米国における土壌汚染土地(brownfield)支援制度

W
−
7
1
駐在員事務所報告
国
際
米国における土壌汚染土地(brownfield)支援制度
2 0 0 3
年
3
月
ワシントン駐 在 員 事 務 所
日 本 政 策 投 資 銀 行
部
要 旨
1. 米国では土壌汚染土地の再開発が注目を集めている。連邦政府や地方政府にとっては、環境問
題、中心市街地の荒廃、失業者増加、税収不足、貧富の差の拡大といった頭痛の種を一挙に解決し
てくれる特効薬となり得るものであり、民間企業にとっては、新たな事業機会となっているのである。
2. 米国では、土壌汚染土地を再開発しようとする場合、スーパーファンド法という強力な環境規制の
存在によって、基本的に汚染の修復が必要となってくるが、これが再開発の大きな阻害要因となってい
る。しかしながら、ここ数年、土壌汚染土地の再開発を取り巻く事業環境が急速に整備、改善されてきて
おり、その中でスーパーファンド法の中和剤として中心的な役割を果たしているのが連邦・州政府の土
壌汚染土地に対する支援制度である。
3. 土壌汚染土地に対する支援制度は、地域経済の活性化という色彩がより強いため、州政府が主導
する形で整備されてきている。一方で、連邦政府も、2002 年に新たに土壌汚染土地法を成立させ、ス
ーパーファンド法の行き過ぎた部分を緩和すると同時に、州政府の主導的役割を支える態勢を整えて
いる。
4. 支援制度の中核となっているのが、自発的修復制度と呼ばれるものである。これは、開発事業者の
自発的な修復作業の費用をできるだけ抑えるとともに、修復が行われた土地には「安全土地認定証」と
もいうべきものを与えるものであり、こうした土地の再開発を容易にしている。また、土壌汚染土地に対す
る支援は、多くの政策課題を同時に実現する費用対効果の高さを有しているため、補助金や融資、税
優遇などによる財政面からの支援制度も数多く用意されている。こうした財政的支援は、土壌汚染土地
であるが故に余計に発生する環境調査や修復作業の費用負担を軽減することを目的としていることが
多い。両者は車の両輪であり、いずれの制度が不十分でも土壌汚染土地の再開発は上手く進んで行
かない。
5. 日本では、2003 年 2 月にスーパーファンド法に相当する土壌汚染対策法が施行されたところであ
る。同法は、スーパーファンド法と比較して規制内容が緩やかではあるものの、同じように土壌汚染土地
の再開発に大きな影響を及ぼすことが懸念されている。米国における土壌汚染土地の再開発は、まだ
まだ発展途上ではあるものの、公的機関の関与が不可欠であるとともに、それが成功している分野であ
り、その支援制度については、現段階でも日本が学ぶ点は多くあるものと思われる。
1
目 次
はじめに
・・・
3
1.土壌汚染土地とは
・・・
4
2.土壌汚染土地の再開発を取り巻く環境
・・・
5
3.土壌汚染土地の類型
・・・
7
1.概要
・・・
9
2.連邦政府の支援制度
・・・10
3.土壌汚染土地法
・・・13
Ⅰ.土壌汚染土地の概要
Ⅱ.土壌汚染土地に対する支援制度
4.州政府の支援制度
(1) 自発的修復制度
・・・15
(2) 土壌汚染土地支援制度
・・・17
(3) 住民参加
・・・18
おわりに
・・・19
2
はじめに
土壌汚染土地(brownfield)を最も単純に定義すれば、文字通り、汚染されている土地ということにな
る。米国では、土壌汚染土地を再開発しようとする場合、スーパーファンド法という強力な環境規制の存
在によって、基本的に汚染の修復が必要となってくるが、これが再開発の大きな阻害要因となっている
のである。しかしながら、ここ数年、土壌汚染土地の再開発を取り巻く事業環境が急速に整備、改善さ
れてきており、本報告では、こうした動きにおいてスーパーファンド法の中和剤として中心的な役割を果
たしている連邦・州政府の土壌汚染土地に対する支援制度を検証していくこととする。
日本では、2003 年 2 月にスーパーファンド法に相当する土壌汚染対策法が施行されたところである。
同法は、スーパーファンド法と比較して規制内容が緩やかではある 1 ものの、同じように土壌汚染土地の
再開発に大きな影響を及ぼすことが懸念されている。日本における土壌汚染土地の数は、製造業を中
心に 40 万を超えるとも推計されており 2、企業の事業再構築が引き続き行われ、土壌汚染土地の再開
発が重要性を増している中にあっては、その事業環境の整備は喫緊の課題であると言える。本報告が、
日本での土壌汚染土地の再開発促進策を検討していく上での一助となれば幸いである。
日本政策投資銀行駐在員事務所報告 W-70「米国金融機関の環境リスク管理」を参照。
竹ヶ原(1999)。なお、米国における数は、定義の仕方によってまちまちであるが、こちらも 40∼45 万
というのが多く見られる数字である。
1
2
3
Ⅰ.土壌汚染土地の概要
1.土壌汚染土地とは
土壌汚染土地(brownfield)という言葉は、1970 年代後半に米国でできた造語である 1 。土壌汚染
土地の定義は様々であるが、基本となるのが連邦環境保護庁による定義であり、後述する 2002 年の土
壌汚染土地法施行以前は、「打ち捨てられた、使われなくなった、あるいは十分に利用されていない工
業もしくは商業用地であり、環境汚染が実際に発生している、あるいは発生していると思われることで、
拡張もしくは再開発が難しくなっているもの」、施行後の現在は、「有害物質または汚染が発生している、
あるいは発生していると思われることで、拡張、再開発、あるいは再利用が難しくなっている不動産」とさ
れている。
汚染の存在もしくは汚染の存在する可能性によって土壌汚染土地の再開発を難しくする原因となっ
ているのが、通称スーパーファンド法(Comprehensive Environmental Response, Compensation,
and Liability Act)の存在である 2。
スーパーファンド法は、有害物質による汚染を浄化することを目的とした法律であり、人々の健康や環
境 に 悪 影 響 を 与 え る と 判 断 さ れ る 汚 染 が あ る 場 合 に は 、 潜 在 的 汚 染 責 任 者 ( Potentially
Responsible Party) 3は、たとえ自分自身には何の落ち度がなくても、汚染を取り除く義務がある。例え
ば、開発を行おうとする土地が自分とは全く関係のない以前の所有者によって汚染されていた場合であ
っても、現在の所有者は、汚染浄化にかかる費用を全額負担しなければならない可能性がある 4 。スー
