企業不祥事を乗り越えて ~持続可能な社会実現に向け

企業不祥事を乗り越えて
~持続可能な社会実現に向けた提言~
趣旨
環 境 経 営学会は、2000 年の設立以来、マネジメント・フォー・サステナビ リ
ティの確立のため、研究者・経営者・市民の理論的・実証的研究の場を開設し、
幅 広 い 研 究活動を行い、その研究成果を実社会に根付かせる普及啓発活動を 行
ってきた。
昨今、東芝、三菱自動車等、また海外ではフォルクスワーゲン等の名だたる
大 企 業 で 不 祥 事 が 発 生 し 報 ぜ ら れ て い る 。 こ れ ら は 単 な る 過 失 か ら 起 き た こと
で は な く 多 く は 意 図 的 に 行 わ れ た も の で あ り 、 経 営 者 の 倫 理 感 、 経 営 哲 学 の欠
如を そ の 主たる要因 とした 公正なガバナンスの欠如から発生している。
企業不祥事は、経営の根幹である企業の持続的発展を自ら放棄する自殺行為
に 等 し く 、 株 主 、 従 業 員 、 消 費 者 等 の ス テ ー ク ホ ル ダ ー に 対 す る 裏 切 り 行 為で
あ り 、 さ ら に 社 会 的 損 失 を も た ら す こ と か ら 刑 事 罰 を 科 し 、 損 害 賠 償 の 責 めを
負 わせね ばならない。
現 代 社 会における企業の影響力の巨大さに鑑みて由々しき事態であり、長 年
に わ た り サステナビリティ経営の研究・実践活動を行ってきた当学会として 、
到 底 、 看 過できるものではない。
発 覚 し ている企業不祥事は大きく分けて二種類に分類されると 考える。
一 つ目 は、経営者 が関与・強要 ・黙認したと思われるものである。
二 つ 目 は、旭化成建材のように関連会社の末端でのデータ偽装等 、企業ト ッ
プ が 多 分 あずかり知らぬところでの違法行為である。これとてもそうしたこ と
を 許 す 企 業風土、リスク・マネジメントの欠如、業界風土が原因と思われ、 経
営 者の 責 任が免除されるものではない。
こ れ ら が例外的な突発事であるならば、それらの企業を市場から撤退させ れ
ば 済 む こ とである。しかしながら、20 世紀後半からの先進諸国での企業不祥 事
で は 巨 大 企業の場合、金融機関のみならず、事業会社を含め “Too Big to Fail”
と い う こ とで公的資金等の投入や様々な支援 による 救済が行われ、公正な市場
経 済 を 歪 めてきた。
ま た、 新自由主義経済 学派の理 論の下、 株主資本主義を標榜した米国市場に
お い て 醸 成された利益 (return)追求を経営の目的とする経営手法の開発が 、
企 業 理 念なき利益追求 を求める 経営者を輩出させ 、強欲資本主義 (Greed
capitalism) とまで呼ばれるようになった。更には 、この強欲資本主義は、 金
融 市 場 を 歪めて、その後の企業不祥事、リーマンショックに象徴される世界 市
場 を 揺 る がす金融恐慌 に及んだことは記憶に新しいが、こうした風潮が市場 経
済 や 民 主 主義社会の持続可能性そのものを危機に晒している。
現 在 、 世界的に発生している企業不祥事は 多かれ少なかれ、 こうした 歪ん だ
市 場 経 済 、社会情勢を反映した構 造的なものであるともいえ、発覚している も
の は 氷 山 の一角に過ぎない、との懸念を抱かせるものである。
こ こ に 当学会の有志が集まり緊急提言する次第である。
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2016 年 夏
認定特定非営利活動法人 環境経営 学 会
会長 後藤 敏 彦
賛同有志
青木修三 井上尚之
大河喜彦
黒田邦夫 鈴木幸毅
中村晴永
廣瀬忠一郎 水谷 広 宮崎修行
村上 亘
山下洋二郎 山本 勇
川村雅彦
長谷川直哉
宮崎正浩
山本良一
木俣信 行
花田眞理 子
村井秀樹
緊急提言
1. 「企業 不祥 事」の背 景には、「消 費者」ないし「需 要家」の軽 視がある。
「 企業 不 祥事 」 の背 景に は、 最 終ユ ー ザー であ る「 消 費者 」 ない し「 需要 家 」
の軽視がある。換言すれば、株主利益偏重主義に陥り、「企業は一体誰のために、
何の ため に 存在 す るの か」 とい う 原点 を 忘れ た経 営 者 が 横行 し てい る と 言え る 。
経営 者は 、 重要 な ステ ーク ホル ダ ーで あ る最 終ユ ーザ ー の立 場 を徹 底的 に重 視 す
べき であ る 。
2. 経営 者は、少なくとも日本 経団 連の「企業 行動 憲章」に則り、行 動 を律するべきである。
「企 業行 動 憲章 」 は 本 来企 業経 営 に当 た る者 にと って 、 普遍 的 に持 つべ き常 識
