〔平成 28 年 刑法〕模擬再現答案(作成者:資格スクエア講師 加藤喬) 1 第1.乙の罪責 2 1.乙は、V をナイフで脅して V 方金庫内の現金数百万円を奪 3 う 目 的 で 玄 関 か ら「 人 の 住 居 」た る V 方 に 入 っ て お り 、こ れ 4 は 管 理 権 者 V の 意 思 に 反 す る 立 入 り と し て「 侵 入 」に 当 た る 5 か ら 、 住 居 侵 入 罪 ( 刑 法 130 条 前 段 ) が 成 立 す る 。 6 2.乙が V の顔面を数回蹴りさらにナイフで右ふくらはぎを 1 7 回 刺 し た 行 為 に 、 強 盗 致 死 罪 ( 240 条 後 段 ) が 成 立 す る か 。 8 ( 1 ) ま ず 、「 暴 行 」( 2 3 6 条 1 項 ) は 、 相 手 方 の 反 抗 を 抑 圧 す 9 るに足りる程度のものであることを要し、これは社会通念 10 に従い客観的に判断される。 11 甲 は 、ナ イ フ を V の 顔 面 付 近 に 突 き 付 け て V に 恐 怖 心 を 12 抱 か せ た 上 で V の 顔 面 を 数 回 蹴 っ て い る か ら 、V の 恐 怖 心 13 は 更 に 強 く な る 。 そ の 上 で 、 甲 は 刃 体 の 長 さ 約 10 ㎝ の ナ 14 イフという殺傷能力の高い凶器により Vの右ふくらはぎを 15 1 回刺している。右ふくらはぎは身体の枢要部分ではない 16 が、V が刺された痛みから床に横たわっていたことからも 17 それだけ深くナイフが刺さったといえる。そして、床に横 18 たわるくらい右ふくらはぎを負傷した場合には抵抗や逃走 19 は事実上不可能であるから、反抗を抑圧されるほどの恐怖 20 心 を 抱 く の が 通 常 で あ る 。し た が っ て 、乙 が V の 顔 面 を 数 21 回 蹴 っ た 上 、ナ イ フ で V の 右 ふ く ら は ぎ を 1 回 刺 し た 行 為 22 は 、客 観 的 に 見 て V の 反 抗 を 抑 圧 す る に 足 り る 程 度 の も の 23 と い え 、「 暴 行 」 に 当 た る 。 1 1 (2)次に、V は上記暴行により「言うとおりにしないと、更 2 にひどい暴行を受けるかもしれない」という強い恐怖心を 3 抱くことで反抗を抑圧されたために、金庫及び鍵の場所を 4 乙 に 教 え た 。そ し て 、乙 は 、か か る 情 報 に よ り V 方 6 畳 間 5 の金庫及び鍵を発見し、鍵を使って金庫を開錠して金庫内 6 の 現 金 500 万 円 を か ば ん の 中 に 入 れ そ の 占 有 を 取 得 し た の 7 だ か ら 、暴 行 に よ り V の 反 抗 を 抑 圧 す る こ と で 現 金 5 0 0 万 8 円の占有を取得したとして「暴行…を用いて他人の財物を 9 強取した」といえる。 10 (3)また、V の死亡原因である脳内出血は V の顔面を蹴ると 11 いう暴行により形成されており、かかる暴行も、V の右ふ 12 くらはぎをナイフで刺す行為と共に強盗罪の手段たる「暴 13 行」を構成するから、強盗致死の原因行為に当たる。 14 (4)そして、V の顔面を蹴るという「暴行」による脳内出血 15 が 原 因 で V が 死 亡 し て い る か ら 、「 暴 行 」 と 「 死 」 の 因 果 16 関係もあり、強盗致死罪が成立する。 17 18 3.乙は、住居侵入罪と強盗致死罪の罪責を負い、目的・手段 の 関 係 に あ る 両 罪 は 牽 連 犯 ( 54 条 1 項 後 段 ) と な る 。 19 第 2. 丙 の 罪 責 20 1.丙は、乙の強盗を手伝う目的で V 方に入っているから、V 21 の 意 思 に 反 す る「 侵 入 」が 認 め ら れ 、住 居 侵 入 罪 が 成 立 す る 。 22 2 . 丙 は 、乙 と 二 人 で V 方 金 庫 内 の 現 金 5 0 0 万 円 を か ば ん の 中 23 に 入 れ て い る か ら 、強 盗 致 死 罪 の 共 同 正 犯 ( 60 条 、 240 条 後 2 1 2 段)が成立しないか。 (1)共同正犯の成立には共謀が必要である。 3 丙は、乙の強盗を手伝うという気持ちで、V が右ふくら 4 はぎから血を流して床に横たわっているのを認識した上で、 5 「 ゆ っ く り 金 で も 頂 く か 。」と い う 乙 か ら の 申 し 入 れ に 対 し 6 「 分 か り ま し た 。」と 言 い 了 承 し て い る 。