- Ⅰ - 目 次 は じ め に 1 《 Charlie Parker Story on Dial 》 8 Charles

目次
は じめに
《 Charlie Parker Story on Dial
》
《
》
Charles Parker
Now's
The
Time
《 Swedish Schnapps
》
Charles Parker
》
Bud Powell's Moods
《
》
The Hard Swing
》
Dexter Gordon《 Our Man In Paris
《
》
Sonny
Stitt
Bud
Powell
&
J.J.Johnson
》
Sonny Stitt sits in with the Oscar Peterson Trio
《
《
Sonny Stitt
- Ⅰ -
1
37 34 29 24 18 8
49 41
》
Landscape
》
Straight Life
《 Notes From A Jazz Survivor
》
Art Pepper
John Coltrane & Art Pepper
《
》
John Coltrane
Ballads
》
The World According To John Coltrane
《
Art Pepper
《
Art Pepper
《
》
Jazz
Cafe
Presents
Sonny
Stitt
《 Modern Art
》
Art Pepper
《 The Hollywood All-Star Sessions Box Set
》
Art Pepper
《
《
》
Sonny Criss
Out
of
Nowhere
《 Swing, Swang, Swingin'
》
Jackie McLean
《 People Time
》
Stan Getz & Kenny Barron
《 Confirmation
》
Kenny Barron
《 Rythm-A-Ning
》
Kenny Barron & John Hicks Quartet
》
Night And The City
The Legend of Jazz Live at Blue
《
Charlie Haden & Kenny Barron
《
The Great Jazz Trio
》
Note Tokyo
Fusion of Jazz and Classical music?
East Of The Sun (West Of The Moon)
《
》
Wynton Marsalis
The
Magic
Hour
《 From My Heart
》
Eric Reed
- Ⅱ -
- Ⅲ -
55 52
93 89 86 82 78 73 69 63 59
100 96
105
108
144137123118112
《
》
Eric Reed
Plenty
Swing,Plenty
Soul
《 Meditation
》
Jasper Van't Hof
小川 隆夫『名 盤のウラ に記された 真実』
『ジャズ の教科書 』
は じめに
ビーバップ Bebop
とは 何か。一九 四〇年代 に起こっ たジャズ
かみわざ
のスタ イルで、 神業とも 思える速さ で原曲を アレンジ し、即興
演奏するジャズの一派とでも言おうか。日本でジャズというと、
帝王マイルス・デイビス Miles Davis
を 思い 浮かべる人 が多い
だろうが 、彼を一躍 有名にしたモー ド ジ
・ ャズは 、ビーバップ
とは 対照的な 、浮遊感漂うか すれるような響き 。 ビー バップ
時代のデ イビスの演 奏なんか 、スピード につい ていくのが やっ
とで 、聴いてい るだけで も気の毒 になってく る。
さて、僕 がジャズ を本格的 に聴きだし たのは 、大学を卒 業し
てか らだが、 もう三十年 近くも 前のことで ある。自 分は演奏 を
- Ⅳ -
-1 -
160153150147
しない から、楽 器に関し て詳しいこ とは分か らない。 したがっ
て、ここに 収めた文 章はジャ ズを論じた もので はなく、ジ ャズ
た
き
をめ ぐる随想に 過ぎない 。本来は 論じるべき アルバ ムでも、言
葉を失う だけで、た だ感嘆す るしかなか ったも のもある。
ひ
一口 にジャズ といって も、ジャン ルは多岐 にわたる 。大学生
の頃まで は、もっぱ らクラシ ック音楽 を聴いて いたから 、最初
はメ ローな曲 に惹かれた ものだ が、次第に ビーバッ プの世界 に
の め り 込 ん で いっ た 。 ビ ー バッ プ の代 表と い った ら 、「 ジ ャ ズ
の神様」と言われたチャーリー・パーカー Charles Parker
だが 、
僕の場合はパーカーの弟子であるソニー・スティット
Sonny
か ら入って 、年代を さかのぼ る形でパー カーを 理解してい
Stitt
った。ス ティッ ト同様にパー カーの 後継者とさ れるデク スター
・ ゴードン
、ソニー・クリス Sonny Criss
やジャ
Dexter
Gordon
ッキ ー ・マ ク リ ーン
、 ジ ョ ルジ ュ ・ロ ベー ル
Jackie McLean
な ど のサックス 奏者も 聴くように なった。
George Robert
同じビ ーバッ プでも、サ ックスか らピアノ に目を転じ ると、
バド・パウエル Bud Powellの才能が際立つ。パーカーの場合
と同様 に、若い 頃の演奏 の方が神が かってい る。精神 を病んで
からは、指が思うように動かなくなったが、そこは天才だから 、
その 時点での能 力を駆使 して、ゆ るやかでも 味わい ある演奏を
している 。
パウエルの後継と目されるのは、ケニー・バロン
Kenny
くんとう
である。サックス奏者スタン・ゲッツ Stan Getz
の薫 陶
Barron
を受 けたと言 われるが、 ビーバ ップの精神 を継承す るピアニ ス
-2 -3 -
トであ る。ケニ ー・バロ ンに関して は、スタ ジオ録音 より、ラ
イブでの演 奏の方が 素晴らし い。観客の 反応が ピアニスト の精
神を 高揚させ、 神が降臨 する空間 を創出する のであ る。
スタン・ゲッツに関しては、初期のビーバップでの演奏では、
本来 の持ち味を まだ生か していな い。本領は ラテン 音楽のボサ
ノバと思われがちだが、技術は年を重ねるにつれ上がっていく 。
死の 直前の演 奏が最高で ある。 その点がチ ャーリー ・パーカ ー
やバド・ パウエルと 対照的で ある。
じょじょう
ジ ャズ演奏家 として、 最も共感 を抱いたの はアー ト・ペッパ
ー Art Pepper
で ある。前 期の抒 情 的な美 しさが日 本人の心 を
とら えて放さ ない。麻 薬中毒で 長年収監 され、奇蹟 的に復活 し
た後期は、ジョン・コルトレーン John Coltrane
の 影響を 受け
て 、激しく荒 削りな 演奏に変貌 した。前 期の演奏に 魅せられ た
人は、余 りの変 容に言葉を 失うが、 怒りや哀 しみ、悔恨 がこも
っ たサックス は、人 生の機微を よくつか んでいる 。
その他 、オル ガン奏者の ジミー・ スミス
や、
Jimmy Smith
ビーバップと は言え ないが、周 辺に位置 するジャ ス・ミュー ジ
シャン について も触れた 。パーカー とも共演 したピア ニスト、
ハンク・ジョ ーンズ
、 端 正 な ス タ イ ル な がら 、魂
Hank
Jones
のこもった深い演奏をするエリック・リード Eric Reed
に つい
ても。即 興演奏が命 のビーバ ップとは対 極の位 置にあるが 、逸
する ことのでき ない味わ いとやす らぎを与え てくれ る。彼が自
立するまで共演したのが、ウイントン・マルサリス
Wynton
Marsalisであ る。また、ジャズとクラシックの両分野で活動す
-4 -5 -
るキー ス・ジャ レット
や 、ヤス パー・フ ァントフ
Keith Jarrett
な ども、逸す ること ができない ピアニス トであ
Jasper Van't Hof
る。
なお、ア ルバムの タイトル は《》でく くり、 曲名は「」に 入
れて原題を添えた。ただ、ジャズのタイトルは日本語に訳すと、
かえって 分かりにく くなるこ とが多い ので、発 音をカタ カナで
表記 するにと どめた場合 が多い 。紹介する 順序も、 アーティ ス
ト同士の 関連を優先 したため 、年代順 や演奏し た楽器別 になっ
てい ない。
二〇一 六年八月 二日
髙 野敦志
-6 -7 -
《
》
Charlie Parker Story on Dial
チャーリー・パーカー Charles Parkerと言うより、愛称のバ
ー ド と呼 ん だ 方 が 親 し みが湧く 。「ジ ャ ズ の 神 様 」と た たえ ら
れ、ビーバップ
という神 業のような即興演奏 の創始者
Bebop
の 一 人 。 ア ル ト サ ッ ク ス の 名 手 で 、「 オ ー ニ ソ ロ ジ ー 」
、
「ココ」 Koko
、
「コンファメーション」 Confirmation
Ornithology
など の名曲を 生んだ。
バード の作品はダ イアル版 、サヴォ イ版、ヴ ァーヴ版 に大別
され る。ステ レオが一 般化する 以前であ り、一九四 〇年代の 録
音技術は 低く、 ノイズがひど い。ダ イアル版は 最悪だっ た。そ
れ で も、 24bit
で リマスター されるようになり、 鑑賞可能な音
質が維持 される ようになっ た。
ア ルバム《 チャーリ ー・パー カー・ス トーリー・ オン・ダ イ
ヤル》 Charlie Parker Story on Dial
は 、一枚目の West Coast Days
と2枚目の East Coast Days
か らなる 。サックス を手にし た若
き日の バードと 小鳥の絵 が、ジャケ ットの表 に描かれ 、前者が
赤、後者が 青を主調 にしたデ ザインにな ってい る。一般に 取り
上げられる曲は、1枚目の West Coast Days
に 多 い。
そ の 中で 注 目 す べ き曲を 挙 げ てい こう 。「 ヤー ド バー ド協 奏
曲」 Yardbird Suite
は 、チ ャーリー ・パーカー の愛称 を冠した
名曲で、 のびのびし た精神が みなぎり 、自信あ ふれる演 奏をし
てい る。もっ たいぶった 名称は 、わざと滑 稽さをね らうユー モ
-8 -9 -
アを感 じさせる 。
「 オ ー ニ ソ ロ ジ ー 」 Ornithology
とは「鳥類学」という意味だ
が、 これもバー ドという 愛称から 来ている。 かなり 奇妙なメロ
ディーだが、実は原曲「海は何と深いんだろう」 How Deep Is
の アレン ジである 。なお、 バードのラ イブに は「オ
The Ocean
ーニソロ ジー」のヴ ァリエー ションが あり、自 分として はオン
・ ダ イア ル のオ ー ソ ドッ ク ス な演 奏 よ り、《 ライ ブ ・ア ッ ト ・
ザ・ロックランド・パレス》 Live At The Rockland Palace
の乗
りに 乗ってぶ っ飛んだ方 が好き である。
「チュニジアの夜」 Night In Tunisia
は ディジ ー・ガレス ピー
が作曲したジャズ名曲中の名曲。「フェーマス・
Dizzy Gillespie
アルト・ブレーク」 Famous Alto Break
は その 冒頭で、バ ード
最 高の演奏で あるが 、他のメン バーの不 調で中断さ れたもの 。
あまりに 素晴ら しいので、 冒頭の部 分だけが 収録されて いる。
「ラバー・マン」 Lover Man
は 麻 薬を切らし たバード が、泥酔
状態で 演奏した もの。へ べれけだっ たせいで 、出だし から遅れ
あ ぜん
ている。神業 の演奏 とのギャッ プに啞然 としたが 、泥酔でも こ
こ ま で演 奏 で き るの か と、 逆に 感 動 さ せら れ る 。「ジ ャ ズの 神
かい ま
様」の人間 としての 一面が垣 間見せられ 、かえ ってバード への
親し みが湧く。 この曲は 《スウェ ディッシュ ・シュ ナップス》
に も収録さ れている が、こち らは余り にも普
Swedish Schnapps
通す ぎる演奏で 感動しな い。
「ジプシー」 The Gypsy
も泥 酔状態で の演奏。 バードの 悲哀の
感情 、自身の 運命への予 感まで 感じさせる が、実際 の出来は ガ
- 10 - 11 -
タガタ である。 この曲の 演奏に関し ては、オ スカー・ ピーター
ソン
の ピアノと共 演した ソニー・ス ティット
Oscar Peterson
の 方に軍配 が上が る。
Sonny Stitt
「ビーバップ」 Bebop
はパー カーやガ レスピー、 バド・ パウエ
ル
ら が確 立した即 興演奏のス タイル を冠した曲 。
Bud Powell
勇ましい 行進曲をイ メージさ せる軽快 なメロデ ィーが特 徴であ
る。
ほうふつ
1枚目の West Coast Days
に は「デ ィス・ イズ・オー ルウェ
イズ」 This Is Always
のように、コーラスとの共演も含まれる。
一九四〇 年代の古 めかしいメ ロディ ーが、バー ドの生き た時代
を彷 彿させる 。
2 枚目の
は 、バード の実力全 開の作品 が並
East
Coast
Days
ぶ。一枚目の West Coast Days
ほ ど、 出来不出 来の差が大 きく
な いので、全 体を安 心して聴い ていられ る。
冒頭の「デクステリティ」 Dexterity
は 、機敏さ という意 味だ
はやわざ
が、バードの 目にも 留まらぬ早 業が聴け る。演奏 の速さとメ ロ
けむ
デ ィ ー の 美 し さ で は 、「 プ リ ゾ ロ ジ ー 」
も 負け てい
Prezology
ない。でも 、これは バードの 造語なのか ? 語 末を見ると 、何
かの 学問を表し ているよ うなのだ が。しち難 しい名 で煙に巻い
て、得意 になってい る顔が目 に浮かぶ。
「バード・オブ・パラダイス」 Bird Of Paradise
は 、 楽園の鳥
という意 味に読める が、楽園 にいるバ ードとい うことな のか?
