日本からの英国不動産投資 ~ストラクチャーの考察

Law, Accounting & Tax
日本からの英国不動産投資
~ストラクチャーの考察~
James Knox
Berwin Leighton Paisner
Partner
Real Estate
小澤 絵里子
森・濱田松本法律事務所
弁護士
Richard Harbot
Kieran Saunders
大石 篤史
山田 彰宏
Berwin Leighton Paisner
Partner
Corporate Tax
森・濱田松本法律事務所
MHM 税理士事務所
弁護士・税理士
Berwin Leighton Paisner
Partner
Investment Management
森・濱田松本法律事務所
MHM 税理士事務所
税理士
英国 経 済 のファンダメンタルズは引き続き良 好であり、本 年 6 月の国 民 投 票 で EU(European
Union)離脱が選択された後も、英国不動産は、投資家にとって魅力的なターゲットであり続けている。
低金利環境が不動産投資にとって好材料であることは疑いもなく、英ポンド安となったことが EU 離脱
によるダウンサイド懸念を和らげているようである。英国の不動産投資マーケットは、特に直近数年間、
英国内外の投資家を強く惹きつけてきたところであるが、より英国に投資を呼び込みやすい通貨相場
となったことにより、英国の投資マーケットの極めて高い流動性・透明性と投資多角化の要請と相俟っ
て、今後も投資家の関心を引き寄せるのではないだろうか。
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ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
limited partnership。以下「 ELP 」という。
)
Ⅰ はじめに
注1
近年では、英国
ビークルを介した不動産投資手法は、一つのス
外の投資家
(本稿では以下「外
トラクチャーに多数の投資家を呼び込み、不動産
国投資家」という。
)
が英国所在の商業不動産
( 以下
に係るリスクとリターンを投資家間で分散させるの
「英国不動産 」という。
)
を取得するにあたって、直接
に便利な投資手法である。また、これにより、投
に不動産を購入するのではなく、不動産を所有する
資家はプロの運用業者を起用してその知識経験
コーポレート・ビークル
(会社、パートナーシップ、信
を利用しやすくなり、あるいは逆に、運用業者は
託等。以下「ビークル」
( vehicle )
という。
)
の株式・
投資家から広く出資を募りやすくなるというメリッ
持分を購入することにより、間接的に不動産を取得
トもある。
し、不動産投資を行う方法
(以下「ビークルを介した
不動産投資手法 」という。
)を選択する事例が多く
なってきている。
2 このように、ビークルを介した不動産投資手法
は、多数の投資家を呼び込んだり、プロの運用業
者を活用したりするのに適したストラクチャーでも
ビークルを介した不動産投資手法をとることによ
あるが、実際にそのようなストラクチャーを構築す
るメリットとしては、まず不動産を直接購入する場合
る際には、多種多様なファクターを勘案する必要
よりも税効率が高いことが挙げられる。他に、英国
があるため、ストラクチャーの選択肢は際限なく
の不動産マーケットで広く認知されている方法であ
広がりうる。
ること、規制の適用関係、コスト、ビークルの管理を
行うべき場所、実際の運営のしやすさ等を考慮し
そこで、本稿の後半Ⅳにおいて具体的なストラ
て、ビークルを介した不動産投資手法が選択される
クチャーの考察を行うにあたっては、あえて、
ことが多い。
• 日本の投資家が、
• 単独で、第三者からの出資を勧誘することを想定
本稿のロードマップとフォーカス
せずに、
1 本稿では、まず、英国不動産への投資のため
• プロの運用業者を起用することなく
( 日常の不動
に利用されることが多い、以下の4つのストラク
産の運営業務のために英国のプロパティ・マ
チャー及びそれぞれの特徴を概観し、関係する主
ネージャーやアセット・マネージャーを起用する
なファンド規制の骨格も紹介する。
ことは別として)、
• 英 国 で 設 立 さ れ た 有 限 責 任 会 社
( UK
company。以下「英国会社 」という。
)
• 英国不動産に投資するケース
に焦点をあてることにしたい。
• 英国外の会社
( non-UK company。以下「非英
国会社 」という。
)
• ジャージー・プロパティ・ユニット・トラスト
( Jersey property unit trust。以下「 JPUT 」
という。
)
税の観点から、前提として区別すべきポイント
英国不動産投資のストラクチャーを概観するにあ
たり、税の観点から2点、前提として区別しておくべ
きポイントがある。
• 英 国リミテッド・パートナーシップ
