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脊髄硬膜の動的二軸引張試験方法の開発
Development of Dynamic Biaxial Stretching Test Method of Spinal Dura Mater
曽根
悠太(鳥取大院)
田村
篤敬(鳥取大)
川口
佑樹(鳥取大)
小出
隆夫(鳥取大)
Yuta SONE, Tottori University, 4-101 Koyama-minami, Tottori, 680-8552 Japan
AtsutakaTAMURA, Tottori University
Yuki KAWAGUCHI, Tottori University
Takao KOIDE, Tottori University
Key Words: Dura mater, biaxial stretch, whiplash associated disorder, traffic injury, rear impact
1. 緒言
近年,車両相互の交通事故件数は減少傾向にあるが,平成
26 年中の交通事故は約 50 万件あり,そのうちの約 40% を追
突事故が占める(1).追突事故に起因する代表的な交通外傷は,
外傷性頸部症候群,所謂むち打ち損傷(頸椎捻挫)として知
られており,その症状は多岐にわたる.しかしながら,むち
打ち損傷の受傷機序は未だ明らかにされておらず,CT や
MRI を用いた精密検査でも異常が確認されないことが多い.
そのため,後遺症に苦しみながらも自己負担で通院を繰り返
す患者の数も少なくない.
ところで,むち打ち損傷の受傷メカニズムに関連して,最
近では,硬膜が損傷することにより,脊髄のクモ膜下腔を満
たす脳脊髄液が漏出し,髄液圧の低下を伴う起立性頭痛や脳
脊髄液減少症が発生する (2) と唱える説も支持されるように
なってきた.硬膜の損傷は,何らかの過度な力学的負荷が脊
髄に作用することに起因すると予想されることから,その正
確な力学特性を把握することができれば,どの程度の負荷で
脊髄硬膜に損傷が起きるのかを予測可能になるものと期待
される.また,先行研究より,脊髄硬膜は異方性を有すると
予想されるため(3), (4), (5),単軸引張では必ずしも十分ではなく,
硬膜が生体内で曝されている力学的環境を再現した上で軸
方向と円周方向の異方性を考慮した引張計測を行うことが
望ましい.そこで,本研究では,ブタ脊椎から摘出した脊髄
硬膜を試料とし,動的な二軸引張試験を行うための手法を開
発した.
2. 実験方法
2.1. 試料作成方法
食肉センターより副産物として入手した胸部・腰部の新鮮
なブタ脊椎(N = 2)より,外科用メスを用いて脊髄硬膜を摘
出した.試料を摘出する際は,15 mm × 15 mm の OHP シー
トを硬膜に押し当て,脊髄の軸方向と並行した辺をクリスタ
ルバイオレット染色液で染色し,その外側をなぞるように,
一辺 15 mm の正方形に切り取った.作製した硬膜試料は,実
験直前まで冷蔵した生理食塩水中で保存し,その全てを試料
作製から 24 時間以内に使用した.
2.2. 引張試験装置
本研究では,平行平板構造のロードセルを有する二軸引張
試験装置を自作した(図 1).対向する上下と左右のアーム
に 1 つずつ取り付けたロードセルは,2 枚で一対のステンレ
ス鋼板(幅 10 mm,長さ 50 mm,厚さ 0.3 mm)からなり,
ステンレス鋼板の表裏にひずみゲージ(FTY-1-11, 東京測器
研究所)を貼付し,4 アクティブゲージ法のブリッジ回路を
構成した.ロードセル出力電圧の記録には,汎用のデータロ
ガー(NR–ST04, キーエンス)を使用し,予備検討として実
施したロードセルの検定結果から,負荷時と除荷時のヒステ
リシスは十分に小さく,想定している計測範囲では,荷重と
出力電圧の間に高い線形性のあることを確認した.
この試験機では,データ収録とモータ制御のインターフェ
ースに LabVIEW(National Instruments)で自作したプログラ
ムを用いている.なお,上下左右のアームを取り付けた 4 つ
のモータ(XMSG430-RA5, 駿河精機)については,その変位
を同時に制御することによって,釣り針で把持した試料の各
辺に均等な引張変位を与えられるようにした.
Fig. 1
Schematic of biaxial stretching tester (Top view).
2.3. 有限要素解析による予備検討
正方形の硬膜試料を適切に把持する方法を決定するため,
有限要素解析(RADIOSS ver 13.0, アルテアエンジニアリン
グ)による予備検討を行った.ここでは,膜の縦横寸法を 15
mm × 15 mm,厚さを 0.1 mm とし,軸方向(縦)のヤング率
を 63.0 MPa,それに直交する円周方向(横)のヤング率を 31.5
MPa として,直交異方性を有する膜要素の上下ならびに左右
方向に,それぞれ最大 2 mm の変位を与え,中央付近に 20%
程度のひずみが生じるようにした.この際,観察領域には過
度の応力・ひずみ集中が生じないように釣り針をかける位置
を決定した(図 2).