自 身の運命を 受け止め ているよ うな、短調 の雰囲 気の曲で、
- 12 - 13 -
しん し
それだ けに重苦 しささえ 感じさせ、 真摯に自 分と向か い合う姿
勢が感じら れる。
「スクラップル・フロム・ザ・アップル」 Scrapple From The
はバ ー ド が作 曲 し たビ ー バッ プ の スタ ン ダー ド 曲 。軽 快
Apple
なリ ズムで陽気 な掛け合 いをして いる雰囲気 。ただ 、これに関
してもや はり、ソニ ー・ステ ィットが オスカー ・ピータ ーソン
と共 演したク ールな演奏 の方が 、洗練され ている気 がする。 ち
なみに、 スクラップ ルとは豚 肉のこま 切れにト ウモロコ シ粉を
混ぜ て揚げた 料理。バー ドにと って曲名と は、マー クのよう な
もので大 した意味 はない。
「マイ・オールド・フレーム」 My Old Flame
で は、 バードは
即興演奏 のアレ ンジは控えめ に、抒 情的なメロ ディーを 歌い上
げている。その点では、「アウト・オブ・ノーフェア」 Out Of
も 同じで、 サックス の美しい音 色を生か している。 た
Nowhere
だ 悲哀を帯び た叫び が生かされ ているの は、ヴァ ーヴで録音 し
た《パリの四月》 April In Paris
所 収の演 奏の方で ある。
僕の勝手な印象を言わせてもらうと、 East Coast Days
で バー
ドの絶 頂が味わ えるのは 、冒頭の数 曲と、後 に述べる 末尾の数
曲で、真ん 中の曲は バードに しては平均 的な出 来である。
「リードの上を漂う」 Drifting On A Reed
あ た りからは 調子が
上がって いく。快活 さが前面 に出てくる から、 聴いている 方の
気分も高揚する。「チャーリーのかつら」 Charlie's Wig
と いう
のも、へ んてこりん なタイト ルだが、 メロディ ーの方も 実験的
で、 何か一つ の思いを表 現しよ うというの ではない 。ダダイ ス
- 14 - 15 -
East
トの詩 みたいで 、音色が 面白いから 吹いてい るのであ って、○
○の意味が あるとか は関係な い。変幻自 在なと ころに、絶 頂期
のバ ードらしさ がある。
ひ
「ボンゴ・ビ ープ」 Bongo Beepでゆったり弾いた後は、
の 中で、 もっとも 超絶的な 即興演奏が 光る「 クレー
Coast Days
ジオロジー」 Crazeology
が来 る。こ れはバード の造語な のだろ
う。 熱狂学と でもいうべ きか。 ヴァーヴ時 代のバー ドも、そ れ
なりにい い演奏をし ているの だが、ダ イアル時 代が余り にもの
すご く、ぶっ 飛んでいる ので見 劣りしてし まうので ある。
ダイアルに続くサヴォイの時代も、「ココ」 Koko
や「 パーカ
ーのムード」 Parker's Moodな どの名曲が生まれている。とは
いっても 、変幻 自在の輝きは 衰えを 見せ始めて いる。バ ド・パ
ウ エル
の 場合 と同様に 、いきな り最高の ものを生
Bud Powell
み出して 、徐々 に実力に陰 りが現れ る、天才 の宿命をた どって
い ったのでは ないか 。
- 16 - 17 -
《
Charles Parker
》
Now's The Time
チャーリー・パーカー Charlie Parke
の アル バムは、前 期のダ
イヤル版 やサヴォイ 版におい て、想像力 豊かな 即興演奏の 連続
で、 音の魔術に 目がくら む思いが する。文学 で言う なら、前衛
的な即興 詩であり、 分かる奴 には分か る世界だ から、パ ーカー
の音 に聴き慣 れていない と、わ けの分から ぬ外国語 を聴かさ れ
ている気 になる。聴 けば聴く ほど味わ いがある と知るの は、パ
ーカ ーのサッ クスが出す 音の変 化に、つい ていける ようにな っ
てからで ある。
初 めてパー カーを聴く なら、 後期のヴァ ーヴ版が オススメ で
ある。録音はモノだけれども、雑音がなくこもった感じがない 。
ヴァーヴのアルバムの中では、《パリの四月》 April in Paris
あ
たりが無 難かも しれないが 、オーケ ストラの メローな演 奏に、
ち ょこちょこ サック ス鳴らして るだけじ ゃないか 、オーケス ト
ラ自体 が邪魔だ という意 見もある。 オーケス トラの演 奏に合わ
せて、限られ た範囲 で即興演奏 している んだから 、パーカー に
とって は挑戦だ ったんじ ゃないかっ て気もす る。たま には聴き
たくなるア ルバムで ある。
ムー ド音楽み たいな曲 、吹いてい るパーカ ーなんか 聴きたく
ないとい う人には、 前期の輝 きが生きて いて、 音質もいい 《バ
ード・アンド。ディズ》 Bird and Diz
あ たり がいいの だが、こ
れは ディ ジ ー ・ ガ レ ス ピ ー
と の 掛 け 合い だ か
Dizzy Gillespie
ら、初心者向きではない。すると、ここで紹介する《 Now's The
- 18 - 19 -
》が 、最適な のかもしれ ない。
Time
録音状態が よく、 サックスの 微妙な音 の変化が すべて聴き 取
れ、 乗りに乗っ た演奏を している ので、晩年 の演奏 に見られる
衰えが感 じられない 。初期の 目もくらむ 乗りが ある一方、 メロ
ディ ーで一つの イメージ を作ろう という意思 も感じ られる。散
文詩の世 界といった ところか 。
冒頭の曲「ザ・ソング・イズ・ユー」 The Song Is You
は、
日本 語に訳せ ば「歌こそ 君だ」 となり、相 手を愛す る思いを 歌
になぞら えている 。パーカー にして は、比較的 おとなし めの演
え
奏 で あ る 。 3 曲 目 の 「 キ ム 」 Kim
は、パーカーの妻、チャン
・リチャ ードソ ンの連れ子( パーカ ーにとって は義理の 娘)の
おお み
名 である。強 烈なパ ーカッショ ンで大見 得切るとい った調子 で
始まる。
- 20 - 21 -
こ のアルバ ムは後半 に行くほ ど、パー カーの演奏 は乗りに 乗
っていく。「チ・チ」 Chi-Chi
は ディスク ジョッキ ーが同伴す る
女友達に、パ ーカー がつけたあ だ名で、 別テイク を含めて4 回
も演奏 されるが 、全身で 自己表現し ている快 活さがあ り、繰り
返し聴いて も飽きが 来ない。
曲目「アイ・リメンバー・ユー」 I Remember You
も、愛
する人への思いを表現した曲 。日本語に訳すなら 、
「君のこと 、
体と なった美 しい曲。こ のアル バムの中で 、一、二 を争う絶 妙
覚え ているよ」 よりは「 君を忘れ ない」ぐら いに、 否定文で表
した方が しっくり来 る。高揚 した気分 と抒情的 な細やか さが一
11
な演奏である。 曲目の「ナウズ・ザ・タイム」 Now's The Time
は、サヴォ イ版でも 演奏され ているが、 乗りの 良さはヴァ ーヴ
曲目 を飾るの が、パーカ ーの代表 作の「コ ンファメ
の名で出ている。曲の並び方は異なるけれども、
Charlie Parker
時間の ないとき などはシ ョート・ バージョンの 方の アル バム
同 じ曲の別 テイクを、 続けて 4回も聴か されたく ない人は 、
別テイクを除いた全8曲のアルバムが《チャーリー・パーカー》
興演 奏の技と メロディア スな美 が共存し、 多くのア ーティス ト
が演奏す るスタン ダード・ナ ンバー となった。
わざ
ーション」 Confirmation
で ある。 確認とか、キ リスト教の堅 信
礼の ことか、 よく分から ない命 名だが、パ ーカーに とっては 曲
の名前も 即興の思い つきだろ うから、 大して重 要ではな い。即
最後 の
版の この演奏が 数段上で ある。ク ールに決め ていて 、自己の技
術を使い こなす自信 がみなぎ る。
12
も 、同様の陶 酔を与 えてくれる 。
- 22 - 23 -
13
《
Charles Parker
》
Swedish Schnapps
「ジ ャズの神様 」と崇め られなが らも、サッ クスを 吹きまくっ
て三 四歳 の若 さで 死んだ チャ ーリ ー・ パー カー
Charlie Parker
がど んな人物で あったか は、映画 『バード』 をご覧 になった方
な ら ご 存 じ だ ろう 。『 マ イル ス・ デ イ ビス自 伝 』 の前 半 で も 、
チャ ーリー・ パーカーに 関する 記述が多く 見られる 。もし身 近
にいられたら癖が強すぎて、周りの人間はちょっと大変である。
山 田洋次の映 画『男は つらいよ 』シリーズ に、印 刷所の社長
が 、 寅 さ ん が現れ る と 聞 い て 、「 と らや」 の 人 た ちに 「 ご 愁 傷
様」 としゃべ る場面が あったが 、チャー リー・パー カーも似 た
ようなも のだろ う。マイルス ・デイ ビス
を バンド
Miles Davis
に 入れたのも 、どう やらマイル スの父親 が医者で、 金づるに な
ふし
ると思っ ていた ような節が ある。マ イルスの 荷物を無断 で売り
払 ったりした のだか ら、偉い先 生の下で 働くのも 大変である 。
さて、 チャー リー・パー カーを初 めて聴こ うとする人 に、ど
すす
んなアルバム を勧め るだろうか 。演奏技 術やアド リブの素晴 ら
しさか らいくと 、初期の ダイヤル版 やサヴォ イ版が優 れている
かんば
のは確かだが、現在の水準から比べて録音状態が 芳 しくない 。
それ に、鳥の羽 ばたきみ たいに、 目まぐるし く変化 するアドリ
ブを聴き 取るには、 チャーリ ー・パーカ ーの音 楽に聞き慣 れて
いる 必要がある 。
そん しょく
モ ノ の 録 音 と は い え 、 現 在 聴 い て も 遜 色 が な いの は 、 晩 年
のヴ ァーヴか ら出したア ルバム である。チ ャーリー ・パーカ ー
- 24 - 25 -
の愛好 者は、ヴ ァーヴ版 への評価が 低い。ダ イヤルや サヴォイ
さ
で出したア ルバムと 比べて、 想像力が低 下して 、アドリブ の冴
えも 衰えて、時 にはおざ なりの演 奏をしてい るとい うのだ。確
かにその 印象はぬぐ えないの だが、それ は年々 悪化してい った
体調 のために、 出来不出 来のむら が大きいか らであ る。
スタンダードが多く録音さ れている《パリの四月》 April in
な ど は、 オー ケ スト ラに 合 わせ てサ ック ス を吹 いてい る
Paris
ので、ア ドリブをす るのにも 限界があ るのだが 、無難に 楽しめ
るアルバムである。《ナウズ・ザ・タイム》 Now's The Time
も
美 し い 作 品 で 、 代 表 作 の 一 つ 、「 コ ン フ ァ メ ー シ ョ ン 」
が 収 録 さ れ て い る 。《 バ ー ド ・ ア ン ド ・ デ ィ ズ 》
Confirmation
は 、ビーバ ップの盟 友、ディ ジー・ガ レスピー
Bird And Diz
と 共 演したも のだが、 負けず嫌い の二人の 競演
Dizzy Gillespie
で、演奏 の技術 は甲乙つけ がたい。
前 期の 緊 張 感 を 、 ヴ ァー ヴの ア ル バム で聴 き た い な ら 、《 ス
ウェデッシュ・シュナップス》 Swedish Schnapps
と いう ことに
なるが、問題 がない わけではな い。何度 聴いても 、このアル バ
ム の 前 半と 後 半と で は、 乗 り の良 さ が全 然 違 う の で ある 。「 シ
シ」
から始 まる演奏は 、無難に 吹いてい るだけで、 大し
Si
Si
て冴えは感じられない。「ラバー・マン」 Lover Man
は ダイヤ
ル版が泥酔しながらの演奏で 、テンポはずれのへなへななのに、
自己 の運命を悟 りながら 、悲痛な 情感をたた えてい るのに感動
してしま う。それに 対して、 ヴァーヴ 版ではた だの通り 一遍の
演奏 である。 拍子抜けす るほど つまらない 。
- 26 - 27 -
チャーリー・パーカーの調子が上がってくるのは、後半の「オ
ー・プリヴァーヴ」 Au Privave
あたりからである。そして、
「シ
ー・ ロート」
か らは絶頂 の演奏 になる。も うぶっ飛 ん
She
Rote
で神 がかり 状態であ る 。
「スター ・アイズ」
、「セグ
Star Eyes
メ ン ト」
、「 ダ イ ヴァ ー ス 」
も 素 晴ら しい が 、
Segment
Diverse
これらの曲は《ジャズ・パレニアル》 Jazz Perennial
と いうア ル
》
Bud Powell's Moods
バム でも聴く ことができ る。
《
すさ
ビ ーバ ップ
と い うのは 、凄まじい勢いで即 興演奏を
Bebop
する ジャズのスタイ ルで、サックスのチ ャーリー・パー カー
や トラ ンペッ トの ディジ ー・ガレ スピー
Charlie Parker
Dizzy
、 ピ ア ノ のバ ド ・ パウ エ ル
Gillespie
Bud Powellらが生み出し
ていった。
バド ・パウエ ルはチャ ーリー・パ ーカーと 同様の天 才肌で、
一九四〇 年代から五 〇年代初 頭にかけて 、神業 のような華 麗な
即興 演奏を見せ た。その 後は精神 的な病と、 麻薬と アルコール
の中毒に 苦しみ、治 療で受け た電気シ ョック療 法と、警 官に頭
部を 強打され たことで、 ピアノ を弾く際に 指がもつ れるよう に
- 28 - 29 -
なり、 四〇代前 半で結核 、栄養失調 、および アルコー ル中毒で
亡くなった 。
パウ エルは奇 行でも知 られており 、クラブ でピアノ を弾くの
をやめて 、立ち上が って弾く まねをした りした 。聴衆は当 惑す
るば かりで、し まいには 、店員に ゴミのよう に路上 へ投げ出さ
れ、自動 車の下に猫 みたいに 隠れて、 おびえき ったこと もあっ
たと いう。
僕が主 に聴くのは 最盛期の 演奏で、パ ウエル の名盤、ベ スト
3を示せと言われたら、《バド・パウエルの芸術》 Bud Powell
、《ジャズ・ジャイアント》 Jazz Giant
、《アメージング・バ
Trio
ド・パウエル1》 The Amazing Bud Powell, Vol.を
1 挙げる。
共 演 した ア ル バ ム と し て は、 ソ ニ ー ・ ステ ィ ット
Sonny Stitt
のサックスと弾いた《ソニー・スティット、バド・パウエル、 J.
が 卓越し
Sonny Stitt Bud Powell & J.J. Johnson
ジ
J.ョンソン》
て いる。
一九五〇年 代の半 ば、かつて の天才ぶ りが薄れか けた頃、 パ
ウエル は今まで の即興演 奏とは、い ささか雰 囲気の異 なるアル
バムを出し ている。 それがこ こで紹介す る《バ ド・パウエ ルの
The Genius of Bud Powell
ム ー ズ》 Bud Powell's Moods
で ある。 これは 一九 五六年 に
から リリースさ れたもの である。
Norgran
ちなみに、全く紛らわしい話だが、 Mercuryから同名の異な
るアルバムが、しかも同年に出されており、後者は 、のちに《ザ
・ジ ニアス・ オブ・バド ・パウ エル》
- 30 - 31 -
こうごう
と改名 されてい る。僕が 今取り上げ るのは、 前者のア ルバムの
方である。
凄ま じい勢い のパウエ ルは、すで にここに はない。 神々しい
輝きとは 異なる、魔 法のよう な磁力を帯 びてい る。夜の美 しさ
を表 現した感じ で、石川 賢治の写 真集に『月 光浴』 というのが
あるけれ ど、そのイ メージに ぴったり 合いそう な世界で ある。
ア ルバムの表 紙からし て、現実 離れしてい る。パ ウエルの顔
つい
の輪郭な のだろうか 、左右の 対になっ た顔が、 火と水を 象徴す
る よ うに 、 赤 と 青 に 色づ けさ れ て いる。 冒 頭 の 曲 、「 ヴ ァ ー モ
ントの月」 Moonlight In Vermontと、2曲目の「スプリング・
いや
イズ・ヒア」 Spring Is Here
は 、 魂を温か く癒す静の 音楽であ
る。それに対して、3曲目の「バターカップ」 Buttercupや4
曲目の「ファンタジー・イン・ブルー」 Fantasy In Blue
はクー
ルな動の 音楽と いったよう に、曲ご とに演奏 に変化、め りはり
をつけている。6曲目の「ア・フォギー・デイ」 A Foggy Day
は、軽 快なリズ ムの中に 、男性的な エロスが 漂ってい る。七曲
目の「タイム・ウォズ」 Time Wasは、ゆったりした女性的な
魅力に あふれて いる。全 体の構成が どうなっ ているか は、ご自
分の耳で確 かめてい ただきた い。
神業 のような 即興演奏 だけがパウ エルだ、 という先 入観を抱
いていた 僕は、ゆる やかな落 ち着いたム ードの 中で、自身 の精
神世 界に沈潜し ていく、 もう一人 のパウエル を発見 した。指が
以前のよ うに動かな くなって きても、 限界の中 で最高の ものを
生み 出せるの は、やはり パウエ ルが天才だ からだろ う。
- 32 - 33 -
《
Dexter Gordon
》
Our Man In Paris
)が リマス ターし
RVG
ソニーが経営する mora
で 、ブルー ノートのハ イレゾ 音源の
配信が始 まった。第 1回で僕 がダウンロ ードし たのが、ル ディ
・ヴ ァン・ゲル ダー
(
Rudy Van Gelder
た、この アルバムだ った。
デクスター・ゴードン Dexter Gordon
は 、 官能的なサ ックス
演奏を 残して いる 点で、ビー バップ
Bebopの 奏 者の 中 で は 異
色 の 存 在 で あ る 。 ピ ア ニ スト の バド ・ パ ウエ ル
、
Bud Powell
ドラマー のマック ス・ローチ
や アート・ ブレイキ
Max Roach
ー
と 共演 しており 、奏者と しての活 動以外に 、バ
Art Blakey
ド・パウ エルを モデルにした とされ る映画『ラ ウンド・ ミッド
ナイト』 Round Midnight
で 、 主人公 のジャズ・ ミュージ シャン
を演じて いる。
《 アワ・マン ・イン ・パリ》
の 魅力は、「スク
Our
Man
In
Paris
ラップル・フロム・ジ・アップル」 Scrapple From The Apple
や
「柳よ泣いておくれ」 Willow Weep For Me
、
「チュニジア の夜 」 A
など、ビーバップ本場の演奏を、 192kHz/24bit
Night In Tunisia
の高音質、 ステレオ 録音で聴 けるという 点にあ る。チャー リー
・パ ーカー
を 彷彿 させる、す さまじい 勢いの即
Charlie Parker
興演奏を、パーカーとは異なるテナー・サックスの渋い響きで、
バド ・パウエル のピアノ とともに 味わえる名 盤であ る。
こ れ らの 力 強 い 演 奏 と とも に 、「ブ ロー ド ウ ェ イ 」 Broadway
のク ールで妥 協のないム ードや 、
「星へのきざはし」 Stairway To
- 34 - 35 -
》
Sonny Stitt Bud Powell & J.J.Johnson
の 夢想 に誘 う響 きに も、 あふ れる才 能がみなぎ って
The Stars
いる。
《
ソ ニー・ス ティット
、本名
は、
Sonny
Stitt
Edward
Boatner,
Jr.
一九四 三年にチ ャーリー ・パーカー
と 出会い 、
Charlie Parker
サックスの演 奏法が 驚くほど似 ているこ とに気づ く。即興演 奏
に関し ては、む しろ、バ ーカーより も旋律が 美しく、 調和が取
れていると まで言わ れたが、 一本気なス ティッ トはあふれ 出る
想像力の面では、パーカーにはかなわなかったのだろう。また 、
スティッ トの絶頂は 一九五九 年であり、 その後 はマンネリ ズム
に陥 り、サック スの音も 力強さと 安定感が欠 けてい ったから、
こく
最盛期のパーカーと晩年のスティットを比較するのは酷であ
る。
- 36 - 37 -
一九四 〇年代 末に麻薬に 関するト ラブルで 、スティッ トは危
うく殺さ れかけた。 また、密売のか どで レキシ ントン刑務所
に収 監されてい る。出獄 して間も なく、ステ ィット の最初の名
盤《ソニー・スティット、バド・パ ウエル、 J.J.
