スポットライト 第5世代移動通信システム(5G)等 新しい無線システムの高周波数帯利用へ向けて 日本電信電話株式会社 NTTアクセスサービスシステム研究所 無線アクセスプロジェクト 研究員 さ さ き もとはる 佐々木 元晴 1.ITU-R SG3の役割とその重要性 このような中でも、 近年では第5世代移動通信システム (5G) 新規無線方式への周波数割当を議論する際には、既存方 に関連する議論が行われており、特に5Gでの利用が検討 式との周波数共用へ向けた干渉検討が重要である。ITU-R されている高周波数帯(6GHz ~ 100GHz)の電波伝搬特 SG3(International Telecommunication Union Radio- 性の検討が盛んである。WP3Kでは、5Gと関連の強い高 communication Sector Study Group 3)は、決議ITU-R 4 周波数帯(6GHz ~ 100GHz)における屋外/屋内での伝 において「電離媒質・非電離媒質中における電波伝搬並 搬特性推定法に関する勧告を管轄していることから、5G びに電波雑音特性に関する研究」を遂行することになって の周波数割当を議論する2019年のWRC-19へ向けてその活 おり、周波数共用へ向けた干渉検討に必要な電波伝搬に 動が著しく活発化している。 関する勧告を策定・維持することで、他SGの検討を支援 本稿では、SG3活動の一環として、WP3Kで主に推進さ している。図1にITU-Rの構成の概略を示す。ITU-Rには れている5Gへ向けた高周波数帯関連の検討内容を中心に、 SG1 ~ SG7までが構成(SG2は欠番)されており、WRC VHF(Very High Frequency)及びUHF(Ultra High (World Radiocommunication Conferences)では各SGの 検討結果をもとにRR(Radio Regulations)の改訂作業を 行う。ここで、SG3の役割は電波伝搬特性の勧告化により 他SG検討を支援することである。SG3での電波伝搬特性 の検討に基づいて各SGにおいて周波数共用検討が行われ、 その結果がWRCでの議論、及びRRの改訂につながる。 RRの改訂結果は世界的な無線通信の利用へ影響を与える こととなり、電波法などの国内法へも反映されることとな るため、SG3における電波伝搬特性の検討はSG全体を支 える重要な活動と言える。図2のように、ITU-R SG3は4つ のWP(Working Party)で構成されており、降水の影響 や回折理論といった基本伝搬から、電離圏伝搬、雑音特性、 地上伝搬や衛星伝搬まで、その検討範囲は多岐にわたる。 ■図1.ITU-Rの構成 36 ITUジャーナル Vol. 46 No. 11(2016, 11) ■図2.SG3を構成するWPの担務内容 Frequency)帯の長距離伝搬モデルなど、様々な伝搬特性 大気減衰、降雨減衰といった基本的な伝搬特性に関する 推定法に関する研究動向について紹介する。 勧告と、その適用周波数帯について整理された。そのほか に5Gへ関連する勧告や報告は表に示すように整理されてお 2.5Gへ向けた高周波数帯に関する検討動向 り、地上系無線システムの干渉評価法や、地上-宇宙間の WRC-19での5Gの周波数割当へ向けて、WRC-15におい 伝搬特性推定法に関するものなど評価法や推定法に関す て5G時代の新規周波数候補として24 ~ 86GHz帯が定めら るものがまとめられている。この中でも、5Gの利用環境へ れた。この広範な周波数候補について既存方式との周波 適用可能な伝搬特性推定法がまとめられている勧告につい 数共用・干渉検討を行うために、SG5では利用周波数帯を ては、これらの勧告を扱うSWG(Sub-Working Group)3K-3 検討する時限の研究グループであるTG5/1(Task Group において検討が進められることとなった。勧告 ITU-R 5/1)が新規に設置された。