し た が っ て 、乙 丙 7 間 で 、反 抗 を 抑 圧 さ れ た V か ら 現 金 を 強 取 す る こ と に つ い 8 て現場共謀が成立したといえる。 9 (2)丙は共謀に基づき暴行・脅迫という強盗罪の実行行為を 10 行っていないから、承継的共同正犯の成否が問題となる。 11 共同正犯の処罰根拠は構成要件の実現に対する因果性に 12 あるから、後行者の共謀及びこれに基づく行為が構成要件 13 の実現に対して因果性を及ぼしたといえる場合には、その 14 限りにおいて承継的共同正犯の成立が認められると解する。 15 丙 は 、乙 と 共 謀 の 上 、共 謀 加 担 前 の 乙 の 行 為 に よ る V の 16 反 抗 抑 圧 状 態 を 利 用 し て 乙 と 二 人 で V 方 金 庫 内 の 現 金 500 17 万 円 を か ば ん の 中 に 入 れ た こ と で 、現 金 500 万 円 に つ い て 18 の占有侵害について因果性を及ぼしている。他方で、共謀 19 加 担 前 の 乙 の 暴 行 に よ っ て 生 じ た V の 死 亡 に つ い て は 、丙 20 の共謀及びこれに基づく行為は因果性を有しない。 21 22 23 し た が っ て 、強 盗 罪 の 限 度 で 承 継 的 共 同 正 犯 が 成 立 す る 。 3.丙は、住居侵入罪と強盗罪の共同正犯の罪責を負い、両罪 は牽連犯となる。 3 1 2 第3.甲の罪責 実行行為を行っていない甲には、乙による住居侵入罪・強盗 3 致死罪について共謀共同正犯が成立しないか。 4 1 . 共 謀 共 同 正 犯 は 一 次 的 責 任 を 負 う 正 犯 で あ る か ら 、そ の 成 5 立には、①共謀と②共謀に基づく実行行為に加えて、③正犯 6 性が必要である。 7 甲 は 乙 に 対 し「 V の 家 に 押 し 入 っ て 、V を ナ イ フ で 脅 し て 」 8 V 方金庫内の現金数百万円「を奪ってこい」と指示し、これ 9 に 対 し 乙 が 「 分 か り ま し た 。」 と 言 い 了 承 し た 。 こ れ に よ り 、 10 甲乙間で、乙が V 方に侵入し V をナイフで脅して V 方金庫 11 内 の 現 金 数 百 万 円 を 奪 う こ と に つ い て 共 謀 が 成 立 し た ( ① )。 12 次に、甲は、暴力団某組の組長に次ぐ立場に基づき、奪っ 13 た現金の 3 割を乙の分け前とする提案をして、乙に犯行を指 14 示している。これにより乙は、某組内で上の立場にいる甲の 15 命令には逆らえないと考えるとともに、分け前も欲しいと思 16 い犯行を決意しているから、乙の犯意誘発に対する甲の寄与 17 度 は 大 き い。さ らに、甲 は 、一 人暮 ら しの V の 自 宅 に 現 金数 18 百万円を入れた金庫があるという特殊な情報を乙に伝えると 19 ともに、住居侵入・強盗に使われた玄関扉の開錠道具・ナイ 20 フの購入資金として現金 3 万円を乙に渡すことで、重要な役 21 割 を 果 た し て い る 。し た が っ て 、甲 の 正 犯 性 も 認 め ら れ る( ③ )。 22 23 2 .し か し 、乙 の 実 行 前 に 、甲 が 乙 に 対 し 、 「 犯 行 を 中 止 し ろ 。」 と指示しているから、共謀関係からの離脱により、乙の実行 4 1 行為が共謀に基づく(②)とはいえなくなるのではないか。 2 共同正犯の処罰根拠は構成要件的結果に対する因果性にあ 3 るから、自己の関与行為の因果性が除去されれば、共謀関係 4 からの離脱が認められると解する。 5 確かに、甲は乙に対し犯行中止の指示を行い、これに対し 6 乙 が「 分 か り ま し た 。」と 返 事 を し て い る か ら 、こ れ に よ り 甲 7 の関与行為の因果性が除去されたとも思える。 8 しかし、乙が中止の指示に従わず実行行為に及んだのは、 9 多額の現金を入手できる絶好の機会である上、手元にナイフ 10 等の道具があったからである。それゆえ、甲は、数百万円の 11 3 割という多額の分け前の約束及びナイフ等の購入資金の提 12 供を通じて、乙に対して強い心理的因果性を及ぼしていたの 13 だから、心理的因果性を除去するためには共謀がなかった状 14 態に復元するための相当の措置を講じする必要があるが、こ 15 れを講じていない。 16 また、甲によるナイフ等の購入資金の提供は犯行の物理的 17 因果性を設定するものでもあるところ、甲はナイフ等を乙か 18 ら回収して物理的因果性を除去することもしていない。 19 20 21 22 23 したがって、因果性の除去は認められず、乙の住居侵入・ 強盗は甲乙間の共謀に基づく(②)といえる。 3.