ジョンソン》
が 出る。 参加したア ーテ
Sonny Stitt
Bud Powell & J.J.Johnson
ら れつ
ィストが 羅列されて いるだけ の、素っ 気ないタ イトルの アルバ
ムだ が、ソニ ー・スティ ットと 、パド・パ ウエルの 最高の共 演
が聴ける 。
当 時はステレ オ録音が 存在しな かったばか りか、 現在と比較
すると劣 悪な記録 方法しかな かった 。モノラル でも現代 人の鑑
賞に 堪える録 音が始ま ったのは 、一九五 〇年代に入 ってから で
ある。したがって、 LP
をそ のまま
CD化したこのアルバムを
聴いた人は、この演奏の素晴らしさを聴き逃したかもしれない。
もし、関心を持たれたなら、 DSD(Direct Stream Digital)で
デジタル・リマスターを施した CD
を 買った 方がいい。 スティ
ットの サックス がパーカ ーに負けな いほど、 図太い音 だったこ
とが分かるし 、神が かっていた 頃のパウ エルの乗 りに乗った 演
奏が聴 ける。ど の曲も生 気あふれて 張りがあ るが、前 半の曲の
方が精彩が 感じられ るし、雑 音も気にな らない 程度である 。
冒頭の「神の子は皆踊る」 All God's Children Got Rhythm
は、
力強さ、スピード感、高揚した乗りといった点で申し分がない 。
2曲目の 「ソニー・サイド」 Sonny Side
か らは 、ややブ ルー
な感じの演奏に変わる。4曲目の Sunset
「サ ンセット」 は憂愁
のム ードが漂 うが、美し さの面 では他の曲 を圧倒す る。ステ ィ
- 38 - 39 -
ットは メロディ アスなサ ックスで、 高らかに 歌い上げ ている。
5曲目の「ファイン・アンド・ダンディ」 Fine And Dandy
も、
乗り の良さでは 1曲目に 負けてい ない。ステ ッィト の青春が躍
動している。9曲目の「恋のチャンスを」 Taking A Chance On
まで は、お おむね好調 な演奏が 続いてい る。
Love
この アル バム のタイト ルにもなっ ている
J.J.Johnsonは、ト
曲 目の「アフ タヌーン ・イン・ パ
ロン ボーンの 第一人者で 、
リ」 Afternoon In Paris
以 降に参 加してい る。ここ でピアノも 、
バド ・バウエ ルからジョ ン・ル イス
に 交替 してい
John Lewis
る。両者 には申し 訳ないのだ が、後 半もスティ ットの調 子は続
》
Sonny Stitt sits in with the Oscar Peterson Trio
いて いるもの の、この アルバム の魅力は 、スティッ トとパウ エ
ルの才能 がぶつ かって火花を 散らし たところに ある。
《
高田馬場から跡形もなく消え去った予備校に通っていたの
は、一 九八〇年 代も初頭 の頃だった 。現代国 語を担当 していた
先生が、次の ような 話をしてく れた。私 の姉は、 世界で最も 偉
大な作 家は、山 本周五郎 だと思って いるんで すよ。自 嘲気味な
語り口が印 象に残っ た。日本 文学を研究 してい る人間にそ んな
こと話したら、馬鹿にされるに決まっている。だからといって 、
山本周五 郎の小説は 結構人気 があって、 何度も 芝居で上演 され
たり 、テレビド ラマ化さ れている 。現にこの 自分も 、高校に入
しん りょう たん
もみ
学 す る 頃 ま で は 、『 赤 ひ げ 診 療 譚 』 や 『 樅 ノ 木 は 残 っ た 』 な
どを 読んでい たのだが、 谷崎潤 一郎や三島 由紀夫を 知ってか ら
- 40 - 41 -
10
は、ぱ ったりと 関心が薄 れてしまっ た。僕が 大学に入 るのは、
本格的に文 学の勉強 をするた めだったの だ。
その頃、まだソニー・スティット
は 生きて いた 。
Sonny Stitt
最も偉大 なジャズ演 奏家の名 前を尋ねら れたら 、チャーリ ー・
パー カー
だ と 、今の僕な ら答える わけが、 最も
Charlie Parker
アルバム を持ってい るのは、 実はソニ ー・ステ ィットな のであ
る。 アルバム を数えてみ たら、 何と六十以 上もあっ た。
パーカ ーの音楽を 聴くよう になったの は、ス ティットの 演奏
にな じんだず っと後だっ た。で も、ジャス 愛好家に 、スティ ッ
トの名を 挙げるの は、ためら ってし まいそうに なる。ス ティッ
ト自 身もコン プレック スを抱い ていて、 パーカーの 亜流とみ ら
い
れること を忌み 嫌っていた。 パーカ ーの生前は 、そうし た評価
ふっ しょく
を 払 拭 する ために 、ア ルト・サ ックスからテナー・ サックス
に楽器を 変えて いたほどで ある。た だし、パ ーカーと演 奏スタ
イ ルが似てい るのは 、模倣した からでは なく偶然 の一致だっ た
という のが、本 当のとこ ろだったら しい。
チャー リー・ パーカーの サックス が変幻自 在だとすれ ば、ソ
ニー・ステ ィットの サックス は一本気で ある。 管楽器は瞬 間に
一つ の音しか出 ていない はずだが 、パーカー の音は 夢幻に誘う
まん げ きょう
万華 鏡 を 見るよ うだ。 ステ ィットの音はメロデ ィーにロココ
と いう アル
Stitt Plays Bird
調み たいな装飾 がついて いる。や たらに速い だけだ ったり、け
だるげな 演奏で、ア ドリブも おざなり だったり する。
《ス ティット ・プレイズ ・バー ド》
- 42 - 43 -
バムで 、スティ ットはパ ーカー(= バード) の呪縛か ら逃れる
べく、あえて バードの曲ばか り演奏した。パー カーの代表作
「オーニソロジー」 Ornithology
を スティ ットによ る演奏と 、
《チ
ャ ー リ ー ・ パ ー カ ー ・ ス ト ー リ ー ・ オ ン ・ ダ イ ヤ ル 》 Charlie
の パ ーカーに よる演奏 を比べる と、ステ ィ
Parker Story On Dial
ットの音 は気の毒な ほど見劣 りしてい る。正面 切っての 対決で
は、 パーカー にかなうは ずがな いのである 。
スティットは天才肌ではない。かなりいい線いっている時と、
何だ こりゃ? といった 演奏し かしていな い時があ る。還暦 前
に亡くな っている のに、恐ろ しいほ ど多作であ る。文章 の場合
はた くさん書 いていな いと、い いものは 出てこない らしいが 、
ジャズの 場合は どうだろう。 恐らく スティット は、満足 いかな
いような演奏でも、アルバムに収録してしまっているのだろう。
しかも、 一九六 〇年以降は マンネリ ズムに陥 り、音も不 安定な
時 が少なくな い。
ご かく
かといって 、ステ ィットの存 在は軽視 することが できない 。
帝王と して恐れ られたマ イルス・デ イビス
と 互角
Miles Davis
に語り合えたのもスティットである。アート・ペッパー
Art
の 結び で、
Straight Life
は 自伝『ス トレート・ ライフ 』
Pepper
次のよう に述べてい る。
「僕らは二人共アルトを演奏する。まさに、競争だった。だが、
ソニーも 並のプレー ヤーでは なかった 。二人の 演奏は、 魂と魂
のぶ つかり合 い、技の競 い合い だ。それが デュエッ トのすば ら
- 44 - 45 -
しさだ 」
そ の 日の ス テ ィ ッ ト の演 奏に つ い て 、「 サ ッ ク スで 吹 け る お
よそ あらゆる技 術が盛り 込まれて いた。もし あそこ にチャーリ
ー・パー カーがいた としても 、あれ以上 のこと は出来なか った
だろ う」とも付 け加えて いる。
スティッ トの名盤 とされる アルバムは 、一級 のジャズ演 奏家
と の 共 演で 生 ま れて い る。《 ソ ニ ー ・ステ ィ ッ ト 、バ ド ・パ ウ
エル、 J.J.
ジョンソン》 Sonny Stitt Bud Powell J.J.Johnson
とい
う素 っ気ない タイトルの アルバ ムでは、二 〇代前半 のみずみ ず
しいステ ィットと 、まだ神業 の演奏 をしていた パウエル が聴け
る。 録音状態 がいま一 つなのが 残念であ るが。
ここで 紹介する 《ソニー・ スティ ット・シッ ツ・イン ・ウィ
ズ・オスカー・ピーターソン・トリオ》 Sonny Stitt sits in with
も 、 神がかっ た演奏を するピアニ スト、
the Oscar Peterson Trio
オ スカー・ピ ーター ソンとの共 演である 。絶頂期 に達してい た
ス テ ィッ ト は 、最 良 の乗 り の良 さ を見 せ て い る 。「捧 ぐ る は 愛
のみ」 I Can't Give You Anything But Love
や 、「オー・プリヴァ
ーヴ」 Au Privave
、「ジプシー」 The Gypsy
、「四月の想い出」 I'll
、「 ス ク ラ ッ プ ル ・ フ ロ ム ・ ジ ・ ア ッ プ ル 」
Remember April
な ど、スタン ダード曲 は、どれ も耳に
Scrapple from the Apple
快 い ものばか りだが、 この中で最 良と思わ れるのが 「ジプシ
こころよ
ー」 である。魂 がこもっ た演奏と はこのよう なもの で、心の微
妙な揺れから広がりまで、繊細な息づかいでまとめ上げている 。
チ ャーリー・ パーカー の《チャ ーリー・パ ーカー ・ストーリ
- 46 - 47 -
りんぜん
ー・オ ン・ダイ ヤル》
に は、泥 酔
Charlie
Parker
Story
On
Dial
したまま演奏した「ラバー・マン」 Lover Man
と「ジ プシー 」
が収 録されてい る。前者 は極限状 態で必死に 吹いて いる姿が、
多くのフ ァンの心を 動かして きたが、後 者は力 なく頼りな い面
》
The Hard Swing
ばかりが目立つ。スティットの「ジプシー」は、傷心の魂を凜然
と表現し ている。ス ティット の演奏が パーカー に勝った 数少な
い例 である。
《
Sonny Stitt
ジ ャズでス ウィング というと 、躍動感 あふれるリ ズムに乗 る
ことを指す。確かにソニー・スティット Sonny Stitt
の 演奏の 中
でも、最高に ノリノ リである。 一九五九 年の録音 であり、多 作
のスティットにおいても、最も充実した時期の演奏である。
《ソ
ニー・ステ ィット・ シッツ・ イン・ウィ ズ・オ スカー・ピ ータ
ーソン・トリオ》 Sonny Stitt sits in with the Oscar Peterson Trio
や《ア・・リトル・ビット・オブ・スティット》 A Little Bit of
など の名盤も 、この年 に録音さ れている 。
Stitt
《ハード・スウィング》 The Hard Swing
は 乗りの 良さもさる こ
とな がら、ス タンダード な曲が 多く収めら れており 、親しみ や
- 48 - 49 -
あふ
すいア ルバムで ある。チ ャーリー・ パーカー
と
Charlie Parker
よく比較さ れるステ ィットだ が、晩年の やや不 安定なサッ クス
と比 べて、しっ かりとし た図太い 音で、自信 に溢れ た演奏をし
ている。
1曲 目の「ア イ・ガッ ト・リズム 」
と 4 曲目の
I
Got
Rhythm
「イフ・アイ・ハド・ユー」 If I Had You
、 5曲目の 「四月の
想い出」 I'll Remember April
、 7 曲目の「 アフター ・ユーヴ・
ゴーン」 After You've Gone
、 曲目の「チューン・アップ 」 Tune
が とりわけ素 晴らしい 。
に 関し ては一九 七二年に
up
"Tune
up"
出た名盤《チューン・アップ》 Tune up
より も、この アルバム
での 演奏の方 が力強く ていい。
音 質 に関 し ても 24bitで リマ ス タ ーして あ り 、 ステ ィ ット の
ア ルバムの中 で最良 に属する。 たまに再 版される程 度の希少 版
であり、 スティ ットのファ ンだった ら、見か けたときに 買って
お くといい。
- 50 - 51 -
11
《
》
Jazz Cafe Presents Sonny Stitt
パ ーカー派の ジャス サックス奏者で、演 奏の腕に限って 言
・
えば、師 のチャーリ ー・パー カー
に 引けを取 ら
Charlie Parker
なかったソニー・スティット Sonny Stitt
だ が、こ こで紹 介する
作品は、 傑作のアル バムを多 く出した 一九五九 年の前年 に、シ
カゴ で録音さ れたものだ という 。
多作の スティット はともに 組んだ演奏 者を、 記憶してい ない
こと がある。 このアルバ ムのピ アノ奏者は 、後年の 傑作《チ ュ
ー ン ・ ア ッ プ 》 Tune Up
でも共演したバリー ハ
・ リス
Barry
で あ る と推測 され る。 絶頂 の時 期の 演奏で ある だ けに、
Harris
乗りの良 さは折 り紙つきと言 ってい い。しかも 、スティ ットに
し ては珍しい ライブ 演奏なので 、観客の 反応も聴き 取れるし 、
録音状態 も良好 である。
1曲目の「ソニーのブルース」 Sonny's Blues
は スティット の
ファン にはお馴 染みの曲 で、聞き慣 れた演奏 だが快調 な滑り出
ひ ろう
しである。2曲目の「オールド・フォークス」 Old Folks
はス
たく
ティッ トの抒情 性がよく 出ており、 ゆったり した演奏 と巧みな
技術が融合 して、ス ティット の歌心を十 分に楽 しめる。3 曲目
の「ラックス」 Lax
では、パーカー顔負けの凄まじい早業を披露
している 。
は ビル ・エヴァ ンス
What's New?
の ピア ノ
Bill Evans
4曲目の「イエスタデーズ」 Yesterdays
は 一転 して 、 ス ティ
かも
ットらし いブルーな ムードを 醸し出す 。5曲目 の「ホワ ッツ・
ニュ ー」
- 52 - 53 -
演奏が 有名だが 、スティ ットのブル ーな抒情 性を、お 決まりの
演奏で済ま さず、よ り深化さ せた点で聴 き応え がある。6 曲目
の「 フォー」
は マイルス ・デイビス
の ほの ぼ
Four
Miles
Davis
のとした演奏とは違った、ビーバップ
を前面 に出した 、
Bebop
クー ルなスティ ットらし さが生き ている。
どれも短 い演奏で 三十分余 りのアルバ ムであ るが、ステ ィッ
》
Modern Art
トのファンならぜひ揃え ておきたい快作である。現在、 CD
は
品切れ状態だが、 iTunes Store
か ら安価で 購入する ことがで き
る。
《
Art Pepper
チ ャーリー ・パーカ ー
に 次ぐサック ス奏者 と
Charlie
Parker
して、華々しくデビューしたアート・ペッパー Art Pepper
は、
活動期が大き く二つ に分けられ る。日本 で人気が あるのは、 前
期の繊 細で美し いアドリ ブのおかげ だろう。 もちろん 、後期の
演奏には悲 しみと怒 りの真情 があふれて いるが 、荒削りの 絶叫
を耳 にしたら、 前期の快 いサック スの響きは 、どこ に行ってし
まったの か、耳を疑 ってしま うかもしれ ない。 サックスの 演奏
は肺 活量にも左 右される から、外 れたような 音を出 すのは、年
とともに 衰えていっ た体力と 関係があ ると思わ れる。
前 期の名盤は いくつか あるが、 最高のアル バムは 《アート・
- 54 - 55 -
ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション》 Art Pepper Meets
で あると いうのが 、世界的な 定評で あるら
The Rhythm Section
しい。確かに「イマジネーション」
や「スター・
Imagination
アイズ」 Star Eyes
、「好きな人」 The Man I Love
の 美しさは 超
絶し ているとい っていい 。ただし 、アルバム として はまとまり
が今一つ という感じ がしない でもない 。
たん び
日 本人の多く が愛して いる前期 の名盤は 、
《モダン ・アー ト》
Modern
Artであると思われる。スーツを着て耽美的なムード
ひた
に 浸 る ジ ャケ ッ ト自 体も 、 魅 力 の 一つ にな っ て いる が 、「 ブ ル
ース・イン」 Blues In
から、「魅せられて」 Bewitched
、「君微笑
めば」 When You're Smiling
を 経て、「ダイアンのジレンマ」
、
「恋とは何でしょう」 What Is The Thing Called
Dianne's Dilemma
、そして終曲の「ブルース・アウト」 Blues Out
へ と到 る
Love?
内向的な 解放感 とまとまり の良さが 、日本人 の心をとら えて放
さ ないのだろ う。こ れはアナロ グ版と同 じ構成で ある。
た だ し 、《 モ ダ ン・ ア ート》 を 購 入 す る 際 に は 、気 を つ け な
ければならないことがある。 20bit 88KHz
でリマ スターした も
のは、 針がLP を擦って いるような 音が絶え ずして、 いかにも
古 い 音 源だ と感 じ る か ら で ある。し た がっ て 、 24bitで リ マ ス
ターされたものを買うべきである。格段に音質が向上している。
雑音が消 えて音に張 りと厚み が出て、サ ックス の音そのも のを
堪能できる。 HQCD
版も高音質だろうが、 2001
年に出た Limited
Editionでは 、「ダイアンのジレンマ」の別テイクと 、「サマー
タ イ ム」 Summertime
も ボ ーナス として 収録 されている。そ の
- 56 - 57 -
分、
版 よりはお買 い得に なっている 。
HQCD
その一方で 、
「ビギン・ザ・ビギン」 Begin The Beguine
など、
さら にボーナス ・トラッ クを含ん だ版もある が、ア ナログ版の
演奏順序 を無視して いるし、 耽美的なイ メージ をぶち壊し てい
》
The Hollywood All-Star Sessions Box Set
るの でお勧めで きない。
《
Art Pepper
アート・ペッパー Art Pepper
と ソ ニー・ステ ィット
Sonny
は、 ともに秀 逸なアルト ・サッ クス奏者で 、アート ペッパ
Stitt
ーが一九二五年に、ソニー・スティットはその前年に生まれた。
没年は ともに一 九八二年 である。二 人は友人 であり、 相手の能
力を認め合 っていた 。
日本 人の多く は、前期 ペッパーの 繊細で心 地よい、 夢見るよ
うなアド リブが好き だろう。 その最後を 飾るの が、一九六 〇年
の 影 響を受けた 後期は、 鋭い棘の ある
John Coltrane
とげ
の《インテンシティ》 Intensity
で あ るが 、後 期ペ ッパー への 予
兆が、荒 々しい吹き 方に感じ られない だろうか 。ジョン ・コル
トレ ーン
- 58 - 59 -
ような 力強く大 胆な演奏 になった。 悲しみや 怒りとい った生の
感情は、後 期の方が 生き生き と感じ取れ るのだ が。
ソニー・スティットに関しては、チャーリー・パーカー
の 亜 流 だと 、過 小 評価 され がち であ るが 、一 九
Charlie Parker
五〇 年代までの 演奏は皆 素晴らし く、一九六 〇年以 降はマンネ
リズムに 陥り、音も 以前と比 べて力強 さがなく なった。 サック
スを テナーに 変えたり、 電子サ ックスのヴ ァリトー ンをジャ ズ
で用いる など、異な る楽器に よって演 奏に変化 をつけた が、チ
ャー リー・パ ーカー流の 目まぐ るしいアド リブか、 レスター ・
ヤング
流 のリラッ クスした 演奏のいず れかを選
Lester Young
んで いて、ス タイル自 体が一生 のうちに 大きく変わ ったわけ で
はない。
信 頼し合っ ていた二 人だが、 ともに共 演する機会 はまれだ っ
た。数少 ない記 録を収めた アルバム が、ソニ ー・スティ ットの
《グルービン・ハイ》 Groovin' High
で あ る。 一 九 八〇 年 に録
音 さ れ、 LPは 中 古 品で売っ てい たが、 デ ジタ ル 化さ れた か ど
うか分からず 、連日 インターネ ットで情 報を集め ていた。同 名
の CD
は 見つからず じまいで 、半ば諦 めかけてい たとこ ろ、ア
ート・ペッ パーのア ルバム《 ハリウッド ・オー ルスター・ セッ
ションズ・ボックス・セット》 The Hollywood All-Star Sessions
とし て、デジタ ル化され ていた。
Box Set
5 枚 組の ボ ック ス の中 に 、《 グ ルー ビ ン ・ ハイ 》の ア ルバ ム
も含まれ ている。ア ート・ペ ッパーも ソニー・ スティッ トも、
とも に衰えを 感じさせな い生き 生きとした 演奏をし ている。 共
- 60 - 61 -
演とい うよりは 競演で、 二人とも競 い合って エネルギ ー全開と
いった調子 である。 流麗に伸 びるソニー ・ステ ィットの音 と、
》
Landscape
その 流れを搔き 乱すよう に渦巻く アート・ペ ッパー のかけあい
は、美し さの底に極 度の緊張 が感じられ る。
《
Art Pepper
最近、コルグの DS-DAC-100m
を買って、 AudioGate
で DSD
に変換して音楽を聴くようになった。 AudioGate
で 192
5.6MHz
に変換した曲もそれなりに良かったが、 DS-DAC-100m
で
KHz
で聴 くと、そ の差は歴 然として いた。
DSD 5.6MHz
考えられる 原因は 、たとえ高 音質に変 換しても 、パソコン の
安っ ぽい部品が アナログ の音声に したのでは 、限界 があるとい
を
CD
に 変 換 して 聴 く
DSD
うことだろう。その証拠に
を介した形で CD 44.