パーファンド法による浄化命令を受ける可能性があるのは、今のところ環境への悪影響が大きい土地に
限られている 5 が、将来的にもそうである保証はどこにもないため、実際には、汚染がそれほど激しくない
対を成すのが greenfield であり、これは、一般的には、郊外の原野や農地、森林などの未開発地・未
利用地を指す。
2 スーパーファンド法は連邦法であるが、殆どの州において、これと同様の州法が制定されている。
3 広範囲に規定されており、具体的には、①現在の施設所有者もしくは管理者、②汚染が発生した時
の施設所有者もしくは管理者、③有害物質を発生させた者、④自ら選定した土地に有害物質を輸送し
廃棄した者、となっている。
4 善意の土地所有者、具体的には、土地の購入以前に汚染が発生し、購入時に出来得る限り全ての
適切な調査を行い汚染がないと判断したことが妥当とみなされる場合は、汚染浄化義務はないとする条
文があるが、極めて限定的に解釈されている。
5 スーパーファンド法は、潜在的汚染責任者がいない場合やその財力がない場合は、所有する基金
(スーパーファンド)の負担で浄化作業を実施するが、その財源や浄化作業を監視する職員の数に限り
があることから、汚染度合いや規模によって優先順位を付けて、重要度の高いものから浄化作業を行っ
ている(重要度が高い土地は、優先浄化土地(National Priority List Site)と呼ばれ、現在浄化が予
定されている土地の数は 1,235(2001 年 8 月現在))。スーパーファンド法に準拠した州法による修復作
業も、同様に優先順位を付けて行われるのが一般的である(2000 年度に修復作業が完了した土地は
2,400)。従って、汚染度合いが高くない場合は、修復命令を免れる可能性が高い。
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4
ものも含めた全ての土壌汚染土地にとって、スーパーファンド法による浄化義務リスクへの対応が不可
避となっている。具体的には、土壌汚染土地の再開発を行う場合には、汚染を修復する、あるいは環境
調査 1 を実施して汚染がないことを確認することが不可欠なのであり、従ってこのための費用と時間が余
計に必要となるのである。しかも、修復費用がどの程度になるか計画段階では不透明な場合があること
や、修復費用が土地そのものの価値を上回ってしまう場合があること 2 などによって、土壌汚染土地の取
り扱いがさらに難しいものになっている。
加えて、土壌汚染土地の再開発においては、資金調達が大きな問題となる。事業主体のキャッシュフ
ローが潤沢な場合は別として、特に先が見えない環境調査の段階では金融機関から資金調達をするこ
とは困難であり、従って資金不足が原因となって開発に着手できないことが往々にして発生するのであ
る。
表 1−1 は、全米市長会が実施した 200 を超える市に対するアンケート調査における土壌汚染土地
再開発の阻害要因についての回答であり、これを見ても、汚染修復資金不足、修復義務発生リスク、環
境調査の順番で阻害要因となっていることが示されている。
表1−1 土壌汚染土地再開発阻害要因
効果
回答数
汚染修復資金不足
208
修復義務発生リスク
163
環境調査
138
環境規制
104
市場動向
103
既存施設取壊費用
95
修復基準
88
地域住民の不安
81
周辺環境
65
社会資本未整備
62
時間不足
52
(出所)The U.S. Conference of Mayors (2000)
比率
90%
71%
60%
45%
45%
41%
38%
35%
28%
27%
23%
2.土壌汚染土地の再開発を取り巻く環境
こうした問題を抱える土壌汚染土地の再開発であるが、現在米国では大きな注目を集めている。公
的な観点から見ると、土壌汚染土地の再開発は、環境調査や修復作業に余分な費用と時間がかかるも
のの、それ以上の利益が期待できるものなのである。具体的には、土壌汚染土地の再開発は、汚染修
1
土壌汚染土地の再開発においては、一般的にフェーズⅡと呼ばれる環境調査が実施され、試料調
査によって汚染の有無およびその程度が分析される。費用は、土地の大きさや汚染の種類によって異
なってくるが、概ね 100 ∼1,000 万円である。
2 修復費用は、案件毎に全く異なるが、数十億円単位になることもある。
5
復によって人々の健康や環境に対する悪影響を取り除くことに加えて、①地域経済を活性化して、雇用
を創出し、税源を増やす 1 、②未利用地を保護し、都市の郊外化に歯止めを掛ける、③既存の社会資
本が活用される、④都市景観が良くなる、といった効果をもたらすのである(表 1 −2 参照)。
表1−2 土壌汚染土地再開発による効果
効果
回答数
198
税収増加
雇用増加
173
地域経済活性化
169
環境保護
123
社会資本活用
82
71
未利用地保護・都市郊外化防止
(出所)The U.S. Conference of Mayors (2000)
比率
86%
75%
73%
53%
36%
31%
土壌汚染土地の再開発は、通常の再開発案件より一般的に政策優先度が高くなっているが、これは、
こうした多様な政策効果を同時にもたらすため費用対効果が高く、そして典型的な土壌汚染土地は都
市部の旧工業用地であり、経済が疲弊した地域に位置し、再開発の重要性が高いことが多いためであ
る。さらに政治的な観点から言っても、開発推進と環境保護が同時に達成できるため、通常は対立する
開発推進派と環境保護派の意見の一致が容易なことが、土壌汚染土地の議論が前に進みやすい要因
となっている。
以上のような状況の中で、連邦政府および州政府は、数多くの土壌汚染土地支援制度を構築してき
ている。こうした支援制度の充実ならびに、①認識の高まりにより、土壌汚染土地に対する一般的な見
方が否定的でなくなってきたこと、②金融機関の環境リスク管理体制の整備などにより開発資金を得ら
れる可能性が増加してきたこと、③環境保険が発達してきたこと、④汚染修復作業に関する制度が整備
され、汚染修復にかかるリスクが軽減されたこと、⑤都市再開発に対する需要が高まっていることが、民
間企業の土壌汚染土地再開発事業への参加を大きく促進している。民間企業は、土壌汚染土地の再
開発を新たな事業機会と見て盛んに参入してきており、最近では、開発業者 2 や金融機関、法律事務
所、環境コンサルタント、環境エンジニアなどによって土壌汚染土地業界と言えるものが形作られてきて
いる。
全米市長会のアンケート調査によると、約 180 の市(人口計約 3 千万人)が、土壌汚染土地再開発に
