米・独 10 年国債金利の連動について

世界経済
2016 年 10 月 19 日 全 7 頁
米・独 10 年国債金利の連動について
ECB の金融政策が円/US ドル為替レートに影響を与える可能性
経済調査部
主席研究員
金子実
[要約]

本年 9 月末以降、米国 10 年国債金利の上昇に伴い、円/US ドル為替レートは円安傾向
となったが、並行してドイツ 10 年国債金利の上昇傾向が見られる。

米・独 10 年国債金利は、以前から連動する傾向が強く、米国 10 年国債金利の動きを考
える際には、ECB の金融政策がドイツ 10 年国債金利を通じて影響を与える可能性も考
慮する必要がある。

最近のドイツ 10 年国債金利の上昇傾向の背景には、ECB の金融緩和政策の持続性に対
する疑いが高まっていることが考えられる。しかしながら、ECB の金融緩和政策を弱め
る大義名分や決定的理由はない可能性があり、今後の米国 10 年国債金利や円/US ドル
為替レートを考える場合には、ECB の金融緩和政策の長期化の可能性も考慮すべきであ
る。
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1.本年 9 月末以降の米国 10 年国債金利の上昇
本年 9 月 21 日に日銀が「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」政策を導入し、日本の 10
年国債金利をゼロ%程度にすることとして以降、米国 10 年国債金利は 9 月末までに約 0.1%pt
低下したが、その後約 0.2%pt 強上昇した。それに伴って、日米 10 年国債金利差もそれと同程
度拡大し、円/US ドル為替レートは円安の方向に向かった(図表1)。
図表1
1.9
(%)
米国 10 年国債金利・日米 10 年国債金利差・円/ドルレートの推移(2016 年 9 月 15 日以降)
105
米10年国債金利(左軸)
1.85
金利差〈米‐日〉(左軸)
1.8
円/USドル為替レート(右軸)
(円/USドル)
104
103
1.75
102
1.7
101
1.65
1.6
1.55
100
99
(出所)Bloomberg より大和総研作成
この米国 10 年国債金利の上昇は、米国政策金利の引き上げの可能性が高まっているためであ
り、今後米国政策金利が上昇すれば、それとともに円安が進むのではないかという見方もある。
しかしながら、FRB は、次回の政策金利の引き上げの際には、保有する国債等の元本の再投資を
停止しない一方で、超過準備預金金利や翌日物リバースレポ金利を同時に引き上げるとしてお
り、次回の政策金利の引き上げが長期金利に直接的な影響を与えるものとならないように配慮
している。リーマン・ショック以降、政策金利が下限と考えられた水準まで引き下げられた後
も、資産購入プログラムを進めることによって長期国債の金利をかなり引き下げることができ
たことを考えると、次回の政策金利の引き上げの後も、FRB が資産の保有量を減らさない間は、
あまり長期国債の金利の上昇につながらない可能性も考えられる。2014 年 10 月の FRB の資産購
入プログラムの終了後の実績をみても、米国 10 年国債金利は、政策金利と連動してはおらず、
2016 年には、むしろ政策金利と逆相関になっている(図表2)。
3/7
図表2
米国の政策金利・12 ヶ月 LIBOR・10 年国債金利の推移(2014 年以降の各月末)
3
FFレート
(%)
USD12ヶ月LIBOR
2.5
米10年国債金利
2
1.5
1
2016年9月
2016年8月
2016年7月
2016年6月
2016年5月
2016年4月
2016年2月
2016年3月
2016年1月
2015年12月
2015年11月
2015年9月
2015年10月
2015年8月
2015年7月
2015年6月
2015年5月
2015年4月
2015年3月
2015年2月
2015年1月
2014年12月
2014年11月
2014年9月
2014年10月
2014年8月
2014年7月
2014年6月
2014年5月
2014年4月
2014年3月
2014年2月
0
2014年1月
0.5
(出所)Bloomberg より大和総研作成
2.米・独 10 年国債金利の連動
米国 10 年国債金利の変動の要因としては、金融政策以外にも米国大統領選挙や原油価格など
様々な要因が考えられるが、金融政策としては、ドイツの 10 年国債金利に影響を与える ECB の
金融政策も重要な要因になっていると思われる。
本年の米国国債金利は、7 月以降上昇傾向となったが、その推移をドイツの 10 年国債金利の
推移と重ね合わせると、かなり連動して上昇、下降していることが観察される(図表3)。
また、ユーロが創設された後の 1999 年以降の米、日、独の 10 年国債金利の日次データを使
って、米・独の 10 年国債金利の相関係数、日・米の 10 年国債金利の相関係数、日・独の 10 年
国債金利の相関係数を年ごとにみると、米・独の 10 年国債金利については、すべての年で 0.4
以上の相関係数となり、3 分の 2 以上の年で 0.8 以上の相関係数となっているのに対し、日・米、
日・独の 10 年国債金利については、0.8 以上の相関係数となっているのは 2 分の 1 未満の年で、
極めて低い相関係数となったりマイナスの相関係数となったりしている年もある。これは、米・
独の 10 年国債は代替関係が強いため、両国の金融政策の違いが大きく、それぞれの国の 10 年
国債金利を異なった方向に動かすものである年でも、両国の金融政策の影響を中和する形で、
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図表3
米独 10 年国債金利及び金利差の推移(2016 年 7 月以降)
1.8
(%)
0.1
米10年国債金利(左軸)
(%)
金利差<米‐独>(左軸)
0.05
1.75
1.7
独10年国債金利(右軸)
1.65
0
1.6
‐0.05
