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人 工 知 能 31 巻 5 号(2016 年 9 月)
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小特集「コンピュータ囲碁の新展開」にあたって
伊藤 毅志
(電気通信大学)
今年初めのアルファ碁の登場は,コンピュータ囲碁
の世界を一変させた.2006 年に現れたモンテカルロア
darkforest(準優勝)
,CGI Go Intelligence(予選全勝)
などのプログラムの棋譜を中心に紹介していく.
プローチは,それまでアマチュア級位者レベルだったコ
二つ目の加藤英樹氏には,優勝した Zen の開発者代表
ンピュータ囲碁を数年の間にアマチュア有段者レベルに
の立場から,UEC 杯,電聖戦で印象に残った棋譜をコ
引き上げ,これもモンテカルロ革命と呼ばれるほどの大
ンピュータの思考ログなどを交えてご解説いただいた.
きな変革をもたらしたが,それを上回るぐらいのインパ
特に,Zen と darkforest の対戦のログでは,序盤と中終
クトはあった.一昨年前ぐらいから現れたコンピュータ
盤のそれぞれのプログラムの特徴を交えつつ,興味深い
囲碁にディープラーニングを応用する手法は,もしかす
分析が述べられている.
ると一つのブレークスルーになるかもしれないという期
三つ目の酒井 猛氏には,立会人としてこれらの対戦を
待はあったが,まさかこれほどまでに大きなブレークス
見守っていただいたプロ棋士の立場から,注目の対局の
ルーになろうとは思わなかった.というのも,ディープ
2 局を解説していただいた.やや専門的な解説になって
ラーニングは,あくまでモンテカルロ法と組み合わせる
いるので,囲碁の知識の全くない読者には難しい内容か
ことで効果の出る手法であり,モンテカルロ木探索の本
もしれないが,UEC 杯決勝の Zen と darkforest の解説
質的な欠陥である「直線的先読みが難しい」という問題
は,
加藤氏の分析と比較して読むと非常に興味深い.ネッ
が残ると思われてきたからである.
ト上の大会のページから [第 9 回 UEC 杯コンピュータ
しかし,
アルファ碁は,
Google による潤沢なハードウェ
囲碁大会],決勝の棋譜をたどることができる.この棋
アを背景に,次の手を予測する「ポリシーネットワーク」
譜を再生しながら,これらの解説を読まれるとより一層
だけでなく,局面の評価関数に相当する「バリューネッ
理解が深まることと思う.
トワーク」までディープラーニングを使って実現してし
コンピュータ囲碁は,アルファ碁の登場で,一気にレ
まった.囲碁は,非常に感覚的な局面評価能力を必要と
ベルが上がっている.来年は,UEC 杯は第 10 回,電聖
するゲームである.これは,高度に習熟した人間のみが
戦は第 5 回を迎える.コンピュータの棋力を人間の尺度
獲得し得る能力であると思われてきた.しかし,ディー
で測る電聖戦は,来年で最後になるのではないかと考え
プラーニングの手法はこの困難な課題に対して人間を上
ている.
回るほど高度なレベルで実現してしまった.その結果と
囲碁は,チェスや将棋のようなチェスライクゲーム
して,モンテカルロ木探索の弱点も見えにくくしてしま
とは明らかに異なる技術で人知を超えていこうとしてい
うほどに成長してしまったように見える.
る.ディープラーニングによって得られた超人的な感覚
今回の小特集は,このような大きな流れの中で,開催
された UEC 杯,電聖戦のそれぞれのイベントの報告で
ある.そして,アルファ碁ほどではないにせよ,ディー
プラーニングという手法を取り入れつつあるコンピュー
タ囲碁プログラムがこの二つの大会でやはり存在感を示
していることは,これらの記事からも読み取れる.
最初の著者の報告では,UEC 杯,電聖戦がどのよ
う な 状 況 下 で 行 わ れ た の か, 活 躍 し た Zen( 優 勝 )
,
そ しゃく
の手を,人間はどのように咀嚼して理解していくのだろ
うか.非常に興味深い世界が,もうすぐそこに来ている.
◇ 参 考 文 献 ◇
[第 9 回 UEC 杯 コ ン ピ ュ ー タ 囲 碁 大 会] 第 9 回 UEC 杯 コ ン
ピ ュ ー タ 囲 碁 大 会 2 日 目 の 結 果:http://jsb.cs.uec.
ac.jp/~igo/result2.html