よる潜在的な年間税収増加を 9 ∼24 億ドル(約 1 ∼3 千億円)、雇用増加を 55 万人と見積もっている。
2 当初は、汚染土地を買って、修復費用を安く上げることで鞘を抜く特殊な開発業者が存在したが、修
復費用の相場観が形成されるにつれて、こうした商売は成り立たなくなってきている。
1
6
3.土壌汚染土地の類型
土壌汚染土地は、大きく分けて、次の 5 類型に分類することができる。
表1−3 土壌汚染土地の5類型
Ⅰ 土地への強い需要
民間事業者が費用を吸収
Ⅱ 土壌汚染土地の罠①
土地を購入・開発する事業者が現れない
Ⅲ 土壌汚染土地の罠②
所有者が売却あるいは再利用・再開発をしたがらない
Ⅳ 土地のしまい込み
土地を汚染した遊休地として放っておく
Ⅴ 土地の放棄
政府による修復作業の実施
(出所)Geltman(2000)より作成
Ⅰ類型からⅣ類型は、事業遂行能力のある所有者が存在する場合であり、土壌汚染土地の再開発
を行うにあたっては、①所有者が修復作業を実施した上で再開発をする、もしくは第三者への売却を行
う、②現在の所有者が修復作業にかかる費用を差し引いて売却し、購入者が修復作業および再開発を
行う、のいずれかの方法が基本的に採用されることになる。
Ⅰ類型は、立地などが優れており、土地に対する需要が非常に強い場合であり、特段の手助けがな
くても、民間事業者によって修復作業が実施される。しかしながら、ここで問題となるのは、修復作業が
規制当局の承認を得たものではないために、後日その修復作業が不十分と見なされた場合には、修復
義務が改めて発生する恐れが残る点である。そのため、多額の費用をかけて、法的に求められる基準を
遥かに上回る修復作業を実施する必要があることから、Ⅰ類型に該当する土壌汚染土地は限られた存
在となってしまう。
Ⅱ類型は、所有者に売却や開発の意思はあるものの、土壌汚染に伴って発生する費用負担の重さ
や不透明さが原因で、こうした土地を購入し再開発しようとする事業者や、開発に対して資金供給をす
る金融機関が現れないものである。
Ⅲ類型は、有効活用されていない土地に何らかの土壌汚染が存在する可能性があり、そのままの状
態で事業を続けていくのは特に問題ない一方で、再開発や事業の拡大、売却などをしようとした場合に
は、金融機関から環境調査を求められることで土壌汚染が発見される、あるいは規制のより厳しい用途
に変更になることで汚染が問題となる、といった可能性があるため、それを恐れる所有者が何もしないと
いうものである。有効活用されていない以上、所有者としては何らかの手立てを講じることが望ましいが、
土壌汚染が発覚した場合、それが例えば担保物件であれば、再開発や事業の拡大どころか、既存の融
資にまで影響が出かねないため、動くに動けないのである。
Ⅳ 類 型 は 、 余 計 な リ ス ク を 一 切 冒 さ な い た め に 、 遊 休 地 と し て 仕 舞 い 込 ん で お く ( mothballed
property)ものである。なお、こうした仕舞い込みが可能となるのは、一般的には、余裕のある、あるいは
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規模の大きい所有者となってくる 1。
Ⅴ類型は、事業遂行能力のある所有者や管理者が、倒産などによって存在しない、あるいは存在し
たとしても土地の固定資産税すら払えないというものであり、言い換えれば、放置された土地ということに
なる。修復義務を負うことができる所有者が存在しないため、開発しようとする場合には、開発主体にか
かる義務を負う必要が生じることから、通常こうした土地の環境を修復し再開発しようとする民間業者は
存在せず、連邦・州政府が、スーパーファンド法あるいはこれに準ずる州法の命令によって修復作業を
実施せざるを得ない。
こうした 5 類型について公的支援の観点から見ると、Ⅰ類型は、支援が不要な土地である。Ⅴ類型は、
全額公的資金による環境調査や修復が必要となるため、対応可能な土壌汚染土地は限られてくる。従
って、土壌汚染土地の再開発を促進する上で、公的支援が投資誘因策として効果的なのは、Ⅱ∼Ⅳ類
型ということになる。
Ⅱ∼Ⅳ類型の土壌汚染土地の再開発を促進する上で有効となる支援制度は、①土壌汚染が原因で
発生する費用を公的機関が援助する、②公的機関が資金供給する、③再開発事業そのものに対する
財政的な支援を行う、④できるだけ簡易な修復作業がスーパーファンド法における浄化義務を充足する
ものとなるようにする、といったものである。Ⅲ・Ⅳ類型、特に後者は、Ⅱ類型に比べて支援制度が必ずし
も有効ではなく 2 、所有者に再開発を実行しようとする気にさせることが難しい場合も多いが、いずれにし
ろ、リスクと収益を天秤にかけて収益が上回ると判断されれば開発が行われることになるのであり、公的
機関の役割は、収益が増えるように財政的な支援を行うこと、そしてスーパーファンド法による浄化義務
リスクができるだけ予測可能かつ小さくなるようにすることである。次章では、連邦・州政府の支援制度を
具体的に見ていくこととする。
General Electric(GE)が、土壌汚染土地対策でこの手法を開発した代表例としてよく挙げられる。
GE の土壌汚染土地への対応方針は、「買わない、売らない、賃貸借しない」である。
2 バージニア州では、Ⅳ類型の土地を市場に出させるための誘因策として新たに罰金免除制度を設け
た。これは、土壌汚染土地を新たに市場に出した所有者は、その土地に関する環境法令違反による罰
金がたとえあった場合でも、これを免除されるというものである。導入されたばかりであり、また他州にはな
い独自の制度であるため、依然未知数ではあるものの、その効果の程が期待されている。
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Ⅱ.土壌汚染土地に対する支援制度
1.概要
土壌汚染土地に対する支援制度は、地域経済の活性化という色彩がより強いため、州政府が主導す
る形で整備されてきている。その中でまず重要となってくるのが、スーパーファンド法による浄化義務リス
クをどれだけ予測可能かつ小さくできるのかという点である。スーパーファンド法の浄化命令を受けると
多額の費用が必要となるため、まずこのリスクを事前に取り除いておくことが、土壌汚染土地の再開発を
行う大前提となるのである。しかしこれだけでは不十分であり、やはり財政的な支援が必要となってくる。
両者は、車の両輪であり、どちらが欠けても土壌汚染土地の再開発は上手く進んでいかないのである。
スーパーファンド法による浄化義務リスクに関する支援制度で最も一般的となっているのが、各州に
