特集―ものづくり産業の人材確保・育成 ものづくり白書 26 「平成27年度ものづくり基盤技術の 振興施策」 の概要 経済産業省、厚生労働省、文部科学 中小企業でも、従業員への利益還元を 業に限定しても経営のスピード化、開 省の3省は、ものづくり基盤技術振興 「すでに実施した」と答えたところは 発のリードタイムに関して相関が見ら 基本法に基づき、ものづくり基盤技術 2015年度で65.8%に達しており、前 れ、設備や従業員への投資については の振興施策に関する報告書(ものづく 年を15ポイント以上上回っている。 中小企業の方が「IoT」の実施状況と り白書)を毎年取りまとめ、閣議決定 経常収支(暦年ベース)は2011年 の相関が顕著だったと言及した。 のうえで公表している。今年5月に閣 以降、黒字縮小が続いていたが、5年 議決定された2016年版白書では、人 ぶりに黒字が拡大。特に第一次所得収 国内拠点と海外拠点の差異化を6割の 口が減少するなど労働供給面での制約 支が海外直接投資収益の拡大に伴い、 企業が実施 があるなかで、製造業がどのように国 過去最大の黒字を計上した。 国内拠点の強じん化に向け、行き過 内生産拠点の強じん化を図るべきか、 次に、第4次産業革命に対応する日 ぎた円高、法人実効税率の高さ、経済 労働生産性向上に向けてどう人材を確 本企業の状況を分析した。 「IoT」な 連携協定への対応の遅れ、厳しい環境 保・育成していくのか、生産性革命を どの技術の活用度合いを見ると、活用 規制、エネルギーコストの上昇、労働 支える優れた人材を教育のなかでどう 分野によって大きな違いがあり、「生 規制・人手不足――といった「六重苦」 育成していくのか、などのテーマにつ 産」部門などに比べて「運用・保守」 の解消に向けた取り組みは着実に進展 いてデータ等を示しながら言及・分析 への活用は進んでいない。その一方で、 しており、製造業にとって生産拠点と した。 「IoT」を積極的に活用している企業 しての環境は改善したと指摘した。 ◇ ◇ ◇ ほど、経営のスピードが速く、製品開 国内投資・国内回帰の動きでは、近 今年の白書では、経済産業省は「我 発のリードタイムが短くなっているこ 年、海外、国内投資がともに伸長し、 が国製造業が直面する課題と展望」を とが分かった。これは中小企業にも当 海外設備投資比率は横ばいとなってい 分析。厚生労働省は「ものづくり産業 てはまり、従業員100人以下の中小企 る。生産の国内回帰の傾向は継続して における労働生産性の向上と女性の活 躍促進」に向けた課題や今後の方向性 を提示し、文部科学省は「ものづくり の基盤を支える教育・研究機関」の推 図表1 生産の国内回帰を実施した企業(直近1年間) 「この1年間に海外で生産していた製品・部品を国内生産に戻した事例」に関する自由記述へ 「この1年間に海外で生産していた製品・部品を国内生産に戻した事例」に 関する自由記述への回答を集計したもの の回答を集計したもの 進に向けた取り組みを紹介した。 ある 12.0% 第1章 我が国製造業が直面 する課題と展望 経済産業省が担当する第1章ではま ず、我が国製造業の足下の状況を確認 ない 88.0% した。製造業の2015年度の企業業績 (営業利益)は、前年度に引き続き改 善しており、企業規模にかかわらず、 従業員へ利益還元する企業が増加した。 Business Labor Trend 2016.9 (n=710) 資料出所:経済産業省調べ(2015年12月) 資料:経済産業省調べ(15年12月) (注) 「ある」:以下のいずれかに該当するものを集 (注)「ある」:以下のいずれかに該当 計。 するものを集計。 1.海外自社工場で生産していた製品や部品を国内 1.海外自社工場で生産していた製品 自社工場での生産に切り替えた や部品を国内自社工場での生産に 2.