,そしてポンプを稼働させるためのエネルギー
た。体外設置型(extracorporeal)として,空気で駆動する
源といった工学的課題に加え,血液適合性や植込みに係る
拍動流式の VAD が市販されている。このポンプは,血液室
解剖学的適合性,さらには生体に最適な血圧・血流制御な
と空気室を隔てるダイアフラムと,血液を一方向に流す人
どの医学的課題もある。
工弁を 2 つ有しており,空気の流入,流出によって血液室
人工心臓分野に携わる研究者(学生,初学者)は,これら
の容積を変化させて拍動流を駆出する(図 2A)。体外設置
の課題に立ち向かい,システムとして完成度の高い人工心
型は,ポンプを植込まないため体格の小さな患者にも適応
臓の研究開発を目指すと同時に,臨床で VAD に係わる医療
が可能だが,太いカニューラ 2 本が皮膚を貫通するため感
関係者は,VAD の工学的特性とこれらの課題を熟知した上
染のリスクが高い。ポンプが体外に剥き出しなことと,空
で,VAD 装着患者の安全管理に取り組んでいただきたい。
気駆動装置が大型であることもあり,基本的に入院治療と
3.
なる。ただし,キャリアバッグ程度の大きさの空気駆動装
人工心臓の分類と主な補助人工心臓
置〔モバート NCVC(泉工医科工業株式会社)〕も実用化さ
人工心臓の分類を図 1 にまとめた。人工心臓は,部位で
分類すると自己心と置換する完全人工心臓(TAH: total
れており,一時帰宅や散歩などに活用されている。
植込み型(implantable)の主流は,小型化が可能なロータ
ar tificial hear t,日本語では全人工心臓とも呼ばれている)
リーポンプ(rotar y pump)を用いた連続流式(continuous
と,自己心の心房または心室から血液を吸引して動脈に送
flow)の VAD である。植込み型では体内にポンプを植込め
血する VAD に分類される。国内では TAH は研究段階であ
るポケットを確保できる体格が必要である。現在,臨床応
る。VAD は,左心室(体循環)を補助する LVAD と右心室(肺
用されているのは,体内に血液ポンプを植込み,皮膚を貫
循環)を補助する RVAD がある。両方に VAD を装着する場
通するケーブルで体外のコントローラおよび電源と接続す
合は両心補助(BiVAD)と呼ぶ。RVAD 単独で用いられるこ
るタイプである(図 2B)
。また,バッテリや駆動制御装置
とは少なく,LVAD 装着後の右心不全に対して BiVAD とし
を全て体内に植込む「完全植込み型(total implantable)」の
て用いられることが多い。現在は,基本的に LVAD として
VAD や TAH(図 2C)は臨床使用されたものもあるが,未だ
性 能 を 発 揮 す る 人 工 心 臓 や,体 外 循 環 用 遠 心 ポ ン プ を
開発途上である。植込み型は体外設置型に比べ皮膚を貫通
RVAD として使用している。血液ポンプには,原理的に拍
するケーブルが細くなるため感染リスクが低下する。また,
動 流(pulsatile flow)を 生 み 出 す 容 積 置 換 型 ポ ン プ
電気で駆動するため駆動装置が小型となることに加え,空
(displacement pump)と,連続流を生み出すロータリーポ
ンプ(rotary pump)がある。
開発当初の補助人工心臓は,開心術後の低心拍出量症候
群(LOS)に対して一時的(temporar y)に用いられたが,そ
の後より長期に用いられるようになり,心臓移植を待つ間
の循環補助として(BTT: bridge to transplantation),または
※ 植込み? それとも埋込み?