おける自発的修復制度(VCP: Voluntary Cleanup Program)である 1。自発的修復制度は、土壌汚
染土地の再開発を行いたい場合に、自ら進んで州当局との協議を行い、スーパーファンド法による浄化
義務リスクを基本的には充足する修復作業計画を策定し、修復作業を実施して何らかの形での修復完
了承認を州当局から得る、というのが一般的である 2 。自発的修復制度を活用する利点は、民間側が主
導権を持って進められる点であり、土壌汚染土地の所有者や開発業者は、いつでも修復作業の手続き
を開始することができるとともに、協議に基づいて比較的柔軟且つ自由に修復作業計画が策定され、費
用の増嵩や遅れを強いられる可能性も低いため、修復にかかる費用と時間を最小限に抑えることができ
るのである。連邦政府は、以前はこうした州政府による修復完了は、スーパーファンド法における浄化義
務がなくなることを意味しないという立場を取っていたが、2002 年に成立した土壌汚染土地法(Small
Business Liability Relief and Brownfields Revitalization Act3: 通称 Brownfields Law)によっ
て、州政府による修復完了は、一定の条件を満たせば、スーパーファンド法上の浄化完了と同義と見な
されることとなった。
補助金や融資などによる財政的な支援制度が土壌汚染土地の再開発において特に効果を発揮す
るのは、①環境調査や修復作業によって余分に必要となる費用を軽減し、事業に経済性を持たせる、
②未利用地・未開発地との競争において、土壌汚染土地に魅力を持たせ、開発業者が郊外へ流出す
1
自発的(voluntary)というのは、スーパーファンド法もしくはこれに準ずる州法により強制的に命令さ
れ執行される(enforcement)修復作業ではない、という意味である。
2 環境調査の結果、修復作業は必要ないということを州当局が承認するというものが含まれる場合もあ
る。
3 中小企業(small business)という文字が法律名に入っているが、法案成立の経緯でそうなったもの
であり、この法律が中小企業を対象の中心にしているという意味ではない。具体的には、本法律は、上
院案が柱となっているが、法案成立のために中小企業対策を前面に打ち出す下院案を取り入れ、その
ことを形にするために名称に中小企業が含まれたのである。中小企業対策は、ごく限られた内容であり、
通称は実態を示す Brownfields Law となっている。
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るのを防ぐ、③不確定な要素も併せ持つ初期段階への支援によって、金融機関からの資金調達を容易
にするという効果も含めて、土壌汚染土地の再開発事業を動き出させる、といった点においてである。
以下に、連邦・州政府の支援制度を個別に見ていくこととする。
2.連邦政府の支援制度
土壌汚染土地の修復や再開発を対象とした連邦政府の支援制度がいくつか用意されている。連邦環
境保護庁がその中心となっているが、これ以外の例えば国防総省陸軍工兵隊 1 などもこうした制度を管
轄している。表 2−1 は、連邦政府が有している土壌汚染土地の修復および再開発に対する支援制度
の一般的な種別である。連邦政府の支援制度は、州をはじめとした地方自治体に対して資金を提供し、
そうした自治体が、これを原資に民間事業者や公的機関に対して支援を行う間接的なものが中心とな
っている。
表2−1 連邦政府による環境汚染土地再開発支援策の種別
内 容
州、郡もしくはそれ以外の自治体に対して、基本的にその人口に応じて与
規模別補助金
えられるもの
州、郡などの地方政府もしくは民間機関に対して、特定の事業やサービ
事業補助金
ス、製品を対象に与えられるもの
融資
対象者に直接貸付が行われるものであり、通常低利
保証
民間金融機関からの借入に対して保証を行うもの
直接あるいは民間保険会社を通じて、特定の事象によって発生した損失を
保険
補償するもの
施設売却等
連邦政府の施設や所有物を売却、交換もしくは寄付するもの
技術支援
地方政府に対する技術支援を行うための補助金
(出所)National Brownfield Association(2002)
こうした制度は、再開発や環境などに関する既存の支援制度を活用したものも多いが、一方で表 2 −
2 に挙げたものは、土壌汚染土地支援のために作られた制度である。中心となっている環境保護庁の
制度は、再開発の初期段階において土壌汚染土地であるが故に発生する環境調査および修復作業の
負担を軽減することが基本的な目的となっている。環境保護庁は、かかる制度を通じて 2001 年度まで
に 2 億 8 千万ドル(約 3 百億円)の予算を投じ、この結果、 3,600 件の土壌汚染土地に補助がなされ、
それが 46 億ドル(約 5 千億円)の開発に繋がり、 2 万人の雇用を創出したとしている 2。
1
橋やダムの建設など水に関連したものを中心とした公共事業を遂行する。
これら以外にも、後述する廃棄物管理法( Resource Conservation and Recovery Act )の規制土
地を対象とした小規模な制度(予算額約 30 万ドル(約 4 千万円))がある。
2
10
表2−2 連邦政府機関環境汚染土地支援制度一覧
機関
対象
支援先
内容
金額
州政府、地方政府 有害物質による汚染の調査や 1機関原則上
環境調査
機関
再開発計画の策定
限20万ドル1
浄化作業に対する融資を無
回転融資 州政府、地方政府 利子もしくは低利子とするため 1機関上限100
資金
機関
万ドル3
2
の原資
環境保護
1施設上限20
庁
州政府、地方政府 対象機関の所有する汚染土 万ドル(1機関5
修復
機関、非営利団体 地の修復作業
施設まで)3
環境汚染土地により被害を受
州政府、地方政府
1機関上限20
職業訓練
けている地域における修復作
機関、非営利団体
万ドル
業に関連した職業訓練
州政府、地方政府 再開発事業における修復や 1件上限2百万
住宅都市
再開発
機関
準備金、低利融資の原資
ドル
開発局
一般調達 連邦政府 州政府、地方政府 再開発への連邦政府資産の
局
保有資産 機関、非営利団体 提供
浄化費用の発生時での全額
財務省
修復
一般事業者
控除(資産計上せず)
(出所)各機関HPより作成
1
汚染の程度によっては最大35万ドル、また石油製品による汚染がある場合には重ねての利用が可能
2
4割を上限に、別の対象機関(他の自治体等)への浄化作業を対象とした補助金とすることも可能
3
