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エゴイズム
19歳、学生。身長165センチ、48キロ。
十月十日 作
どちらかというと童顔で昔から女の子に間違われることが多かった。
それが原因でいじめられ顔が見えないように前髪を伸ばして常に猫背で
生きてきた。
生まれてこの方彼女がいたことがないこと以外はいたって地味な普通の
男子大学生。の筈だった。1週間前までは。
1週間前、あるとき俺は思い立ってセーラー服をネットオークションで
落札した。
それを着て自撮りしたものをSNSに投稿した。
別に男が好きというわけじゃない。
女になりたいわけでもない。
なんとなくセーラー服が着たかった。
ただそれだけの理由で俺は自らの痴態をネットに晒すという愚行に走っ
た。
どうせキモイとか似合わないとかそんな反応が返ってくるんだろうなと
思っていたが思いの外の大反響。
瞬く間に一万以上のブックマークがついた。
調子にのった俺は再び鏡の前に立ち幾つか写真をアップした。
またしてもその写真がネットで話題となり自分の名前がトレンド入りし
た。
単純に嬉しかった。今まで誰かにこんなに求められたことがなかったか
ら。
新たな自分を見つけられた瞬間だった。
フォロワーの数は爆発的に増え、日々変わる数字ににやにやした。
人と違ったことをするだけでこんなにも注目されるなんて思いもしなか
った。
近頃はそれが更にエスカレートしてウィッグを被ってメイクをしたりし
まいにはコスプレ紛いの事もした。
人々はそんな自分を見て更に称賛してくれた。
ある日フォロワーの中の一人からメールが来た。
名前はニャン太郎さん。24歳社会人の男性。
彼も趣味で女装をしていてSNSでは有名な人だった。
彼と何度かメールのやりとりをするうちに、ついに二人で会うことにな
った。
同じ女装仲間に会える滅多にないチャンスにうきうきしていた。
待ち合わせは渋谷ハチ公前。
沢山の人間が行き交うこの場所で俺は何着かあるうちのお気に入りのセ
ーラー服を着て待っていた。
男とばれないように化粧もしてウィッグを被って何処にでもいる完璧な
JKを演じた。
どきどきしながらニャン太郎さんが来るのを待っていると、突然後ろか
ら肩を叩かれた。
﹁わをんくん、だよね。こんにちは﹂
SNS上での名前を呼ばれて振り向けば、そこにはロリータファッショ
ンに身を包んだ綺麗なお姉さんが立っていた。
﹁こ、こんにちは﹂
彼がニャン太郎さんだとわかった途端俺は声が裏返りそうになるのを必
死におさえ挨拶をした。
﹁それじゃ、行こっか﹂
ニャン太郎さんはその様子に笑いながらも快く渋谷の街を案内してくれ
た。
先頭に立つニャン太郎さんからはいい匂いがした。
まずさきに入ったのはこじんまりとしたレトロな雰囲気のカフェだった。
慣れた様子で席に座り店員にテキパキと飲み物をオーダーしていく姿に
大人だなぁ∼と感心する。
﹁わをんくんは何にする?﹂
声を掛けられて慌ててメニューを開き指差す。注文する際声で店員に男
とばれやしないか正直緊張したがどうやら気付かれなかったようだ。
その点ニャン太郎さんは何事にも動じることなく堂々としている。
何処からどう見ても女の人にしか見えないから隠す必要がないのだろう。
それぐらい完成度が高かった。
ニャン太郎さんは俺よりも先にSNSで女装を公開していた。
彼は女装というよりも元々可愛い洋服を作ったり着たりするのが好きな
んだそうだ。
フリルやレースで彩られた洋服もそうだが骨格も男だと到底思えない程
華奢し仕草や声も女性そのものだ。
髪も肌もつやつやに輝いていて彼が美に対して人並ならぬ努力している
のだとわかった。
﹁この後どうしよっか﹂
特に予定も決めていなかったのでお任せしますと言うと適当に原宿の街
を二人でブラブラすることになった。
はたから見れば女の子同士にみえるかもしれないが、実は二人とも女装
した男同士だ。
でもここでは誰もが皆個性的な格好をしていて自然とそれを受け入れて
いる。
だからこんなに堂々と街を闊歩しても何も言われない。
自分もその中に溶け込めているんだと思うと嬉しかった。
時折観光客や自分たちのフォロワーから声を掛けられて写真を撮った。
正直言って滅茶苦茶楽しかった。こんな世界があったならもっと早く飛
び込んでおけばよかったと後悔する。
ニャン太郎さんはその後も俺の知らない可愛いカフェやお店をたくさん
紹介してくれた。
彼と同じようにフリフリのロリータ服を着て街を歩いたり写真を撮った
りした。
その様子をSNSでアップするだけで人々はお気に入りボタンを連打し
