中国の清史編纂事業 ト 鍵著 藤田美奈子訳 皆様,今日は。 1週間前,我々清史編纂委員会の 3名は日本にやって来たわけですが, 天理大学は 5番目の訪問先になります。今回訪日の目的は,日本の清史方 面に関連する大学の蔵書を調査し,関係者とお会いするためです。本日皆 様とお会いでき,非常に嬉しく思っております。私は専門に歴史を学んだ 者ではありません。清史編纂委員会で仕事を始め, 1年余りにしかならず, 専門知識においてはかなり欠落しております。話のなかで不正確な部分, また間違いがありましたら,どうぞご指摘頂きますよう宜しくお願い致し ます。 この代表団の他のメンバーですが,張永江教授,劉文鵬副教授はともに 歴史の専門家であります。とくに張永江教授は蒙古史・清朝の辺彊史を研 究されており,日本の学者の皆様とも深い関係を持っておられます。後ほ ど張教授に補足もしていただきましょう。劉文鵬副教授のご専門は現代思 想史と政治史で,ご在席の皆様の研究にも一致するところがあるかと思い ますが,副教授は我々清史研究ク守ループの優秀な新人であります。 私が本日皆様に報告させて頂くテーマは「清史編纂事業十年の過程」で す 。 2 0 0 2 年 8月からこの編纂プロジェクトは正式に起動し,今日にかけて すでに 1 0 年になります。この 1 0 年,多くの経験そして成果,また多くの困 難もありました。以下三つの部分に分けて,かいつまんでお話させて頂き ます。 (89) 一.清史編纂プロジェクト成立の経緯 張永江教授はかつて、清史編纂を論述する重要な文章1) を書かれました。 教授は民国の『清史稿』から紹介され,かなり詳細なものです。ここでは 今回の清史編纂の進展状況のみ紹介します。 名の人望厚い 3 清史編纂フ。ロジェクトの正式な立ち上げは,戴逸教授等 1 専門家(主に史学者,古典文学及びその他学科の学者)が提議し,国の承 年 8月より正式に起動しました。これは我が国の大型学術 2 0 0 認を経て, 2 0年代編纂の『中国大百科全書』に続いて最大の学 プロジェクトであり, 8 術フ。ロジェクトかもしれませんO 歴史編纂という大業を完成させるため,国は相互に連携しあう三つの機 構を作りました。一つは国家清史編纂指導チームで,当時の文化省大臣で 5の国家機関や ある孫家正氏が代表を務め,文化省,教育省,財政省など 1 委員会の参与で組織されています。二つ目は国家清史編纂委員会で,戴逸 0名余りの学者が委員となっています。三つ目は国家 氏が主任を務め,約 3 清史編纂指導弁公室で,日常的な仕事を担っています。我々のいう清史編 纂は国家プロジェクトとして,とくに中国現代の学術研究フ。ロジェクトと いうような意味を持っています。すなわち,まず国が編纂の場所と経費を 提供します。次に国が国内における学術資源の調整と統合に責任を持つこ とであります。例えば,チベット柏案館所蔵のチベット語梢案ですが,普 通は見ることができません o しかし,我々が国家柏案館を通してそのなか の重要文献を選んで整理して,近々その出版の運びとなりました。また, 四川省に南部県というところがあります。清代における県政府の楢案を完 全な形で保管しています。今回,整理に時間を費やし,出版しておよそ 0冊以上になりますが,内容が非常に豊富で,以前ではなかなか見られ 0 1 なかったものです。出版した後,多くの学者に利用してもらえるようにな 0万件以上 0 りました。また,第一歴史柏案館ですが, こちらと協力して 2 (90) の柏案も整理しました。現在,こちらの梢案が出版できるか更に協議が必 要ですが,少なくとも整理後,清史編纂ク守ループ内では使用が可能になり ました。これらはすべて国家指導のもとで調整,統合されなければいけま せん o このほか,故宮博物院,国家博物館,国家図書館所蔵の柏案,文献, 地図,写真の使用にも便利さをもたらしました。組織上,編纂委員会が編 纂事業の全体的な規模,形式など,全責任を負うものであります。また重 大な歴史事件に対する評価や,争議問題に関する記述についてもすべて編 纂委員会指定の専門家により討議され,基本原則を定めていくことになり ます。したがって,清史編纂の特徴は,政府の事業として学者が主導して いるものと思われます。 二.清史編纂プロジェクトの基本的構成 大きな構成から言えば,清史プロジェクトは主体,基礎,研究環境整備 の三つの部分に分けられます。 主体プロジェクトとは,つまり『清史』そのものです。元々の設定字数 は3 , 0 0 0万から 3 , 5 0 0万字でした。この枠組みは,おもに戴逸氏と国内の主 要な史学者たちが検討を重ねて定めたものです。現在でも,絶えず小幅な 補完と調整がされております。