補助金を受けた機関はその2割にあたる費用を併せて拠出する必要がある
予算規模
850百万ド
ル(今後5
年間)
29百万ドル
(02FY)
300百万ド
ル(推計)
連邦政府は、こうした個別の制度に加えて、より効果的に土壌汚染土地問題に対処するために、 20
を超える連邦政府機関における 100 以上の達成目標を示した土壌汚染土地に関する連携行動計画
(Brownfields Federal Partnership Action Agenda)を制定している。達成目標の内容は、土壌汚
染土地対策を予算の優先事項に据えることから、土壌汚染土地の再開発へ政策の柱を移行させること、
情報の共有を図る仕組みを確立することなど、さまざまである。その中で目玉として謳われているのは、
①環境保護庁による 5 年間で 8 億 5 千万ドル(約 1 千億円)の予算確保 1、②商務省経済開発局や住
宅都市開発局における既存支援制度の中での土壌汚染土地対策の優先的取り扱い、③商務省海洋
大気局が取り纏める主要交通施設の整備事業での土壌汚染土地の積極的活用、といったものである。
また、特筆すべき点としては、環境保護庁の制度は、競争によって補助金対象を決定する仕組みを
採用しており、高い点数を取った申込者から補助金が得られるようになっている点が挙げられる。点数は、
申込者から提出された資料に基づいて、表 2 − 3 に示した観点について 2、環境保護庁の代表を中心と
した委員会によって付けられるものであり、第一段階で足切りが行われた後 3 、第二段階の点数で、最終
的な補助金受領者が決定される。すなわち、①経済の活性化、②環境への悪影響の削減、③既存社
1
2
3
2002 年度の年間予算額は約 1 億ドルであり、ほぼ倍増されている。
補助金の種類によって基準は若干異なっているが、内容的には大きな違いはない。
制度の形式要件に充足しているかどうかも併せて審査される。
11
会資本の活用、④公共施設の建設促進、⑤地域経済における必要性、⑥事業者の適格性、⑦資金の
地域再分配、⑧地域住民の参加、といった面で、客観的に見て意義の高い事業から補助金が得られる
のである。なお、その他の連邦機関の支援制度や後述する州政府の支援制度においても、同様に点数
によって競争する方法がしばしば採用されている。
表2−3 連邦環境保護庁の補助金審査における評点基準の概要
評価内容
項 目
地域における必 地域の状況(貧困率、失業率、人口、人種構成等)
要性
環境汚染土地の規模(数、面積等)と地域への影響
各段階(調査・浄化・再開発)における必要資金
第 呼び水効果
申込者ならびに他の機関(含む民間)による資金提供
一
補助金の必要資金への適合性および補助金による呼び水効果
段
補助金の管理方法および専門能力の活用手法
階 管理能力
一般的な連邦資金の利用実績および過去の会計監査結果
過去の同種補助金の利用状況
対象となる地域・事業の選定方法
対象選定方法
優先順位付けにおける工夫
予算
対象事業の具体的な使途(人件費、設備費等)
環境汚染土地の 環境汚染土地の持続可能な再利用を促進するための方法
開発可能性
環境汚染土地の再開発計画およびその経済効果
環境被害の削減効果
環境被害の削減 環境被害の削減方法および代替手段ならびに補助金の使われ方
第
影響を受けやすい人々(子供、妊婦、低所得者等)の数
二 既存社会資本の 既存社会資本利用の有無
段 再利用
既存社会資本を利用した開発の有無
階
補助金による公園や緑化地域設置への寄与
緑化・空地
他の環境汚染土地開発との連携
当該申込における地域の参加
地域との連携関係構築の状況
地域参加
浄化方法および再開発計画の決定における地域の参加
地域との連絡方法
(出所)環境保護庁HPより作成
12
3.土壌汚染土地法
土壌汚染土地法は、土壌汚染土地の再開発を促進することを目的に制定された法律であり、その内
容は、大きく 3 つに分けられる。まず 1 つめが連邦政府における支援制度の拡充である。従前、年間約
1 億ドルだった予算枠が、今後 5 年間において、年額 2 億ドル(約 2 百億円)に設定されている 1。内訳
は、①1 億 5 千万ドル−環境保護庁が有する既存の支援制度、② 5 千万ドル−それまで対象となってい
なかった石油製品による汚染土地(多くは給油所)を対象に含めるための資金 2 、となっており 3 、前述の
土壌汚染土地に関する連携行動計画を法律面から手当てするものとなっている。また、かかる支援制
度における補助金や融資の使途として、環境保険の購入が追加されている。これは、環境保険が土壌
汚染土地の再開発にとって有効である一方、その活用が実際には中々進んでいないことに起因する措
置である。
2 つめは、スーパーファンド法における浄化義務対象の制限である。汚染源ではない土地所有者、善
意の土地所有者 4および新規購入者については、一定の条件を満たせば汚染浄化責任が免除されるこ
とになったのである。汚染源ではない土地所有者とは、所有する土地の汚染が専ら近接する他人の土
地での有害物質の発生によって引き起こされた者を指しており、土地購入時に汚染の存在を認識して
いた場合や、汚染発生時に必要とされる一定の処置 5 をとらなかった場合を除いては、汚染浄化義務が
発生しないこととされている。
善意の土地所有者については、スーパーファンド法において既に浄化義務の対象外とされているが、
善意の土地所有者と見なされるための条件が曖昧で極めて限定的な解釈しかなされてこなかったことか
ら、かかる条件を明確化することで、その範囲を実質的に拡大せんとしている。
また、土地を新たに購入して開発を行う場合、土地購入者は、購入以前に起きた汚染に関するスー
パーファンド法上の責任対象から除外されることになる。購入時点で汚染の存在を知っている、あるいは
1
加えて、連邦政府の支援制度は、スーパーファンド法の対象、つまり規模が大きく汚染の激しい土地
の修復を念頭においているため、手続き面で満たすべき基準が厳しいが、本法律ではこれを一部緩和
している。
2 石油製品による汚染については、その修復作業のために燃料税を財源とする地下貯蔵施設基金
(Leaking Underground Storage Tank Trust Fund)があるため、今まで土壌汚染土地対策の対象
からは外されていたものである。石油製品による汚染土地は、①他の石油製品による汚染土地よりもリス
クが低く、②支払能力のある汚染責任者が存在せず、かつ潜在的汚染責任者ではない者が環境調査
や修復作業を実施する場合に、対象となりうる。
3 大統領が必要と認める場合は、対象の土地に限って、環境保護庁の制度の要件に合致しなくても、