( English
注1
本稿において、「英国」とは、英連合王国全体を指すのではなく、イングランド(England)のみを指していることにご留意頂きたい。
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1 投資目的
( acquisition for investment )vs
転売目的
( acquisition as a trading activity )
英国税法においては、不動産を長期所有して賃
料収入を得る目的で不動産を取得すること
( 投資
Ⅱ ストラクチャリングのポイント
(税の観点から)
外国投資家による英国不動産への投資において、
目的)と、転売目的で不動産を取得することが区
英国の税の観点から考えるべきポイントは、①期中
別されており、投資目的の不動産取得の方が、転
において、不動産からの賃料収入に英国で課される
売目的の不動産取得よりも、かなり有利な扱いを
税を最小限に抑えつつ、②出口売却を税効率良く行
受けることができる。近年の多数の法改正によ
えるような、税効率の高い不動産取得・所有ストラク
り、その傾向は強くなっている。
チャーを構築することである。
2 住宅物件
( residential property )vs
1 英国不動産からの正味賃料所得
( net rental
非住宅物件
( non-residential property )
income )
には、賃料の受領者
(不動産の所有者)
英国税法の下では、住宅物件に関するルールの
の設立地・税務上の居住地
( tax residence )
にか
方が複雑である。また、外国投資家は、住宅物
かわらず、
20%の英国の所得税注 2 が課される。し
件に投資する場合に比して、商業施設やオフィス
かし、利息控除注 3 、資本控除注 4 などの税負担軽
物件のような非住宅物件に投資する場合の方が、
( gross
減措置 注 5 の適用により、賃料収入総額
税務上有利な取扱いを受けやすい。
rental income )
のうち課税対象となる金額を減ら
すことにより、賃料収入総額に対する税額を大幅
投資目的で、非住宅物件を取得・
そこで、本稿では、
に減らすことが可能である。
所有することを想定して、議論を進めることにする。
2 税効率の良い出口売却を可能にするために重
要なポイントは、①出口売却により得るキャピタ
ル・ゲインが英国の課税対象にならないようにする
こと及び②出口売却に際して買主に印紙土地税
注2
英国では、原則として、非居住者に対して賃料を支払う者は、非居住者に支払う前に、支払うべき賃料の金額から 20%を源泉徴収しなければならな
い。源泉徴収された金額が、正味賃料所得に課される所得税の額を超過する場合は、賃料の受領者(非居住者)は、非居住者家主申告(non-resident
landlord return)をすることにより、還付を受けることができる。
注3
利息控除による税負担軽減措置(interest relief)
:英国には、英国不動産を取得するために第三者から調達した負債について支払った利息相当額を、
課税対象となる賃料収入の金額から控除できる制度がある。株主からの借入れについて支払った利息相当額も、英国の移転価格税制の制約は受け
るものの、同様に控除が認められる。
注4
資本控除(capital allowance)
:英国会社であるか非英国会社であるかにかかわらず、会社は資本控除を申告し、英国の課税対象となる賃料収入の金
額を減らすことができる。資本控除は、空調設備、昇降機、火災検知・スプリンクラー設備など様々な施設・設備の費用に適用可能なものである。
英国では、会計上の資産の減価償却額は、税務上は所得に加算されることになるが、その代わり、この資本控除が認められている。これにより、
会社は、一定の施設・設備の価値の一部を毎年切り下げ、その切り下げ額により課税対象となる所得を減らすことができる。
注5
英国の税負担軽減措置の内容によっては、それを利用して英国の課税対象となる賃料収入の金額を減らすことが、日本のタックスヘイブン対策税制
(脚注 8 参照)の租税負担割合の計算上非課税所得が生じた(つまり、正味賃料所得が 20%未満の税率で課税された)とみなされ、タックスヘイ
ブン対策税制を適用させてしまう結果となることもありうる。従って、実際にストラクチャーを構築する際には、個別具体的な事情に照らし、英国で
の税負担軽減措置の内容、適用の有無、適用の任意性等も勘案して、緻密にタックスプランニングを行うことが必要でなる。
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ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
( stamp duty land tax )
が課されないようにする
ことである。これら①及び②は、通常、非英国会
