Title 抗菌ペプチドを用いた薬物送達システムの 開発

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<論文・報告>抗菌ペプチドを用いた薬物送達システムの
開発
黒田, 逸月; 高橋, 有己
ELCAS Journal (2016), 1: 54-57
2016-03
http://hdl.handle.net/2433/216482
Right
Type
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Journal Article
publisher
Kyoto University
薬学
Development of a Drug Delivery System that Uses Antimicrobial
Peptides to Enhance Membrane Permeability
抗菌ペプチドを用いた薬物送達システムの開発
Itsuki Kuroda1 & Yuki Takahashi2*
1
2*
黒田逸月 ,高橋有己
1
2
Kindai University Wakayama Senior High School, 516 Zenmyouji, Wakayama, Wakayama 640-8471, Japan
Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Kyoto University, 46-29 Yoshida-shimo-adach-cho, Sakyo-ku, Kyoto, Kyoto 606-8501, Japan
* [email protected]
1
2
近畿大学附属和歌山高等学校(〒640-8471 和歌山県和歌山市善明寺516)
京都大学大学院薬学研究科(〒606-8501 京都府京都市左京区吉田下阿達町46-29)
* [email protected]
Abstract
Cell membrane permeability is one of the obstacles that must be
overcome during drug development. In the present study, antimicrobial peptides that increase cell membrane permeability were used to
overcome this obstacle. In particular, melittin, indolicidin, magainin,
and dermcidin were selected. Evaluation of membrane permeability
enhancement by calcein-encapsulated liposomes suggested that melittin and indolicidin increase membrane permeability. Therefore, we
designed the novel peptides melittinR8, or mellitin fused with R8, and
indolicidinRGD, or indolicidin fused with RGD. Evaluation of membrane permeability enhancement by using calcein-encapsulated liposomes and 8 different cell types showed that mellitinR8 exhibits the
greatest permeability enhancement among the antimicrobial peptides
tested. By using FITC-DNA and FITC-Dextran as model drugs, the
enhancement of drug delivery into cells by melittinR8 was evaluated.
As a result, high membrane permeability enhancement was observed
in the case of delivering FITC-DNA into cancer cells. These results
indicate that melittinR8 can be a tool to facilitate the delivery of DNA
into cancer cells.