海外で OEM 生産または海外メーカーから購入 切り替えた していた製品や部品を国内自社工場での生産に 2.海外でOEM生産または海外メー 切り替えた カーから購入していた製品や部品を ※ こ の他、 「取引先の国内回帰により国内自社工場 国内自社工場での生産に切り替えた での生産が増加した」と答えた企業が 28 社あっ ※この他、「取引先の国内回帰により た。 国内自社工場での生産が増加した」 と答えた企業が28社あった。 特集―ものづくり産業の人材確保・育成 図表2 ①国内生産拠点の役割 国内拠点は縮小・廃止 の予定 図表3 ①労働生産性と売上高 営業利益率の関係 (n=705) (%) 生産拠点の つに過ぎ ない ②労働生産性と新規学卒採用者の 3年後に8割以上定着している 企業割合との関係 27 (%) 海外拠点との差異化 を図るための拠点 資料:経済産業省調べ( 年 月) 備考:海外生産拠点を有する企業に対しての設問 ②今後の国内生産拠点の設備方針 (n=670) その他, 積極的に投資 はしない, 差異化していく, 標準化・共通化を進めていく, 高労 い働 と 生 考産 え性 るが 企他 業社 と 比 べ て 資料出所: 同労 じ 働 ぐ生 ら産 い性 と が 考他 え社 ると 企比 業べ て べ労 て働 低生 い産 と 性 考が え他 る社 企と 業比 て労 高働 い生 と 産 考性 えが る他 企社 業と 比 べ 同労 じ 働 ぐ生 ら産 い性 と が 考他 え社 ると 企比 業べ て て労 低働 い生 と 産 考性 えが る他 企社 業と 比 べ 「ものづくり産業における労働生産性向上に向けた人材確保、定着、 年)」 育成等に関する調査( 資料:経済産業省調べ(2015 年12月) 備考:海外生産拠点を有する企業に対しての設問 第2章 ものづくり産業にお ける労働生産性の向上と女 性の活躍促進 おり、直近1年間で生産を国内回帰さ 価値づくりを進める企業になることが せた企業は約1割あった(図表1) 。 求められる 2015年に入り、製造業における設 白書は、付加価値が「もの」そのも 厚生労働省が担当する第2章では、 備投資は中小企業で回復しており、金 のから、 「サービス」 「ソリューション」 まず、産業全体におけるものづくり産 型業界では補助金等の政府支援も活用 へと移るなか、単に「もの」を作るだ 業のインパクトを再確認。GDPの約 しての設備投資が行われている。 けでは生き残れない時代に入ったと強 2割を占めていることもあり、引き続 国内で生産を行うことの優位性を尋 調。ビジネスモデルについての積極的 き重要な産業だとしている。非製造分 ねると、「多品種少量生産に対応でき な意識や取り組みが求められるとして、 野と比較すると、生産波及効果・雇用 る」等を要因に挙げる企業が多く、国 ものづくりを通じて価値づくりを進め 誘発効果のいずれも大きい。製造業の 内と海外の拠点の差異化を図る企業が る企業になることを求めている。 活発化は他産業の雇用機会の創出にも 6割に上った(図表2) 。 製品ライフサイクルが短縮傾向にあ 繋がり、雇用を通じた経済成長の果実 裾野を拡大することで新たな投資の るなか、 「ブランド戦略、差異化戦略」 の分配の側面からも重要だとする。 可能性がある分野として、白書は「再 や「知的財産保護強化」などライフサ 生医療」と「航空機」を挙げる。こう イクル最適化や、 「強み」領域に特化 労働生産性向上を目指すことが した業界では、周辺業種からの新規参 したビジネスモデルを提言。また、開 人材育成を通じ成長にも好影響 入企業の増加が見られるという。 発リードタイム短縮化に向け、標準化・ 製造業の労働生産性は、その水準も 直面する課題を克服する投資として モジュール化やオープンイノベーショ 伸び率も全産業平均を大きく上回り、 は、ロボット導入による省人化や多品 ンの積極的活用を好事例として示した。 