TG5/1における共用検討を行 P.1411( 屋 外 短 距 離 シ ステ ムの 伝 搬 推 定 法 ) や 勧 告 うために、SG3には当該周波数で共用検討に利用可能な伝 ITU-R P.1238(屋内システムの伝搬推定法)については、 搬モデルが要求されている。TG5/1の活動計画に合わせ、 高周波数帯への拡張が特に重要であるとして、CG3K-6に 2017年3月31日がその期限である。このようなTG5/1の活 おいて次回会合までに検討を推進することが確認された。 動計画に鑑み、SG3では前回会合(2016年6月)にて今後 また、これ以外に干渉検討で重要な伝搬特性であるとして の活動計画が確認された。その中では、P Series(伝搬特 CG3K-3M-12では地物(建物や地形)によって発生する伝 性関連)の勧告(Recommendation)のうちTG5/1へ情報 搬損失であるクラッターロス、JCG3J-3K-3Mでは建物侵入 入力すべき勧告について整理されたほか、さらなる検討が 損失について、次回会合での新勧告化へ向けて検討が進 必要な勧告や報告(Report)について次回会合までの検討 められることとなった。そこで、本章では勧告 ITU-R 計画が確認された。通常、 SG3関連会合は年に1回開催(SG P.1411、クラッターロス、建物侵入損失の検討内容につい 会合は2年に1回、WP会合は1年に1回開催)であるが、勧 てそれぞれ述べる。 告改訂及び承認作業を加速するために2017年3月の追加開 催が決定された。検討対象となった勧告については、次回 2.1 勧告 ITU-R P.1411 会合までCG(Correspondence group)におけるメールや 勧告 ITU-R P.1411は屋外短距離システムの伝搬特性推 電話会議での議論が活発に行われることとなる。前回会合 定法についてまとめた勧告であり、対象周波数は300MHz ではTG5/1へ情報入力すべき勧告として自由空間損失や ~ 100GHzである。対象距離範囲は1km以下であることか ■表.5G関連の勧告及び報告 ITUジャーナル Vol. 46 No. 11(2016, 11) 37 スポットライト ■図3.勧告 ITU-R P.1411のストリートキャニオンモデルと日本寄書(2 ~ 37GHzの評価結果) ら、高周波数帯をスポット的に利用することが想定される 5Gと関連の深い勧告である。現状では掲載される伝搬モ デルが対象周波数である上限100GHzに満たないモデルも 多いことから、適用周波数帯の拡張が検討されているとこ ろである。前回会合における検討例を紹介する。 前回会合では、ストリートキャニオン環境でのモデルに ついて適用周波数の拡張を提案する複数の寄与文書が入 力された。ストリートキャニオン環境とは、都市部のよう な比較的高い建物が立ち並び、送受信アンテナの設置さ れた道路(ストリート)を囲む渓谷(キャニオン)のよう になっている地形を指す。都市部における無線基地局の設 置状況としては一般的であり、5Gへ向けた検討環境とし ても重要と考えられる。図3に本環境の勧告 ITU-R P.1411 ■図4.勧告 ITU-R P.1411のサイトジェネラルモデルに関する寄 書の例 のモデルと日本寄書の例を示す。本モデルでは送受信アン テナ間に見通しのあるLoS(Line-of-Sight)領域から見通 精度良く推定できていることが分かるが、現状ではどのモ しの無いNLoS(Non-Line-of-Sight)領域へ移行する際に デルを採用するかの合意には至っていない。また、各国で 伝搬損失が大きく減衰するモデルであり、現勧告の周波数 異なる周波数帯の測定データが寄与されていることから、 上限は16GHzである。日本寄書をはじめとした提案により、 これらの測定データを統合することで1つのモデルを導出 前回会合では38GHzまでの拡張がほぼ合意されたが、さら すべきとの意見も挙がっているが、データやモデルの統合 なる周波数拡張が期待されている。 方法についても未だ合意には至っていない。これらは次回 前回会合では、新たに勧告 ITU-R P.1411におけるサイ 2017年3月会合へ向けて現在もCG3K-6において議論されて トジェネラルモデルの拡充について議論がなされた。