Key words: Antimicrobial peptide, Membrane permeability, Liposome, Cell membrane, Mellitin
要旨
細胞膜透過性は医薬品開発における問題点の一つである。今
回は、細胞膜透過性亢進作用を有する抗菌ペプチドに着目した。
抗菌ペプチドとしてメリチン、インドリシジン、マガイニン、
ダームシジンを選択した。カルセイン封入リポソームにより膜
透過性亢進作用を評価したところ、メリチンとインドリシジン
が高い膜透過性亢進作用を示した。そこで、メリチン R8、イ
ンドリシジン RGD を新たに設計し、リポソームおよび 8 種類
の細胞を用いて評価したところメリチン R8 が高い膜透過性亢
進作用を示した。モデル薬物として FITC-DNA と FITC-Dextran
を用いてメリチン R8 による細胞内への送達を評価したところ、
ガン細胞と FITC-DNA の組合せにおいて高い膜透過性亢進作用
が得られた。以上、メリチン R8 は DNA をガン細胞内へ送達
するデリバリーツールとなりえると考える。
重要語句:抗菌ペプチド、膜透過性、リポソーム、細胞膜、メ
54
リチン
序論
細胞膜透過性は医薬品開発における大きな問題点の一つであ
る。例えば、核酸医薬品はその標的特異性の高さなどからこれ
を利用した疾患治療法の開発が期待されているが、その実用化
には細胞膜透過性の低さが大きな課題となっている。また、抗
体をはじめとしたタンパク質医薬品も新世代の医薬品として期
待され既に実用化されたものも比較的多数存在するが、そのほ
とんどは細胞外に存在するタンパク質を標的とした抗体医薬品
や分泌性タンパク質などの細胞外受容体等の細胞外のタンパク
質を標的としたものであり、細胞内のタンパク質等を標的とし
たタンパク質医薬品については未だ実用化されていない。細胞
膜透過性を亢進することができれば、これらの細胞内に標的部
位が存在する医薬品の実用化を加速するものと期待できる。
抗菌ペプチドは自然免疫反応において機能するペプチドであ
り、さまざまな生物が産生している。抗菌ペプチドはそのアミ
ノ酸組成と構造的特徴により大きく 4 種類に分類できる (1)。
抗菌ペプチドは免疫調節作用を始めとしたさまざまな作用を有
するが、その作用の一つとして細胞膜透過性の亢進作用を有す
る。従って、抗菌ペプチドを利用することで、薬物の細胞膜透
過性を改善できる可能性がある。しかし抗菌ペプチドを利用し
て薬物の細胞膜透過性の改善を試みた報告は乏しく、その作用
の強弱や、標的細胞の選択性についてもほとんど検討されてい
ない。また、どの抗菌ペプチドが強い細胞膜透過性亢進作用を
示しうるかについてもほとんど調べられていない。
そこで本研究では、天然の抗菌ペプチドを 4 種類用意し、
その膜透過性亢進作用について評価した。次に強い活性を示し
た天然の抗菌ペプチドをベースとして、機能性を有するペプチ
ドを付加した抗菌ペプチドを新規にデザインすることで、作用
の増強および標的細胞特異性の付加の可能性について検討し
た。機能性ペプチドとして、ガン細胞を始めとした種々の細胞
膜に親和性を与えうるカチオン性ペプチド R8 (2)、およびガン
細胞を始めとした細胞に高発現するインテグリンに対して親和
性を有するペプチド RGD を選択した (3)。各抗菌ペプチドにつ
いて、膜透過性亢進作用を評価した後、最も高い膜透過性亢進
作用が得られた抗菌ペプチドによるモデル薬物の細胞内への送
薬学
達の可能性について検証した。
メリチン R8 を用いたモデル薬物の細胞内送達の評価
ペプチド
用いた抗菌ペプチドの配列を示す。
メリチン:GIG AVL KVL TTG LPA LIS WIK RKR QQ
メリチン R8:GIG AVL KVL TTG LPA LIS WIR RRR RRR R
インドリシジン:ILP WKW PWW PWR R
インドリシジン RGD:ILP WKW PWW PWR RGD
ダームシジン:SSL LEK GLD GAK KAV GGL GKL GKD A
マガイニン:GIG KFL HAS KKF GKA FVG EIM NS
抗菌ペプチドは以下の会社から購入した。
マガイニン(LKT labolatories)、ダームシジン(ペプチド研
究所)、インドリシジン(ANA SPEC)メリチン、メリチン R8、
インドリシジン RGD(GenScript)。
細胞
ガン細胞としてはマウスメラノーマ細胞 B16BL6 細胞、マ
ウス結腸ガン細胞 colon26 細胞、マウス乳ガン細胞 4T1 細胞
を用いた。モデルの通常細胞としてマウス筋芽細胞 C2C12 細
胞、マウスマクロファージ様細胞 RAW264.7 細胞、マウス樹
状細胞 DC2.4 細胞、マウス線維芽細胞 NIH3T3 細胞、マウス