そして、強盗致死罪の成立には死についての故意は不要だ か ら 、住 居 侵 入 罪 及 び 強 盗 致 死 罪 の 共 謀 共 同 正 犯 が 成 立 す る 。 4.甲は、上記 2 つの罪責を負い、両罪は牽連犯となる。 5 1 第4.丁の罪責 2 1.丁は、V 方の金品を盗む目的で V 方に入っているから、V 3 の 意 思 に 反 す る「 侵 入 」が 認 め ら れ 、住 居 侵 入 罪 が 成 立 す る 。 4 2 . 丁 は 、 V「 の 財 物 」 で あ る 本 件 キ ャ ッ シ ュ カ ー ド を ズ ボ ン 5 の ポ ケ ッ ト に 入 れ る こ と で 「 窃 取 」 し て お り 、 窃 盗 罪 ( 235 6 条)が成立する。 7 3 .丁 が V か ら 本 件 キ ャ ッ シ ュ カ ー ド の 暗 証 番 号 を 聞 き 出 し た 8 行 為 に つ い て 、 強 盗 利 得 罪 ( 236 条 2 項 ) が 成 立 す る か 。 9 (1)強盗罪の「暴行又は脅迫」は客観的基準により判断され 10 るというのは、たまたま被害者の反抗が抑圧されなくても 11 強盗未遂罪が成立し得るという意味において妥当性を有す 12 る に す ぎ ず 、被 害 者 の 特 殊 事 情 を 考 慮 し て「 暴 行 又 は 脅 迫 」 13 を認めることを排斥する趣旨のものと解すべきではない。 14 丁 が V を に ら み 付 け な が ら「 暗 証 番 号 を 教 え ろ 」と 強 い 15 口調で言った行為は、V が既に反抗抑圧状態にあったこと 16 を考慮すれば、V の反抗抑圧状態を継続させるという意味 17 で 反 抗 抑 圧 効 果 を 持 つ と い え る か ら 、「 脅 迫 」 に 当 た る 。 18 19 ( 2 )次 に 、処 罰 範 囲 の 明 確 性 の た め 、 「 財 産 上 … の 利 益 」に は 、 財物と同視できる程度の現実性・具体性が必要である。 20 本件キャッシュカードと暗証番号を併せ持つことは、両 21 者 を 用 い て 事 実 上 AT M を 通 し て 当 該 預 貯 金 口 座 か ら 預 貯 22 金の払戻しを受け得る地位として、財物と同視できる程度 23 に現実的かつ具体的な「財産上…の利益」に当たり得る。 6 1 ( 3 ) ま た 、 本 罪 は 移 転 罪 だ か ら 、「 財 産 上 … の 利 益 」 は 、 利 得 2 と喪失の対応関係が認められるものでなければならない。 3 確かに、暗証番号は丁・V 間で共有されるにすぎずそれ 4 自 体 が V か ら 丁 に 移 転 す る わ け で は な い 。し か し 、丁 が 前 5 記 (2)の 地 位 を 取 得 す る 反 面 に お い て V は 預 貯 金 債 権 に 対 6 する支配力が弱まるという財産上の損害を被るという意味 7 での利得と喪失の対応関係を認めることができるから、前 8 記 (2)の 地 位 も 「 財 産 上 … の 利 益 」 に 当 た る 。 9 ( 4 ) さ ら に 、丁 は 、 前 記 ( 1 ) の 脅 迫 に よ り V に 強 い 恐 怖 心 を 抱 10 か せ て そ の 反 抗 を 抑 圧 し 、暗 証 番 号 を 聞 き 出 し て い る か ら 、 11 前 記 (2)の 地 位 を 「 強 取 し た 」 と い え る 。 12 ( 5 )そ し て 、丁 は V の 反 抗 抑 圧 状 態 を 認 識 し た 上 で「 強 く 迫 13 れば、容易に暗証番号を聞き出せる」と考え脅迫に及んで 14 い る か ら 、前 記 ( 1 ) の 脅 迫 が V に 対 す る 反 抗 抑 圧 効 果 を 持 つ 15 こ と も 認 識 し て お り 強 盗 罪 の 故 意( 3 8 条 1 項 本 文 )が あ る 。 16 (6)したがって、強盗利得罪が成立する。 17 4.丁は、本件キャッシュカードを用いて、名義人以外の者に 18 よる預金の引出しには応じないという G銀行 Y支店の意思に 19 反 し て AT M か ら 現 金 1 万 円 を 引 き 出 す こ と で こ れ を 「 窃 取 」 20 しているから、窃盗罪が成立する。 21 5.住居侵入罪、本件キャッシュカードの窃盗罪及び強盗利得 22 罪 は 住 居 侵 入罪 をか す が い と し た 1 個 の 牽 連 犯 とな り 、こ れ 23 と 現 金 1 万 円 の 窃 盗 罪 と は 併 合 罪( 45 条 前 段 )と な る 。以 上 7
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