社を介して投資をする方式をとることにより達成す
ることができる。
2 出口売却において、不動産の売却よりも税効率が
高い方法
(株式売却)
をとりやすい
英国不動産を直接購入する場合、買主にて購入
価格
( 付加価値税
( value-added tax )込みの金
最も利用されているストラクチャー
:
不動産所有ビークルとしての非英国会社
投資家
額)
の5%までの税率の印紙土地税が課されるの
に対し、英国不動産を所有する非英国会社の株
式を購入する場合には、一般に、英国の印紙土地
税も付加価値税も課されない。つまり、出口売却
においては、不動産そのものを売却する代わり
非英国会社
に、非英国会社の株式を売却する方が取引全体
英国外
として税効率が高くなり、結果として買主からより
英国内
高い価格の提示を受けられる可能性も高くなる。
英国不動産
不動産所有ビークルとして用いられる非英国会社
英国の不動産マーケットにおいて、近時、最も利
の設立地として最も多いのは、ルクセンブルクであ
用されているストラクチャーは、不動産を所有する
る。ルクセンブルクが政治・規制・経済面で安定して
ビークルとして非英国会社を利用するストラクチャー
おり、現地の専門知識を得やすい
( 経験豊富な専門
である。大規模な英国不動産の譲渡取引の過半数
家も多い)
こと及び租税条約のネットワークも堅固で
が、不動産所有ビークルである非英国会社の株式の
あることがその理由である。ジャージー( Bailiwick
売買によって行われていると言っても過言ではない。
な
of Jersey )、ガーンジー( Bailiwick of Guernsey )
このストラクチャーがよく用いられるのは、税効率が
どのチャネル諸島
( Channel Islands )
も、地理的に
高いことも理由に挙げられるが、ストラクチャーがシ
英国に近いこと、英国法との類似性、経済の安定性
ンプルで分かりやすいこと、コストが比較的低いこ
及び現地の専門知識を得やすいことから、非英国
と、将来の出口売却に際して買主候補となる者の幅
会社の設立地として用いられることが多い。
が広いことも理由である。
もちろん、ルクセンブルク等と類似の特徴をもち、
非英国会社を利用したストラクチャーの税効率が
不動産所有ビークルの設立地として適切な国・地域
高い理由としては、主に以下の点を挙げることがで
は他にも多数ある。しかし、ルクセンブルク、ジャー
きる。
ジー及びガーンジーは、英国不動産投資を行う外国
投資家のコミュニティーにおいて広く認知されている
1 キャピタル・ゲインが英国の法人税の課税対象外
となる
という優位性があり、その結果、出口売却時に、不
動産を所有するビークルがルクセンブルク、ジャー
英国税法上、英国会社は英国の居住者として扱
ジー又はガーンジーの会社であれば、その株式の売
われ 、その全世界の所得に英国の法人税が課さ
却という形で税効率よく売却しやすい
( 当該会社を
れる。これに対し、非英国会社は、英国税法上、
購入することに対して、買主となる投資家の抵抗感
非居住者として扱われるように仕組むことにより、
が低い)
ということを認識しておくべきだろう。
当該非英国会社が得るキャピタル・ゲインを英国
の法人税の課税対象外とすることが可能である。
September-October 2016
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ジャージー・ユニット・トラスト
( JPUT )
ELPも、不動産所有ビークルとして用いられるこ
とがある。ELPの最大の長所は、英国の税法上パ
投資家
ススルーとして取り扱われるため、パートナーシップ
レベルでは納税義務が生じないことである。しか
JPUT
受託者
英国外
英国内
し、多くの場合、パートナーシップ持分の譲渡に印
紙土地税が課されるのが難点である。
JPUTとELPを組み合わせるストラクチャー
英国不動産
投資家
他に不動産所有ビークルとして多く用いられるの
は、
「 プロパティ・ユニット・トラスト
( property unit
」で、多くの場合、ジャージーで組成される。
trust )
JPUTにおいては、通常、ジャージーの弁護士又は
管理事務代行会社によって運営される会社が信託
受託者となり、信託受託者が受益者であるユニット
JPUT
受託者
英国外
英国内
GP
ELP
ホルダー( unit holder )のために信託財産として不
動産を所有する。ユニットホルダーは、JPUTの管理
英国不動産
には関与しない。
JPUTとELPを 組 み 合 わ せ て一 つ のストラク
JPUTは、その管理が英国外で行われていれば、
チャーを構築することも多い。この場合、JPUTは、
英国税法上、パススルー・エンティティとして取り扱わ
不動産を所有するELPのリミテッド・パートナーとな
れ 、キャピタル・ゲインに対して英国で課税を受けな