DS-DAC-100m
を再生すると、 DSD 5.6MHz
ほ どの透 明感はない ものの 、
4KHz
それなり の迫力で聴 けるから である。 とはいっ ても、本 格的な
オー ディオで聴く のでなければ 、
- 62 - 63 -
のが、 現時点で は最良の 方法である ように思 える。も ちろん、
録音状態の 良いステ レオの場 合を言って いるの であって、 元の
録音 に雑音が入 っている と、高音 質化の段階 で、か えってそれ
が増幅さ れてしまう 。
さて 、後期ペ ッパーの 音楽は、前 期ペッパ ーの美し いサック
スに魅せ られた人に は評判が 今一つの ようであ る。ただ し、そ
れは
のような圧縮音源で聴いているからではないかとい
mp3
う気がし た。
ア ット・ペッ パー
が 一九 七九年東京 芝郵便 会館で
Art
Pepper
録音した《ランドスケープ》 Landscape
を、 DSD 5.6MHz
に変
換し て聴いて みた。ペ ッパーの 太いサッ クスに圧倒 されてし ま
い、 mp3
だと単に音 程が外れたよ うにしか聞こ えなかった箇 所
も 、心の微妙 な動き を反映して いるのが 分かった。 サックス の
ように奏 者の息 づかいが、 そのまま 演奏に反 映する楽器 では、
そ の日の乗り の良さ が曲に大き く作用す る。
《ランドスケープ》
におい ては、前 期ペッパ ーの美しい ばかりの 音とは違 い、うる
おいのある奥 深さと 苦みの効い た大人の 味になっ ている。
そこで、後 期ペッ パーのアル バムを聴 き直した くなった。 ラ
イブに関しては、《東京デビュー》 Tokyo Debut
( 1977
)の mp3
版を持っ ているが、 圧縮音源 のせいで再 生され た音に力が ない
で は、 そ
Straight Life
のと 、好調なペ ッパーに 対して、 オルガンの 演奏が 酷すぎる。
てい
曲によっ ては、和音 の鍵盤を 押してい るだけの 体たらく ある。
とは いえ、自 伝『ストレ ート・ ライフ』
- 64 - 65 -
の時の 日本人の 歓迎ぶり がアート・ ペッパー に再起の 喜びを感
じさせた様 子が、熱 っぽい調 子で語られ ている 。
東 京で 行 わ れ たラ イ ブ でも 、《 ラ ンド ス ケ ー プ 》は 後 期 ペ ッ
めん もくやくじょ
パーの面 目躍如たる 名演奏で ある。1曲 目の「 ザ・ブルー ス」
や 2曲目 の「サム タイム」
は 淡々と 吹いて
True Blues
Sometime
いる が、3 曲 目の 「 ランドスケ ープ」 Landscape
か ら 大い に 乗
っ て く る 。 4 曲 目 の 「 ア ヴ ァ ロ ン 」 Avalon
に 関 し て は 、 以前
ソニー・ スティット
の 演奏をよく 聴いた が、感情
Sonny Stitt
のこ め方はア ート・ペッ パーの 方が味があ る。明る さと安ら ぎ
を感じさ せる演奏 である。
5曲目の「虹の彼方に」 Over The Rainbow
は 、ミュー ジカル
映 画 『 オ ズ の 魔 法 使 い 』 の 主 題 歌 と し て 知 ら れ て い る 。《 マ
ー ティ・ペイ チ・カ ルテット・ フィーチ ャリング・ アート・ ペ
ッパー》 The Marty Paich Quartet Featuring Art Pepper
に 含まれ
た 「 虹の 彼 方 に」 も 、演 奏 の美 し さで評 価 さ れ てい る が 、《 ラ
ンドス ケープ》 所収の方 が美しさと 味わいで は数段上 である。
6曲目の「ストレート・ライフ」 Straight Life
はア ート・ペ
ッ パ ーの 代 表 作で 、《 ア ート ・ペ ッパー ・ ミー ツ ・ ザ ・ リ ズ ム
・セクション》 Art Pepper Meets The Rhythm Section
所 収の演 奏
に劣 らず、前期 ペッパー の演奏を 彷彿させる 迫力と 美しさがあ
り、さら にそれを超 えた自由 な精神が広 がる。 7曲目の「 マン
ボ・デ・ラ・ピンタ」 Mambo De La Pinta
は ラテン系 の乗りで 、
このアル バムの中で は異色だ が、演奏 の調子は 最高であ る。こ
のよ うに《ラ ンドスケー プ》は 、ピアノの ジョージ ・ケイブ ル
- 66 - 67 -
》
Straight Life
ズ George Cables
の 華麗 な演奏と 相まって 、後期ペッ パーの ア
ルバムの中 では、屈 指の名盤 となってい る。
《
Art Pepper
ジ ャズ・アル ト・サックス奏者と して、アート・ ペッパー
は 死後三十 年以上経 つ現在で も、日本 での人気は 衰
Art Pepper
えていない 。前期の代表的なアルバムには 、
《サーフ・ライ ド 》
、《モダン・アート》 Modern Art
、《アート・ペッパー
Surf Ride
・ ミ ーツ ・ ザ ・ リ ズ ム・ セ ク シ ョ ン 》 Art Pepper Meets the
が 挙げ られる。繊 細な感 性と美しい 音色によ る
Rhythm Section
アドリブ が、日本人 の心を魅 了してやま ない。 ヘロイン中 毒で
入獄 と出獄を繰 り返し、 一九七〇 年代半ばに 復活し て以降が後
期に位置 づけられる が、サッ クスの音 色はすっ かり変わ り、怒
りと 悲しみに 引き裂かれ た、突 き刺さるよ うな演奏 になった 。
- 68 - 69 -
後 期 の代 表 的 ア ル バ ム と しては 、《ザ ・コ ン プリ ー ト・ ビ レ ッ
ジ・バンガード・セッションズ》 The Complete Village Vanguard
や《ストレート・ライフ》 Straight Life
が ある 。今、こ
Sessions
こで紹介 しようとし ているの は、アルバ ムでは なく自伝の 方で
ある 。
同書は三 番目の妻 、ローリ ーがアート ・ペッ パーの録音 を原
稿に 起こし、 知人のイン タビュ ーや雑誌の 記事など から収集 し
たもので 構成されて いる。本 人の告白 と様々な 人物から 見たア
ート ・ペッパ ーの姿がつ づられ ている。複 数の視点 から多角 的
に描かれ ているこ とで、アル ト・サ ックス奏者 の全体像 が浮か
び上 がる。妻 のローリ ーは才女 であり、 彼の音楽の 批評家で あ
た
るととも に、事 務的処理能力 にも長 けていた。 アート・ ペッパ
ー の真実が残 された のも、ロー リーとい う女性を得 たおかげ で
ある。後 期ペッ パーの活躍 も、ロー リーとの 出会いなく しては
な かっただろ う。
この自 伝を読 むことによ って、ア ート・ペ ッパーの人 生と音
楽との関係も 明らか になる。前 期ペッパ ーの美し さは、ヘロ イ
ンに溺 れて人生 を滅茶苦 茶にしてし まった弱 さにつな がってい
る。後期ペ ッパーの 荒削りの 力強さは、 地獄を 見てきた人 間の
自信の上 に成り立っている。《ジャズ・サヴァイヴァー》 Notes
というドキュメンタリーの DVD
を先に 見
From A Jazz Survivor
てお くと、この 自伝の面 白さがつ かみやすい 。とに かく、読み
進めるの が楽しいし 、彼の音 楽への理 解を深め させてく れる。
自伝 文学とし ても一級の 価値を 持つと思う 。このよ うな名作 の
- 70 - 71 -
》
Notes From A Jazz Survivor
翻訳が 、長らく 絶版のま まになって いるのは おかしい 。死後に
増補された 部分を含 めた、一 日も早い再 版が望 まれる。
《
Art Pepper
ア ート・ペ ッパー
に は 『ストレー ト・ライ フ』
Art Pepper
と いう自 伝があるが 、生前の 姿を映し たドキュ メ
Straight Life
ンタリービデ オ 、
《ジャズ・サヴァイヴァー》 Notes From A Jazz
の 印 象も 強 烈 であ る 。若 い頃の 端正 な面 持ち と繊 細な
Survivor
演奏は、日 本で好ま れる理由 の一つであ るが、 音程が多少 ずれ
ても 気にしない 、後期の 力強い演 奏が生まれ たわけ を、晩年を
映したビ デオはよく 語ってい た。
アート・ペッパーは一九二五年、母が十五歳の時に生まれた。
本名はアーサー・エドワード・ペッパー・ジュニア
Arthur
である 。不本意な 妊娠で あり、遊び たい盛
Pepper, Jr.
Edward
- 72 - 73 -
りに生 まれてし まった子 なので、放 っておか れて家の 外でお腹
みじ
を空かせ、 寂しく惨 めな思い をしたとい う。
デビ ューして しばらく した後、隣 にいた男 が麻薬を やってい
お
た。それ をやれば地 獄に堕ち ると知って いたの に、鼻から 吸っ
かせ
てし まった。鏡 を見ると 瞳孔が小 さくなって いく。 それはそれ
ひ なた
は美しい 世界だった 。牧草地 で日向ぼ っこして いるよう で、す
べて の憂いも 吹き飛んで しまう 。稼いだ金 もすべて 、ヘロイ ン
につぎ込んでしまった。金が入るとこれでまた打てると考えた 。
仲間 の一人が 警察に密告 し、ア ット・ペッ パーは逮 捕される 。
一年以上 演奏がで きなかった のは、 音楽が命だ った彼に とって
はま さしく地 獄だった 。仕事が なくなる と、かっぱ らいや強 盗
の手引き など、 次々と犯罪に 手を染 めていった ……。
アート ・ペッパ ーは最後の 妻、ロ ーリーと出 会ったこ とで、
麻 薬から手を 引くこ とができた 。体はが たがた、 アル中のよ う
ろ れつ
に視線は焦点が定まらず、呂律が回らないような話し方をする。
以前のような 繊細な 演奏はでき なくなっ た。でも 彼は、昔よ り
演奏が うまくな った、俺 は天才だと 豪語する 。ジャズ 仲間のピ
アニストの 話をして いるとき 、あいつは 演奏が 気に入らな けれ
ば、 ピアノを壊 そうとす るだろう が、力がな いから できない、
しゅ りゅう だん
手 榴 弾でピ アノを 爆破す るだ ろうなどと言って いた。飛躍す
る話 のテンポは 、ジャン キーっぽ い感じがし た。
最初の妻 パティが 、娘パト リシアを連 れて刑 務所にやっ てき
た。 それは父 親がけだも のであ ることを確 認させ、 二度と会 わ
- 74 - 75 -
せない ようにす るためだ った。娘が 三十代に なったと き、一度
電話をかけ たことが あった。 パトリシア は一方 的に朗読す るだ
けで 、最後に父 親に対し て「レイ プ魔」と言 った。 娘のこの言
葉が、ア ート・ペッ パーの心 を一番傷つ けた。 やるせない 思い
をぶ つけるから こそ、後 期ペッパ ーの泣き叫 ぶよう な力強い響
きが出て くるのだろ う。
ちなみに、晩年のアルバムに《アート・ペッパー・トゥデイ》
と いうの がある。後 期ペッ バーの中で 、最も
Art Pepper Today
重要 な作品の 一つだと思 う。そ の中に娘の 名前をつ けた「パ ト
リシア」 Patricia
と、
「ジーズ・フーリッシュ・シングス 」 These
が 収録 さ れ てい る。 後期 ペッパ ー にな じめな い
foolish Things
方でも、 これら の演奏を聴く ことで 、前期には なかった 悲しみ
と 怒りが、い かにサ ックスの響 きに込め られている か聴き取 れ
るだろう 。
- 76 - 77 -
John Coltrane & Art Pepper
テナー・サックス奏者のジョン・コルトレーン John Coltrane
は、自己 主張の強い 音を出す 。一つ一つ の音は 穴をうがつ よう
に 鋭 い が、 う ね る よ う なメロ デ ィー を生 み 出 し て い る 。《 至 上
の愛》 A Love Supreme
は 最高傑 作とされ ているが 、僕はまだ
鑑賞 できるま で理解が深 まって いない。コ ルトレー ンの晩年 と
いっても 、四十過ぎ で亡くな っている のだが、 晩年のフ リー・
ジャ ズの曲は 、絶叫に近 い演奏 が延々と続 くから、 聴き慣れ て
いないと 拒絶反応 が出るだろ う。
コ ルトレー ンのアルバ ムはい ろいろ聴い たが、全 体のバラ ン
スがよく 、耳に 快いのは、ス タンダ ードが集め られた《 スター
ダ スト》
や《ラッシュ・ライフ》 Lush life
、《スタンダ
Stardust
ード・コルト レーン》 Standard Coltrane
、 そ れ に 《 ジ ョン ・ コ
ルトレーン・アンド・ジョニー・ハートマン》 John Coltrane &
な どだろ う。もち ろん、こ れ以外の アルバム で
Johnny Hartman
も、素晴らし い演奏 をしている 曲は多い のだが。
コルトレー ンとい えば、アル ト・サッ クス奏者 のアート・ ペ
ッパー Art Pepper
も 、コ ルトレーン の影響を 受けてい る。コル
トレーン が一九二六 年の生ま れで、アー ト・ペ ッパーが一 九二
、《アート・ペッパー・カルテッ
Surf Ride
五年 だから、ア ート・ペ ッパーの 方が年上な のだが 。日本でも
人気が高いけれども、好んで聴かれるのは前期ペッパーだろう。
《サ ーフ・ラ イド》
- 78 - 79 -
ト》 The Art Pepper Quartet
、
《モダン・アート》 Modern Art
、
《ア
ー ト ・ ペ ッ パ ー ・ ミ ー ツ ・ ザ ・ リ ズ ム ・ セ ク シ ョ ン 》 Art
あ たり が、美し いアドリ ブを
Pepper Meets the Rhythm Section
展開 し て い る 。全 米 で は一 時、 チ ャー リー ・ パー カ ー
Charlie
Parkerに 次 い で 人 気 が高い ア ル ト・サ ッ ク ス 奏 者だ っ ただ け
に、一点 の曇りもな い澄んだ メロディ ーに、時 の流れを 忘れさ
せら れた人も 多いだろう 。
麻薬中 毒に陥って 、刑務所 を何度も出 たり入 ったりして いる
うちに、前期の美しい音色は消えていった。その最後を飾る《イ
ンテンシティ》 Intensityには、すでにサックスの音に変化が出
てい て、一つ 一つの音 の刺激が 強い。コ ルトレーン の演奏を 聴
きながら 練習を 積んでいくう ちに、 わざと耳障 りのする きつい
音 を出すよう になっ ていく。コ ルトレー ンの場合は 、うなる 音
が自然な のだが 、アート・ ペッパー の場合、 模倣と試行 錯誤の
過 程だったの で、不 快に聞こえ てしまう ことが多 い。
後期の 復活を 遂げた後は 、力強さ と荒削り の演奏を自 分の物
にして、怒り と悲し みを前面に 出した世 界を築き 上げた。僕 自
身 が 特に 好 き な アル バ ムは、《 ア ート ・ ペ ッ パー ・ トゥ デ イ 》
で 、苦みの 中に美し さがある。 父の存在 を否
Art Pepper Today
定 す る 実の 娘 へ の 思 い が 伝 わ る「 パ ト リ シ ア」 Patricia
と 、麻
薬で人生 を滅茶苦茶 にしてし まったこと への悔 恨が、若き 日へ
の懐かしさの中で癒される「ジーズ・フーリッシュ・シングス」
が 、とり わけ心 を打つ。
These Foolish Things
- 80 - 81 -
《
John Coltrane
》
Ballads
ぎん ゆう
バラ ードは元 来、中世 に吟遊詩人 によって 謡われた 叙事詩を
表してい たが、伝説 を語る物 語詩や、自 由な形 式の楽曲、 さら
には 感傷的なポ ピュラー ・ソング までも指す ように なった。ク
ラシック 音楽のショ パンにも 、バラー ドはある けれども 、ここ
では ジャズに 限って触れ ること にする。
ジョン ・コルトレ ーン
と 言えば 、激しい絶 叫
John Coltrane
する ようなサ ックスとい う印象 が強いが、 心温まる メロディ ー
を、リラ ックスし て吹いてい る《バ ラード》は 、バラン スと調
和を 求める日 本人好み のアルバ ムと言え る。ただし 、甘さと 苦
さ、それ に酸味 が加わり、決 して退 屈させられ るような 内容で
は ない。
甘えるような響きの「セイ・イット」 Say It (Over and Over
に 始ま り、 苦 悩 に浸 っ てや や 苦 い「 ユ ー・ ドント ・ノ ウ
Again)
・ホワット・ラヴ・イズ 」 You Don't Know What Love Is
、青
春の純真な思 いをノ スタルジッ クに表現 した「ト ゥー・ヤン グ
・トゥ・ゴー・ステディ」 Too Young to Go Steady
、 妥協を知
らない鋭さ を感じさ せる「オ ール・オア ・ナッ シング・ア ット
・オール」 All or Nothing at All
を 経て 、ひたむ きさを前 面に
打ち出した「アイ・ウィッシュ・アイ・ニュー」 I Wish I Knew
、
クールになろうとしてなりきれない「ホワッツ・ニュー」
、 懐か しさ に癒 され る「 イッツ・イ ージー・ トゥ
What's New?