干渉 いるところである。 評価のためには送受信アンテナ間の距離のみから伝搬損失 を推定可能なサイトジェネラルなモデルが重要視されてい 2.2 新勧告 ITU-R P.[Clutter] る一方で、現行勧告にはそのようなモデルは無い。そこで、 地上無線システムに関する複数の勧告にはクラッターロ 近年多数の研究組織や3GPP(Third Generation Partnership ス(Clutter loss)という伝搬損失を用いた推定法が記載 Project)等から報告されているサイトジェネラルモデルの されている。クラッターロスとは、図5のようにアンテナ周 1つであるCIモデルやABGモデルを基本とし、各国から多 辺の地物(建物や地形)による反射や散乱によって生じる 数提案された。図4はサイトジェネラルモデルに関する日 伝搬損失であり、勧告 ITU-R P.452(地上システム間の干 本寄書の例である。日本寄書では0.8 ~ 37GHzの測定デー 渉評価法)などを中心に長距離伝搬を扱う多数のITU-R勧 タから導出したCIのモデルが提案されており、測定結果を 告で利用されている。他システム間の干渉評価を行う上で 38 ITUジャーナル Vol. 46 No. 11(2016, 11) 別を考慮した推定法が必要であることなどが確認された。 これらの議論を受けて、建物侵入損失の推定法について まとめた新勧告ITU-R P.[BEL]として次回会合へ向けて 検討されている。 図6に、新勧告 ITU-R P.[BEL]の候補モデルの1つを 示す。本モデルは日本から提案されており、都市部環境に おける建物侵入時のパスをレイトレースにより導出してお り、建物外で多重反射した後に窓枠等で回折する侵入経 ■図5.勧告 ITU-R P.452におけるクラッターロス 路が伝搬損失に支配的であるとしてモデル構築をしたもの である。本モデルでは水平/垂直方向の入射角度を柔軟に 設定可能であり、測定データを用いて実環境の伝搬損失 は、周囲の無線局を考慮に入れることが必要なため、長距 を精度良く推定可能であることが示されている。本モデル 離伝搬で活用されるクラッターロスを取り込んだ伝搬特性 のほかにも、複数のモデルが各国から提案されており、JCG 推定が重要となる。一方で、これまでクラッターロスを用 (Joint Correspondence Group)3J-3K-3Mにおいて次回会 いた推定はVHF/UHF帯などの比較的低い周波数帯が中 心であったため、そのまま高周波数帯へ拡張できるかどう 合での新勧告化へ向けた議論が現在進められている。 かは不明確である。そこで前回会合では、クラッターロス 3.その他のWP3K(ポイント-エリア伝搬)の活動 についてまとめた新勧告ITU-R P.[Clutter]として高周 WP3Kでは5G関連の高周波数帯に関する議論のほかに 波数帯への拡張検討がされることとなった。本新勧告につ も様々な伝搬特性を扱っている。例えば、VHF/UHF帯の いてはCG3K-3M-12において次回会合へ向けて議論されて ような比較的低い周波数帯における長距離伝搬推定法に いるところである。 関するものである。災害対策用無線システムやデジタルテ レビなど、VHF/UHF帯では多数のシステムが利用されて 2.3 新勧告 ITU-R P.[BEL] いるが、特にVHF/UHF帯では遠方でも干渉が発生するた 建物侵入損失(BEL:Building entry loss)とは、電波 め1,000kmオーダでの長距離伝搬推定を用いた干渉評価が が建物外から建物内へ進入(可逆)する際に発生する伝搬 重要となる。本章では、このようなVHF/UHF帯の長距離 損失である。5Gでは建物内外での利用が想定されるため、 伝搬に関する検討を行うSWG3K-1及び3K-2について紹介 その両環境を考慮可能な建物侵入損失の推定法が重要とな する。 る。そこで前回会合では合同グループJSWG(Joint SubWorking Group)3J-3K-3Mが設置され、本モデルの構築 3.1 SWG 3K-1:サイトスペシフィック伝搬 へ向けて議論がなされた。