Fig. 2
Contour plot of the maximum principal strain distribution.
2.4. 実験方法
試料と糸の弛みを除去するため,試験を開始する前に
0.003 mm/s の速度で各軸方向に引張変位を与え,初期荷重を
0.003 N まで増加させた.それに続く本実験では,1 mm/s の
速度で引張変位を増加させ,釣り針をかけた部位の裂け目が
1 mm に達し,目視で試料の破断が確認されるまで試験を続
行した.また,試験中は,試料槽に ~38°C に加温した生理食
塩水を注水し,硬膜表面の乾燥を防いだ.試験後は,硬膜を
スライドグラスの上に広げ,ダイヤルゲージ(107-DX, 尾崎
製作所)を用いて異なる 6 ヵ所の厚さを計測した.試料上面
の観察領域には,バニラビーンズを ~1 mm 間隔に 3 × 3 の 9
個配置し(図 3)
,引張試験の開始から終了までの様子を動画
で記録した(EX-ZR 400, カシオ)
.さらに,記録した動画を
静止画に分解し,各マーカーの位置を標点として ImageJ
(NIH)で画像解析を行い,グリーンひずみを算出した.な
お,本研究の観察領域における試料側面は,釣り針で把持し
た両端の間隔と膜厚からなる矩形断面であると仮定し,ロー
ドセルで計測した荷重を公称応力に換算している.また,カ
メラの画角内で LED ライト点灯し,そのアナログ電圧をデ
ータロガー(NR–HA08, キーエンス)に記録することによっ
て,撮影した動画と計測した荷重のタイミングを同期させた.
(mean ± SD),円周方向では,ひずみが 26.8 ± 1.8% (mean ± SD)
時に引張強さが 737 ± 242 kPa (mean ± SD) に達した.Shetye
ら4) は,ヒツジ脊髄硬膜を試料として二軸引張試験を行い,
軸方向で破断ひずみ ~11% の際,引張強さ ~250 kPa,円周方
向で破断ひずみ ~4% の際,引張強さ ~300 kPa が得られたこ
とを報告している.今回の結果と比較すると,破断ひずみ,
引張強さともに,かなり低い値となっているが,本研究では
釣り針をかける位置を適切に調整し,把持部の応力・ひずみ
集中を避けることができたため,より大きな引張負荷を与え
られたものと推察される.また,Shetyeら4) は,計測開始時
の初期荷重を 0.5 N に設定しており,本実験で設定した初期
荷重(0.003 N)より100 倍以上も高い値となっている.この
ため,ゼロ点の定義が,破断ひずみ,引張強さに及ぼす影響
も無視できないと考えられる.ところで,脊髄硬膜は解剖学
的に脊椎の内側に張り付いていることから,脊椎の屈曲・伸
展・側屈などの日常動作に伴い,その軸方向は常に適度な力
学的負荷に曝されており,巨視的には力学的強度が高くなる
傾向にあると予想される.しかし,今回,破断ひずみ,引張
強さともに,円周方向よりも軸方向の値が大きくなった理由
は定かでなく,今後は脊髄硬膜を構成する微視的要素の構造
変化にも着目しながら,その原因を調べていく必要がある.
なお,現状ではサンプル数が少ないため,今後,引張速度な
どを変更した追加試験を行い,より精確な力学データを蓄積
していく予定である.
Fig. 4 Stress–strain relationships obtained in the longitudinal and
the circumferential directions during biaxial stretch.
4. 結言
ブタ脊髄硬膜から作製した膜状の試料を把持し,動的な二
軸引張を負荷することが可能な試験方法を開発した.
5. 謝辞
本研究は,科研費 15K01290 の助成を受けた.なお,数値
解析は,アルテアエンジニアリング㈱による Academic Open
Program の援助の下で行われ,データ集録とモータ制御のイ
ンターフェース作成は,日本ナショナルインスツルメンツ㈱
の協力の下で行われた.ここに記して謝意を表する.
Fig. 3
Region of interest for displacement measurement.
3. 結果と考察
試料の平均厚さは,0.27 ± 0.13 mm (mean ± SD) であった(n
= 5).図4 に,応力–ひずみ関係を示す.軸方向では,ひず
みが 35.6 ± 7.0% (mean ± SD) 時に引張強さが 1249 ± 482 kPa
6. 参考文献
(1) 警察庁交通局,“平成 26 年中の交通事故の発生状況”
http://www.e-stat.go.jp
(2) 竹下ら, 日職災医誌, Vol. 55 (2007) pp. 178–185.
(3) Maikos J, et al., Journal of Neurotrauma, Vol. 25 (2008) pp.
38–51.
(4) Shetye S, et al., Jounal of the Mechanical Behavior of
Biomedical Materials, Vol. 34 (2014) pp. 146–153.
(5) Patin J, et al., Anesthesia & Analgesia, Vol.76 (1993) pp. 535–
540.