・リメンバー」 It's Easy to Remember
、 も の悲し さを漂わせ な
- 82 - 83 -
がら、 楽しかっ た思い出 に浸る「ナ ンシー」
Nancy (With the
で終わ る。
Laughing Face)
ここ で述べた コメント は、あくま でも僕自 身の印象 に過ぎな
い。現実 のコルトレ ーンは、 楽譜を買っ て仲間 と話し合い 、ア
たと
レン ジした点を 確認して 、すぐに 録音してし まった という。さ
ゆ えん
らりと生 まれたとこ ろが、名 盤たる由 縁なのか もしれな い。絵
画で 喩えるな ら、さしず め水墨 画といった ところだ ろう。
関心を持たれた方は、ぜひ自身の耳で確かめていただきたい 。
そ の 際に 気 を つ け な け ればな ら ない の は、《 バラ ー ド 》 に は 二
種類の版 があると いうことで ある。 一般に流布 している もので
も悪 くはない が、デラ ックス・ エディシ ョンの方は 、保存状 態
が非常に 良いマ スターテープ からデ ジタル化さ れており 、微妙
な 息づかいま で録音 されている 。二枚組 になってい るが、も っ
ぱら聴い ている のは、普及 している 版と同じ 曲が収めら れた1
枚 目である。
- 84 - 85 -
《
》
The World According To John Coltrane
《ジョン・コルトレーンの世界》 The World According To John
を見 た。コルト レーン の父は牧師 だった
Coltraneという
DVD
が、 ジョンが幼 い時に亡 くなり、 母の強い影 響を受 けていた。
黒人の集 まる教会で は、祈り の中で恍 惚となり 、人々の 心が一
つに なる体験 をした。こ れが晩 年にフリー ・ジャズ に展開す る
ことにな る。
セ ロニアス・ モンク
の 楽 団で演奏 している
Thelonious Monk
頃は、神 業のよう なモンクの 演奏の 下で、個性 を発揮す ること
1
はできなかった。コルトレーンが実力を示すようになったのは、
マイルス ・デイ ビス
の モード演 奏に感化 されてか
Miles Davis
ら だという。 独特の 浮遊感のあ る自由な 演奏が可能 になった 。
日 本 で 人 気 が あ る 《バ ラ ー ド 》 Balladsな ど は 、 コ ル ト レ ー
よ ぎ
しつよう
ン の音楽とし ては余 技に近いも ので、執 拗に主旋 律を繰り返 し
た《マイ・フェイバリット・シングス》 My Favorite Things
な
どに、コルトレーンの心髄を見出すべきなのだろう 。ちなみに 、
僕 が 好 き な バ ー ジ ョン は 、《 ラ イブ ・ イン ・ ス トッ ク ホ ルム
》 Live in Stockholm 1961所収の演奏で、限界に達するまで
961
突き詰めて、旋回しながら高みを目指すコルトレーンの演奏に、
じょう ぜつ
エリック ・ドルフィ ー
の超 絶したフ ルートの 音空
Eric Dolphy
間が コントラス トをなし ており、 モノトーン になり がちなコル
トレーン の演奏を、 奥行き深 いものに している 。
あ の執拗 なま での音の 探究 は、ともすると 饒 舌過ぎると 批
- 86 - 87 -
判され たりする が、コル トレーンが インドや イスラム の音楽を
研究して、 そこから エッセン スを学んだ 成果で あるという 。コ
ルト レーンはア フリカの 音楽や、 日本の琴や 尺八に も深い関心
を示した らしい。そ れがジャ ズという枠 組みを 超えて、最 晩年
のフ リー・ジャ ズへと突 き進む原 動力となっ たのだ ろう。
死ぬ前年 の演奏を 見ている と、もう全 身の力 を出し切っ て、
命を 使い果た そうとして いると 感じた。今 の演奏に すべてを 注
ぎ込んでしまったら 、もう明日は自分に何が残るか分からない。
それ は教会で 身についた 魂の表 現が、最終 的な形と して発展 し
た姿なの だろう。 サックスに よる祈 りを理解す るには、 聴く人
》
Out of Nowhere
間も 精神的な 探究を求 められる のである 。
《
Sonny Criss
ビ ーバ ップ
と い うジャ ズの即興演奏のスタ イルに、
Bebop
僕が最 初に触れ たのは、 ソニー・ス ティット
だっ
Sonny Stitt
た。そこから 師のチ ャーリー・ パーカー
に 惹か
Chariie Parker
れていった。スティットはパーカーを模倣していると言われて、
パーカーの 生前はア ルトから テナーに、 演奏す るサックス を変
更していたほどである。たしかに、スティットのアルトの音は、
こく じ
パーカー のものと酷 似してい る。
僕がソニー・クリス Sonny Criss
の 演奏 を聴いた とき、凄 ま
じい速さ で演奏する 技術は、 パーカー と共通す ると感じ たが、
アル ト・サッ クスの音は 、かな り違ってい るのに気 づいた。 僕
- 88 - 89 -
自身の 好みを言 えば、パ ーカーやス ティット の太い音 が快いの
だが、クリ スの場合 は女性の 叫び声に似 ている 。嘆き節と 称さ
れて いるのも納 得できる 。ちょっ とモノトー ンでど の曲を聴い
ても、同 じ調子で吹 いている 。五十歳の とき、 胃癌の病苦 のた
めに 自殺した悲 劇が、イ メージと して重なっ てしま う。純粋だ
けど不器 用なのか。 悲劇的な 死に方し ているか ら、それ もあっ
て、 かえって 惹かれてし まうの かもしれな い。
ソニー・クリスの《ゴー・マン!》 Go Man!
な どは、バラ ン
スが 取れた構 成で、初め てクリ スに触れる 人にはオ ススメで あ
る。「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」 How High the Moon
は パー カ
ー が 「 オ ー ニ ソ ロ ジ ー 」 Ornithology
にアレンジした原曲で、
ちょっと 聴いて いると区別が つかな いぐらい、 最初の部 分はそ
っ くりである 。
「アフター・ユーヴ・ゴーン」 After You've Gone
や「イフ・アイ・ハッド・ユー」 If I Had You
は 、ステ ィット
の《ハード・スウィング》 The Hard Swing
の 華麗な ほどの伸び
やかさ と、クリ スの悲哀 を帯びた絶 唱を比べ てみると いい。ク
リスの魅力が 詰まっ た《ゴー・ マン!》 だが、音 質の方はそ こ
そこで ある。同 じアルバ ムが曲の順 番が入れ 替わり、 リマスタ
Out of
ーされたのが《ブルース・フォー・ローズ》 Blues for Rose
で
ある 。こちらの 方が音質 がいい。 スティット と比べ てもマイナ
ーな奏者 なので、リ マスター されたアル バムが 聴きたくて も、
あま り多くはな い。
ここ で紹介するのは、《ア ウト・オブ・ノーフェア》
- 90 - 91 -
と いうアルバムであ る。収録されたのは死の前年 一
Nowhere
(
九七六 で
) あ る。クリスのサ ックスばかりでなく 、ピアノやベ
ース 、ドラムも 鮮明によ みがえり 、音の空間 が見事 に再現され
ている。 晩年のパー カーも演 奏した「オ ール・ ザ・シング ス・
ユー・アー」 All The Things You Are
や 「アウト ・オブ・ ノー
フェア」 Out of Nowhere
、 ジョン ・コルトレ ーン
John Coltrane
やケ ニー・ド ーハム
も 演 奏した「マ イ・アイ デ
Kenny Dorham
アル」 My Ideal
な ど全7曲入 ってい る。
ク リスの演奏 はどれも 一本気で 、純粋なだ けにや や単調なと
ころもあ るのだが 、自分の魂 をすべ てサックス に込めて いると
》
Swing, Swang, Swingin'
ころ は、永遠 の若さを 保ち続け ていると も言える。
《
Jackie McLean
ギタリストの息子として生まれ、セロニアス・モンク
やバド・パウエル Bud Powell
、 チャー リー・
Thelonious Monk
パーカー
の 指導を受け たジャ ッキー・マ クリー
Charlie Parker
ン Jackie McLean
は 、 ハード ・バッ プ
の アルト・ サ
Hard Bop
ックソニストとして登場した。後に、フリー・ジャズ
Free Jazz
へ傾 倒していく のだが、 初期のア ルバム《ス ウィン グ・スワン
し まくっ ている。 乗りに乗 ると体がリ ズミカ
swing
グ・スインギン》 Swing, Swang, Swingin
は、 パーカー らビー
バップ Bebop
の 即興演 奏を継承 している 。
ここでのマクリーンは一本気で、パーカー張りの即興演奏を 、
スウ ィング
- 92 - 93 -
ルに動き出す。1曲目の「ホワッツ・ニュー」 What's New?
は
グレーな響 きで始ま り、2曲 目の「レッ ツ・フ ェイス・ザ ・ミ
から曲
Stable Mates
ュージック・アンド・ダンス」 Let's Face The Music And Dance
も基調は メランコリ ックだが 、得意のス ウィン グが勢いを 増し
てい く。3曲目 の「ステ ーブル・ メイツ」
調に明る さがきざす 。
僕が特に好きなのは、4曲目の「アイ・リメンバー・ユー 」 I
と5曲目の「アイ・ラヴ・ユー」 I Love You
で
Remember You
ある。前者はパーカーのアルバム、
《ナウズ・ザ・タイム》 Now's
に収 められた 名曲。3 分余りの パーカーの 演奏に比
The Time
べ、 マクリー ンの場合 は5分余 り。その 分、刺激の 強いサッ ク
スに圧倒 される 。自信に満ち た響き は、パーカ ーが乗り 移った
か のような、 目にも 留まらぬ音 の急激な 変化に見ら れる。後 者
はアート ・ペッ パー
の《インテンシティ》 Intensity
Art Pepper
の 演奏でよく 聴いた 。アイロニ カルな苦 みの効い たペッパー に
対し、 マクリー ンの方は 、陽気なお 祭り気分 が途中か ら、お得
意のハード・ バップ 風に転調す る。
それぞ れの曲 は違うのに 、似たり 寄ったり の味付けで はと思
うのだが、 乗りまく った人間 にとっては 、高揚 した感覚こ そが
重 要 な の だ 。 ル デ ィ ・ ヴ ァ ン ・ ゲ ル ダ ー ( RVG
)の 録音 はマ
クリーン の渋いサッ クスを、 微少な音の 変化ま でとらえ、 時が
経つ のを忘れさ せる名盤 にしてい る。
- 94 - 95 -
《
Stan Getz & Kenny Barron
》
People Time
ジャ ズ・ミュ ージシャ ンで、長生 きする演 奏家も増 えてきた
が、演奏 能力を生涯 維持する のは難しい 。一度 確立したス タイ
ルを 続けている と、マン ネリズム に陥ってし まう。 アドリブが
命のジャ ズにあって は、乗り の良さが 演奏の質 を左右す る。し
たが って、高 さを維持す るため には、常に 挑戦して いく態度 が
必要であ り、それが アーティ ストとし ての質を 向上させ ていく
ので ある。
ジャズ は黒人のも のが本物 だという 意見があ り、確か に優れ
たジ ャズ・ミ ュージシ ャンの多 くが黒人 なのだが、 スタン・ ゲ
ッツ
は そうした 中で、数少 ない優 れた白人の ジャズ
Stan Getz
・ ミュージシ ャンな のである。
m
スタン・ゲッツもご多分に洩れず、若い頃に麻薬中毒になり 、
強 盗未遂事件 で逮捕 されている 。テナー ・サック ス奏者とし て
十代か ら才覚を 現し、抒 情的な美し い音を出 すことで 注目を浴
びた。スタン ・ゲッ ツといえば 、ボサノ バだと言 う人も多い だ
ろう。ジョアン・ジルベルト João Gilberto
、 アン トニオ・カ ル
ロス・ジョビン Antônio Carlos Jobim
との共演、《ゲッツ ジ/ル
ベルト》 Getz/Gilbertoは不朽の名盤である。スタン・ゲッツで
一枚勧め るとしたら 、このア ルバムを挙 げる人 が多いだろ う。
スタ ン・ゲッ ツの素晴 らしさは、 そこで止 まらなか った点に
ある。ビ ル・エヴァ ンス
との共演、《バット・ビュ
Bill
Evans
や、晩年の《旅》 Voyage
、《アニバ
But Beautiful
ーテ ィフル》
- 96 - 97 -
ー サ リ ー 》 Anniversary!