全体的な構成には新しいものもありますが, 多くは伝統的正史の編纂方式を受け継ぎ,つまり紀,伝,志,表を主とし た枠組みであります。 現在のところ,『清史』の構成は五つの部分に分けられます。「通紀」と いうのは,基本的に過去の「紀」から発展してきたもので,つまり歴史的 時間の推移を軸として,重大で,かっ影響のある事柄を描いたものです。 過去においては皇帝紀元で時代区分をし,皇帝の紀を標識としたわけです。 現在では西暦を紀年の標識としており,歴史変遷の進行過程をもって段階 を区切るところは通史に似かよっています。「典志」の部分は基本的に過 去における「志」と同じですが,その範囲はさらに広く,現在の概念とし (91) て多くの内容を取り入れています。「伝記」という部分ですが,皇帝の伝 をその中に入れています。また「史表」も過去の「表」にあたる部分です が,多くの新しい内容を付け足しました。この内容は今日も討論されてい 名以上の進士がいましたので, 0 0 0 , 7 ますが,例えば『歴科進士表』には約 2 簡略にしても一人ず、つの紹介をしたなら文字量は莫大なものになり,他の 表とはバランスがとれません o ですので,我々が今討論しているのはそれ を付録として処理するのか,それとも正史のなかに入れてしまうのかとい うことです。これらはいずれも編纂過程において,絶えず現れる新しい問 題です。五つ目の部分は「図録」で,つまり画像の編纂です。これは清史 編纂での新しい創造で,大量の貴重な画像を集めて,部類別に分類してい ます。閲覧時,直接参照でき,直接見られるようになりました。各部門の 5万枚の画像を集めました。しかしながら問 協力の下,これまでにおよそ 2 題もあります。一旦これら画像を系統的に編集しますと,画像資料が欠落 していた部分があったり,それが豊富にある部分があったりしてアンバラ ンスが生じています。また後世に描かれた画像を代わりに使う部分があっ たりと,やってみると難しいものなのです。 基礎プロジェクトは編纂のための土台を提供することです。例えば,柏 案・文献の整理,国外の史学界の著作の翻訳などは修史の基礎として見な されるので,基礎プロジェクトと呼ばれています。清史編纂委員会はこの 年ずっと行ってきたわけです 0 方面にかなりの資金,人力を費やし,この 1 が,現在蓄積もできまして,皆様に見て頂き,有効に利用されることを願 う次第です。具体的な内容はあまり詳細に紹介しませんが,沢山あります。 研究環境整備フ。ロジェクトは主に,ネットと出版の二つのブロックから 構成されます。我々は有効な編纂の土台を作り上げることに絶えず努力し てきました。その土台では整理ができた文献を先にアップし,出版に間に 合わなくてもネット上で見ることができます。また学者たちが書き上げた 原稿をここで披露し,もし重複などの問題があれば直ちに発見でき,修正 (92) ができます。このような土台を作る目的は,原稿に手を加える段階でその 力を発揮させることです。 1 0年来,およそ 1 , 9 0 0名の専門家が清史プロジェクトに参加してくださ いました。圏内の大学機関や科学研究機関が約 1 4 6ヶ所,台湾,香港の学 者,日本を含む国外の学者も何らかの形で参与してくださいました。項目 を請け負ってくださったりして,様々な形でご支持を頂いております。 三.清史編纂の進行状況とその課題 清史の編纂に関わる原稿の完成は予定が 1 0 年間で,つまり 2 0 1 2 年の末に は完成されるべきなのです。しかし,いまのところ期間を延長する可能性 が高いと思われます。戴逸氏も更に 2 ' 3年の延長は必要だと提案してお ります。主題プロジェクト関係の主要項目は,現在のところ,そのほとん ど、が全面的な原稿審査段階に入っています。つまり担当責任者側の原稿編 纂は終わり,次段階の初歩的チェックを経て,審査団によって審査されて いるという段階に入っているのであります。ここでいうほとんどとは,最 新の統計に基づけば,全体の 95%ぐらいにあたります。基礎プロジェクト は,現在のところほぼ 2 0 0万以上の柏案を整理し,すでにデジタル化もさ れ,データパンクという形で内部のネット上のみ,使用が可能になってい ます。他にも 1 1種の柏案, 1 9 1冊も出版しました。文献類の資料としては 7 1 項目中の 2 9項目を終え,文字数としては 7億字以上になります。清史編 纂プロジェクトの出版物ですが,正式に出版したものは去年の末までに 1 4 5 種の 1 , 8 6 9冊,およそ 1 0万億字以上になります。これら出版物は,例え ば軍機処の電報梢案,中南海の柏案などもあり,なかなかの評価がありま した。