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マチミサキ 作
いつつの鐘 Fury③
︻ミズの実︼を少し採ると
一同に向き直す万智
﹃それだけでいいのか?﹄
コウがそう意外そうな表情で聞く
﹃⋮鹿や兎も楽しみにしている筈ですから﹄
万智がそう敬語を用いてコウに答える
どなた
﹃それで、あなたは・・何方ですか?﹄
その万智の問い掛けには答えず
万智、ツグミそして和美を順に舐める様な
ネットリとした視線で見渡すと
コウが口を開く
﹃︻コイヌ︼に︻ヒナ︼に︻ヒト︼か、まるで
できそこないの︻桃太郎︼のようだのう﹄
薄ら笑いを浮かべ、そう愉しげに言う
﹃それ、そちらには︻松茸︼もあるぞ﹄
コウのその言葉に
瞬時に反応するツグミが
﹃えっ!?松茸♪﹄
ガサガサとコウの指差す茂みに
躊躇なく入っていく
﹃バカッッ!この季節はマムシがッッ!﹄
万智がそう大声で
ツグミに向かって叫ぶ
﹃何を慌てている?ヒナとはいえ
︻アレ︼にマムシが近寄る訳があるまい﹄
呆れたように
万智を見詰めると
そう冷静に言うコウ
┃┃┃┃⋮一体、なんの事だか解らない
呆然とする万智と和美
姿・貌は確かにコウだが
その立ち居振る舞い、言動は
完全に別物だ。
ふと万智が気付く
┃┃┃┃┃︻猛眼︼!
そのコウの瞳を診た万智の脳裏に
その凶相を示す言葉が浮かぶ
それは本来は
生まれながらに情が希薄で
獰猛・残忍な性格を表す︻顔相︼だ。
勿論、今の今までコウには
そんなモノは無かった
やはり
先ほどの出来事によるものとしか
考えられない
それに
コイヌ、ヒナ、ヒト・・・?
確かに、私︵万智︶を見てコイヌ
ツグミをヒナ、
といった。
私は︻犬︼、ツグミは︻鳥︼ということか?
和美が︻人︼なのは当然としても⋮
なんの事だ・・?
・・いや、今はそんな戯言に惑わされている
場合ではない
目の前のコウであってコウでないもの
この難題を
なんとかせなばならない!
そう頭の中をグルグルと
高速回転させている
万智を横目に
和美がコウの背中を叩こうとしている
﹃絶対、さっきのアケビだよ!
ほら、早く吐き出しなさいって
指を喉の奥にいれるの!ほら!﹄
﹃やめろ⋮娘⋮!﹄
かざ
コウが和美の手を払いのけ
(
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己の細い片手を和美に翳す
ほんの少しだけの
本当にごく僅かな動き
まるで何かの格闘技の
達人技を受けた様に
見事にステン、と転ばされ
呆気にとられる和美は
うぅー、と言葉にならない呻き声を
上げてはいるが
怪我はないようだ
どうも、和美は山にありがちな
︻毒キノコ︼的な症状を疑っているようだが
残念ながら
その可能性は低い
万智は朧気ながらも
確信に近いものを感じていた
絶対とはいえないが
恐らくは
そんな問題ではないのだ。
たぐ
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これは妖魔の類いであろう
和美とコウのやり取りの間に
独特の手印を組み合わせ
その隙間からコウを覗く万智
江戸の昔に俗信として
信じられていた︻狐の窓︼と
いわれる手方だ。
やはり、ボンヤリと
コウの姿を包むように
こ
奇怪な丸々とした︻影︼が視える
や
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┃┃┃野狐か?!
そ う ぼ う
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その異形を示す影の中に光る
妖しい左右眸
┃┃┃┃┃いや、違う
野狐にしては
奇妙な点が多すぎる
それに敵意が少な過ぎる様に感じる
あの祠の正体がわかれば⋮
だが、あれは呼び込まれ⋮初めて
踏み込める場所であろう、
恐らくはもう行ける場所ではない
︻狐の窓︼の所作から
間髪入れず
︻指相識別︼の動作に移る万智
これは妖魔の類いを判別する
九字護身の秘法で
︻手相術︼の中でも
かなり特殊なものだ。
素早く真言を唱えると
︻己の左腕︼に独特の文字を
右手でなぞる様に書き込んで行く万智
﹃諸余怨敵皆悉摧滅﹄
それを数回、早口に繰り返すと
次いで フッッッ と息を吐き
左手を開く
すると左手の中指・薬指が
万智の意思とは関係なく
何かに操られる様に
ビクッビククッ!と
反応し、激しく痙攣する!
この時に動き出す
中指は︻高位神︼を
薬指は︻野狐︼を示すと云われる
この手法は
そうして︻勝手に動く指︼で
憑依の正体を判別するものだ。
とりあえずは
一番懸念していた
︻死霊︼を表す︻人差し指︼が動かぬ事に
ホッとする万智
勿論、まだ楽観は出来ないが
その態度からも
相手はこちらの全滅、皆殺しを直ちに
企むものではないと
思われるからだ
┃┃┃┃┃かなり︻高位の狐︼?
でも、あのシルエットは?!
・・・・・・・・・
・・・・とりあえず
自分の手に負える相手では
ないことくらいは解る
ここはやはり
専門の寺社仏閣に任せるのが
懸命な判断であろう
それに
和美ではないが
科学的な判断も必要だ。
精神的、毒物的なものも
頭から否定してはならない
常人であれば
バランス的に逆に考える所だが
万智は幼い頃に
︻○○憑き︼
と呼ばれる現象を幾つか目にしている為
こうした方面から
先に考えてしまう
だが
あらゆる方面から
多角的に解決への糸口を探る事は
とても重要である事も理解している
先に述べた事柄に同様
非科学的なものも
やはり頭から否定してはならないのだ。
そして見る︻コウ︼は
相変わらずと
ニヤニヤと微笑を浮かべるばかり
﹃ねえ┃↓┃┃お弁当はッッ??﹄
すっかり忘れていたが
松茸を片手に
頭には枯れ葉をつけた
ツグミがそう大声で昼食を催促する
それどころではない状況・空気を
完全無視し
一切、読まないところは
さすがた。
ツグミにしてみては
今の大問題としては
己の空腹感が挙げられるばかり
﹃いちど帰宅・・・それからにしようか﹄
そう冷静に呟く万智
﹃えぇ∼じゃ、もうウチで食べない?﹄
そう
ツグミ宅での昼食会を提案するツグミ
﹃和美は?それでいい?﹄
﹃ここからだと一番近いのは
ツグミさんちだし・・お邪魔でなければ・・
コウもお医者様に早く診て欲しいし
帰るのには賛成!﹄
﹃じゃ、山を降りよう﹄
万智が心配していた
新たな︻迷い道︼もなく
意外なほどスンナリと
山を脱出していく一行
そのコウの下山の速さといったら・・
山に慣れている万智が
まるで追い付けない
・・まるで風
それも一気に吹き荒びながら
(
おろし
木の葉を散らし降りていく
)
︻颪︼のようだ。
とても人間技ではない
それも距離が空いては
こちらをみてニヤニヤとしながら
一行が追い付くのを待っている
その繰り返しだ。
┃┃┃┃やはり
手に負える相手ではない・・・!
そう確信し、ため息を漏らす万智であった。
⋮その④へ続く
いつつの鐘 Fury③
掌編︵3,177文字︶
小説
2016−09−15
2016−09−15
マチミサキ
いつつの鐘 Fury③
作
更新日
登録日
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文章量
星空文庫
Copyrighted ︵JP︶
著作権法内での利用のみを許可します。
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