シガレットの骨、ラムネの 涙、世界より大きな宇宙 ラムネ・シガレット 作 例えば明日、世界が滅ぶとしたら。最後の一日を、私は何をして過ご すのだろう。 一日中寝ているかもしれない。わんわん惨めに泣きじゃくっているか もしれない。無我夢中に河川敷を走っているかもしれない。意外とのん びり映画なんかを見ているかもしれない。私には大切な人なんて私以外 に誰もいないから、大切な人と手を繋いで、夕日の沈む水平線がパラパ ラと壊れていく様を静かに眺める︱︱なんてロマンチックな事は出来な い。だからやっぱり、私は私の部屋の中でうずくまって、一人で、パラ パラと死んでいくしかないのだと思います。 人格を形成するのは須らく過去で、人体を形成するのも須らく過去で ある。未来から形成される物は何も無く、何も無いが故に未来は無限だ。 未来を予測して形成される物もあるじゃないかって思うかも知れないけ れど、それすらも私は過去から形成されていると思うのです。だってそ れが完成した時にはそれを予測していた時間が既に過去にあるのだから。 だから、過去が無ければ現在が無いし、未来も無くなってしまうのだと 思うのです。 なんでこんな事考えているのか自分でも分からないけれど、私はまだ まだ青い年齢ですから、半熟のゆで卵みたいに、中身がドロドロしてい て仕方ないのだと思います。まあ、責任転嫁ですけどね。 何も無いが故に未来は無限であり、だからこそ人は未来に希望するの だし、私はいつまでたっても首を吊れません。自殺、自傷行為というの はいつだってただの模倣であって、真に内側から湧いてくるものでは無 いのです。今の時代、ネットでどんな情報でも私たちの中に流れ込んで しまいますから、自傷行為に名前がある事だって、そこで知ってしまい ます。ああ、私と同じかも。私、死にたい。死にたい。自分を傷つけた い。勝手に勘違いして、そう思い込んでしまうのです。そう思って実行 しようとした時、初めてその行為が模倣である事に気が付いて、自分が 空っぽな事に気が付いて、また死にたくなって、でも自分は傷つけられ なくて、叫べなくて、涙も出なくて、どうだってよくなる。そんなちっ ぽけな生き物なのです。 私は、そういう生き物なのです。 でも、きっとみんなそうですよね? 一般化したいんです。私。 初めて付き合った人と別れた時、私は恋を忘れました。どんな気持ち で人を好きになっていたか、どんな気持ちが好きという事だったか、忘 れました。私は絶対に間違ってないって、あの時は自信満々だったのに、 ミーハーしすぎたかな、なんて三か月後くらいに後悔したり、でも友達 にあなたとの事を話したら、やっぱり私は正しかったんだって思ったり しました。事実をそのまま伝えたわけでも無かった事に、後で気付きま した。自分が悉く他人から成り立っている事に、気付きました。それで、 それで結局、あなたの事が、分からないけれど、好きだったんだ。って、 それしか残りませんでした。 愛するって事は、この人の未来が幸せでありますように。って願う事 なんだって、気付きました。だからあなたは、どうか私の知らない所で 幸せになってください。あなたもどうか、あなたの知らない私の幸せを 私の知らない所で、願っていてください。 夢なんて無いから、夢っぽい何かを探していました。案外それは簡単 に見つかったし、見つけたそれを誰かに言ってしまえば、﹁それは夢だ よ﹂って言ってもらえました。その度に私は、誰かに夢を語る事で夢っ ぽいものは夢になっていくのかな、なんて考えたりもしましたが、だっ たらその夢って他人の夢? じゃないの? 語らなくたって私が本当に私の夢だと信じられる夢に出会いたい。夢 中になって追いかけられる物。妥協なんてなくて、世界征服! みたい に馬鹿げていて、でも結局叶えられない事はなんとなく気付いていて、 それでも本当に叶えたい! けれど、少し叶ってほしくないな。って思 える、そんな夢に出会いたい。 親友だった人が親友じゃなくなった日がある。それは輪郭を持っては いないけれど、確かに私の中にある。 