清代の重要人物につきましては,『李鴻章全集』『張之洞全集』など の全集を出版しましたし,最近では『衰世凱全集』の刊行も準備しており, 大変な仕事量です。このうち元々研究の基礎はあったものもありますが, 資金が乏しく研究者が足りないなどの問題で,完成には至らなかったもの (93) もありました。それが清史編纂プロジェクトの援助で出版に至ったわけで す。また,新しく研究者を集めて編集されたものもあります。去年出版し 8種の清人の詩文をおさめました。今回, 5 た『清代詩文紅編』には, 40 1冊を上海古籍出版社より出版しまし 0 作者全員に略伝をつけて整理し, 8 た。この手の編集はかなり大変で,週に 3回も大きな車で原稿を印刷工場 まで運び,一枚一枚チェックを行うという大事でした。 次に現在の問題についてお話したいと思います。まず,正史を編纂する ということについてですが,当初はその難易度をあまり想定することがで きませんでした。民国期編纂の『清史稿』は文章の量が現在のものと比べ, 年かけて修正した「稿」のままです。 4 かなり小規模ですが,それにしても 1 年間の計画では,そもそも時間の設定が少なすぎたのかもしれま 0 今回の 1 せん O 幸い,この時間に関して調整は可能で,国や文化部,或いは編纂委 員会からは時間的要求がありません O 研究者に余裕を与え,十分な時間を 費やすことができます。二つ目の問題ですが,多くの人が携わっているた め,原稿の優劣がそろわず,現在までに提出された原稿の 1割は問題があ る,という点です。文字の表現や概念上の使い方が統一されず,重複して いるところもあったりと,問題は多々あります。三つ目ですが,それぞれ の学者たちがそそぎこむ時間やその力が足りないという点です。目下,国 内の学術研究プロジェクトは沢山あり,一部分の学者にとって手元の費用 も若干余裕ができて,そのため原稿も遅れがちになります。場合によって はどんなに催促しても提出されず,かなり困るものもあります。四つ目に, 柏案,文献の利用が不十分である点が挙げられます。もちろん,柏案整理 が遅れているという理由もあり,柏案整理が終わった時点では,もうすで に学者側の論文が書き終えられていることがあります。新しい柏案は基本 的に見ておらず,資料を補足することなく,早い段階で完成させてしまっ たのです。これはよくあることではないにせよ,決して無視していい問題 ではありません o (94) 問題の解決策はいま我々も考えておりますが,どうやら歴史編纂は,学 者をーヶ所に集めて行うのが効率的ではないかと思われます。いま清史館 の設立を提議しているところで,館のなかで原稿の審査を完成させるよう に進めていきたいと考えています。清史編纂の過程において,大量の梢案 整理,文献の更なる収集や整理出版,及びネット資源の更なる整備など, 仕事がかなりあります。著作物再版時の改訂などを含め,そこで行うこと はたくさんあり,施設の設立がどうしても必要であると思われます。まだ 初歩的な構想で,決まったものではありません o 基本的に今年中には第一 段階として, 2 0 1 2年末には原稿をそろえ,第一次審査を終えるというもの です。来年からは,改めてグループを結集し,専門家を約3 0 名特別に招聴 し,いわゆる「清史館」のなかで,専任として歴史編纂の職についていた だきます。 2年がだめなら 3年 , 3年がだめなら 5年と,こまめに進めて いきたいと考えます。要するに,学者が兼任することなく,また大学の研 究者の場合,学生の指導など受け持つこともなく,審査の仕事に専念でき る場所を設置して丁寧に進めることが必要なのです。 最後になりましたが,日本の学者、また日本の学術機構に対する希望に ついてお話します。一つ目に,日本で収蔵,保存されている満文書類の翻 訳とその使用において便宜を図っていただきたいということ o 二つ目に日 本における学者,とりわけ中国の史学家の皆様のプロジェクトへの積極的 参与についてです。また世界で働く優秀な中国人学者も数多くおります。 彼等にもプロジェクトの一部を担って頂きたいと思います。三つ目に,日 本におられる多くの清史研究の専門家,とくに満文の翻訳整理,清代と日 本外交などに関する専門家には,多くのご、関心,ご参与そしてご支持をお 願いしたく,ともに研究を進めていきたいと考えております。皆様のご協 力を頂色素晴らしい事業になるよう切に願うものであります。 (95) 注 )張永江「近百年来における中国の清史編纂事業と最新の進展状況」(上, 1 年,東京。 6 0 0 年∼ 2 5 0 0 下)『満族史研究』第四号,第五号, 2 卜 ( 鍵:中国国家清史編纂委員会常務副主任) (96)
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