、《 セ レ ニ テ イ ー 》 Serenityな ど 、 精 力
がん
的に名盤を 生み出し ている。 肝臓癌にか かり、 闘病生活を 続け
ながら最後のアルバムとなったのが、この《ピープル・タイム》
であ る。
People Time
演奏 にはいさ さかも衰 えが見られ ない。む しろ。年 齢を重ね
るにつれ 、音に深み が増して 、魂の奥 の思いか ら、揺れ 動く心
すき
こっ き
の機 微まで、 余すことな く表現 している。 吹き終わ ると、実 は
息苦しそ うにしてい たという 。しかし 、演奏を 聴く限り は、全
く 隙 を見 せ て い な い 。克 己的な 意 志の強 さ を 感 じ る 。《 ピ ー プ
ル ・ タイ ム 》 で特 に 好 き な のは 、「イ ース ト ・ オ ブ ・ザ ・ サ ン
アン ド ウ エスト・オ ブ・ザ・ ムーン」
East
Of
The Sun And
と 、「夜も昼も」 Night And Day
で ある 。前
West Of The Moon
者 はチャーリ ー・パ ーカー
が 多 く演奏し 、後者
Charlie
Parker
はコール ・ポー ター
の 曲とし て有名だが 、スタ ン
Cole Porter
・ ゲッツの演 奏ほど すばらしい ものは聴 いたこと がない。
このア ルバム の魅力をさ らに高め ているの が、ピアニ ストの
ケニー・バロ ン
で ある。晩年 のスタン ・ゲッツ
Kenny Barron
と共演し、ビ ーバップ
Bebopの 系譜 に 連 な る 見 事な 即 興 演 奏
と、人の心 をとらえ て放さな い流麗なタ ッチが 魅力的なピ アニ
スト である。
- 98 - 99 -
》
Confirmation
の 系統に属するジャズ・ピアニスト、ケ
Bebop
の 演奏を初 めて聴い たのは、 スタ
Kenny Barron
《
Kenny Barron
ビーバ ップ
ニー・バ ロン
ン・ ゲッツ
と共演したアルバム《ピープル・タイム》
Stan Getz
にお いてだっ た。
People Time
こ こで紹介す るのは、 ライブ録 音のアルバ ム《コ ンファメー
ショ ン》 Confirmationで ある。冒頭の曲で もある。作曲 したの
は チャ ーリ ー・ パー カー
。 このア ルバ ムは 、ケ
Charlie Parker
ニー・バ ロンの個 性が、最も よく表 された作品 である。
ピ アノなど の鍵盤楽器 は、サ ックスなど の管楽器 が演奏さ れ
ると、伴 奏の役 目に回ってし まう。 これは僕の 印象に過 ぎない
の だが、ジャ ズで共 演する際の 、楽器同 士のヒエラ ルキーは 、
①管楽器 ②鍵盤 楽器③弦楽 器④打楽 器の順で はないか。 ケニー
・ バロンのこ のライ ブに、管楽 器が含ま れていな いのも、ピ ア
ニスト が個性を 発揮する には、管楽 器に主役 の座を奪 われては
ならないから である 。
冒頭の「コ ンファ メーション 」からバ ロンは絶 好調である 。
弾く ようなリズ ミカルな 調子で、 パーカーの 流麗な メロディー
を、ビー バップ本来 の軽妙さ にアレンジ して見 せる。
2 曲 目 は 「 オ ン ・ グ リ ー ン ・ ド ル フ ィ ン ・ ス ト リ ー ト 」 On
である。ドラムとシンバルの軽快な伴奏に、
Grren Dolphin Street
バロ ンの陽気 で力強いピ アノが 、高揚した 音空間を 作り上げ て
- 100 - 101 -
いる。3曲目の「テンダリー」 Tenderly
は 一転して 、バロン の
ひだ
な
繊細で柔ら かなタッ チが、揺 れ動く心の 襞を優 しく撫でる 。4
曲目の「君を抱いて」 Embraceable You
は さ らに、優 しさの上
に光のイ メージを添 える。ピ アノの一音 一音の 響きを大切 に、
ゆる やかに流れ る大河の 余裕を感 じさせる。
5曲目の「神の子はみな踊る」 All Gods Chilllun' Got Rythm
は《ソニー・スティット、バド・パウエル &J. ジ
J.ョンソン》
の冒 頭で演奏 された曲
Sonny Stitt, Bud Powell & J.J. Johnson
だが 、バロン のリズミカ ルな演 奏は、ピア ノの音の 美しさを 際
立たせた華麗なものとなっている。6曲目の「身も心も」 Body
は 、ドラ ムやシン バルは控え 目に、憂 いを帯び た甘美
& Soul
さに浸ら せる魔 術に、聴く者 は身も 心もとらわ れてしま う。
7曲目の「イースト オブ ザ サン」 East Of The Sun
はかつ
て 、《 ピ ー プル ・ タイ ム》で スタ ン・ ゲ ッ ツ と 共 演し た こと が
ある曲。死を直前に控えたゲッツの魂こもるサックスに合わせ、
控えめ ながら自 身の技能 を出し尽く し、華々 しい即興 演奏で飾
おう か
った。青春の 輝きを 謳歌する中 で、突然 命を絶た れた作曲者 ブ
ようせつ
ルック ス ボ
と 、死 と格闘す るゲッツ
· ウマン Brooks Bowman
の姿が二重 写しにな る演奏だ った。
この アルバム ではバロ ンが主役で ある。夭 折した作 曲者の短
い生涯を 、悲しみを こらえて 、希望をあ くまで も持ち続け よう
と、 陽気なメロ ディーに 歌い上げ ている。明 るさの 中に陰影が
こもって いる点で、 実に味わ いが深い 。観客が 繰り返し 拍手す
る点 から見て も、このア ルバム で最も素晴 らしい演 奏である 。
- 102 - 103 -
8曲目の「オレオ 」 Oleo
は 、マイルス・デイビス
Miles Davis
のトランペ ットで聴 かれた方 が多いので はない か。バロン は1
曲目 と同様に、 ビーバッ プ本来の 、神業とし か思え ない、すさ
まじいま での速さで ピアノを 演奏する。 ドラム とシンバル の力
強さ が、背後か らバロン を支えて いる。
最後の曲「ナシメント」 Nascimento
は 、もう会 場全体がお 祭
り気 分である 。会場の人 々は、 手拍子に掛 け声で、 恐らく一 部
は踊り出しているのだろう。これほどの熱気をかき立てたのも、
New
スタ ンダード 曲ばかり取 り上げ たからとい うより、 雰囲気を 醸
し出す天 才のピア ノに、人々 が酔い しれたから である。 演奏者
》
Rythm-A-Ning
の 面 々 の 名 前 が 挙 げ られ る た び に歓 声 が 上 が り 、最 後 に
とい う叫びとと もに、 興奮した空 間は閉じ られる。
York
《
Kenny Barron & John Hicks Quartet
ス タジオ録 音とライ ブの違い は何だろ うか。チャ ーリー・ パ
ーカー
の 時代に は、 回 転レコー ドで、約3 分
Charlie Parker
という時間制 限があ ったので、 スタジオ 録音は一 寸の隙もな い
緊張感 をともな う反面、 羽目を外す 余裕もな かった。 一方、ラ
イブは音質 の悪い私 的な録音 が残ってお り、時 間にとらわ れな
い分 、自由な演 奏が可能 となった 。パーカー の「オ ーニソロジ
しんずい
ー 」 Ornithologyや 「 ス ク ラ ッ プ ル ・ フ ロ ム ・ ジ ・ ア ッ プ ル 」
を 、スタジ オ録音と ライブで 聴き比べ
Scrapple From The Apple
かったつ
ると、限 界へ向かっ てイメー ジを広げ ていくラ イブの闊 達な即
興演 奏に、パ ーカーの真 髄を見 る思いがす るだろう 。
- 104 - 105 -
78
ビーバップ
の ピアニストとして 、現在も活躍す るケ
Bebop
ニー・バロン Kenny Barron
の 場合も、ス タジオ 録音とライ ブ
では 大きな印象 の差を伴 う。卓越 した演奏技 術を持 つことで、
スタジオ においては 、完成さ れた様式美 に留ま りかねない 。個
性の 強さが抑制 されてし まうので ある。それ に対し て、ライブ
こ ぶ
では聴衆 の反応が、 ピアニス ト自身の 精神を鼓 舞して、 神業の
よう な万華鏡 の音の世界 を繰り 広げる。
ケニー ・バロンの ライブで 最も好きな のは《 コンファー メイ
シ ョン》 Confirmationだ が、ここで紹 介する《リ ズマニング 》
Rythm-A-Ningは 、 1 曲 の 長 さ が 分 近 い 物 が 多 く 、 そ の 分 目
くる めくよう な音の洪 水の中を 、法悦に 近いところ まで導か れ
ていく。 この素 晴らしいライ ブは、 バロンの作 曲した「 サンシ
ャ ワ ー 」 Sunshower
や共演のピアニスト、ジョン・ヒックス
の作曲 した「ナイマのラブ ソング」 Naima's Love
John Hicks
、「アフター・ザ・モーニング」
、 それ
Song
After
The Morning
にセロ ニアス・ モンク
の 作曲し た「ブ ルー・
Thelonious Monk
モンク」 Blue Monk
、「リズマニング」 Rythm-A-Ning
な どで構
成され ている。
- 106 - 107 -
15
《
Charlie Haden & Kenny Barron
》
Night And The City
ジャズ の中で即興演奏を行 うビーバップ
が 、僕がい
Bebop
ちばん好 きなジャン ルだ。こ れはサック スに限 らず、ピア ノに
関しても言えることである。ビーバップのピアニストといえば、
まず、バ ド・パウエ ル
が挙 げられる 。神業の よう
Bud Powell
な 演 奏に は 舌 を 巻 く ばか りだ が 、《バ ド ・ パ ウエ ル のム ー ズ 》
の ように 、魔法の ような磁 力を帯び た、夜
Bud Powell's Moods
の美 しさを表 現した異色 のアル バムもある 。ゆった りしたタ ッ
チが夢幻 境に誘う のである。
ビ ーバップ のピアニス トの系 譜に位置づ けられる ケニー・ バ
ロン
に 関して は、スタ ジオで録音 したアル バム
Kenny Barron
は 、何かお決 まりの 名演奏とい った感じ である。ラ イブで聴 衆
を前にし た演奏 だと、会場 の雰囲気 に鼓舞さ れて、味わ い深い
演奏をするのである。ケニー・バロンの《コンファメーション 》
が 最も 好き なアルバ ムで、ビー バップのピ アニス
Confirmation
トとして面目 躍如と 言える演奏 をしてい る。会場 の盛り上が り
も素晴らしく、 CD
で聴 いていて も聴衆の興 奮が伝わ ってくる 。
ケ ニ ー・ バ ロ ン に も 、《バ ド・ パウ エル の ム ーズ 》 に 匹 敵 す
るよ うな夜のア ルバムが ある。ジ ャケットに 描かれ た都市の夜
景が、雰 囲気をぴっ たり表現 している。 それが 《ナイト・ イン
・ザ・シティ》 Night And The City
である。《コンファメーショ
ン》の雰 囲気とは全 く異なる 。魂を深 みへと沈 静させる 効果が
ある 。その変 容ぶりに驚 かされ る。
- 108 - 109 -
夜景の美し いレス トランや、 夜空から 浮かび上 がる超高層 ビ
ルが 眺められる ホテルの 一室で、 好きな人と 演奏に 聴き入って
いる雰囲 気がある。 夜は人々 にとって等 しく訪 れる休息の 時で
ある 。忙しく働 いている 人も、し ばしすべて から解 放されて、
心温まる 安らぎを求 める。こ れは眠り に入る前 だからで 、目覚
めて いても、 心の一部は 夢想の 世界にさま よい出よ うとして い
る。
「たそがれの歌」 Twilight Song
の短調風の演奏、「お願いだか
ら」 For Heaven's Sake
の 哀願するよ うな調べ 、
「身も心も」 Body
And Soulや「ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ」
You Don't Know What Love の
Is 身を引き裂かれるようなメロ
ディーも 、追想 のようなヴ ェールに 包まれて おり、つら さや悲
し み まで も 心 を癒 す 音 色と 化し て いる 。「 ワ ル ツ・ フ ォー ・ リ
ュート」 Waltz For Ruth
や「君を想うばかり」 The Very Thought
の甘い 夢想も、夜 だから こそ許され る。
Of You
これは 一体ど うしたこと だろうか 。原曲の リズムを変 調させ
て、どの曲 もゆった りとした 均一の調子 で演奏 されている 。胎
児が 母体で聴く 鼓動に安 らぎを感 じるような 響きが ある。それ
こそケ ニー・バロン のピアノの背後 で響き続ける チャーリー
・ヘ イデン
の 低音 のベース のなせる技 である 。
Charlie こんHaden
ぜん
ピアノと ベースが 渾然一体 となった演 奏に聴 き入るうち に、
人々 の心は現 実から解放 されて 、夜の闇の 中に沈ん でいく。
- 110 - 111 -
《
The Great Jazz Trio
》
Tokyo
The Legend of Jazz Live at Blue Note
高田馬場 駅前のレ コード店 が閉店する ことに なり、在庫の 商
品を 半額で売り 尽くして いた。ジ ャズ・コー ナーに 行ってみる
と、ハン ク・ジョー ンズ
率い るグレ ート・ジャ ズ
Hank Jones
・ト リオ
が 、 東京で 開催したラ イブを収 録
The
Great
Jazz Trio
した Blu-ray Disc
が 目に入っ た。
二 〇〇九年に ハンク・ ジョーン ズが来日し たとき 、ライブ情
報を見て チケット を買おうか 悩んで いた。その ときため らった
のが いけなか った。翌 二〇一〇 年には亡 くなったの だから、 生
前のハン ク・ジ ョーンズの生 演奏は 、ついに聴 けずじま いにな
っ てしまった 。
その後、 Blu-ray Disc
の 《ザ・ レジェン ド・オブ ・ジャズ ・
ライブ・アット・ブルー・ノート・東京》 The Legend of Jazz
を 何度か店で 見かけ たが、当時は
Live at Blue Note Tokyo
も な く、 六 六一 五 円と いう 定価 も買 う気 をそい
Blu-ray player
だ。半 値で売ら れていた ことから、 ようやく 入手する に至り、
演奏の場面 を目にす ることが できたので ある。
収録されているのは、二〇〇六年の三月五日と三月十二日の、
ブルー・ ノート・東 京でのラ イブである 。前者 はザ・グレ ート
・ジャズ・トリオ The Great Jazz Trio
の 演 奏で、 ピアノはハ ン
ク・ジョーンズ、ベースはデヴィッド・フィンク
、
David
Finck
で あ る。
Jerome Jennings
ドラ ムはジェ ローム・ジ ェニン グス
- 112 - 113 -
「A列 車に乗ろ う」
に始まり、「いつか王子
Take
the
"A"Train
さまが」 Someday My Prince Will Come
、「ラウンド・ミッドナ
イト」 'Round Midnight
な ど、 ジ ャズの スタ ンダ ート 曲の 演奏
が続く。ハンク・ジョーンズの演奏は、気品にあふれたもので 、
熱狂 的なジャズ ・ファン には物足 りないかも しれな いが、聴い
ていて耳 に快いもの ばかりで ある。
じい
ジ ャズが全盛 の頃、チ ャーリー ・パーカー
Charlie Parker ,
デ ィ ジー ・ ガ レ スピ ー
、 マ イ ルス ・ デイ ビ ス
Dizzy Gillespie
ら と共 演しており 、ジャ ズ創生期を 知る生き 残り
Miles Davis
と し て 、 九 十 過ぎ の 超 高 齢ま で現 役の ピア ニ スト だ った 。「 ひ
ょうきんなお爺ちゃん」といった感じで、演奏が終わると、
「や
ったぜ! 」と言 わんばかりの ポーズ を取ったり 、自分の 名前を
わ ざ と 、「 反 抗 ジ ョ ー ン ズ 」 と 言 っ て み た り 、「 あ り が と う ご
ざいまし た」と 日本語で挨 拶するな ど、サー ビス精神に も富ん
で いた。
後半に収録 されて るのは、ハ ンク・ジ ョーンズに よるソロ ・
ピアノ の演奏で ある。前 半と比較し て、おと なしめの 静かな曲
が多い 。
「サマー・タ イム 」
、
「柳よ泣いて おくれ 」
Sommertime
、「黒いオルフェ」 Black Orpheus
な どの ス
Willow Weep for Me
タ ン ダー ド 曲 を、 繊 細 な タッ チ で弾い てい く 。「 スピ ー ク・ ロ
ウ」 Speak Low
では、ひそひそ声をピアノで表現しようとして、
あえて聞 こえないほ どかすか な音にす るなど、 持ち前の 茶目っ
気で 笑いを得 ていた。
- 114 - 115 -
ただ、 指の動 きが壮年期 の演奏ほ ど自在で はないよう で、複
雑な箇所に なると、 若干指の スピードが 遅くな る。間違え ない
よ う に 動かし てい る か らだと 思うが 、 NHK
の 「 の ど 自慢 」 に
登場する お爺ちゃん みたいに 、曲の進行 が速く なったり遅 くな
った りする。九 十歳にな ろうとい う年で、こ れだけ の演奏がで
きるのは 素晴らしい ことなの だが。
僕 が特に興味 深く感じ たのは、 ボーナスと して収 録されたイ
ンタビュ ーだった。 ハンク・ ジョーン ズがピア ニストの 道に進
んだ のは、母 親の希望で もあっ たという。 演奏にと って重要 な
のは曲に 対する理 解であり、 瞬間の 集中力であ る。セロ ニアス
の 演 奏をよ
Charlie Parker
・ モ ンク
の 自 宅に 呼ば れて 写譜を した こと
Thelonious
Monk
や、アー ト・テ イタム
を敬 愛して いたこと、 ピアニ
Art Tatum
ス ト以外では チャー リー・パー カー
く聴いた ことな どを語って いた。
最 後に
に つ いて 述べる と、とにか く映像が 細かいと
Blu-ray
ころま で鮮明で 、スーツ や指や鍵盤 がくっき り見える 。音の輪
郭はそれ以上 に鮮や かで、高音 から低音 まで体に 響いてくる よ
ヘル ツ・
48k
うである。僕の場合、ステレオの 96k
ヘルツ・ 24
ビッ トの音を 、
自 宅 の バ ーチ ャ ル ・ サ ラ ウ ンド で聴 い た。 5.0
チ ャ ン ネ ルの サ
ビッ トで再 生される。
16
ラウ ンドの場合 、
- 116 - 117 -
Fusion of Jazz and Classical music?