高付加価値化が進展している。そのた 種少量生産拠点としての強みを活かす 新規プロジェクトを決定する際に、 「企 め、高付加価値化に対応できる人材の ためのサプライチェーンの効率化を例 画マーケティング部門」が主導してい 確 保・ 育 成 が 重 要 と な っ て い る。 に挙げる。 る中小企業では、営業利益増加を見込 JILPTが実施した「ものづくり産業に むところが多いことも紹介した。 おける労働生産性向上に向けた人材確 保、定着、育成等に関する調査」 (2015 Business Labor Trend 2016.9 特集―ものづくり産業の人材確保・育成 図表4 ものづくり人材を定着させるための取り組み (複数回答) (%) ( (%) 労働生産性が他社と比べて高いと考える企業 ) 28 図表5 ものづくり人材の育成・能力開発についての取り 組み(複数回答) ( ) 労働生産性が他社と比べて高いと考える企業 労働生産性が他社と比べて低いと考える企業 労働生産性が他社と比べて低いと考える企業 ( ( ) ( ) ) ( 課題を与えて、解決策を検討させている 自己啓発活動(通信教育の受講、テキス トの購入、セミナー参加など、職業に関 する能力を自発的に開発・向上させるた めの活動)を支援している 新規の業務にチャレンジさせる 自社の労働生産性が高いと考える企業 研修などのOff J ―T(職場を離れた 教育訓練)を実施している 年)のデータを基にした分析によると、 主要な担当業務のほかに、関連する業務 もローテーションで経験させる 作業標準書や作業手順書の活用 仕事の内容を吟味して、やさしい仕事か ら難しい仕事へと経験させる 日常業務の中で上司や先輩が指導する 苦情処理の仕組みの整備・充実 キャリアに関する相談(キャリアコン サルティング)の実施 チューター制度・メンター制度の導入 仕事の裁量性の向上 社員の家庭生活(育児・介護)などへ の配慮 労働時間の短縮 「提案制度」など従業員の意見を吸い 上げる取り組み 能力開発・教育訓練の実施 福利厚生の充実 職場の人間関係の改善 業績を処遇に反映 会社の経営方針や経営戦略の従業員へ の明示 能力を処遇に反映 賃金水準の向上 備考:()内の数字は、労働生産性が「高い」と考える企業と「低い」と考える企業の%ポイント差 図表4~6の資料出所: 「ものづくり産業における労働生産性向上に向けた人材確保、定着、育成等に関する調査( ) 年)」 図表6 女性のものづくり人材の活用促進への取組状況 女性の活用促進に対して積極的な企業 (%) ほど売上高営業利益率が高く、また、 女性の活用促進に対して消極的な企業 新規学卒者の定着度合いも高くなる傾 ( )( ) 向が見られる(図表3) 。 白書は、労働生産性の向上を目指す ことは、利益率や人材の定着の改善を 通じて、将来の企業成長に好影響を与 女性の受け入れ経験が乏しい管理職 に 対す る研修 女性の能力発揮のための行動計画策定 女性の職域を拡大させるための教育 訓 練の 実施 女性が満たしにくい昇格基準の見直し 女性の能力発揮の重要性についての啓発 女性の配置実績が少ない職種への配置 女性社員に対する相談支援体制の整備 産性の向上に寄与している可能性があ 管理・監督担当者やリーダーに女性を登用 改善が労働者の意欲に作用し、労働生 女性の先輩を指導役に配置 いった取り組みで差が見られ、処遇の 男女ともに使いやすい器具・設備等の導入 準の向上」や「業績を処遇に反映」と 出産や育児等による休業がハンデと な らな いような人事制度の導入 間では、人材の定着に向け、 「賃金水 女性でも働きやすい勤務シフトや勤 務 時間 の設定 える企業と「低い」と考える企業との 男女を区別しない仕事の割り当て た、自社の労働生産性が「高い」と考 女性でも働きやすい作業環境の整備 えることが期待されると指摘した。