Implantable という用語の日本語表記は統一されておらず,「植
え込み」または「埋め込み」のどちらも使用されている。さらに
「え」や「み」の送りがなの有無もまちまちである。概ね,厚生
労働省(薬事法)では「植込み」が,経済産業省では「埋込み」が
使用されているようである。
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表 1 日本で保険収載されている主な補助人工心臓(2014 年 1 月現在の情報)
製造販売業者
様々なポンプの分類方法
製品の写真
名称
通称
装着・設置方法
特徴
ニプロ株式会社
拍動流式ポンプ
ニプロ補助人工心臓
容積置換型ポンプ
東洋紡,ニプロ VAS
ダイアフラムポンプ
※1
体外設置型(ポンプ体外・駆動装置体外) 空気駆動
株式会社サンメディカル技術研究所
連続流式ポンプ
EVAHEART®
ロータリーポンプ
エヴァハート
遠心ポンプ
植込み型(ポンプ体内・駆動装置体外)
クールシールシステム
テルモ株式会社
連続流式ポンプ
DuraHeart®
ロータリーポンプ
デュラハート
遠心ポンプ
植込み型(ポンプ体内・駆動装置体外)
磁気浮上式インペラ
ニプロ株式会社
連続流式ポンプ
HeartMate Ⅱ®
ロータリーポンプ
ハートメイト・ツー
軸流ポンプ
植込み型(ポンプ体内・駆動装置体外)
世界使用実績最多
センチュリーメディカル株式会社
連続流式ポンプ
Jarvik
※2
※3
※4
ロータリーポンプ
2000®
ジャービック 2000
軸流ポンプ
植込み型(ポンプ体内・駆動装置体外)
コンディット一体型
※5
写真提供元
※ 1 ニプロ株式会社,※2 株式会社サンメディカル技術研究所,※3 テルモ株式会社,※4 Thoratec Corporation/ ニプロ
株式会社,※5 センチュリーメディカル株式会社。
(A)
(B)
(C)
図 2 血液ポンプおよび周辺装置の設置方法による分類例
(A)体外設置型 VAD,(B)植込み型 VAD,(C)完全植込み型 TAH 。
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気駆動装置よりもメンテナンスが容易になるため在宅療養
250μm 浮いて回転している。本特集の「電磁力応用 ─モー
が可能となる。ただし,植込み型 VAD 治療での在宅療養は,
タと磁気軸受─」
(p.66)では人工心臓用モータと磁気浮上
血液抗凝固管理や様々なトラブルへの対処など,患者や家
技術を紹介する。
3) 人工心臓用軸受
族の管理能力,地域医療との連携が必須である。
VAD 治療では血液の抗凝固管理は必須である。手術中
物を一定の場所で回転させるには,その回転軸を支える
はヘパリンなど,体外循環と同じ抗凝固法が採用されるが,
軸受が必要となり,多くの場合ボールベアリングが用いら
術後は主にワルファリンの経口投与で抗凝固管理される。
れる。人工心臓のインペラの回転はどのように支持されて
抗凝固療法の効果判定指標には PT-INR(prothrombin time-
いるのだろうか。実は,人工心臓の構造は用いる軸受の種
international normalized ratio)が用いられ,通常 2 ∼ 4 程度
類と仕組みにより決定されるといっても過言ではない。本
にコントロールする(デバイスや患者の状態によって異な
特集の「機械軸受と流体軸受」
(p.70)ではロータリーポン
る)
。ワルファリンを用いた抗凝固療法は定期的な血液検
プの耐久性,信頼性に大きな影響を与える軸受技術を紹介
査を実施する必要があり,在宅患者が自己測定するための
する。
血液凝固測定装置〔コアグチェック XS(エーディア株式会
4) 人工心臓の制御
社)
〕が市販されている。
自然心臓は神経因子と液性因子の調整を受け,生体の状
J-MACS 有害事象判定委員会の報告(「植込型補助人工心
況に合った心拍出量を駆出している。人工心臓装着患者に
臓にかかる有害事象判定結果等について」2012 年 12 月版)
おいても,自然心臓と同様に,人工心臓の至適な制御なく
によれば,2010 年 6 月∼ 2012 年 12 月までの 146 例(植込み
して患者は生存できない。そこで本特集の「人工心臓の制
型 68%,体外設置型 32%)の VAD 装着患者において,その
御技術」
(p.75)では,TAH と VAD について,人工心臓の循
中で起きた有害事象 158 件(60 症例)の主な内訳は,装置の
環生理学と制御技術について紹介する。
不具合 45%,主要な感染 32%,神経機能障害(塞栓症など)
5) 溶血と血栓
16%,大量出血 7%であった。
人工心臓装着患者の血液は,大きな外力(血流のせん断
4.
