を発揮して緩やかな拡大を続けるユーロ圏経済

Oct 25, 2016
No.2016-052
Economic Monitor
伊藤忠経済研究所
主任研究員 石 川
誠
03-3497-3616 [email protected]
「粘り腰」を発揮して緩やかな拡大を続けるユーロ圏経済
ユーロ圏では、企業や消費者による Brexit 問題勃発直後の支出抑制が小康状態となる中、8 月の
経済指標の多くが、7 月の落ち込みから大きくリバウンド。これにより、7~9 月期の実質 GDP
成長率が 4~6 月期の前期比年率 1.2%を上回る可能性が出てきている。加えて、雇用情勢の改善
傾向、比較的高水準の設備稼働率、ECB による積極的な金融緩和姿勢がいずれも続いているこ
とを勘案すると、ユーロ圏経済はなお暫く緩やかな拡大基調が続く見込み。
7~9 月期の成長率は当初予想に反して上昇か
ユーロ圏景気は緩やかな拡大基調が続いている。先月の拙稿1は、7 月分の経済指標が相次いで悪化したた
め、7~9 月期の実質 GDP 成長率が 4~6 月期の前期比 0.3%(年率換算 1.2%)を下回る可能性を指摘し
た。しかしながら、その後公表された 8 月分の経済指標(乗用車販売台数は 9 月分)は、想定以上にリバ
ウンドしたものが多かった2。それには、統計技術的な要因(季節調整値算定における季節要因や営業日
数の調整不足)のほか、Brexit 問題が「長期戦」になることが浸透するにつれ、問題勃発直後の企業や消
費者の混乱(支出抑制)が小康状態になったことが影響したと推察される。ユーロ圏経済の「粘り腰」が
当研究所の見立て以上に発揮される中で、近日3公表される 7~9 月期の成長率は 4~6 月期を若干上回る
伸びとなる可能性が出てきた。
主な経済指標を 7~8 月(乗用車は 7~9 月)に均して整理すると、まず、鉱工業生産(含む建設)は 4~
6 月期の前期比▲0.3%から、7~8 月には 4~6 月平均比 0.1%と小幅プラスに転じた模様4である。
また、需要サイドでは、①乗
用車販売台数が 4~6 月期の
前期比▲0.4%から 7~9 月
期には 0.5%へ、②建設投資
が 4~6 月期の前期比▲
0.5%から 7~8 月には 4~6
月平均比 1.5%へ、③輸出(ユ
ーロ圏外向け、通関・名目ベ
ース)が 4~6 月期の前期比
▲0.2%から 7~8 月には 4~
消費関連指標の推移 (季節調整値)
ユーロ圏の実質GDPと鉱工業生産指数 (前期比)
4
3
2
1
0
▲1
▲2
▲3
▲4
▲5
▲6
▲7
▲8
▲9
▲10
1.2
0.9
0.6
0.3
0.0
▲0.3
▲0.6
▲0.9
▲1.2
▲1.5
※鉱工業生産は建設を含む。
▲1.8
2016年7~9月期は7~8月平均の
▲2.1
4~6月平均比で、当研究所試算値。 ▲2.4
▲2.7
▲3.0
2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
鉱工業生産指数
(出所) Eurostat
実質GDP(右目盛)
110
109
108
107
106
105
104
103
102
101
100
99
98
97
1250
1200
1150
1100
1050
1000
950
900
850
800
750
700
※小売販売の直近
650
は7~8月平均。
600
2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
小売販売指数(2010年=100、左目盛)
乗用車販売台数(年率、万台、右目盛)
(出所) Eurostat、ECB
2016 年 9 月 23 日付け Economic Monitor「ユーロ圏経済 Update:緩やかに減速するが大崩れまではなかろう」
。
例えば、①鉱工業生産(除く建設、7 月前月比▲0.7%→8 月 1.5%)
、②輸出(ユーロ圏外向け、通関・名目ベース、▲0.8%→
2.3%)
、③乗用車販売台数(7 月▲0.3%→8 月▲0.4%→9 月 5.0%)
、④ドイツの資本財販売(ドイツ向け:7 月▲4.4%→8 月 5.7%、
ドイツを除くユーロ圏内向け:0.2%→4.5%)が挙げられる。一方、(1)小売販売(7 月 0.3%→8 月▲0.6%)や、(2)建設活動(1.5%
→▲0.9%)は 8 月に前月比減少に転じたが、本文の通り、7~8 月平均の 4~6 月平均比伸び率で見ると、(1)(2)ともに改善した。
3 10 月 31 日に超速報値(ユーロ圏全体の成長率のみ)
、11 月 15 日に速報値(ユーロ圏および加盟国毎の成長率)が公表される。
4 建設を含む鉱工業生産指数は本稿執筆時点で 7 月分までしか公表されていないが、建設を除く鉱工業生産指数、建設活動指数
の 8 月分はそれぞれ前月比 1.5%、▲0.9%と公表済み。そのため、8 月の建設を含む鉱工業生産指数は前月比 1.0%と試算される。
1
2
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究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告
なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。
