IoT のインダストリ分野への適用と今後の AI への期待

医療情報学会・人工知能学会AIM合同研究会資料 SIG-AIMED-002-15
IoT のインダストリ分野への適用と今後の AI への期待
Application of IoT to Industrial Areas and Expectations of AI for the Future
吉本
敦 1,2
内藤
Atsushi Yoshimoto1,2
潤 1,3
Jun Naito1,3
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㈱電通国際情報サービス
Information Services International – Dentsu Ltd.
Abstract: Due to the evolution of the networking and sensing technologies, all of the things with communication
capabilities are connected to the Internet, which is called IoT : Internet of Things. IoT is getting popular and is being
applied to the industrial areas. Germany has initiated national efforts toward the forth industrial revolution (Industry
4.0). In US, GE and some major IT companies has formed a consortium named IIC:Industrial Internet Consortium.
Compared to Germany and US, Japan is behind in this area, but starting in 2015, it has initiated collaboration with
industries and universities such as IVI : Industrial Value chain Initiative.
One of the main application areas of IoT is the maintenance and services of products and facilities. In this presentation,
the US activities by the NSF I/UCRC for Intelligent Maintenance System (IMS) and its case study are introduced. In
addition , some IT technologies to realize IoT, which is named “Digital Twin” or “Cyber Physical System”, are
introduced. Finally, expectations of AI from the manufacturing industry for the future and some issues are mentioned.
1.はじめに
ネットワークや無線など通信技術の目まぐるしい
発達、センサーの高性能化・小型軽量化などにより、
あらゆる「もの」がネットワークに繋がり始めてい
る。この事は、一般には「もの」のインターネット:
Internet of Things と呼ばれており、こうした動きが、
インダストリー(製造業)にも広がりつつある。
製造業大国であるドイツは、官民を挙げて推し進
める国家的戦略「インダストリー4.0(第四次産業革
命)
」を提唱し、世界の産業界に影響を与え始めてい
る。また、米国では GE や主要 IT 企業を中心にイン
ダストリアル・インターネット・コンソーシアム
(IIC:Industrial Internet Consortium)の活動が始まっ
た。こうした欧米の動きに対し、日本の取り組みは
遅れていたが、漸く 2015 年度より産学官が連携した
活動が始まった。本講演では、製造業を取り巻く大
きな環境変化や各国の動向について述べる。
IoT の主要な適用分野の 1 つとして、保全・保守
の領域がある。米国では、国立科学財団(NSF:
National Science Foundation)が進める産学連携活動
の 1 つである IMS センター(Center for Intelligent
*2 連絡先:取締役 常務執行役員
*3 連絡先:戦略ビジネス推進本部
〒108-0075 東京都港区港南2-7-1
E-Mail: [email protected]
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Maintenance Systems)で研究され実務への適用が進
んでいる知的保全(Intelligent Maintenance)の具体的
な事例を紹介する。
また、IoT の環境が整備・確立されると、実際の
製品(もの)がバーチャル空間で連動するモデルが
作成され、製品開発・保全・サービスなどに革新を
もたらす。こうした IT システムは、デジタル・ツイ
ン、又はサイバー・フィジカル・システム(CPS : Cyber
Physical System)と呼ばれている。デジタル・ツイン
や CPS を実現するための IoT ツールの紹介を行う。
最後に、IoT 環境でのインダストリーの AI への期
待と課題について述べる。
2.いま世界で起きていること
世界の製造業は大きな転換期を迎えようとしてい
る。これまではネットワークやインターネットに接
続されるものは PC・サーバー・プリンタなどの情報
機器がメインであった。これに家電やスマートフォ
ンが加わり、現在ではセンサーが組み込まれ通信機
能を持つ様々な設備や製品が繋がり始めた。
調査会社の IDC によると、2015 年時点でインター
ネットに接続していた 103 億個のデバイスが、2020
年には 295 億個を超え、IoT の市場規模は 1 兆 7,000
億ドルに及ぶと発表している。
IoT が発展している背景には、ネットワークや無
線など通信技術の目まぐるしい発達、センサーの高
性能化・小型軽量化、コンピュータリソースの価格
下落などがある。IoT では、世の中に存在する様々
な「もの」に通信機能を持たせ、インターネットに
接続し相互に通信することにより、自動認識や自動
制御、遠隔監視や計測などを行う。こうした環境下
で、製造業の競争は、製品自体の販売競争に留まら