フュ ージョン というと 、ジャズと ロックを 融合した ポピュラ
ー音楽と いう印象が 強い。フ ュージョン 自体は 、異なるジ ャン
ルの 音楽の融合 だから、 相手がソ ウルでもラ テンで もいいわけ
だが。
ク ラシック音 楽をジャ ズ化した ものは、あ りふれ ているけれ
ども、ジ ャズのスタ ンダード 曲を、ク ラシック 音楽みた いに弾
み たい に、ピアノ を弾
Bud Powell
く奏 者がいる のは最近知 った。 その人物の 写真を見 ると、パ ン
チパーマ のあんち ゃんみたい で、ク ラシック音 楽のアル バムも
出す 一方、バ ド・パウ エル
きながら 鼻歌を うたう。
キ ース・ジ ャレット
を知ったのは、 iTunes Store
Keith Jarrett
で売って いた小 川隆夫氏の 『名盤の ウラに記 された真実 』とい
う 電子書籍で 紹介さ れていたか らである 。ここで は詳しく述 べ
な い けれ ど も 、 そ の本に は仕掛け があ って、 LP
の ジャ ケ ッ ト
の写真に触れ ると、 本物の裏側 に記され ている曲 のリストな ど
が現れる。また iTunes Store
な どへの リンクも 張ってあ る。
さて、キー ス・ジ ャレットに ついてだ が、一九 四五年にア メ
の バン
Miles Davis
リカ のペンシル ベニア州 で生まれ 、幼少から クラシ ックのピア
ノ曲を弾いていた。ジャズの世界に踏み込んだのは高校からで、
二十 代の半ばか らは、マ イルス・ デイビス
ドに参加 していたと いう。
僕 はまだそれ ほどの枚 数は聴い ていないが 、古典 的なジャズ
- 118 - 119 -
のスタ イルにと らわれて いないとい った印象 である。 どんな芸
術であって も、ひと たび形式 が確立され てしま うと、それ に追
従し ようという 人が多く なる。一 般のファン に理解 してもらい
やすく、 興行的にも 危険を冒 さずに済む 。だか ら、キース ・ジ
ャレットの
を初めて聴いたとき、「あれっ、これってジャ
CD
ズ?」っ て感じだっ た。
ここで は、僕が最 初に触れ たアルバム 《スタ ンダード・ ライ
ブ》
を紹介しよう。冒頭は「星影のステラ」 Stella
Standards
Live
だ が、いきな り聴か されると、 何の曲だ か分から
By Starlight
ない だろう。 ショパン の夜想曲 か何かみ たいである 。途中か ら
有名なメ ロディ ーが聞こえて くる。 ジャズらし いビート も効い
ている。時折流れてくるのは、バド・パウエル Bud Powellの
鼻歌が可 愛く思 えるくらい の、小猫 の叫びみ たいなジャ レット
の鼻歌である。神経質な人なら気になってしまうかもしれない。
感傷的 なイメー ジから脱 皮した、全 く新しい 「星影の ステラ」
の誕生である。続く「おかしなブルース」 The Wrong Blues
で
は、一 転して最 初からジ ャズらしい ムードに 浸れる。 聴きやす
くても安易 に流れず 、気品が 感じられる タッチ である。
とら
3曲目は「恋に恋して」 Falling In Love With Love
で 、聴き
出してす ぐに曲名が 分かるが 、途中から はもう ジャレット の世
は 静謐な 世界で
Too Young To Go Steady
せい ひつ
界で ある。リズ ムはジャ ズでも、 テーマに囚 われな い現代音楽
を聴かさ れている感 じである 。4曲目 の「トゥ ー・ヤン グ・ト
ゥ・ ゴー・ス テディ」
- 120 - 121 -
こ よい
ある。 ジョン・ コルトレ ーン
の ひた むきな演 奏
John Coltrane
とは違い、 心乱され ることな く淡々と弾 き続け ている。
5曲目は「今宵の君は」 The Way You Look Tonight
で 、3 曲
目同様に 、最初はア レンジが 少ないのだ が、た ちまち音の 魔法
にか けられ、知 らない音 の世界に さらわれて しまう 。ジャズの
ビートは かなり効い ている。 乗りの良 さでは随 一なのは 、聴衆
の反 応の良さ からも分か る。
6曲目は「オールド・カントリー」 The Old Country
で 、陰
影の ある上品 なタッチで ある。 終曲として 大人しい 感じの演 奏
である。 ジャズと クラシック の融合 といっても 、アレン ジの仕
ぶ そん
よ
方は 多彩であ り、演奏 が終わっ ても、聴 衆の熱狂は いつまで や
まない。
East Of The Sun (West Of The Moon)
さ
菜 の花や月 は東に日 は西に
よ
りょう せん
これは与謝 蕪村が 一七七四年 (安永三 )の旧暦三 月に詠ん だ
俳句 である 。大 地には 一面、 菜の花が咲き乱 れ、東の 稜 線か
らは月が昇 り、日は 西に沈み つつある。 目に飛 び込んでく る視
覚的 な鮮やかさ と、天地 をこの眼 でとらえる 魂の広 がりを感じ
させる。 現代人の感 覚にも響 く名句であ る。
ところで、ジャズの名曲に「イースト・オブ・ザ・サン」 East
と いうのがあ る。無 理に訳せ
Of The Sun (West Of The Moon)
ば「 日は東に 月は西に」 といっ たところか 。これは 一九三四 年
- 122 - 123 -
に、当 時大学生 だったブ ルックス ボ
· ウマン Brooks Bowman
によって作 曲され、 ジャズの スタンダー ドとし て、多くの アー
チス トに演奏さ れてきた 。希望を 感じさせる 、明る いタッチの
メロディ ーであるが 、作曲者 自身は自動 車事故 で、二四歳 の誕
生日 を目前にし て死亡し た。
僕が初め てこの曲 の題名を 見たとき、 与謝蕪 村の名句を 思い
浮か べてしま った。あと で確認 してみたら 、蕪村の 句の方は 夕
い
刻の情景 であり、ジ ャズの方 は早朝で ある。日 出づる国 の句が
夕日 で、星条 旗の国の曲 が朝日 なのは、ち ょっと意 外な気が し
た。ちな みに、ジ ャズはアド リブが 命であるか ら、即興 という
点で は俳句の 精神に通 じそうで ある。
余 談 は こ れく ら いに し て 、「 イ ース ト ・ オ ブ・ ザ ・サ ン 」 の
あ
聴 き比べをし てみた 。ジャズは 同じアー チストでも 、演奏す る
よ
時によっ て、ス タイルがか なり異な る。乗り の良さが演 奏の善
し 悪しを決定 する。
この 曲 の 演 奏 とい え ば、 ま ずチ ャー リ ー・ パ ーカ ー
Charlie
を 思い浮かべ るだろう 。僕が持 っている同 曲の中 では、
Parker
パーカーの 演奏が一 番多い。 よく知られ ている のが、チャ ーリ
ー・パーカー・ウィズ・ストリングス
Charlie Parker With
によるアルバム《パリの四月》 April In Paris
に 収められ
Strings
た演 奏。パーカ ーの名演 奏といえ ば、ダイヤ ル版や サヴォイ版
を挙げる 人が多い。 ヴァーヴ が出した このアル バムは、 録音状
態が とても良 いので、ジ ャズに 慣れていな い人には 、オーケ ス
- 124 - 125 -
トラと の調和を 重んじて 、アドリブ も控えめ な演奏は 耳に快い
だろう。逆 にジャズ 愛好者に は、オーケ ストラ の演奏が邪 魔だ
し、 メロディー から大き く外れる ことがない ので、 想像力が不
足してい るとか、マ イナスの 評価が下さ れるこ とがある。 とは
いっ ても、この 演奏が均 整の取れ た美しさを たたえ ていること
には変わ りがない。
サ ヴォイ版の 《ザ・コ ンプリー ト・ロイヤ ル・ル ースト・ラ
イ ブ ・ レ コ ー デ ィ ン グ ・ オ ン ・ サ ヴ ォ イ ・ イ ヤ ー ズ 2 》 The
Complete Royal Roost Live Recordings On Savoy Years Vol. の2
同曲は、 落ち着き のある演奏 である が、挑戦す る感じが 乏しく
物 足 り な い。《 コ ン プリ ー ト ・バー ド ・ア ッ ト ・ ジ ・ オ ー プ ン
・ドア》 Complete Bird at the Open Door
は 、ライ ブ演奏とし て
は 音質が良好 なので 、パーカー の生演奏 が聴けない 我々にと っ
さくれつ
ては、会 場の空 気感をとら えるのに はいいが 、パーカー の炸裂
し たようなと ころが ない。
僕 が パ ーカ ー によ る 同 曲の演 奏 で、 最も 好 き な も のは 、《 コ
ンプリート・ライブ・アット・ザ・ロックランド・パレス》
の 冒 頭に収録さ れてい る
Complete Live At The Rockland Palace
曲である。 オーケス トラと共 演している 点では 、チャーリ ー・
パー カー・ウィ ズ・スト リングス による《パ リの四 月》と同じ
だが、こ のライブで はオーケ ストラに遠 慮する ことなく、 胸が
張り 裂けるよう な思いで 、サック スを吹いて いる。 本来は明る
いはずの メロディー が、自己 の運命を 悟ったよ うな悲痛 な叫び
を伝 えてくる 。
- 126 - 127 -
ちな みに、こ のアルバ ムに収め られた「オー ニソ ロジ ー」
Ornithologyも 絶 好 調 の 演 奏 で 、 ダ イ ヤ ル 版 の 「 チ ャ ー リ ー ・
パー カー・スト ーリー・ オン・ダ イヤル1 ウエス トコースト
・デーズ》 Charlie Parker Story on Dial, Vol. 1, Westcoast Days
所収 のものより 、かえっ てパーカ ーらしさが よく出 ていると思
う。この アルバムの 欠点とし ては、録 音状態が いま一つ で、音
が割 れている ところであ る。
チ ャーリー・ パーカー のそっく りさんとい えば、 ソニー・ス
ティット
の ことで、 パーカー の生前はア ルトから
Sonny Stitt
テナ ーのサッ クスに切 り替えて いたほど 、パーカー の亜流と 見
られるこ とを嫌 っていた。ス ティッ ト自身は若 い頃、か なりい
い 演奏をして いるの だが、パー カーと正 面切っての 対決では 勝
ち目はな い。パ ーカーと吹 き方が似 ているの は、偶然の 一致と
も言われているから、パーカーという天才が存在しなかったら、
スティ ットがジ ャズの歴 史を変えて いたかも しれない 。
「イースト・ オブ・ ザ・サン」 の演奏は 、アルバ ム《パーソ ナ
ル・アピアランス》 Personal Appearance
に 収 録されて いる。こ
のアルバム 自体は、 若い頃の 演奏にして はステ ィットの冴 えが
乏し い。アドリ ブも結構 やってい るのだが、 お決ま りの手を使
っている感じで、パーカーの魂がこもった演奏からはほど遠い 。
曲の 調子は比較 的明るい から、パ ーカーがサ ヴォイ のロイヤル
・ルースト Royal Roost
の ライブ で行った演 奏に、印 象として
は似 ている。
- 128 - 129 -
ビーバ ップ
Bebopと呼 ば れる アドリ ブ が 続 く スタ イ ルを 、
サッ クスのチャ ーリー・ パーカー やトランペ ットの ディージー
・ガレス ピー
と 作り上げ たのが、 ピアノの バド
Dizzy Gillespie
・バ ウエル
で ある。 神がかっ た超人的 な早業の 演
Bud Powell
奏は、《バド・パウエルによるピアノ演奏》 Piano Interpretations
に 収め られた同 曲からは、 すでに 感じられな く
By Bud Powell
なってい る。一九五 六年にリ リースさ れたこの アルバム は、前
年の 四月にニ ューヨーク のスタ ジオで録音 されたも ので、一 九
四〇年代のきらびやかな、神が降臨するような恍惚感はないが 、
温か みのある 抒情は感 じられる 。
ビ ーバップ をオルガ ンの分野 で確立し たのが、ジ ミー・ス ミ
ス
で ある。 ジミー ・スミスと いえば、 ファンキ
Jimmy Smith
ー 、つまり、 野性味 あふれた演 奏で知ら れている 。オルガン を
「教会 で賛美歌 を歌うた めの楽器」 と思い込 んでいる 老人が、
ジミー・スミ スの曲 を聴いたら 、卒倒し てしまい そうな、ク ー
ルでか っこいい 乗りの良 さである 。
《ザ・サーモン 》 The Sermon!
や《ルート・ダウン》 Root Down
、《ザ・キャット》 The Cat
が
代 表 作と さ れる が 、 僕が 一 番好き な のは 、《 プレ イ ズ・ プ リ テ
ィ・ジャスト・フォー・ユー》 Plays Pretty Just For You
で ある 。
スタ ンダードの 曲が集め られてい ることもあ るが、 かっこよさ
と温かさ がバランス とれてい て、リラ ックスし た高揚感 に導い
てく れる。特 に「イース ト・オ ブ・ザ・サ ン」は、 ジミー・ ス
- 130 - 131 -
ミスの 良さが前 面に出て おり、もし 彼の演奏 を初めて 聴くのだ
ったら、代 表作でい きなり打 ちのめされ るより 、このアル バム
を聴 いて好きに なってか らにして ほしい。
テナ ー・サッ クスの巨 匠、スタン ・ゲッツ
が 死の
Stan Getz
直前に、ケニー・バロン
と共演したアルバム 、《ピ
Kenny Barron
ープル・タイム》 People Time
にも、「イースト・オブ・ザ・サ
ン」は収 められてい る。ジャ ズの神様 と言われ たチャー リー・
パー カーでさ え、死が近 づくに つれて不調 に陥った のに、ス タ
ン・ゲッ ツは末期 癌に冒され ながら も、ますま す魂に響 く演奏
をし ている。 自分の人 生を眺め 渡して、 折々の思い をすべて サ
ックスの 音に込 めている。こ れが最 後かもとい う思いが 頭をよ
ぎ ったろうが 、人生 に対して満 たされた 思いも同時 に感じさ せ
る。息苦 しさに 耐えて、サ ックスか ら口を離 している間 、ケニ
ー・バロンのきめの細かい、一点の隙もないピアノ演奏が続く。
スタン ・ゲッツ のサック スを際立た せようと 、地味な 演奏をし
ているけれど も、巨 匠の精神的 な高さに 負けまい として、ケ ニ
ー・バ ロンの演 奏の中で は最良のも のとなっ ている。
な お 、 ケ ニ ー ・ バ ロ ン に は 、《 コ ン フ ァ メ ー シ ョ ン 》
と い うライ ブ録音 があり、僕が 愛聴してい るアル
Confirmation
バムの一 つである。 こちらで は、ケニー ・バロ ンは誰に遠 慮す
るこ となく、自 己の才能 のすべて を示してい る。リ ラックスし
た導入部 に続いて、 軽妙なア ドリブを 余裕たっ ぷりに見 せなが
ら、 高みの世 界へと聴衆 をいざ なっていく 。バド・ パウエル に
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引けを 取らない 、ビーバ ップのピア ニストで ある。
アル ト・サッ クスのプ レーヤーの 中で、チ ャーリー ・パーカ
ーとともに強い愛着を覚えるのは、アート・ペッパー
Art
な のだが、 感情を鷲づ かみに する大胆さ と、繊細 なサッ
Pepper
クスの音 色で、アー ト・ペッ パーに近 い演奏を している (?
と僕が勝手に思っている)のが、ジョルジュ・ロベール
George
である 。サッ クスの音は やや苦み が効いて いるから、 後
Robert
期ペ ッパーの 演奏に近い 。彼が ケニー・バ ロンと共 演してい る
の が 、《 イ ン ス ピ レ ー シ ョ ン 》 Inspirationと い う ア ル バ ム で あ
る。 音程が外 れそうに なりなが ら、ピサ の斜塔のよ うに、ア ン
バランス とバラ ンスの綱渡り 的妙技 を見せると ころも、 アート
・ ペッパーを 想起さ せる。
《インス ピレー ション》は ジョルジ ュ・ロベ ールとケニ ー・バ
ロ ン の共 演 で ある 。「 イ ー スト ・ オブ・ ザ ・サ ン 」で は 、 サ ッ
クスが 前面で響 き渡って おり、ケニ ー・バロ ンは脇役 に徹して
い る 。 二 人 の 共 演 す る ア ル バ ム と し て は 、《 ピ ー ス 》 Peace
の
方が一般受けするだろうが、より個性を感じさせてくれるのは、
《インスピレーション》 Inspiration
の方 だろう。
な お、 ジ ョ ルジ ュ ・ ロ ベー ル には 、《メ ト ロポ ー ル・ オ ー ケ
ストラ》 Metropole Orchestra
と いう、 管弦楽団 と共演し たアル
バム もある。美 しい響き が楽しめ るけれども 、チャ ーリー・パ
ーカー・ウィズ・ストリングス Charlie Parker With Strings
の場
合と 同様に、 ジャズとし てのス リル感は味 わえない 。規定の メ
- 134 - 135 -
》
The Magic Hour
ロディ ーを淡々 と吹いて いる、とい った感じ である。
《
Wynton Marsalis
ウイントン・マルサリス Wynton Marsalis
と いうジ ャズ・ト
ラ ン ペ ッ タ ー を ご 存 じ だ ろ う か 。 ア ッ プ ル 社 の 宣 伝 で 、 iPod
を 聴 く 男 女が ブル ー を 背 景に 影 絵 の ように 踊 る ビ デ オで 、「 ス
パークス」 Sparks
と いう曲を 演奏し ていた人であ る。僕 と年齢
が近いこと もあり、 数年前ま ではスタン ダード 集をよく聴 いて
いた 。
ところが 、いつの 頃かぱっ たり聴かな くなっ てしまった。 マ
、 アート ・ペッパ
Bud Powell
ルサリスのバンドにいたエリック・リード Eric Reed
は 、今 で
も僕の心をとらえて放さないのだが。チャーリー・パーカー
や バド ・パウエ ル
Charlie Parker
- 136 - 137 -
ー Art Pepper
、マイルス・デイビス Miles Davis
な ど、 個性的な
音を出すア ーチスト を聴いて いると、マ ルサリ スの演奏が 、テ
クニ ックはすご いが、あ く抜きし たお上品な ものに しか聞こえ
なくなっ てしまった のだ。
ジャ ズ・ミュ ージシャ ンといえば 、麻薬中 毒者、性 格も激し
くて、精 神病院に入 れられた り、ドラ ッグのた めなら窃 盗、強
盗も するし、 一度も刑務 所に入 らないのは 本物では ない、と さ
え思われ ている。先 に挙げた ミュージ シャンも そうで、 六十代
まで 生きられ たマイルス ・デイ ビスにして も、麻薬 中毒で体 を
壊してい るし、警 察に連行さ れたこ ともあり、 本当は人 柄がい
いの だが、周 囲のアー ティスト に恐れら れていたと いう。
そうし た本物の ジャズを聴 かされ ると、マル サリスの 演奏が
物 足りない気 がして しまうのだ 。父親を ピアニスト に持つ音 楽
一家に生 まれ、 ジャズとい うよりは クラシッ クの演奏家 のよう
な 環境で育っ た。マ ルサリスは 勉強家で 、ジャズ を伝統とし て
とらえ ている。 新しい音 楽を生み出 すカオス とは、遠 いところ
に存在してい るのか もしれない 。
さらに、マルサリスに対する僕の印象が損なわれたのは、
『マ
イルス・デ イビス自 伝』の記 述によって だった 。デイビス が演
奏し ているとこ ろに、マ ルサリス が現れ、勝 手に舞 台の上まで
上がってきた。父親と息子ほどの年齢の差があるマルサリスが 、
デイ ビスのステ ージでお しゃべり を始めたも のだか ら、デイビ
かん しゃく