り、投資家はそのJPUTのユニットを購入することに
いようにストラクチャーを構築することが可能であ
なる。JPUTとELPを組み合わせて用いることによ
る。また、JPUTのユニット
(受益権)
は、通常、印紙
り、そのいずれかのみを用いた場合の難点を解消す
土地税が課されることなく譲渡することができる。
ることが可能となる。
JPUTは、英国の国内投資家によく利用されるス
トラクチャーで、パススルーであるという理由から、
年金基金のような英国の非課税法人に特に好まれ
Ⅲ ストラクチャリングのポイント
(規制の観点から)
集団投資スキームは英国のFSMA及びEUの
るストラクチャーである。
英国リミテッド・パートナーシップ
( ELP )
投資家
AIFMDの適用を受ける
ビークルを介して英国不動産に投資する場合に
は、集 団 投 資 ス キ ー ム
( collective investment
英国外
に関する2 つの重要な規制に注意しなけれ
scheme )
英国内
GP
ELP
ばならない。英国の2000 年金融サービス市場法
( Financial Services and Markets Act 2000。以下
「 FSMA」という。
)による規制及び EUのオルタナ
英国不動産
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ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
ティブ 投 資 ファンド 運 用 業 者 に 関 する 指 令
( Alternative Investment Fund Managers
Directive 2011/61/EU。以下「 AIFMD 」という。
)
による規制である。
AIFMD規制
AIFMDは、欧州委員会
(European Commission )
がファンド運用業者
( Alternative Investment Fund
FSMAにおける集団投資スキーム規制
)
の活動を規制する
Manager。以下「AIFM」という。
集団投資スキームとは、多数の投資家が、スキー
ために発令した広範な指令の一角をなすものであ
ムの投資対象資産から得られる利益を分配する目
る。AIFMDの適用は、かなりのコスト及び事務的
的で、資金を共同出資することを可能にする仕組み
な 負 担 の 増 大 要 因 となる。FSMAと 異 なり、
である。
AIFMDは、AIFMが運用するファンド
( Alternative
)
の活動を
Investment Fund。以下「 AIF 」という。
投資スキー
この定義の中で表現されているとおり、
ムにおいて投資家が1社の場合には、集団投資スキー
規制することを企図するものではなく、AIFMを規
制しようとするものである。
ムに関する規制は適用されない。また、オープンエン
ド型投資会社以外の会社
( company )
はこの規制の
適用対象外とされるなど、他にも規制の特例及び例
外が存在する。
AIFMDは、AIFを以下の3 つの特徴をもつもの
として定義している。
(1 )
集団的な投資事業であること
(2 )
複数の投資家から資金を調達するものである
英国の居住者として扱われるビークルが集団投資
こと
スキームに該当した場合には、規制対象となってい
(3 )
資金調達は、あらかじめ決められた投資方
る機能を果たすため、英国の金融行動監督機構
針に従って、投資家の利益のために投資をす
( Financial Conduct Authority )
から認可を受けた
る目的で行われること
オペレーターを選任しなければならない。また、一
般投資家に対する出資持分の販売活動は規制対象
投資スキームが投
この定義から見てとれるとおり、
となり、また、集団投資スキーム持分の販売を行う
資家1社のために組成され、スキームの組成文書にお
主体及びその受け手に関する規制も受ける。こうし
いて他の 投 資 家の追 加 参 加が 制 限されていれば 、
た規制はスキームの組成・維持コストの増加要因とな
AIFMDは適用されない。
る上、第三者であるサービスプロバイダー( つまり、
オペレーター)
を起用しなければならないことから、
AIFMDの下 で は、欧 州 経 済 地 域
( European
投資家がスキームに及ぼしうる支配力を一定程度失
Economic Area )内 で 設 立され たAIFM
( EEA-
わせることになる。
AIFM )と欧 州経済 地 域 外で設 立されたAIFM
( non-EEA AIFM )
とが区別され 、また、欧州経済
FSMAは英国法であるため、英国外で設立され
地域内で組成されたAIF
( EEA AIF )と欧州経済
運営されるビークルはその対象外であり、それらの
地域外で組成されたAIF
( non-EEA AIF )とが区
ビークルには集団投資スキームに関する規制は適用