私にとってのそれは、多分、彼女の夢が叶った日。 それとも、彼女の初めてのCDが発売された日? 彼女が初めて誰か にサインをしてあげた日? 彼女が初めてワンマンライブをした日? 彼女が誰かに溺れた日? 私たちが出会った日。 私たちが痛みを見せ合った日。 私たちがひとつになれた気がした日。 私たちはいつだって、自分の事しか見ていなかったんだと思う。 あなたからあなたのライブに誘うメールを受け取った時、まるで死ね って言われているようだと思いました。 あなたの事、好きだったのに、って、私勝手に傷ついているのに、思 ってしまいました。 転校生は、女の子でした。 死んでいるみたいに白い肌と、綺麗な光と綺麗な水の粒子と、その他 もろもろ、綺麗な粒を、いっぱいに吸い込んだみたいな、艶々とした黒 髪が、とても素敵でした。 ああ、こんな素敵な彼女が実は宇宙人で、私の事を故郷の星まで連れ て行ってくれたらいいのに。なんて、窓際の前から三番目の席で思いな がら、彼女の唇を眺めていました。 自己紹介を終えて私の斜め後ろの席に座った彼女は、休み時間になる とクラスのみんなに質問攻めにされていて、私はそれが嫌だったし、彼 女の普通が暴かれるのが嫌でした。まあ、そんな期待も虚しく、彼女は 普通に普通の女子高生だった訳で。私が生きている間に、私が地球を離 れる事はないんだろうなーって、バレンタインデーに友チョコを食べな がら、なんとなく、思っていました。 そんな私が今、この手紙を書いているのは月面にあるちっぽけなロボ ット工場の片隅であって、現実というものは何とも分からないものだな あ、と、改めて思っています。 足元には新型のロボットチワワが寝そべっていて、目の前にはパソコ ンがあって、パソコンの背景には、ベルトコンベアに乗って運ばれてい く沢山のアンドロイドたちの姿があります。彼女たちはこの後、綺麗に、 一様に、梱包されて、宇宙のあちこちへ出荷されていきます。 むき出しの姿のままでベルトコンベアの上に寝そべる、姿かたちが全 く同じの彼女たちは、まるで生まれる前から死んでいる人たちみたいで した。生まれてきたら最後、もうどこにも逃げられない事を知っている 彼女たちが、私の身体をモデルにして作られていたら良かったのに。な んて、思いました。 彼女たちは全てが全く同じ存在ですから、もちろん争う事もありませ ん。そんな彼女たちを見ていると、人間も全て同じ存在として生まれて 来ていたら、争う事も無かったんじゃないかって、思います。けれど、 それじゃあ愛も無くなってしまうような気がするし、それってつまり争 う事で私たちはお互いを愛しているって事になってしまって。でも、存 外それも的を射ているような気がして。なんだか訳が分からなくなって しまいます。 自分で自分を汚す生き物なんて、人間だけ。 お酒もそう、染髪もそう、自傷もそう、化粧もそう、ドラッグもそう、 整形もそう、自虐もそう、殺人もそう、シガレットもそう。 子供の頃、私たちはそんなものに、何の価値も見出さなかった。 大人は汚れているものなんだよ。って、汚れた大人に教えられたから、 だから子供たちは、大人になるにつれ、自分で自分を汚そうとするのだ。 君が汚れてしまったのは、君のせいじゃないんだよ。 どうか、大人になりたくなかった君を忘れないで。 いつだって君は、代弁者を待っている。 どうか、濁った涙を流さないで。 ﹁ラムネを二瓶、冷蔵庫に入れておいたから﹂ 宇宙の片隅で、一人で、ラムネ色の涙を流して泣いて。 シガレットの骨、ラムネの涙、世界より大きな宇宙 掌編︵3,189文字︶ 小説 2016−10−07 2016−10−07 ラムネ・シガレット シガレットの骨、ラムネの涙、世界より大 きな宇宙 作 更新日 登録日 形式 文章量 星空文庫 Copyrighted ︵JP︶ 著作権法内での利用のみを許可します。 JP ja レーティング 全年齢対象 言語 管轄地 権利 発行
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