Economic Monitor
伊藤忠経済研究所
6 月平均比 0.5%5へと、いずれもプラスに転じたほか、④小売販売が 4~6 月期の前期比 0.2%から 7~8
月には 4~6 月比 0.4%となり、増勢を強めた。以上を小括すると、夏場の経済指標の多くは、Brexit 問題
勃発直後の混乱の影響を限定的にとどめ、4~6 月期を上回るペースで改善したと言える。ただし、⑤ド
イツの資本財販売(速報性の高い機械設備投資の一致指標)については、ドイツを除くユーロ圏内向け
(1.3%→1.8%)のプラス幅が拡大したものの、一方でドイツ国内向け(4~6 月期前期比▲1.4%→7~8
月の 4~6 月平均比▲2.0%)の減少ペースが強まり、ユーロ圏向け全体では緩やかな減少が続いたと見ら
れる。
ファンダメンタルズの改善傾向続き、ECB の積極的な金融緩和姿勢も継続
その他、ユーロ圏経済のファンダメンタルズを点検すると、失
業率が 4 月から 8 月にかけて 10.1%で横這いとなり、改善の
ユーロ圏の失業率と設備稼働率 (%、季節調整値)
設備稼働率
96
12
失業率(右目盛)
動きがストップしている。しかし、ユーロ圏企業の雇用見通し
92
10
(「増加」-「減少」、%Pt)は 9 月にかけて、鉱工業で改善が続
88
8
き、サービス業でも高水準を維持している。この点も考慮する
84
6
80
4
と、ユーロ圏の雇用情勢は緩やかながら、なお改善傾向を持続
76
2
していると判断される。
72
0
また、鉱工業の設備稼働率(7 月 81.6%)が昨年 12 月以降、
68
2004
前回の設備投資拡大局面の初期に当たる 2005 年の平均レベル
(81.4%)を上回っており、このことは引き続き、設備投資の
▲2
2006
2008
2010
2012
2014
2016
(出所) Eurostat、欧州委員会
ユーロ圏企業の雇用見通しDI (「増加」-「減少」、%Pt)
押し上げ要因になっていると考えられる。
20
サービス業
一方、インフレ率(消費者物価の前年同月比)は、原油安一服
10
を受けて 4 月の▲0.2%から 9 月には 0.4%まで上昇したが、依
0
然として ECB(欧州中銀)の政策目標である「2%近く」には
▲ 10
程遠い状況にある。むしろ、エネルギーや非加工食品を除いた
▲ 20
コアインフレ率で見ると、昨年 10 月の 1.1%をピークに頭打ち
▲ 30
となり、今年 9 月も 0.8%にとどまっている。
▲ 40
鉱工業
※先行き3ヶ月の雇用計画
について 調査。
2000
こうした中、ECB による積極的な金融緩和姿勢の継続が、①
2004
2006
2008
2010
2012
2014
2016
(出所) 欧州委員会
ユーロ圏の消費者物価 (前年同月比、%)
金利抑制や銀行融資促進を通じて圏内需要への下支え効果を
強めるほか、②ユーロ安地合いの持続を通じて、輸出を下支え
4
る大きな要因になると期待される。
3
ECB は 10 月 20 日の定例理事会で、①リファイナンス金利
2
0.00%、②中銀預金金利▲0.4%、③月 800 億ユーロの国債・社
1
債購入(量的緩和)
、④融資拡大を約束した銀行への低利での
0
長期資金供給(TLTRO)
、といった一連の金融緩和策の継続を
2002
▲1
2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
決めた一方、ドラギ総裁が、現状「2017 年 3 月」としている
エネルギーおよび非加工食品を除く
全品目
(出所) Eurostat
5
仕向地別には、米国向けやアジア向けが減少に転じたものの、一方で中東欧向けや中南米向けが持ち直した(いずれも自動車
が中心と見られる)ため、全体ではプラスとなった。なお、8 月分の仕向地別内訳のうち英国向けは未公表。
2
Economic Monitor
伊藤忠経済研究所
量的緩和の期限を延長するかどうか、12 月 8 日の次回理事会で検討する予定を明らかにした。ECB 理事
会は既に 9 月の前回会合で事務局に対し、③の国債・社債購入についての条件緩和(債券の年限や金利、
各国の国債購入の割合など)――いわゆる「質的緩和」――を検討するよう指示を出している。上記の物
価動向を踏まえると、次回理事会で「量的緩和の期限延長」が決まることほぼ確実と考えられ、さらに「質
的緩和」もセットで打ち出される可能性を見ておく必要があろう。
2017 年にかけて 1%台半ばの成長率を維持する見通し
以上より、ユーロ圏経済はなお暫く緩やかな拡大基調を続けると見込まれる。当研究所は、11 月 15 日に
公表される今年 7~9 月期 GDP(速報値)の結果を踏まえて、成長率予想の見直しを行う予定であるが、
現時点では 2016 年、2017 年ともに、2015 年の 2.0%6には届かないが、1.0%とされる潜在成長率7を上回
る 1%台半ば8を確保できると見ている。
6
7
8
2%乗せは 2010 年以来。輸出が前年比 6.5%と、ユーロ安を追い風に 4 年ぶりの大幅な伸びとなったことが主因。
欧州委員会による試算値。
現時点での予想値は 2016 年 1.5%、2017 年 1.4%。
3