別されている。
されない。但し、一定の場合
( 特にJPUTを利用す
ることによる税メリットを得ようとする場合)には、
ビークルが集団投資スキームの特徴を有しているこ
とが、重要なストラクチャリングのポイントとなること
欧州経済地域「内 」
AIFM の設立地域
AIFの組成地域
EEA-AIFM
EEA AIF
欧州経済地域「外」 non-EEA AIFM
non-EEA AIF
もあるので注意が必要である。
September-October 2016
79
AIFMDの適用対象は、以下のAIFMである。
この場合、
JPUT又はELPを使うと、以下のとおり
(a )
EEA AIFM全て
日本の規制による負担が重くなりうるため、残念な
(b )
EEA AIFを運用するnon-EEA AIFM
がら、理想的なストラクチャーとは言いにくい。
(c )
EEA AIF又はnon-EEA AIFを欧州経済地
• JPUTのユニットを日本の投資家に取得勧誘す
域内で販売勧誘
( marketing )
するnon-EEA
るためには、投資信託及び投資法人に関する
AIFM
法律第 58 条に基づいて、あらかじめ、外国投
つまり、AIFMDが 適 用され る可 能 性 が ない
資信託の届出が必要となる可能性が高い。こ
AIFMは、欧州経済地域に向けて販売勧誘される
の届出は、簡易な様式で済ませられるものでは
ことの な いnon-EEA AIFを 運 用 するnon-EEA
なく、相当に詳細かつ大部なものとなることの
AIFMだけである。
多いものであり、規制遵守のための負担は重い
と言わざるを得ない注 6。
AIFMDに関しては、様々な特例及び例外が用意
• ELPのパートナーシップ持分を日本の投資家に
されており、これらが適用される場合には、ビークル
取得勧誘したり、ELPのための投資運用を行う
がAIFに当たらない、又はファンド運 用業者 が
ためには、ELPのジェネラル・パートナーは、原
AIFMに当たらないものとして扱えることになる。
則として、金融商品取引法上の集団投資スキー
また、不動産所有ビークルが、単に、その親ビークル
ム規制に服することになる。これにより、ELP
のために不動産を所有することだけを目的とする
及びそのジェネラル・パートナーが金融商品取引
SPVとして組成されている場合には、親ビークルが
法第 63 条に基づく適格機関投資家等特例業務
AIFに当たるか否かを問わず、そもそも当該不動産
の要件を満たせる状態を確保しなければなら
所有ビークルが上述のAIFの定義に当たらないと認
なくなったり、ジェネラル・パートナーが適格機
められることもある。例えば、欧州経済地域外で運
関投資家等特例業務の届出者として規制を受
営され 、欧州経済地域内に向けて販売勧誘もされ
けたりする可能性が高い。この規制遵守のた
ないnon-EEA AIF が、単に不動産所有ビークルと
めの負担も相応に重いものである。
してのみ存在する子会社を介して英国不動産を所有
するような場合には、そのnon-EEA AIFも、子会
社たる不動産所有ビークルも、いずれもAIFMDの
そこで、以下では、非英国会社を利用するストラク
チャーを考察することとしたい。
適用対象外として扱えることが多いだろう。
非英国会社を1社利用するストラクチャー
Ⅳ 日本の投資家が単独で投資
するストラクチャーの考察
本Ⅳでは、前記Ⅰ及びⅡで紹介した4つのストラク
1つ目は、日本の投資家がルクセンブルクに設立し
た会社
(以下「ルクセンブルク法人 」という。
)
を介し
て、英国不動産を取得・所有するストラクチャーであ
る。
チャーを、前記Ⅰの末尾で言及したケースを想定して
検証する。
注6
現時点では、日本の税法では、外国投資信託は日本のタックスヘイブン対策税制の適用対象外となっている。従って、JPUT が日本の税法上「外国
投資信託」に当たると認められれば、JPUT を利用するストラクチャーは日本の投資家にとって税効率の良い仕組みとなる可能性もある。
しかし、上述の事前届出の負担の重さを考えると JPUT が理想的なストラクチャーである可能性はそれほど高くないことから、本稿においては、JPUT
についてはこれ以上深堀りしないことにする。
80
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
非英国会社を2社利用するストラクチャー
配当
キャピタル・ゲイン
日本の投資家
日本
ルクセンブルク法人
賃貸収入
出口売却では、不
動産ではなく、ル
クセンブルク法人
の株式を売却する
ことができる
2 つ目は、日本の投資家がミクロネシア連邦に設
立した会社
( 以下「 ミクロネシア法人 」という。
)
及び
その子会社であるルクセンブルク法人を介して、英
国不動産を取得・所有するストラクチャーである。
ルクセンブルク
英国
ミクロネシアというと唐突に見えるかもしれない
英国不動産