てくれた。
それを繰り返すうちにいつのまにかニャン太郎さんのフォロワー数を上
回るようになっていた。
このときまで俺は自分のことに夢中で彼が何を思っていたかなんて知る
よしもなかった。
ある日ニャン太郎さんと二人で夜遅くまで原宿で遊んでいた日の帰り道。
タクシーを捕まえて帰ろうとしたところ、彼に引き留められる。
﹁どうしたんですか?﹂
深夜なので昼間ほど人通りは少ない。無言で彼は自分の手を引いて更に
誰もいない路地裏まで連れて行く。
辿り着いたのは古びたホテルだった。
あっという間に受付を終えけばけばしい色で統一された部屋へと連行さ
れた。
ついにきたか。
どこかでわかっていた。
いつかはこんな日がくるんじゃないかと。
この頃雑誌から依頼が入るようになり読者モデルまがいのことをしてい
た。
テレビにも出られるようになり街を歩いていると人から気付かれる回数
も多くなって正直げんなりする部分もあった。
それで離れてしまったフォロワーさんもいるけどニャン太郎さんは相変
わらず自分と仲良くしてくれた。
SNSで散々﹁カマ男﹂﹁キモい﹂と中傷されて精神的に参っていたと
きも彼は﹁気にすることないよ﹂と自分を励ましてくれた。
いつからか彼にたいして友人以上の気持ちを抱くことになった。
性別を超えた愛。自分が経験するまでは心の何処かで馬鹿にしていたが
それも本当にあるような気がした。
自分はれっきとしたノーマルだ。だけどニャン太郎さんだけは特別だ。
初めて僕を丸ごと受け入れてくれた人だから彼になら僕の処女を捧げて
もいいかな、とわずか数秒の間に覚悟を決めた。
しかしベッドに座らされ彼に襟首を掴まれたと思ったらそのまま真っ二
つに服を引き裂かれてしまった。呆然としていると見たこともない形相
で僕を睨み付ける彼がいた。
﹁この服﹂
﹁え?﹂
﹁俺が超気に入ってたブランドのなんだよね。何でお前が着てんの?﹂
それは今日の撮影で着ていた服でブランドさんからのご厚意で特別にプ
レゼントされたものだった。
たまたまその場にいた彼がそれを気に食わなそうに見ていたのも薄々感
付いていた。
何も言わずに固まっていると彼がチッと舌打ちをした。
﹁最近お前調子乗ってない?周りにチヤホヤされて勘違いしてない?お
前みたいな人間、探せば幾らでもいるんだよ﹂
頭がカッと熱くなる。
確かに彼の言う通りここのところ自分は何処か浮ついていた。
テレビにも出演して皆から蝶よ花よと崇め奉られて本気で自分は凄い人
間なのだと勘違いしていたかもしれない。
その態度に苛立った彼が僕の髪を引っ張った。
﹁だから二番煎じはとっとと消えろっつってんだよ!﹂
ずっと隠していた、彼の本音。
ああそうか。この人は別に仲間を求めていたわけじゃない。僕を好きな
訳じゃなかったんだ。
自分以外の誰かが注目されることが許せなかったんだ。
どっちが優位かわからせる為だけに俺に近づいたのだ。
﹁だから死んで?﹂
彼の手に握られた物に意識が冷めていく。
あーあ、台無しだ。
折角ここまで騙せたのにと、落胆する気持ちででいっぱいになった。
翌日、女装した男がラブホで血まみれになって発見されたとニュースで
流れた。
犯人や凶器はまだ見つかっていない。
肝心の加害者は今日も何食わぬ顔でファンデーションを縫っている。つ
けまをつけてアイシャドウをつけ新たな信者を求めてSNSに画像を投
稿する。
﹁わをんです。新作ブランドの洋服でーす。似合ってるかな?﹂
という一言を添えてアップロードした写真を見るや否や瞬く間に増えて
いく数字。
口角を吊り上がるのを隠せなかった。
それは自分のようでそうでない、自らが作り出した虚像。
それでもこの姿に人々は異常なまでの執着を見せる。
バカなやつ。
それを何処かで嘲笑う自分がいる。
そして確信する。
誰も本当の自分を愛してくれる人はいないのだ。あの時、いつも鞄に忍
ばせていたスタンガンがなければ殺されていた。
やっぱり彼を信用しなくてよかった。
全裸にして素っぴんにしてケチャップをぶっかけて撮影したものもいつ
か投稿してやろうと思っている。
鏡にもう一人の僕が映る。本当は殺したいくらい嫌いな自分。
だけどこんな僕を愛してあげられるのはこの僕だけなのだ。
エゴイズム
掌編︵3,744文字︶
小説
2016−09−22
2016−09−22
十月十日
エゴイズム
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星空文庫
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