を謳 った 経 営指 針 であ り、 経営 者 自ら の 行動 規範 で あ る 。2010 年 に 日 本経 団 連
は、 この 「 企業 行 動憲 章」 の抜 本 的改 革 を行 った 。 企 業 の役 割 につ いて 、 1991
年策 定以 来 不変 で あっ た「 企業 は 、公 正 な競 争を 通じ て 利潤 を 追求 する とい う 経
済的 主体 で ある 」 を削 除し 、「 公 正な 競 争を 通じ て付 加 価値 を 創出 し、 雇用 を 生
み出 すな ど 経済 社 会の 発展 を担 う 」と す る規 範 に 変え た 。 こ の 改訂 後の 憲章 が 遵
守さ れて お らず 形 骸化 して いる た めに 企 業不 祥事 が後 を たた な い と いっ ても 過 言
では ない 。 経営 者 は、 同改 訂に 示 され た 意識 の大 変革 を 常に 意 識 し 、 行 動を 律 す
るべ きで あ る。
3. 経営 者は、取 締 役会の権 限と責任を明 確にすべきである。
取締 役会 の 権限 と 責任 の明 確化 に 関し て は、 取締 役の 相 互牽 制 機能 を強 化し 、
対象 が代 表 取締 役 であ ろう と 、 取 締役 で あろ うと 、経 営 行動 に 疑念 を抱 いた と き
は、 社外 取 締役 を 待つ まで もな く 、す べ ての 取締 役が 倫 理観 に 裏付 けさ れた 自 ら
の信 念に 基 づき こ れを 差し 止め る 勇気 と 責任 を持 たね ば なら な い。 取締 役の 善 管
注意 義務 と 監督 ・ ( 相 互) 監視 義 務の 励 行を 促し 、 こ れ を怠 っ た場 合は 、会 社 に
対す る取 締 役と し ての 忠実 義務 に 違背 し 、不 作為 責任 を 負う こ とを 、社 内規 則 等
で明 記す べ きで あ る。 更に 、過 怠に対しては、民事 責任や刑事 罰の強化などの法改 正
も検討すべきである。
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4.
経 営 者は、「ガバナンス報告 書」を、自らの言葉で語るべきである。
経営 者は 、 2015 年に 制定 され た コー ポ レー トガ バナ ン ス・ コ ード (CG コ ー
ド) の精 神 を深 く 理解 ・認 識し 、 「ガ バ ナン ス報 告書 」 を中 長 期の 企業 経営 目 標
と整 合さ せ 、経 営 者自 らの 言葉 で 語る べ きで ある 。
CG コー ドは 法 規制 に 基づ く「 規 則」 で はな く、 東京 証 券取 引 所に 上場 して い
る企 業が 遵 守し な けれ ばな らな い ソフ ト ロー であ る。 す なわ ち 「規 制を 基盤
(Rule-Based)」 と した もの で はな く 、「 原則 を基 盤 (Principle-Based)」 と し
たも ので あ り、 「 何を 」、 「何 故 」、 「 どこ まで やる か 」は 経 営者 自ら が判 断 す
る極 めて 重 要な 経 営意 思決 定で あ り、 レ スポ ンシ ビリ テ ィ (社会 に 応え る対 応 力 )
その もの で ある 。
2015 年度 が 初年 度で あり やむ を 得な い 点は ある とし て も、 発 行さ れた 「ガ バ ナ
ンス 報告 書 」の 多 くは 表面 的な 記 述に 止 まっ てい るよ う に思 わ れる 。
東証 は XBRL で の報 告書 作成 を 要求 し てお り、 経年 比 較、 他 社比 較が 極め て 容
易で ある こ とか ら 、数 年後 には 投 資家 た ちか らの 厳し い 見方 に さら され るこ と を
よく 考え る べき で ある 。
5.
機 関 投資 家は、中長 期的な企業の持続 可能 性を判断 する実 力 の向上に注力すべき
である。
機関 投 資家 等 のサ ステ ナビ リ ティ や ESG につ いて のリ テ ラシ ーは 現状 で は高
いと はい え ない 状 況に ある 。金 融 機関 を 含む 機関 投資 家 は「 ス チュ ワー ドシ ッ
プ・ コー ド 」に 署 名し 、早 急に コ ード 原 則 7 の「 中長 期 的な 企 業の 持続 可能 性 を
判断 する 実 力の 向 上」 に注 力す べ きで あ る。
また 、機 関 投資 家 は、 この よう な 実力 を 向上 させ た上 で 、建 設 的な 対話 の中 で
経営 者を 監 視し 、 健全 な発 展に 資 する 提 言 等 を行 うこ と が受 託 者の 責任 であ る こ
とを 深く 認 識し 実 行す べき であ る 。実 行 しな いこ とは フ ィデ ュ ーシ ャ リ ー・
デュ ーテ ィ ー に 反 する と認 識・ 意 識し な けれ ばな らな い 。
6.