が、ミクロネシアは、日本企業のためのタックスプラ
優位なポイント
注意すべきポイント
英国・ルクセンブルクにおいて税効率 ル クセン ブル ク 法 人
が良い
の 利 益 に英 国 の 法 人
• 出口売却は 、ルクセンブルク法人の株 税 が 課 さ れ な い ため
式の売却によることができ、その場合、 には 、ルクセンブルク
ンニングにおいては利用されることも相応に多い国
である。ミクロネシアは、法人税率が 21%でありタッ
クスヘイブンではないが、非タックスヘイブン国の中
では最も税率の低い国であるという点で興味深い特
買主に英国の印紙土地税・付加価値税 法 人 は 、英 国 外で 管
徴をもつ。法人税が 20%以上であり、キャピタル・ゲ
は課されない。ルクセンブルク法人の 理・支配される必要が
インも他の所得と同様に課税されるため、原則とし
株 式 の 保 有 期 間 が 6 ヶ月超 であ る限 ある。
り、かかる株式の売却により、ルクセ
て、ミクロネシア法人の所得がタックスヘイブン対策
ンブルクでの課税も生じない。
税制の適用により日本の投資家の所得に合算されて
• 正味賃料所得に英国の所得税が 20%
日本で課税されることはない。
課される
(ルクセンブルクでは 、賃料に
対する課税なし)
。
日本において税効率が良い
日本の投資家
配当
ミクロネシア法人
キャピタル・ゲイン
日本 の 投 資 家 がル ク
• 正味賃料所得に英国の所得税が 20% セン ブル ク 法 人の 株
の 税 率 で 課されることを 確 保で きれ 式を売却することによ
日本
ば 注 7 、ル クセン ブル ク 法 人 はタック り得るキャピタル・ゲ
ス・ヘイブン子会社( 特定外国子会社 インには 、日本の法人
等 )に当たらないも のとされ 、タック 税
( 約 30%)
が課され
ス・ヘイブン対策税制
注8
は適用されな る。
い( ルクセンブルク法人の所得が日本
ミクロネシア
の 投 資 家の所 得と合算されて日本 の
課税を受けることにはならない )。
• 日本の投資家がルクセンブルク法人か
ら受け取る配 当に対 する日本 の 課 税
は 、配当額の 5%のみ。
ルクセンブルク法人
賃貸収入
ルクセンブルク
ミクロネシア法人が
英国不動産所有ビー
クルとして利用されて
いる慣行がないため、
出口売却でミクロネ
シア法人の株式を売
却することは現実的
ではない
出口売却では、不
動産ではなく、ル
クセンブルク法人
の株式を売却する
ことができる
英国
英国不動産
注7
ルクセンブルク法人の代わりにジャージーで設立された法人を利用した場合は、タックスヘイブン対策税制の適用を受けることになる可能性が高い。
一般に、ジャージーには、法人の所得に対して課される税が存在しないと認識されているからである。後記脚注 8 参照。
注8
タックスヘイブン対策税制は、タックスヘイブン(軽課税国)を利用して租税回避を図る行為を排除する目的で、租税特別措置法で規定されている
制度である。所得の源泉国での税負担が日本の法人税負担に比べて著しく低い外国の子会社等(タックスヘイブン子会社。租税特別措置法における
「特定外国子会社等」)の所得を、一定の要件の下で、株式の直接・間接保有割合に応じて日本の株主の所得とみなし、株主の所得に合算して日
本で課税する制度である。
大まかに言うと、以下の①及び②を満たす日本法人の外国の子会社等は、タックスヘイブン子会社として取り扱われる。
① 日本の居住者又は内国法人が直接・間接にその株式の 50%超を保有すること
② 当該外国の子会社等が、(a) 法人の所得に課される税が存在しない国又は地域に本店又は主たる事務所を有するか、(b) その事業年度の所得
に対して課される税率が 20%未満であること
タックスヘイブン子会社の株式を直接・間接に 10%以上保有する日本の居住者又は内国法人は、このタックスヘイブン対策税制の適用を受ける(つ
まり、タックスヘイブン子会社の所得が自らの所得に合算されて課税される可能性がある)。
September-October 2016
81
優位なポイント
注意すべきポイント
英国・ルクセンブルクにおいて税効 • ルクセンブルク法人の
率が良い
利 益 に 英 国 の 法 人税
• 出口売却は 、ルクセンブルク法人の
が 課され ないために
株式の売却によることができ、その
は 、ルクセンブルク法
場合、買主に英国の印紙土地税・付
人は 、英国外で管理・
加価値税は課されない。ルクセン
支 配 さ れる 必 要 が あ
した上で、これらをベースにし、かつ日本の規制に
ブル ク法 人の 株 式 の 保 有 期 間 が
る。
よる影響も勘案しながら、日本の投資家が単独で投
6 ヶ月超である限り、かかる株式の • ミクロネシア法人がル
本稿では、現在の英国不動産投資の実務におい
て利用されることの多い 4つのストラクチャーを概観
売却により、ルクセンブルクでの課
クセンブルク法人から