1.55
1.5
‐0.1
1.45
‐0.15
1.4
‐0.2
1.35
(出所)Bloomberg より大和総研作成
図表4
米独・日米・日独の 10 年国債金利の日次データの相関係数の推移(1999 年以降の各年)
1
0.8
0.6
0.4
0.2
米独
0
日米
‐0.2
日独
‐0.4
(注)2016 年は 10 月 7 日まで
(出所)Bloomberg より大和総研作成
5/7
10 年国債金利が連動する傾向が残るのに対して、日・米、日・独の 10 年国債については、代替
関係がそれ程強くないので、金融政策の違いが大きい年には、それぞれの国の金融政策に従っ
て 10 年国債金利が異なる方向に動き、金利の連動が弱まってしまうためと考えられる。2013 年
には日・米、日・独の相関係数が著しく低くなっているが、この年に、日本ではアベノミクス
により長期金利が低下したのに対して、米国では FRB の資産購入規模縮小の方針が発表されて
長期金利が上昇し、日米金利差が拡大して円/US ドル為替レートが円安の方向に向かったことは、
その一例と考えることができる。
3.今後のドイツ 10 年国債金利の見通し
米国では、政策金利の引き上げが開始されるまでに景気回復が進んでいるが、ヨーロッパで
は、今日においてもなおデフレの回避が大きな課題となっている。ECB は、その課題に対応して、
2014 年にマイナス金利政策を、2015 年に資産購入プログラムを開始している。これらの ECB の
金融緩和政策の下、本年前半まで、ドイツ 10 年国債金利は低下傾向となっていた(図表5)。
しかしながら、本年 7 月以降、ドイツ 10 年国債金利に若干の上昇傾向が見られ始めており、そ
の要因として、ECB の金融政策に根ざすものも考えられる。
図表5
ドイツの政策金利・12 ヶ月 LIBOR・10 年国債金利の推移(2014 年以降の各月末)
2
中銀預金金利
(%)
リファイナンスレート
1.5
EONIA
EURO12ヶ月LIBOR
1
独10年国債金利
0.5
(出所)Bloomberg、Haver Analytics より大和総研作成
2016年9月
2016年8月
2016年7月
2016年6月
2016年5月
2016年4月
2016年2月
2016年3月
2016年1月
2015年12月
2015年11月
2015年9月
2015年10月
2015年8月
2015年7月
2015年6月
2015年5月
2015年4月
2015年3月
2015年2月
2015年1月
2014年12月
2014年11月
2014年9月
2014年10月
2014年8月
2014年7月
2014年6月
2014年5月
2014年4月
2014年3月
2014年2月
‐0.5
2014年1月
0
6/7
第一に、ECB のマイナス金利政策がユーロ圏の銀行の収益を悪化させており、ECB は、マイナ
ス金利政策や資産購入プログラムを継続、強化することができないのではないかという疑いが
生じていることである。本年中ごろからイタリアやドイツなどの銀行の問題が広く報道される
ようになっており、またユーロ圏の多くの銀行が人員削減を始めている。日銀が「マイナス金
利付き量的・質的金融緩和」政策を転換した理由の一つに金融機関の収益性への悪影響を挙げ
たことが、ECB も同様の方針転換をする可能性があるという連想につながったことも考えられる。
第二に、ECB の資産購入プログラムで購入できる資産には、金利や量等についての制限が定め
られているが、本年 9 月の ECB 理事会において、関連する委員会でその再検討を行うことが決
定されたことである。資産購入プログラムについては、ユーロ加盟国により様々な意見がある
と以前から言われており、再検討を行うことが決まっても、結局は資産購入プログラムを持続
可能なものとするような決定はできないのではないかとの疑いが生じた可能性が考えられる。
ただ、これらの疑いを考える場合に確認しておかなければならない事実も、いくつかあると
思われる。
第一に、現在の金融緩和政策を継続、強化しても、金融機関への悪影響についての問題は何
とか回避できるという ECB の見解が正しいかどうかはともかくとして、日銀の場合には、長期
金利が当座預金金利以下に低下して、日銀自身に逆ザヤが生じたという問題もあったというこ
とである。ECB の場合には、その問題は、購入できる資産の金利の制限により一応回避されてい
る。
第二に、ドイツ国債金利が上昇すると、購入できる資産の範囲が広がり、資産購入プログラ
ムの持続可能性が現行の制限の下でも高まることである。
第三に、本年 9 月の ECB 理事会以降、ハードブレグジットの可能性が高まったという見方が
広がり、ユーロ/英ポンド為替レートが更に下落したことである。ユーロ/英ポンド為替レー
トの下落は、ユーロ圏にとってのデフレ圧力であり、この観点からのデフレ対策の必要性は、
従来にも増して高まっている(図表6)。
7/7
図表6
ユーロ/英ポンド為替レートの推移(2016 年 6 月以降)
1.35
(ユーロ/
英ポンド)
1.3
1.25
1.2
1.15
1.1
2016/10/12
2016/10/5
2016/9/28
2016/9/21
2016/9/14
2016/9/7
2016/8/31
2016/8/24
2016/8/17
2016/8/10
2016/8/3
2016/7/27
2016/7/20
2016/7/13
2016/7/6
2016/6/29
2016/6/22
2016/6/15
2016/6/8
2016/6/1
1.05
(出所)Bloomberg より大和総研作成
ECB の金融政策の今後を予測することは難しいが、これまでの ECB の見解を言葉通りに受け止
めるならば、当面の間、ECB が金融緩和を弱める大義名分や決定的理由はあまり見当たらない。
ECB の金融緩和が長期化し、そのことがドイツ 10 年国債金利の上昇を妨げ、それとの連動で、
米国が政策金利を引き上げても、米国 10 年国債金利がなかなか上昇しない可能性も考慮してお
く必要があると思われる。