スは癇 癪 を 起こ して、出 て行 けと大声で怒 鳴ったという。デ
イビ スとは人 間としては 対等だ としても、 アーティ ストとし て
- 138 - 139 -
の格は 全然違う だろうに 。
ウイ ントン・ マルサリ スについて 、否定的 なことば かり書い
てしまっ たが、ライ ブでは彼 なりにいい 演奏も している。 二〇
〇六年、リンカーン・センター Lincoln Center
で 録画 されたも
ので、曲名は「マジック・アワー」 The Magic Hour (Live In San
Ali
で、アルバム《ライブ・セッション》 Live Session (iTunes
Jose)
に 収 録 さ れ て い る 。 ア ー テ ィ ス ト は 以 下の 通 り 。 ト
Exclusive)
ランぺットがウイントン・マルサリス Wynton Marsalis
、 ピア
ノがダン・ニマー Dan Nimmer
、 ベース がカルロス ・ヘンリ ケ
ス
、ドラムセットがアリ・ジャクソン
Carlos
Henriquez
であ る。
Jackson
冒頭でアップル社のスティーブ・ジョブズ Steve Jobs
が、マ
ルサリス の紹介 をしている 。オレン ジがかっ た照明の中 、異様
に 緊張した空 間が広 がる。呪文 めいたマ ルサリス の演奏から 始
まり、 夜の舞台 で繰り広 げられる、 陽気なサ バトの饗 宴といっ
おもむき
た 趣 がある 。一瞬の隙 もない演 奏である 。ビデオ だと会場 の
緊張が 肌で伝わ ってくる からいい。 途中から 演奏はリ ラックス
した穏やか なものと なり、音 楽の世界に 身を浸 す幸福を教 えて
くれ る。
なお、マルサリスのアルバム『マジック・アワー 』 The Magic
に も同 名の曲が ある が、全 くの別 バー ジョン であり、聴
Hour
き比べてみる価値はあると思うが、 iTunes
専売の 《ライブ ・セ
ッシ ョン》に おけるよう な、緊 張と安らぎ に満ちた 、絶妙な 美
- 140 - 141 -
しさは 感じられ ない。
た だ、 聴 き 直し て みる と 、『 マ ジッ ク ・ ア ワー 』所 収 の 同 名
の曲を、 過小評価し ていたこ とに気がつ いた。 ジャズの命 はア
ドリ ブで、毎回 の演奏が 異なるの は当然であ る。さ まざまなバ
ージョン があってい いわけで 、アドリ ブの形が 異なるだ けで、
これ しかない という形で 記憶さ れたライブ のメロデ ィーとの ず
れを、こ とさらに感 じてしま ったのだ ろう。単 独で聴い ていれ
ば、 決して悪 いわけでは ない。 スタジオ録 音である ために、 会
場の張り 詰めた空 気は感じら れない のたが。
ど ちらがい いかは、聴 き比べ ればいいわ けだが、
専売
iTunes
の《ライブ・セッション》 Live Session (iTunes Exclusive)
は、
どういうわけか、 iTunes Store
で も う売られ ていない 。そうし
たら、 YouTube
で 流され ているのを 知った。 ここにリ ンクを張
っ ておこう。
動画に ついて 検索してい たら、マ ルサリス が同名の曲 を、別
のラ イブ で も演 奏 して い て、 こ れま た
に 流さ れ てい
YouTube
た。 The Magic Hour - Wynton Marsalis Quintet at Ronnie Scott's 2
で あ る 。 こ ち ら は 三 十 分 以 上 の 長 さ が あ り 、 ア ッ ト ・ホ ー
011
ムな 雰囲気の中 で、マル サリスと 聴衆との心 の交流 が肌で感じ
られる。 リラックス した中で 、円熟した 余裕あ る演奏をし てい
る。
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《
Eric Reed
》
From My Heart
ジャ ズ・ピア ノの分野 で、皆さん はどんな 演奏に惹 かれるの
だろうか。僕は レスト ランでかか っているよ うな、 BGMは好
きじ ゃない。ム ードを作 るだけの 曲は、心に 響いて は来ないか
らだ。ビーバッ プ
と呼ば れる即興演奏を競う スタイル
Bebop
はよ く聴く。 神がかった 演奏を するバド・ パウエル
Bud
Powell
や、それに連なるトミー・フラナガン Tommy Flanagan
、 ケニ
ー・バロン Kenny Barron
は 、 僕がとり わけ好き なピアニ スト
である。 すさまじ い速さでア レンジ していく感 性は、聴 く者の
精神 を高揚さ せてくれ る。
それと はちょっ と違うのだ が、深 い精神性を たたえて いて、
弾 く音一つ一 つに愛 情が感じら れ、間の 取り方が絶 妙なピア ニ
ストが、まだ若いエリック・リード Eric Reed
で ある。一 九七
〇 年にアメリ カのフ ィラデルフ ィアに生 まれ、十 七歳の年に 、
トランペット奏者のウイントン・マルサリス Wynton Marsalis
と出会い、公 式にそ のバンドに 属するよ うになっ た。
ここで紹介する《フロム・マイ・ハート》 From My Heart
は、
リーダーと してプロ デビュー してから、 十年以 上経った二 〇〇
二年のアルバムで、ビートルズで有名な「イエスタデイ」
Yesterdayに 始 ま り、 ジ ャ ズの ス タン ダ ー ド ・ ナ ン バ ー を 、 優
し く 繊 細な タ ッ チ で 演 奏し てい く 。「 海は 何 て 深 いん だ ろう 」
や 「 君を愛さず にはいら れない」
How Deep Is The Ocean
I'll
な ども美しいのだが、「フラメンコ・ス
Never Stop Loving You
- 144 - 145 -
》
Plenty Swing,Plenty Soul
ケッチズ」 Flamenco Sketches
はマイルス・デイビス Miles Davis
のトランペ ットとは また違っ た、超絶し た美の 音空間を作 り出
《
Reed
して いる。
Eric
ス タジオで の録音と 異なり、 ライブの 良いところ は、演奏 家
と聴衆 の間に相 乗作用が 働く点であ る。とり わけ、即 興のアド
リブが命であ るジャ ズにおいて は、演奏 が聴衆を 沸かせ、高 揚
した雰 囲気がさ らに乗り のいい演奏 を引き出 すからで ある。
《マンハッタン・メロディーズ》 Manhattan Melodies
で 、都 市
のせ わしない日 常に垣間 見られる 抒情を、抑 制され たクールな
タッチで 表現したエ リック・ リード
は 、《フロム・
Eric Reed
マイ・ハート》 From My Heart
で は、 スタンダ ードの名 曲を、
繊細な魂 による心温 まるタッ チで表現 した。い ずれもス タジオ
録音 であり、 ライブでは どのよ うな演奏を するか、 かねてよ り
- 146 - 147 -
興味深 く思って いた。
《プレンティ・スウィング・プレンティ・ソウル》 Plenty Swing,
は 、エリ ック・リ ードと、同 じくピ アニストの サ
Plenty Soul
イラス・ チェスナッ ト
の 共演によ るライブ録 音
Cyrus Chestnut
であ り、意気投 合した二 人の演奏 を聞き分け るのは 容易ではな
い。
こ のアルバム では、躍 動的なス ウィングと 、繊細 な持ち味が
見事に融合している。1曲目の「四月の想い出」 I'll Remember
では 、温かいまなざ しを感じさせるメ ロディーを、神業
April
としか思えない速さで弾いている。2曲目の「君は我がすべて 」
で は、心の 襞を丁寧 にたどり 、悲しみ や
All The Thing You Are
憂いまで 、相手 のすべてを受 け入れ る優しさに 満ちてい る。3
曲目の 「ツー・バス・ヒット」 Two Bass Hit
は 、 ダイナミ ッ
クな激し さを持 つ原曲を、 極限まで 探究しよ うという意 思の賜
物である。6曲目の「祈り」 Prayer
は 、魂の 最も深 い部分の発
露であ り、最後 の7曲目 はアルバム のタイト ルとなっ た曲で、
ピアニストが 持つ技 術の高さと 深さを、 改めて認 識させてく れ
る。
これほどの 多様な 表現を可能 としたの は、サイ ラス・チェ ス
ナッ トとの共演 であり、 反応を肌 で感じられ るライ ブという場
にあって 、自身の可 能性をす べて明らか にしよ うという意 気込
みだ ろう。
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《
Jasper Van't Hof
》
Meditation
僕が このアル バムと出 会ったのは 、まだ二 十代の頃 だった。
当時、古 神道関係の 出版社八 幡書店の目 録で、 優れた瞑想 音楽
とし て勧められ ていたの で、入手 することに したの である。効
能がある かどうかは 別として 、高度な 演奏技術 と、動と 静、間
の感 覚をとら える鋭敏な 感性に 支えられて いると感 じた。こ の
ふけ
アルバム を聴きなが ら、真夜 中によく 思索に耽 っていた もので
ある 。
ヤスパー・ファントフ Jasper Van't Hof
は オラ ンダ生まれの
ジャ ズ・ピア ニストで ある。し かし、ジ ャズやクラ シックと い
った、特 定のジ ャンルにとら われる ことを好ま ない。そ の点で
は キース・ジ ャレッ ト
辺 り を連想させ るかもし れ
Keith Jarrett
ない。ピ アノを 弾きながら 、自ずと 鼻歌のよ うなハミン グが出
て しまう点も 。
ピアノのソロ・ア ルバム《メディテーション》 Meditationを
聴いて感じる のは、 クラシック 音楽の繊 細さと、 ジャズのよ う
てん が
な自由 な感覚、 現代音楽 の持つ抽象 性、ニュ ーエイジ ・ミュー
ジックがも たらす癒 し、それ も出来合い の癒し ではない、 常に
新鮮 な驚きの融 合である 。
1曲目の「ピポ」
で は 、 ク ラ シ ッ ク 風 の 典雅 な 演 奏 か
Pipo
ら入り、2曲目の「チルドレン」 Children
で は ピアノ の キー の
一音一音 を、心に響 かせるよ うな弾き 方をする 。3曲目 の「イ
ンターコース」 Intercourse
や5曲目の「ミナレッツ」 Minarettes
、
- 150 - 151 -
6 曲目の 「カ レ ッツ ァ」 Karezza
で は 、現代 音楽 風の万 華鏡 の
ように、き らめきな がら躍動 する音の波 に浸ら してくれる 。8
曲目の「ヨハンナのための子守歌」 Lullaby for Johanna
では、
優しく穏やかでありながら、不思議な音の戯れである子守歌が、
聴く 者の魂を包 み込んで くれる。
とらえど ころがな いから、 メロディー を記憶 することな どで
きな いが、何 度聴いても みずみ ずしさにあ ふれてい る。改め て
全曲を聴 き直して、 このアル バムの素 晴らしさ に息を呑 んだ。
小 川隆夫『 名盤のウ ラに記さ れた真実 』
僕 が ま だ 大 学 生 だ っ た 頃 、 い い 音 で 聴 こ う と 思 っ た ら 、 LP
を買うしかなかった。一枚二千円から三千円する大きな円盤は、
カバンの中に は入ら ないし、傷 つきやす かったか ら、買うの は
自転車 に乗れな い雨の日 だった。気 に入らな かったか らもう一
枚買う余裕 は、当時 の僕には なかった。 その代 わり、気に 入っ
た曲はテープにダビングして、気が済むまで何度でも聴き、 LP
に同封さ れたライナ ー・ノー トも繰り返 し読ん だ。そのた め、
頭の 中でメロデ ィーを再 現できる ほどだった 。
僕が多少 なりとも 、ジャズ に詳しくな ったの も、千単位 の曲
を聴 いてきた からだ。そ れが可 能になった のは、割 安な音楽 配
- 152 - 153 -
信のアルバムをダウンロードしたり、 TSUTAYA
などで CD
を
借りてくるようになったためだ。 CD
を買 う に して も 、 海外 か
らの輸入盤は日本国内の盤に比べて、半額くらいの値段である。
さらに、 スマートフ ォンが普 及すること で、外 出中もネッ トラ
ジオ が聴き放題 になった 。
音楽配信 の良い点 は、アル バムを全曲 買う必 要がないの と、
試聴 ができる という点で ある。 ただし、ア ルバムは アーティ ス
トが構成 を考慮した 作品、詩 で喩える なら詩集 に当たる わけだ
から 、現在は アルバム全 体を買 って、最後 の曲まで 聴くよう に
している 。良くな い点は、圧 縮され た曲は音質 が劣るこ と。携
帯端 末で聴く 分には大 して気に ならない が、自宅の オーディ オ
で聴くと 、迫力 の点でかなり 劣る。 張り子の虎 みたいで 体に響
い てくるもの がない 。まあ、平 日はうち でゆっくり 聴けない か
ら、それは目をつぶるとして、何よりもつまらなく感じるのは 、
には ライナー・ ノートがつい ていないこ とだ。いく ら多く
mp3
の曲を 聴いても 、演奏が どのような 背景でさ れたかと いう知識
が、一向に増 えない のである。 しかも、 アドリブ が命のジャ ズ
では、 同じアー ティスト による同じ 題名の曲 でも、毎 回の演奏
が異なるわ けだから 、ライナ ー・ノート がない のは痛い。
そんなと きに見つ けたのが 、小川隆夫 氏の『 名盤のウラに 記
ぞう けい
され た真実』で ある。こ の手のジ ャズ解説本 は、本 屋で見かけ
るのだが 、年中持ち 歩く気に はならな い。小川 氏は本職 は整形
外科 医なのだ が、ジャズ の造詣 が深く、多 数の著書 が出版さ れ
- 154 - 155 -
て い る 。 LPの ラ イナ ー・ ノート を引用 し なが ら 、小 川氏 自 身
の印象をま とめたの が本書の 内容である 。
とこ ろが、同 書は電子 書籍の形態 を取って いるので 、スマー
トフォン の中に入れ ておき、 気が向いた ときに 目を通すこ とが
でき る。
版は 二分冊 だが、
版 は一冊な ので割安と な
iPad
iPhone
っている。九百円するけれども、 iPhone
版で 一三九五ペ ージも
ある 。そんな 分量が紙の 本だっ たら、書棚 に飾るイ ンテリア に
なってし まう。時間 の合間に 、少しず つ読んで いけるの がいい
ので ある。
扱 わ れ て いる ア ー テ ィ スト は 、 ジ ョ ン ・コ ル ト レ ーン
John
、 ウ ェ ス・ モ ンゴ メ リー
、 ソ ニー・
Coltrane
Wes
Montgomery
ロリンズ Sonny Rollins
、アート・ブレーキー Art Blakey
、 アー
ト ・ペッパー
、 ス タン・ゲッ ツ
、 キ ース・
Art
Pepper
Stan
Getz
ジャレット Keith Jarrett
、ビリー・ホリデイ Billie Holiday
、リ
ー・モーガン
、セロニアス・モンク
Lee
Morgan
Thelonious
、ウェイン・ショーター Wayne Shorter
、 オス カー・ピ ー
Monk
ターソン Oscar Peterson
、マイルス・デイビス Miles Davis
、キ
ャノンボール・アダレイ Cannonball Adderley、 フレディ・ハ
バード
、ハービー・ハンコック Herbie Hancock
、
Freddie
Hubbard
ビル・エヴァンス Bill Evans
の 十七名 。
僕が好 きなビ ーバ ップ
Bebopの アーテ ィ ス ト 、ジ ャ ズの 神
様であるチャーリー・パーカー Charles Parkerやディジー・ガ
レスピー Dizzy Gillespie
、バド・パウエル Bud Powell
が 抜けて
いる のは残念 だけれども 、まだ 聴いていな い名盤の 多くを、 僕
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は同書 から知る ことがで きた。
あと、この本の良いところは、電子書籍の利点を生かして 、 LP
はじ
版の ジャケット をバーチ ャルなが ら見せてく れるこ と、手で弾
くと裏側も見せてくれる。さらに、 CD
や iTunes Store
か ら楽
こ
曲を 購入できる リンクも 張ってあ る。デザイ ンも凝 っていてか
っこいい 。思い出し たら、ポ ケットか ら取り出 して、何 度でも
読み 返してみ よう。
ちょう ほう
なお、電子書籍『名盤のウラに記された真実』は、 iTunes Store
では販売 中止にな っている。 ポケッ トに入れて おき、い つでも
参 照でき るから 重 宝し ていたのだが 。ほぼ同じ内容 は紙の本
と し て 、『 ジ ャ ケ 裏 の 真 実 ジ ャ ズ ・ ジ ャ イ ア ン ツ 編 』( 駒 草
出 版)の題で 刊行さ れている。 ただ、紙 媒体の場合 、分量の 制
かつあい
限がある ので、 説明の一部 は割愛し てあると いう。
- 158 - 159 -
『ジャ ズの教 科書』
ジャ ズのリス ナーとし ては、すで に初心者 ではない のだが、
コンビニ で『ジャズ の教科書 』という雑 誌を買 ってみた。 チャ
ーリ ー・ パー カー
、 マ イル ス・ デイビス
Charles
Parker
Miles
、セロ ニアス モ
、 ジョン ・コルト
Davis
・ンク Thelonious Monk
レー ン
、 ビ ル・エヴァ ンス
、 エリッ ク
John
Coltrane
Bill
Evans
・ドルフィー Eric Dolphy
、 キース ジ
の計
・ャレッ Keith Jarrett
7名 の説明は 、ジャズの 愛好者 にとっては 、復習み たいなも の
なのだが 、知識を 整理する役 には立 つだろう。
ジ ャズ楽器 の解説では 、サッ クス、トラ ンペット 、ベース 、
ピア ノ、ドラムス、ギタ ーなどの説明は あるのだが、ジミー ・
スミス Jimmy Smith
の オ ルガンに ついての 説明もほ しかった 。
教会音楽 に使わ れる楽器が 、ファン キーな演 奏を生み出 す点な
ど 、実に興味 深いか らである。 ジャズの 歴史につ いては、巨 人
たちが 活躍して いた頃は 、まだ幼児 だった僕 には知ら ない逸話
が多かった。
一番興 味を持 ったのは、 ジャズ喫 茶に関す る情報だっ た。も
っぱら CD
で聴いているのでは、映画を借りてきた DVD
で見
てい るのと同じ である。 海外のラ イブとまで はいか なくても、
独特の雰 囲気のある ジャズ喫 茶の店内で 、しか も年配のリ スナ
ーしか持っていない LP
の音 が聴ける 店の個性 が、写真 付きで
解説され ているので ある。ド アを開け てみたく なる店が いくつ
もあ った。
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この雑誌がお買い得なのは、澤野工房の CD
か ら抜粋され た
曲が、1枚の CD
にまと められて付 属してい る点であ る。収録
ちひろ
され ているアー ティスト は、山中 千尋、ロバ ート・ ラカトシュ
、サヒブ・シハブ Sahib Shihab
、ウ ラジミ ール・
Robert Lakatos
シャフラノフ Vladimir Shafranov
、トヌー ナ・イソー Tonu Naissoo
である。 編成と聴き どころの 解説付き で、価格 は外税で 七四〇
円、 出版元は 学研である 。
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