資する際に理想的な効果を生むポテンシャルをもつ
税も生じない。
受け取る配当は 、原則
ストラクチャーを提示することを試みた。
• 正 味 賃 料 所 得 に 英 国 の 所 得 税 が
として、その15%がル
20% 課される
( ルクセンブルクで
クセンブルクで源泉徴
は 、賃料に対する課税なし)
。
収される。
ミクロネシアにおいて税効率が良い • ミクロネシア法人が日本
それぞれのストラクチャーには長所・短所があり、
最終的には、個別案件毎に、投資家の属性と目的に
• ミクロネシア法人がルクセンブルク
で恒久的施設
( permanent
法 人の 株 式を売 却することにより
establishment )を 有 する
得るキャピタル・ゲインには 、ミクロ
と扱われないことを確
ネシアにおいて 21%の法人税が課
保するため、ミクロネシ
される。
ア法人の重要な事業判
チャーを決定することになる。場合によっては、投
断は日本国外で行う必
資家のニーズに応えるため、本稿で述べたストラク
• ミクロネシアでは 、ミクロネシア法
人 がルクセンブルク法 人 から受け
要がある。
取る配当に対する課税はない。
• 日本の投 資家がミクロネシア法 人
照らして税効率 、実務慣行、規制による負担、コス
ト、実用性等、様々な要素を考慮して、投資ストラク
チャーをいくつも組み合わせることが必要となること
もある。従って、投資家毎、取引毎に、望まれるスト
から受け取る配当は 、ミクロネシア
ラクチャーが異なってくることを念頭において、柔軟
で源泉徴収の対象とはならない。
にストラクチャリングしていくのが望ましい。そうし
日本において税効率が良い
• 正 味 賃 料 所 得 に 英 国 の 所 得 税 が
20%の税率で課されることを確保
た具体的な検討にあたって、本稿が有益なガイド、
で きれば 、ルクセンブルク法 人は
ヒントとなることができれば幸いである。
タックスヘイブン子会社
( 特定外国
子会社等 )
に当たらないものとされ、
タックスヘイブン対策税制は適用さ
なお、本稿は、日本の投資家が単独で、プロの運
れない
( ルクセンブルク法人の所得
用業者を起用せずに投資するストラクチャーに焦点
が日本の投資家の所得と合算され
て日本の課税を受けることにはなら
を置いているため、複数の投資家が参加すること又
ない)
。
は運用業者を起用することを想定する場合には、改
• ミクロネシア法 人 が 得 るキャピタ
めて検討を行う必要があることをご理解いただきた
ル・ゲインはミクロネシアにおいて
21%の課税を受けるため 、
タックス
い。特に、日本の投資家が直接投資するビークルの
ヘイブン対策税制は適用されない。
• 日本の投 資家がミクロネシア法 人
形態及び FSMA、AIFMD 等の規制による影響に
から受け取る配当に対 する日本の
ついては法律・税の両面から専門的なアドバイスを受
課税は 、配当額の 5%のみ。
• 全体のストラクチャーが
より複雑になり、組成・
維持コストが高くなる。
• 英国不動産の取得・所有
のためにミクロネシア
法人を利用する慣行が
な い た め 、ス ト ラ ク
チャーの構築・維持にあ
たって課題はありうる。
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Ⅴ おわりに
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
けて緻密な検証を行うことをお薦めしたい。
Berwin Leighton Paisner LLP is an international law firm based in London with over 800 lawyers, including more than 200 partners. It is active in nine major sectors and is recognised in particular as one of the leading real estate and infrastructure firms with an
established global footprint. In addition to 14 offices across three continents (including offices in Hong Kong, Singapore, Myanmar and China), BLP has flexible,
proactively managed relationships with more than 100 leading‘preferred firms’in over 65 countries.
It has completed award winning, multi-disciplinary assignments for clients across a range of sectors and industries including FTSE