その結果、建物に対する入射角 SWG 3K-1では、主に勧告 ITU-R P.1812(VHF/UHF 度(水平/垂直方向)の考慮が重要であることや、建物種 帯長距離無線システムのサイトスペシフィック推定モデル) ■図6.建物侵入損失の推定モデルの例(日本提案) ITUジャーナル Vol. 46 No. 11(2016, 11) 39 スポットライト に関する議論を扱っている。サイトスペシフィックモデル な地形情報を必要とせずに距離に応じた推定が可能であ とは、送受信アンテナ間の地形プロファイル(大地の起伏 ることから、設置形態が厳密に決定していない回線設計な や建物高など)を考慮した推定が可能なモデルである。本 どにおいて典型値を必要とする場合に有用である。また、 勧告の適用周波数は30MHz ~ 3GHzでありVHF/UHF帯 ITU-R SG3のウェブサイト上では本モデルのMATLAB をカバーしている。また、その適用距離は0.25kmから最長 コードが公開されており、簡易に利用することができる。 3,000kmという長距離において伝搬特性推定が可能となっ 近 年 の 会 合 で は、 勧 告 ITU-R P.1812と 勧 告 ITU-R ている。図7の左側には、本モデルを用いた推定結果を示 P.1546では共通して1km程度の短距離領域での推定誤差な している。送信アンテナを東京都港区青山に設置した際の、 どが課題とされている。SWG 3K-1及び3K-2ではこのよう 周囲50km四方における地形プロファイルを考慮した推定 な勧告の課題を解決し、推定精度の向上へ向けて取り組 結果である。送信アンテナ周辺に色付きの細かい○で測定 んでいる。 結果も示しているが、推定結果とよく似た傾向を示してお り、地形情報を活用することで伝搬損失を精度良く推定で 4.おわりに 本稿ではITU-R SG3及びその関連会合における取組みと きている。 して、5Gに関連した高周波数帯の伝搬特性推定法に関す 3.2 SWG 3K-2:サイトジェネラル伝搬 る動向をはじめ、VHF/UHF帯における勧告などについて SWG 3K-2では、主に勧告 ITU-R P.1546(VHF/UHF 紹介した。ITU-R SG3での検討は多岐にわたるが、近年は 帯長距離無線システムのサイトジェネラル推定モデル)に TG5/1で行われる5G時代の新規候補周波数の共用検討に 関する議論を扱っている。勧告 ITU-R P.1812はサイトス 必要な伝搬特性の検討がWP3Kを中心に盛んに進められ ペシフィックなモデルであるのに対し、本勧告のモデルは ている。日本からはWP3K副議長及びSWG3K-3議長を山 サイトジェネラルなモデルである。先に述べたように、サ 田渉氏(NTTアクセスサービスシステム研究所) 、その配 イトジェネラルモデルとは送受信アンテナ間の地形に依存 下の作業グループであるDG(Drafting Group)3K3B議長 せず、距離のみから伝搬損失を推定可能なモデルである。 を筆者が務め、積極的に議論を推進している。本稿で紹介 本勧告の適用周波数は30MHz ~ 3GHz、 適用距離は0.25km した内容が5G実現へ向けた標準化動向の把握の一助とな ~ 1,000kmで あり、前 項 の 勧 告 ITU-R P.1812と同 様 に れば幸いである。なお、本稿は日本ITU協会主催第349会 VHF/UHF帯における長距離の伝搬特性推定が可能と ITU-R研究会での発表「ITU-R SG3における電波伝搬の なっている。図7の右側に本モデルを用いた推定結果を示 研究動向」から抜粋したものである。 しており、横軸の距離に対してアンテナ高を変化させた場 (2016年7月26日 ITU-R研究会より) 合の複数の推定結果が記載されている。このように、詳細 ■図7.サイトスペシフィックモデル(左)とサイトジェネラルモデル(右)の推定結果 40 ITUジャーナル Vol. 46 No. 11(2016, 11)
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