企業買収時における移転価格リスクの検討

Transaction M&A News
企業買収時における移転価格リスクの検討
Issue 92, September 2016
In brief
企業買収(M&A)では、通常、デューデリジェンスのプロセスの中で対象会社に潜在する税務リスクを検討し
ます。対象会社が海外子会社等(国外関連者)と取引を行っている場合には、移転価格税制の観点からも検
討が必要となりますが、デューデリジェンスのプロセスにおいては情報の開示や時間的な制約があり、これま
では移転価格に関する税務リスクの検討が十分になされませんでした。しかし、今後は、新たに導入された文
書化制度により、移転価格に関する情報が入手できることが多くなります。もちろん、文書化制度に基づき作
成されたファイルがあるだけで、移転価格に関するリスクをすべて的確に把握することができるわけではありま
せんが、それらのファイルをもとに各国の税務当局による移転価格税制の執行や課税事案などに照らし合わ
せることで潜在する移転価格リスクを概観できることが可能になってくるものと考えられます。特に買収後も取
引関係を継続することを予定している場合には、その取引に潜在する移転価格に関するリスクを概観すること
が必要かつ有益であり、移転価格に関するリスクが潜在する取引については、買収後に当該リスクへの対応
を速やかに行うために、デューデリジェンスのプロセスの段階から買収後の移転価格の見直しについて検討
を始めることが望ましいといえます。
In detail
1.
企業買収と移転価格リスクの検討
近年の日系企業による企業買収(M&A)では、海外に子会社を有する親会社(以下「対象会社」という)を対
象とする案件が増加しています。通常、M&A にあたっては、対象会社のデューデリジェンスのプロセスの中で
潜在する税務リスクを検討することとなります。なかでも、移転価格税制は取引価格自体を規制する税制であ
り、企業経営に及ぼす影響は大きく、また、更正を受ける場合にはその金額が巨額にのぼることが少なくあり
ません。そのため、デューデリジェンスのプロセスにおいて、潜在する移転価格リスクを概観し、そのリスクが買
収後においても継続する場合には移転価格対応の必要性を把握しておくことが重要です。
しかしながら、情報開示の制限や時間的な制約があるため、移転価格リスクを正確に把握することは極めて
困難です。そのため、移転価格に関するリスクについて十分に検討がなされないことが多いようです。
2.
BEPS 行動計画 13(多国籍企業情報の文書化)を踏まえた移転価格の文書化制度の導入とその影響
わが国では平成 28 年税制改正において、OECD の BEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトの勧告(行動
13「多国籍企業情報の文書化」)を踏まえて、移転価格税制に係る文書化が整備されました。この改正により、
①直前会計年度の連結総収入金額が 1,000 億円以上の特定多国籍企業グループの構成会社は、新たに
事業概況報告事項(マスターファイル)作成・提出することとされ、また、②前事業年度の国外関連取引の合
計金額が 50 億円以上などの条件を満たす国外関連取引については、法人税の確定申告期限までに、独立
企業間価格を算定するために必要と認められる書類(ローカルファイル)の作成・保存が求められるようになり
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ました 1。マスターファイルの作成又は提出やローカルファイルの作成義務の強化は、OECD 加盟国及び
G20 国を中心として諸外国においても進められていますので、対象会社又はその海外子会社が日本以外の
国に所在する場合であっても、移転価格に関する文書を作成している企業が増えてくると考えられます。
このマスターファイルやローカルファイルには、移転価格のリスク評価に有益な情報が含まれています。例え
ば、マスターファイルには、特定多国籍企業グループの主要な取引のサプライチェーン、付加価値の創出に
おいて果たす主な機能やリスク、無形資産に関する情報などを記載することが求められており、また、ローカ
ルファイルには、各国外関連者との取引に係る主な機能・リスクに加えて、独立企業価格の算定が求められ
ており、これらの書類から、特定多国籍企業グループ内の主要な取引関係、構成会社の主な機能・リスク、各
取引に係る独立企業間価格の算定結果を知ることができます。
このように、マスターファイルの作成が新たに義務付けられ、ローカルファイルの作成義務及び期限が明確化
されたことにより、デューデリジェンスにおいて、対象会社に対してこれらの書類の開示を求めることが容易に
なったということができます。したがって、今後は M&A にあたり、文書化制度で求められる書類をもとに移転
価格リスクを概観することができるものと考えられます。
ただし、これらの書類を入手して移転価格リスクを概観するにあたっては、マスターファイルの記載内容の合
理性やローカルファイルにおいて算定される独立企業間価格の妥当性を検討する必要があります。また、マ
スターファイルやローカルファイルに基づき特定された移転価格リスクの潜在する取引が買収後も引き続き行
われる場合には、買収後早急に対策を講じないと買収後における移転価格リスクが増大することになります。
それを短期間のデューデリジェンスのプロセスの中で行うには、対象会社及び対象会社の海外子会社の所
在地国の税務当局による移転価格税制の執行や課税事案における独立企業間価格の算定などに照らし合
わせて判断することが必要かつ有益であると考えられます。
3.
おわりに
デューデリジェンスのプロセスの中で、移転価格リスクをすべて正確に把握することは極めて困難ですが、今
後、移転価格税制に係る新たな文書化制度に基づき作成が義務づけられたマスターファイルやローカルファ
イルをもとに、各国の税務当局による移転価格税制の執行や課税事案などに照らし合わせて検討することに
より、限られた時間内に移転価格リスクを概観することが可能になってくるものと考えられます。また、移転価
格リスクの潜在する取引が買収後も継続して行われる場合は、買収後においても移転価格リスクが潜在する
ことになりますので、買収後に速やかに移転価格リスクへ対応するためにも、デューデリジェンスのプロセスの
中で、潜在する移転価格リスクについて十分に検討をしておくことが望ましいといえます。
1
前事業年度の国外関連取引の合計金額が 50 億円以上などの条件を満たさない場合は、法人税の確定申告期限まで
にローカルファイルを作成することは求められませんが、ローカルファイルに相当するファイルを作成することが求められ
ています。また、このほか、特定多国籍企業グループの親会社は、国別報告事項を作成・提出することとされました。
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