ず、アフターマーケットでのサービスを含めた付加
価値提供の競争へと移行しつつある。
医療の分野でもフィールドで稼働する医療機器の
稼働状況を遠隔で監視するサービスを提供し、最適
な保守部品の提供やタイムリーなサービス員の派遣
を行っている例がある。
また、各国の状況を見ると、製造業大国であるド
イツは、官民を挙げて推し進める国家的戦略「イン
ダストリー4.0(第四次産業革命)」を提唱し、米国
では GE や主要 IT 企業を中心にインダストリアル・
インターネット・コンソーシアムの活動が始まって
いる。欧米の動きに対し、これまで日本の取り組み
は遅れていたが、2015 年度より IVI(Industrial Value
chain Initiative)など産学官が連携した活動が始まっ
た。
3.IoT のインダストリーへの適用事例
製品や生産設備から集められた「ビッグデータ」
を有効に活用する分野の 1 つとして、保全・保守の
領域がある。米国では、2001 年以降アメリカ国立科
学財団が主催する産学連携活動の 1 つである IMS セ
ンターで、知的保全及びそれに関連する分野の研究
が進んでいる。
シンシナティ大学の Jay Lee 教授をリ
ーダーに、ミシガン大学、ミズーリ大学、テキサス
大学が参画している。産業側はボーイング、GE、GM、
フォード、P&G などの米国企業の他に、日本、ヨー
ロッパ、台湾、中国の企業がこれまでに 80 社以上が
参加している。
IMS センターで採用されている知的保全を実現す
るまでのプロセスを要約すると以下の様になる。一
連のデータ処理の一部は、現在は主に統計解析ソフ
トウェアなどを使用して行われているが、今後は AI
に置き換わる事が期待される。
1. データ収集:製品や設備に取り付けられたセ
ンサーやコントローラーからデータを収集
する。
2. 信号処理:振動に起因する故障モードの場合
など、必要に応じてフーリエ変換等の信号処
理を行う。
3. 特徴量抽出:信号処理したデータや時系列デ
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ータのマイニングを行い対象設備や製品の
ヘルス状態を示す特徴量を抽出する。
4. 状態診断:抽出された特徴量データの分析を
行い、初期の劣化や変調の兆候の有無をチェ
ックする。
5. 性能劣化傾向予測:劣化や変調の兆候がある
場合には、性能劣化の傾向予測や残寿命の予
測を行う。
6. 故障診断:どの部品やコンポーネントに不具
合があるのかを特定する。最終的に、部品調
達や交換までにかかる期間やコスト的な影
響等のリスクを考慮し、レーダーチャートな
どユーザーに分かり易い形式で伝達する。
7. 意思決定:こうした情報を基に、人間が検査
作業・保全実施に関する意思決定を行う。
こうした手順でデータ処理・分析を実施した日米
企業での事例を紹介する。
4.IoT の実現を支援する IT 技術
現在の製品ライフサイクルは、製品設計→試作機
作成→実験/評価→市場リリース→ユーザー使用→
サービス実施の流れである。ここでは製品開発に関
連するデータは上流工程から下流工程へ一方に流れ
るだけである。これからは、ユーザーが実際にフィ
ールドで製品を使用した稼働データを、3 次元モデ
ルに反映させたり、AR(Augmented Reality)の技術
を用いて稼働データの可視化がフィールドで可能と
なる。
これにより、メーカーは顧客がどの様に製品を使
使用しているのか双方向・リアルタイムで把握出来
る様になり、より良い製品の開発や新たなサービス
のビジネスモデルを構築する洞察や情報を得る事が
出来る。
例えば CAE による解析業務では、これまでは典型
的な使用パターンと想定される条件で解析を実施し
ていた。しかしながら、その条件は必ずしも実際の
使用条件とは限らない。これからは実機(物理的・
フィジカルに存在する製品)にセンサーを取り付け、
収集したデータをクラウドなどにあげ、サイバー空
間上で実際の稼働に近い条件での解析・シミュレー
ションがリアルタイムで可能となる。これによりユ
ーザーの要求に応えた製品の開発が出来るようにな
る。
実際の製品(もの)がバーチャル空間で連動する
モデルが作成され、製品開発・保全・サービスなど
に革新をもたらす。こうした IT システムは、デジタ
ル・ツイン、又はサイバー・フィジカル・システム
と呼ばれている。今後はこの様なシステムが普及す
る事が予想される。
ソリューション、IT ソリューション企業総覧 (2015
年)
[3] Jay Lee and Edzel Lapira:Industry 4.0 とサイバー・フ
ィジカル・システム時代、ISID Interface No.55 (2014
5.今後の AI への期待と課題
年)
インダストリーから AI への期待は、企業活動(設
計・生産・流通・サービス等)の最適化、製品・設
備の不具合予兆の検出、省エネ、自動運転/インテリ
ジェンス化、安全性/セキュリティの確保、大量の情
報から知識・知恵の抽出など、多岐にわたる。既存
の IT 技術では、今後さらに膨大化が予想されるデー
タを的確・迅速に分析する事が難しいケースがある。
こうしたケースで、AI を適用し、新たな価値創造を
素早く実現するニーズは増々高まるであろう。AI の
開発に従事する研究者には、アルゴリズムの高度
化・精度向上が期待される。また、AI 技術を簡単に
適用出来る仕組みやインフラの構築も重要である。
その一方で、日本の AI への取り組みは諸外国に比
べ遅れ気味であり、人材の育成が今後の大きな課題
である。
6.終わりに
IoT とは、ハードウェアがネットワークに接続さ
れ、ソフトウェアと組み合わされた状態の事である。
こうした環境で収集したビッグデータを活用し、新
たな価値を創造することが真の目的である。
日本ではデータの分析者や AI 技術の開発者など
人材育成の面で大きな課題を抱えるが、データを利
活用し、ビジネスに役立てる流れが今後進むことは
間違いないであろう。
謝辞
この講演の機会をご提供頂いた島根大学の津本教
授に心より御礼を申し上げたい。また、知的保全の
コンセプトを提唱し、米国 IMS センターでの先進的
な研究内容をご教示頂いているシンシナティ大学の
Jay Lee 教授。デジタル・ツインの紹介資料を提供頂
いた PTC ジャパン㈱様にこの場を借りて厚く御礼申
し上げる。
参考文献
[1] Jay Lee:インダスストリアル・ビッグデータ 第 4
次産業革命に向けた製造業の挑戦、日刊工業新聞社
(2016 年)
[2] 吉本敦:日本の「モノづくり力」を向上させる ICT
03-3
[4] 新日鐵住金株式会社:製鉄現場のビッグデータ解析、
ISID Interface No.56 (2015 年)