資金面での援助が受けられることとされている。
4 土地購入時に、可能な範囲の必要な環境調査を実施し、土壌汚染が存在しないことを確認している
所有者
5 連邦政府への通報や立入禁止の看板・柵の設置など
13
購入後に汚染が発見された場合でも、必要とされる一定の処置をとるだけでよく、浄化義務は発生しな
い 1 。これらの改正点は、純粋な意味からは支援制度とは言えないが、土壌汚染土地の再開発を進める
上で障害となっていた部分を取り除くものとなっている。
3 つめは、州政府における修復制度に対する資金提供およびその位置付けの向上である 2 。連邦政
府は、州政府による修復制度に対して、それがスーパーファンド法に準じた法律などによる強制的なも
のであろうと、自発的修復制度によるものであろうと、今後 5 年間にわたって年 5 千万ドル(約 60 億円)
の補助金枠を設定している。州政府は、直接の補助金や低利融資の原資、保証履行の準備金、環境
保険への支援などの形で、この資金を自らの持つ修復制度に充てることができるとされている。
加えて、州政府の制度によって修復された土地に関しては、従来スーパーファンド法による修復義務
が無くなることはなかったが、州政府の十分な監督の下に修復作業が実施された土地は、特別な場合
を除いて 3 、スーパーファンド法上も浄化が完了した土地と見なされることとなった 45 。この結果、数の上
では圧倒的に多い州政府の制度によって修復作業が行われた土地が、スーパーファンド法上の浄化義
務から自由になるため、土壌汚染土地の再開発の促進に繋がるものと期待されている。
1
連邦政府が修復作業を実施した場合は、その分土地の値段が上昇することが想定されるが、土壌汚
染土地法では、連邦政府に対してこうした価値上昇分に対する先取特権を設定することを認めている。
2 対象となるための要件として、環境保護庁との間で自発的修復制度の内容に関する合意確認書
(Memorandum of Agreement)を締結している、もしくは修復制度が、法律に基づいた州政府の監視
の下に行われている、住民参加の機会が提供されている、といったいくつかの条件を満たしていることが
求められている。
3 優先浄化土地および特段の考慮が必要な土地(飲料水への汚染がある土地など)は対象外
4 対象となりうる要件として、修復作業を実施するあるいは実施する予定の土壌汚染土地の一覧を整備
することを掲げており、州政府にかかる一覧の整備を促している。
5 ①州政府からの要請がある場合、②汚染が州の境界を越えたもしくは連邦政府の施設に侵入した場
合、③汚染人々の健康や環境に対して危険が差し迫っており、追加的な措置が必要と認められる場合、
④汚染や土地の状況について新たな情報が見つかった場合は、この限りではない。
14
4.州政府の支援制度
(1) 自発的修復制度
スーパーファンド法による浄化義務発生リスクを回避し、土壌汚染土地の再開発を促進するための代
表的な支援制度である自発的修復制度は、 1988 年に最初にミネソタ州で導入され 1、現在ではほぼ全
てに当たる 47 の州がこれを有しており、表 2 −4 に見られるように、その中身は、各州によって異なって
いる。
表2−4 自発的修復制度
限定的に列挙さ
対象外
優遇措置
料金(単位:百$≒万円)
れている対象
スーパーファンド法における優
廃棄物処理
29 訴追免除証
25 無料
7
1
先浄化土地
施設
修復命令を受けている土
自治体所有
23 修復完了証
15 実費
8
1
地
施設
実費(上
スーパーファンド法以外の汚
特定地下水
上限27.5∼75 3
21 税優遇
6
1
限あり)
染修復関連規制対象
区域
差し迫った危険のある施
経済特別区
6 手続き
5 定額
5∼100
11
1
設
域
定額+時 2.5∼50+0.5
飲料水への汚染被害があ
施設購入予
6
2 融資・補助金
4
1
間制
∼0.95/h
る施設
定者
定額+超
修復費用上限
低・中程度
2∼55+実費
9
1
1 修復費用負担責任者
2
過分
設定
汚染土地
潜在的汚染責任者
2
時間制
0.35∼1.1/h
4
汚染原因者
1
50もしくは修復費用の
1%の小さい方
1
溶剤による汚染施設
1
(出所)Environmental Law Institute(2002)、Geltman(2000)より作成
注:右側の数字は該当する州の数
2000 年度に州のスーパーファンド制度もしくは自発的修復制度によって実施・完了した修復作業は
約 4,500 で、このうちの半分近い約 2,200 は、自発的修復制度に基づいて行われている 2。依然として、
州のスーパーファンド制度によって修復作業が行われる方が多いが、自発的修復制度によるものの比
率が高まってきている。
1
2
the Voluntary Investigation and Cleanup Program(VIC)
Environmental Law Institute(2002)
15
自発的修復制度の内容を見ていくと、まずその対象を限定列挙している州は少なく、殆どの州は、土
壌汚染土地でありさえすれば、この制度を利用する最低限の資格が得られるものとしている。一方で、
土壌汚染土地であっても、近い将来も含めて強制的な修復作業が行われるものについては、対象外と
しているところが多い。具体的には、スーパーファンド法における優先浄化土地や、スーパーファンド法
やこれに準ずる州法、廃棄物管理法などによって既に修復命令が下されている土地、あるいは廃棄物
管理法といったスーパーファンド法およびこれに準ずる州法以外で修復作業を求める条文を持つ法律
の規制対象となっている土地が、自発的修復制度の対象外となっている 1。
修 復 完 了 を承 認 するものとして州 が発 行 する代 表 的 なものは、修 復 完 了 証 ( No-Further-Action
letter あるいは Certificate of Completion)と訴追免除証( Covenants-Not-To-Sue )である。このふ
たつに本質的な違いはないが、訴追免除証は、どちらかと言えば強い形での修復完了承認で、修復が
完了した土地については、州当局から、再度の修復作業を求める訴追を原則として 2受けない、つまり修
復義務が発生しなくなるというものである。修復完了証は、これに比べると弱い形での修復完了承認で
あり、実施した修復についてはこれ以上の作業は不要であることのみを約束するものであり、逆に言うと、
州当局が再度の修復作業を求めない蓋然性は高いが、保証は何もされていないということである。但し、