応力)を受けると赤血球の膜が破れ溶血が起こり,異物(人
要素技術
工物)に触れたり血流のよどみにより血液凝固による血栓
1) 人工心臓用ポンプ
が形成される。そこで本特集の「溶血と血栓」
(p.78)では,
遠心ポンプも軸流ポンプも同じロータリーポンプである
人工心臓と切っても切り離せない溶血と血栓について紹介
が,血液駆出の原理は全く異なる。また,ロータリーポン
プを用いた VAD では脈がなくなると言われていた時代も
する。
6) 人工心臓用電池
あったが,ポンプ特性曲線の傾きが緩やかなポンプでは非
人工心臓のエネルギー源は電気であり,人工心臓を駆動
常に大きな脈流を得ることができる。本特集の「遠心型ポ
するには充電式電池(二次電池)が必要不可欠である。二
ンプと軸流型ポンプ」
(p.61)ではポンプの原理やその特性
次電池は化学反応により充電と放電を行うもので,人工心
について紹介する。
臓の安全な稼働には,電池特性を十分に理解して電池を上
2) 人工心臓用モータ
手に使用する必要がある。本特集の「人工心臓と二次電池」
生 体 の 心 臓 の 仕 事 率 を 換 算 し て み る。 平 均 血 圧 100
mmHg(13.33
kPa = 13.33×10 3
平均流量 5 l/min(83.33
N/m2)の動脈に向かって
ml/s = 83.33×10 − 6
m3 /s)を拍出
すると,
(p.82)では,人工心臓に関連する二次電池の知識を紹介す
る。
7) 人工心臓の完全植込み化技術
植込み型 VAD は臨床で大きな成果を上げているが,ケー
13.33×10 3 ×83.33×10 − 6 = 1.11
ブルの皮膚貫通部からの感染症が問題となっている。この
N・m/s
= 1.11 J/s = 1.11 W
問題を解決するにはケーブル皮膚貫通部をなくす完全植込
となる。つまり,心臓は 1 秒間あたり 1.11 J の仕事をして
み型 VAD の開発が必要である。そこで本特集の「人工心臓
いる。体内に植込み可能で,10 年に及ぶ長期間,心臓と
の完全埋込み化技術」
(p.86)では,人工心臓の完全植込み
同等の仕事をする人工心臓用モータとはどのようなものな
化に必要となる非接触電力伝送および情報伝送の技術を紹
のだろうか。
介する。
また,リニア中央新幹線は軌道上を 10 cm 程度浮上して
走行するが,磁気浮上式 VAD(DuraHear t ®)はインペラが
8) 安全性評価
人工心臓は医療機器のなかでもリスクが高く,設計,開
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発,非臨床試験,臨床治験,承認,そして保険適応に至るま
で,実に多くの時間,コスト,人材をかけて安全性評価が
行われている。これらの評価に基づいて装置が提供され,
使用方法が定められているにもかかわらず,臨床現場での
安易な思いつきによる装置の改造や使用方法の変更は重大
事故につながることは明白である。本特集の「人工心臓の
安全と評価」
(p.89)では,人工心臓治療の土台を支える安
全性評価について紹介する。
5.
③ 許 俊鋭編:補助循環マスターポイント 102.メジカ
ルビュー社,東京,2009
④ 高 野 久 輝: そ こ が 聞 き た い !! 補 助 循 環. メ ジ カ ル
ビュー社,東京,2010
⑤ 澤 芳樹:研修医 , コメディカルのためのプラクティ
カル補助循環ガイド.メディカ出版,大阪,2007
⑥ 関口 敦,四津良平編:サーキュレーション・アッ
プ・トゥ・デート 増刊 ─基礎知識から最新の動向ま
で─ 決定版 病棟必携! カラーで診る 補助循環
参考書の紹介
マニュアル.メディカ出版,大阪,2010
① 日本人工臓器学会編:増補新訂版 人工臓器は,いま
⑦ 澤 芳樹監修:重症心不全の治療 ─補助循環・人工
─暮らしのなかにある最先端医療の姿.はる書房,東
心臓・再生医療の実際.学研メディカル秀潤社,
東京,
京,2013
2010
② 日本人工臓器学会編:人工臓器イラストレイティッ
ド.はる書房,東京,2007
60
本稿の著者には規定された COI はない。
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