日本の読者の皆様へ

アートの教育学2表
日本の読者の皆様へ
芸術教育は、すべての子供にとってその教育の中心に位置すべきものです。
また実際、日本の教育においても不可欠な要素となっています。しかし大抵の
場合、特に子供が成長するにしたがって、学校は伝統的でアカデミックな教科
に重点を置くようになり、芸術教育は、たとえあったとしても、最小限しか行
われていません。
学校教育において芸術にもっと大きな役割を与える試みの中で、芸術を擁護
する人々の中には、芸術は学力を高め、テストの得点を上げられるから重要な
のだと主張する人々もいます。これが本当だとしても、教育者は芸術が芸術以
外の教科に役立つという観点から芸術を正当化すべきではなく、芸術は芸術そ
れ自体が重要なものだと、そう私たちは考えています。日本には豊かな芸術的
伝統がありますので、他の教科の成績を高めるかどうかにかかわらず、芸術は
学校教育において中心的な役割を担うに値するという私たちの考えに、日本の
教育者の皆様も賛成してくれるのではないでしょうか。
しかしながら、芸術の学習と伝統的でアカデミックな学習との間に関連が
あるかのかどうかという問いは、それ自体が非常に興味深い研究テーマです。
2000 年に、エレン・ウィナー(Ellen Winner)とロイス・ヘトランド(Lois
Hetland)はそれに関連する研究を精査しましたが、この主張を裏付けるエビ
デンスはあまり見つかりませんでした。これはおそらく、芸術には、数学や読
解力、科学とはかなり違うスキルが必要とされるからではないでしょうか。
日本を含む OECD 加盟国は現在、「21 世紀型スキル」を掲げています。その
中で、芸術教育には、アカデミックな教科の成績を高めるばかりでなく、イ
ノベーション、批判的思考力、粘り強さ、自信、社会的スキルといった幅広
い「学びの技(habits of mind)」を促進する力があるのかが問題となっていま
す。本書では、上述の 2000 年に行った精査の内容をアップデートするととも
に、創造性、動機付け、そして社会的スキルといった新しい領域を含めました。
検討の結果の半数は、新たに加わったものです。
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アートの教育学2裏
学力に対する芸術教育のインパクトについて、最も確かなエビデンスが見つ
かったのは演劇の分野です。私たちは、初等学校で演劇を行うことによって、
子供たちの読解などの言語能力を向上させることを示す研究を取り上げました。
また、21 世紀型スキルに対する芸術教育の効果を調べた研究は、ごくわずか
しかないこともわかったのですが、この中には、今後にかなり期待できるもの
も含まれています。例えば、演劇に取り組むことによって、他者の視点に立つ
能力や共感する能力を高めるというエビデンスがありますが、演劇では異なる
役を演じることが生徒たちに求められることを考えれば、これは当然のことと
言えます。ただし、私たちが確実な結論を得ようと思えば、アカデミックな教
科の成績と 21 世紀型スキルの両方に対する芸術教育の効果を調べるさらなる
研究が、それもさらなる実験研究が必要です。つまり、やらなければならない
仕事がまだまだ残っているのです。
本書の結論の章で、私たちは、教科の成績といった学力、そして 21 世紀型
スキルや汎用性の高い「学びの技」のすべてに対する、芸術分野による効果を
より深く理解するために、いくつかの研究方法を提案しました。芸術には様々
な分野があり、それぞれが異なる効果を持つと考えます。演劇が他者の視点に
立つ能力を訓練すれば、視覚芸術は観察する能力を訓練するといった具合に。
芸術教育が、汎用性の高い「学びの技」、すなわち観察する能力、粘り強く取
り組む能力、試してみる能力、他者の視点に立つ能力、振り返ったり評価した
りする能力などを育むことを明らかにするためには、より多くの、より良い研
究が必要です。こうした「学びの技」は、人々が生きて生活する上で、そして
様々な仕事をする上で有益なものなのです。
私たちは、本書が、子供の発達に対する芸術のインパクトを調べる、次なる
研究課題を設定する上で助けとなることを、そしてまた、なぜ学校や大学が、
そのカリキュラムの一部として芸術を大切にし、生徒・学生を豊かに育み続け
なければならないのかについて、新たな対話をもたらすことを期待しています。
2016 年 4 月
エレン・ウィナー(Ellen Winner)
タリア・R. ゴールドスタイン(Thalia R. Goldstein)
ステファン・ヴィンセント=ランクリン(Stéphan Vincent-Lancrin)
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