何れにしろ、一旦州政府から修復完了の承認を得た土壌汚染土地で再度修復作業が行われることは、
極めて稀である。
自発的修復制度における修復完了を承認する以外の優遇措置としては、いくつかの州が修復作業
に対する融資・補助金や、不動産価値の修復作業による上昇分の免税などの税優遇といった財政的な
支援を提供しているが、その数は多くない 3 。逆に、自発的修復制度の利用者は、ある程度の費用負担
を行うのが一般的である。規制当局の事務手続きにかかる実費全額を負担させられるものから、時間制、
定額制など、その課金方法および金額水準は様々であるが、数千ドル(数十万円)の負担が求められる
ことが多い。
1
廃棄物管理法は、有害廃棄物の発生、輸送、取扱および廃棄の規制を目的とした法律であり、有害
廃棄物の発生者は、自らを州および連邦の環境保護庁に登録し、その有害廃棄物を、基準を満たし免
許を取得している施設で、確実に処理させなければならない。同法においては、有害廃棄物が人の健
康や環境に差し迫った危険をもたらしている場合や、不法な有害廃棄物の取扱による汚染がある場合
は、修復作業が求められている。自発的修復制度においては、特に廃棄物管理法の規制対象となって
いる土地を対象外とすることが多いが、これは、同法が元々汚染修復を目的とした法律でないこともあっ
て、同法の要求する修復作業においては数多くの必要事項が存在し、規制当局の監視なしに自発的
な修復作業を行うことが難しいためである。
2 不正行為があった場合や、土地の用途が変更になった場合、新たに汚染が発覚した場合、修復基
準が変更となった場合などに、州当局による訴追が可能となるとしている州がいくつかある。
3 特殊なものとしては、ノースカロライナ州が、修復費用の上限を 3 百万ドル(約 3 億円)とし、これを超え
る分は、州が負担するという優遇措置を設けている。
16
以上のように、自発的修復制度は、土壌汚染土地再開発の経済性を高めるために財政的な支援を
するものではなく、あくまで修復完了を承認することで修復作業実施義務が再び発生する不確実性を
取り除くものである。言い換えれば、自発的修復制度は、登録料を支払って「安全土地認定証」を取得
して、再開発の土俵に上がるための資格を得る仕組みである。
(2) 土壌汚染土地支援制度
多くの州では、自発的修復制度に加えて、土壌汚染土地の再開発を、特に財政的、金銭的な面から
直接支援対象とする制度を有している。既に見たように、いくつかの州では、自発的修復制度の中に財
政的な支援を含めており、また逆に、土壌汚染土地支援制度において修復完了の承認を行っている州
もあるなど、両者の間に明確な線引きを行うことは難しいが、 Environmental Law Institute(2002) に
よると、 45 の州が何らかの形で土壌汚染土地の再開発を支援する仕組みを有しており、うち 31 の州で
独立した土壌汚染土地支援制度を有している(表 2 −5 参照)。
表2−5 土壌汚染土地支援制度
限定的に列挙されている対象
対象外
政府が定める経済活性化
汚染原因者
が必要、開発潜在能力を
6
有するなどを勘案して定め
スーパーファンド法におけ
る地域
る優先浄化土地
所有形態、立地、開発計
汚染地下貯蔵施設
画により利用可能かどうか
1
が決定される
優遇措置
環境調査・修復に対する補助
3
金・融資
税優遇
2
再開発に対する補助金・融資
修復完了証
1
訴追免除証
環境保険に対する助成
州が土地を購入し、修復作業
を実施し、開発者に売却
州による環境調査の実施
保証制度
(出所)Environmental Law Institute(2002)、Geltman(2000)より作成
注:右側の数字は該当する州の数
15
12
4
4
3
3
1
1
1
土壌汚染土地支援制度は、土壌汚染土地を再開発するのでありさえすれば利用可能なのが一般
的である。土壌汚染土地を、経済開発を優先的に行いたい区域に対象を限定している州や、汚染の発
生原因者を対象外としている州などがあるが、その数は少ない。
優遇措置で一番多いのは、連邦政府の支援制度と同様に、環境調査や修復作業、廃墟の除去に
対する補助金や融資(民間銀行への保証を含む)である。税の優遇措置を設けている州も多く、具体的
な内容としては、修復費用や投資額の一定部分を支払税額から控除するものや、再開発に伴う新規雇
用者の数に応じて課税額が減免されるもの、再開発に伴う不動産価値上昇による課税資産額増加を
一定期間凍結するもの、などであるが、これについても、修復費用を対象としているものが多い。
17
この他、採用している州は少ないものの注目すべき優遇措置としては、環境保険に対する助成が挙げ
られる。代表的なのがマサチューセッツ州で導入されているものであり、同州で政策金融を提供する民
間機関である Massachusetts Business Development Corporation が、民間保険会社と包括契約
をして通常より保険料が割り引かれた環境保険を提供するとともに、更に保険料の 25 %を補助している。
保険の種類としては、金融機関向けのもの 1 と開発業者向けのもの 2 の両方があり、土壌汚染土地再開
発に関するリスクを補償している。たとえ自発的修復制度や土壌汚染土地法があっても、再修復の可能
性は小さくなるがゼロではないため、特に土壌汚染土地が遊休地として仕舞い込まれている場合には、
再開発の土俵に乗せることは難しいが、環境保険はかかるリスクをゼロにしてくれるものであり、これを通
した支援制度はひとつの大きな手段であると言える。但し、こうした環境保険の支援制度は、始まったば
かりであり、他の各州はまだ様子見の状態にある。
また、ミシガン州では、地方政府が土壌汚染土地再開発公社を設立しており、かかる公社が、①修復
作業や社会資本整備にかかる費用の負担、②施設のリースや購入、提供、③補助金や寄付の受入・配
分、④公社資金の提供、⑤付保、⑥債券発行などの資金調達、といったことを行っている。
(3) 住民参加
土壌汚染土地の再開発を行うことは、通常の再開発以上に地域住民の生活への影響が大きいため、
州政府の支援制度の下での修復計画の策定や修復作業の実施決定に関しては、地域住民への公告
やパブリックコメントの募集、公聴会の開催といった住民参加の手続きが踏まれるのが一般的である。公
告は、郵便や新聞、ラジオなど、様々な媒介を通じて行われ、パブリックコメントは、修復作業の過程で、
公告と連携して行われることが多い。公聴会は、公告やパブリックコメントに比べると限定的に行われるこ
とが多く、優先修復土地を追加あるいは除外する場合や、地域住民の関心が高い場合、住民の要請が