100 companies and financial institutions, major multinationals, the public sector, entrepreneurial private businesses and individuals.
James Knox
Richard Harbot
Kieran Saunders
James Knox is head of international real
estate at BLP. He has been ranked a tier
Richard is a Partner in the Corporate Tax
department at BLP. Richard has 15
Kieran has been with BLP for more than
10 years and is a partner in the firm’s
1 practitioner in London for many years.
James has advised investors into UK
real estate for more than 25 years from
all parts of the world including Japan. His
clients are mainly sovereign wealth funds
and large investment funds. James is also
a partner in BLPs German practice and a
director of their Hong Kong and Myanmar
businesses. He is a frequent visitor to
Japan.
years’experience advising on real estate
transactions, including structuring and
tax planning for property acquisitions,
disposals and joint ventures, both in the
UK and cross border and on significant
development and regeneration projects.
Investment Management group. He
advises on the structuring, establishment
and running of private funds in the United
Kingdom and offshore jurisdictions
including Asia and has particular expertise
on the structuring of corporate real estate
ventures, sales and acquisitions.
おざわ えりこ
おおいし あつし
やまだ あきひろ
森・濱田松本法律事務所。1996 年東京大学法学部
卒業、1998 年弁護士登録、2001 年ニューヨーク
大学ロースクール卒業(LL.M.)
。ファンド組成、売買、
信託、デットファイナンスをはじめ、不動産に関わる取
引全般を手掛ける。不動産投資に関わるあらゆる立場
の国内外の企業に対してリーガルサポートを提供した
豊富な経験を有し、近時は海外不動産を対象とした取
引を手掛ける機会も増えている。
森・濱田松本法律事務所。1996 年東京大学法学部
卒業、1998 年弁護士登録、2003 年ニューヨーク
大学ロースクール卒業(LL.M.)、2006 年税理士登
録(2015 年再登録)。2013 年経済産業省「タッ
クスヘイブン対策税制及び無形資産に関する研究会」
委員。税務及び M&A・組織再編を主に取り扱う。法
務と税務の両面に考慮した海外投資ストラクチャーの
組成について、豊富な経験を有する。その他、ウェル
スマネジメントや、税務調査対応を含む税務争訟を取
り扱っている。
森・濱田松本法律事務所。1985 年新潟大学経済学
部卒業、1985 ~ 1989 年大阪国税局にて執務、
1989 ~ 2008 年大蔵省(現・財務省)主税局に
て執務、2008 ~ 2013 年 KPMG 税理士法人にて
執務。2008 年税理士登録。2011 年経済産業省「外
国事業体に関する研究会」委員、2011 年日本租税
研究協会「国際的組織再編等課税問題検討会」委員・
2013 年「国際課税実務検討会」委員。日系多国籍
企業に対するグローバル税務戦略・海外投資ストラク
チャーの組成について、豊富な経験を有する。
September-October 2016
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