規 制 当局 及び証 券取 引所は、四半 期報 告 制 度を見直 すべきである。
企業 不祥 事 が多 発 する 背景 に は 、 短期 の 利益 至上 主義 が ある 。 これ を助 長す る
可能 性の 高 い四 半 期報 告 ( 四半 期 決算 ) 制度 の廃 止を 実 現さ せ るこ とを 提言 し た
い。 また 、 短期 収 益偏 重と も無 関 係と は 言え ない 「時 価 会計 制 度の あり 方」 の 検
討も 必要 で あろ う 。
7. 経営 者は、短 期 主義から脱して、中長 期 的な価 値創 造とともに持 続可 能な発 展への貢
献を目指す長 期目 標を策定すべきである。
例を 環境 問 題に と って みれ ば、 企 業 は 21 世 紀末 を見 据 え、 少 なく とも カー ボ
ンに つい て は 2050 年 チャ レン ジ 目標 を 策定 し公 表す べ きで あ る。 国連 「持 続 可
能な 開発 の ため の 2030 ア ジェ ンダ (SDGs)」 やパ リ 協定 を みれ ば、 目標 を 策定
公表 しな い こと は 企業 の社 会的 責 任の 放 棄 で ある 。
環境 省「 環 境に や さし い企 業行 動 調査 (2015 年 度) 」に よ れば カ ーボ ンに つ い
て 10 年 以上 の目 標 を 持つ 企業 は 9%に 止 ま って いる 。 2050 年 に 80%以上 削 減と
いう 日本 が 世界 に 公表 した 目標 を 達成 す るに は生 産・ 流 通・ 消 費構 造を 大き く 変
更( Innovation, Transformation)さ せ ねば なら ない 。 しか し 、 現 状多 くの 企 業
は中 期計 画 と称 す る 3 年程 度の 目 標し か 掲げ てお らず 、 世界 の 実力 ある 企業 の 常
識か ら見 れ ばか な りか け離 れた 対 応 と 言 わざ るを 得な い 。
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なお 、日 本 企業 の 場合 、目 標は 「 必達 」 とい う意 味合 い が強 く 、こ れが 縛り と
なっ て長 期 目標 の 作成 をよ り困 難 にし て いる 面も 否定 で きな い 。欧 米の “Goal”は
多く の場 合 優先 事 項( Priorities)であ り 、 望ま しい 目 標 (Aspirations)の意 味
合い であ る 。 日 本 企業 の 経 営者 は 、優 先 事項 又は 望ま し い目 標 とし て長 期目 標 を
掲げ るべ き であ る 。
8. 経営 者は、不 正を許さない企業風 土の構 築に不 断の努力を傾 注すべきである。
その ため の 1 つ の 策と して 、2015 年 に 11 年 ぶり に大 改 訂さ れ た ISO14001 の徹
底的 な活 用 が望 ま しい 。ツ ール と して は CSR や サプ ラ イチ ェー ン のマ ネジ メ ン
トに も使 え る優 れ もの であ る。
ISO14001 改 訂版 を 活 用し 、経 営 管理 に おい て、 本社 は ガバ ナ ンス の方 針・ 戦
略・ 目標 を 立て 、 本社 以外 、関 連 会社 の 末端 まで 、そ れ に沿 っ た方 針・ 目標 ・ 行
動計 画を 立 てさ せ る。 厳正 ・公 正 な第 三 者機 関を 使い 認 証取 得 させ るこ とで ガ バ
ナン スが マ ネジ メ ント され てい る こと を 担保 すべ きで あ る。 内 部管 理だ けで は 不
十分 であ る 。 CSR 調 達方 針の 策 定と サ プラ イ・ チェ ー ンに 対 する デュ ー ・ デ ィリ
ジェ ンス の 実施 も 必要 にな る。
9.
公 認 会 計 士 は、職 業 的 猜 疑 心 を持 って監 査 し、経 営 者 の関 与 する 虚 偽 表 示 を識 別 ・
評価するべきである。
2016 年 1 月 、 公 認 会 計 士 協 会 監 査 業 務 審 査 会 は 、 度 重 な る 会 計 不 祥 事 を 受 け
て、「財務諸表監査における不正への対応~不正による重要な虚偽表示を見逃さ
ないために~」と題する提言を発表した。企業の会計監査人たる公認会計士は、
この提言を真摯に受け止め、経営者が長期的展望に基づき、業務を適正に行って
いるかを、職業的猜疑心をもって厳正に監査し、経営者が関与する不正による虚
偽表示を識別・評価し、企業不祥事を未然に防ぐ砦としての役割を果たすべきで
ある 。
10.
労 働 組 合 もまた、経 営 者 の透 明 性 ・公 正 性 に目 を光 らせ、不 正 を未 然 に防 ぐための監
視を行うことに意を払うべきである。
以 上
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