ある場合など、重要な案件に限って開催されている。
また住民参加にあたっては、地域住民に補助金を出すところもある。こうした補助金は、住民側が自ら
の意向を反映させるために必要な専門知識を得るために環境コンサルタントを雇う費用などを対象とす
るものである。
1
①担保土地における土壌汚染発生による債務不履行の補償、②担保土地における汚染発生に伴う
第三者への賠償責任の補償、③担保権実行時に修復を行う費用の補償、という 3 種類が用意されてお
り、これらは一般的に secured creditor と呼ばれている保険である。
2 ①修復作業実施時に発見されていなかった既存汚染修復費用の補償、②修復作業実施時に発見さ
れていなかった既存汚染に伴う第三者への賠償責任の補償、③修復費用の上限設定、④政府による
再度の修復作業命令にかかる費用の補償、という 4 種類の保険が用意されており、これらは一般的に
cost-cup および pollution legal liability と呼ばれている保険である。
18
おわりに
米国の連邦政府や州政府にとって土壌汚染土地の再開発は、重要な政策課題として位置付けられ
ており、多くの支援制度が既に作られ、そして今現在も次々と新しいものが生み出されている。土壌汚染
土地の再開発は、環境問題、中心市街地の荒廃、失業者増加、税収不足、貧富の差の拡大といった
政府にとっての頭痛の種を一挙に解決してくれる特効薬となり得るものなのである。
しかしながら、土壌汚染土地の再開発が順風満帆かと言えば必ずしもそうではなく、まだまだ進まない
ことがあるのも事実である。土壌汚染土地において往々にして発生する障害、①中心市街地に位置し、
工業用や商業用としては高速道路や幹線道路への交通の便が劣っている、②使われていない建物や
設備が残されており、多額の追加費用を要する、③環境規制に関する初期費用負担が大きい、④土壌
汚染土地の再開発に対する誤った認識が残っている、⑤公的機関の支援制度の存在が知れ渡ってい
ない、⑥土壌汚染対策法の施行から日が浅いこともあり、スーパーファンド法の浄化義務リスクが本当に
小さくなっているか確信が持たれていない、⑦土壌汚染土地を扱うだけの能力を有する買い手や開発
業者がいない、⑧住宅用にするには修復費用が大き過ぎ、工業用や商業用には土地が小さ過ぎる、⑨
治安など別途解決すべき点がある、といったものを乗り越えられないのである。こうした場合の対応策とし
て、米国では、土壌汚染土地だけを対象に支援を行うのではなく、より大掛かりな地域全体としての開
発の中に土壌汚染土地の再開発を位置付けて全体として開発を推進していく、あるいは経済性のない
土壌汚染土地については、経過的な利用を図る、もしくは空き地や公園などにしてしまう、という方法が
しばしば採用されている。
まだまだ発展途上ではあるものの、米国における土壌汚染土地の再開発は、公的機関の関与が不
可欠であるとともに、それが成功している分野であると言うことができる。今後更に改善されていく点もあ
ろうが、現段階でも日本が学ぶ点は多くあるものと思われる。
背景となるスーパーファンド法と土壌汚染対策法の違いは踏まえる必要はあるものの、環境面からも
十分で経済性もある修復作業が行われた土壌汚染土地に対して「安全土地認定証」を発行する自発
的修復制度を日本で導入することは、土壌汚染土地の再開発を軌道に乗せて行くために必要な施策
であると考えられる。また、土壌汚染土地支援の費用対効果の高さを勘案すれば、限りある国や地方政
府の財政資金を、特に環境調査や修復費用といった開発の初期段階に対して投じることは、効果的な
政策手段であると言うことができる。
そして、こうした支援制度を土壌汚染土地の再開発事業を活性化に着実につなげていくためのひと
つの方策としては、官民が協調し、知見を集中したモデル事業を立ち上げ、そしてこれを成功させること
が挙げられる。土壌汚染土地の再開発は、環境と経済性のバランスが不可欠であるため協調関係の構
築が重要であり、また様々な専門的知見が要求されるものなのである。こうする試みを成功させることに
19
よって、土壌汚染土地の再開発に関するノウハウが蓄積されるとともに、土壌汚染土地に対する国民の
理解が深まっていくことが期待される。
以 上
(日本政策投資銀行 ワシントン駐在員事務所 岩崎 準)
E-mail: [email protected]
20
(参考文献)
Congressional Quarterly, Vol.59, No.21・ 34・ 49, 2001
Environmental Law Institute, “An Analysis of State Superfund Programs”, 2002
Geltman, Elizabeth, “Recycling Land”, the University of Michigan Press, 2000
Meyer, Peter, “Brownfield Redevelopers’ Perception of Environmental Insurance”, 2002
National Brownfield Association, “Brownfields: The National Perspective”, 2001
National Governors Association, “State Initiatives in Brownfield Redevelopment”, 1997
Northeast-Midwest Institute, “Brownfields: State of the States”, 2001
Simons, Robert A., “Turning Brownfields into Greenbacks”, Urban Land Institute, 1998
US Conference of Mayors, “A National Report on Brownfields Redevelopment vol.Ⅲ”, 2000
US HUD, “Assessment of State Initiatives to Promote Redevelopment of Brownfields”, 1999
竹ヶ原啓介「わが国環境修復産業の現状と課題」日本政策投資銀行調査№3 、1999
その他各機関 HP など
(ヒアリング先)
マサチューセッツ州開発金融公社、 Goulston & Storrs 法律事務所、バージニア州環境局、メリーラン
ド州環境局
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