ま るとする(図表4)。 人材の育成・能力開発の取り組みで 女性活躍を促す企業ほど正社員として 取り組みが必要となっている。 も両者の間では差が見られ、多様な業 活躍し、経営面にも良い影響 JILPT調査によると、女性の活躍促 務経験を段階的に積ませることが労働 ものづくり産業のさらなる活性化の 進に対して積極的な企業は約6割であ 生産性向上に寄与している可能性も示 ためには、女性の活躍促進に向けた取 り、多くの企業に女性活躍を進めよう 唆される(図表5)。白書はまた、労 り組みが重要だとした。 としている意思がある。女性の活躍促 働生産性の向上に効果がある取り組み 製造業における女性就業者数は年々 進への取り組みを積極的に行っている としてIT化が挙げられるとして、IT 増加しているものの、年齢階級別に見 企業では、「女性でも働きやすい作業 人材育成の加速化に向けた取り組みが ると34歳以下の層が減少し、若い世 環境の整備」といった取り組みが行わ 求められると強調した。 代をものづくり産業に取り込むような れている(図表6) 。 Business Labor Trend 2016.9 特集―ものづくり産業の人材確保・育成 図表7 ①全正社員に占める女性従業 員比率 女性の活用促進に対して 積極的な企業 (%) ②女性のものづくり人材が就いている リーダー層・管理職層(複数回答) (%) (%) 女性の活用促進に対して 積極的な企業 女性の活用促進に対して 消極的な企業 女性の活用促進に対して 消極的な企業 低下した 変わらない 向上した 課長以上まで昇進 「ものづくり産業における労働生産性向上に向けた人材確保、定着、育成等に関する調査( 29 女性の活用促進に対して 積極的な企業 女性の活用促進に対して 消極的な企業 主任クラスまで昇進 30%以上 20%~30%未満 10%~20%未満 10%未満 資料出所: ③3年前と比べて労働生産性が向上し たと考える企業割合 年)」 こうした企業の特徴に着目すると、 あり、これを担う若手研究者の育成・ 開発では、世界最高水準のものづくり JILPT調査を基にした分析から、女性 確保が重要だと指摘。若手研究者が研 技術の研究開発の推進が重要だとして、 の活躍促進に積極的な企業ほど、女性 究に専念できるよう、テニュアトラッ 最先端の計測分析技術・機器の研究開 は正社員として活躍し、管理職への登 ク制の導入支援や、キャリアパスの多 発や大規模研究開発基盤の整備・共用 用も多く、労働生産性の向上により経 様化を進める「科学技術人材育成のコ 等を通じ、多くの産業に共通する波及 営面に対しても良い影響を与える可能 ンソーシアムの構築」の取り組みを紹 効果の高い基盤的な領域における研究 性があると指摘した(図表7) 。 介している。 開発を推進するとしている。 女性の活躍促進では、女性研究者支 産学官連携を活用した研究開発の推 援のため、研究と出産・育児・介護等 進では、地域に対し、研究者の集積、 との両立や、大学への支援策である「研 知的財産の形成、人材育成等を重視し 文部科学省が担当した第3章では、 究環境のダイバーシティ実現イニシア た取り組みを支援する「地域イノベー 生産性革命を支える優れたものづくり ティブ」の実施などに言及した。 ション戦略支援プログラム」などを紹 第3章 ものづくりの基盤を 支える教育・研究開発 介している。 人材の育成に向け、まず、科学技術イ ノベーション人材の育成・確保につい 地域における研究者の集積や て触れた。科学技術イノベーションは 人材育成等にも支援 我が国の成長戦略の重要な柱の一つで ものづくりに関する基盤技術の研究 (調査・解析部) Business Labor Trend 2016.9
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