血管内皮細胞 MAEC 細胞を用いた。
カルセイン封入リポソーム調製
5% グルコース水溶液 10 ml にカルセインを 0.6 mmol 加
え た。100 ml の ナ ス フ ラ ス コ に 2 ml の CHCl3 に 溶 解 し た
DSPC44 mg と 2 ml の CHCl3 に溶解した cholesterol 23.7 mg
を加えさらに CHCl3 を 28 ml 加えた後、エバポレーターを用
いて蒸発させることで脂質薄膜を形成し、これにカルセイン
溶解 5% グルコース水溶液を 10 ml 加えた。70℃、140 rpm
で 30 分インキュベートしたのち 100 nm のフィルターを装着
した extruder を通しサイジングした。Sephadex カラムを用
いてカルセイン封入中性リポソームを精製した後、Zetasizer
(Malvern)で size と zeta potential を測定した。中性リポソー
ムと同様の方法で、ただし DSPC 量を 3 分の 2 とし、かわり
に Brain PS を加えて脂質の分子数を同様とした上で、同様の
方法でカルセイン封入負電荷リポソームを調製した。
カルセイン封入リポソームを用いた膜透過性の評価
各抗菌ペプチドを PBS に溶解し、2.0 µM の濃度で準備した。
これを等容量のカルセイン封入リポソームと混合し、37℃で
15 分インキュベートした後、蛍光強度を測定した。カルセイ
ンの最大放出量は、20% Triton-X100 を含んだ PBS でリポソー
ムを破壊することで見積もった。
細胞を用いた膜透過性の評価
5 × 103 cells/well で各細胞を 96-well プレートに添加し、
各 抗 菌 ペ プ チ ド を 細 胞 に 終 濃 度 1.0 µM と な る よ う に 加 え
37℃あるいは 4℃で 15 分インキュベートした。インキュベー
ト終了後、プレートを 1000 rpm で 3 分遠心した後、上清を
回収し、上清中の乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)の酵素活性量
を LDH 酵素活性測定キット(Wako)を用いた比色定量法に
より測定した。吸光度(570nm)はマイクロプレートリーダー
を用いて測定した。LDH の最大放出量は 20% Triton-X100 を
含んだ PBS で細胞を処理することで見積もった。
250 µl の メ リ チ ン R8 溶 液(1.0 µM, 2.0 µM, 4.0 µM) を
250 µl の FITC-DNA(20-base; 0.28 µg/ml) あ る い は FITCDextran(MW: 4k; 2.0 µg/ml) とともに、前日に 24-well プレー
トに 5 × 104 cells/well で播種した DC2.4 細胞、NIH3T3 細胞
あるいは 4T1 細胞に添加した。37℃で 10 分インキュベート
したのち PBS で二回 wash 後、蛍光顕微鏡を用いて細胞内に取
り込まれた蛍光を観測した。
結果
天然抗菌ペプチドの脂質膜透過性亢進作用
カルセインを封入した中性リポソームおよび負電荷リポソー
ムに各抗菌ペプチドを添加し、リポソームからのカルセイン漏
出による蛍光強度の増大を指標に、抗菌ペプチドの膜透過性亢
進作用を評価した。その結果、インドリシジンとメリチンが負
電荷リポソームに対して高い膜透過性亢進作用を示し、マガイ
ニンはその半分程度の作用を示した。一方、ダームシジンによ
る膜透過性亢進作用は観察されなかった(図 1)
。また、抗菌
ペプチドによる膜透過性亢進作用は負電荷リポソームに対して
強く示される可能性が示された。
60
メリチン
インドリシジン
Calcein release
(% of Triton-X100)
試料と方法
40
マガイニン
ダームシジン
20
0
中性リポソーム
負電荷リポソーム
図 1. 天然抗菌ペプチドによる膜透過性亢進作用.
新規デザイン抗菌ペプチドの脂質膜亢進作用
上記の検討において、メリチンおよびインドリシジンが高い
膜透過性亢進作用を示すことが明らかとなった。そこで、メリ
チンの C 末端に R8 を融合したメリチン R8、およびインドリ
シジンの C 末端に RGD を融合したインドリシジン RGD を新
規に設計し、これら新規抗菌ペプチド、およびその元となった
抗菌ペプチドの膜透過性亢進作用をカルセイン封入リポソーム
を用いて評価した。インドリシジンに RGD を融合することで
その膜透過性亢進作用は低下した一方で、メリチンに R8 を融
合することでその膜透過性亢進作用は上昇することが明らかと
なった(図 2)
。
抗菌ペプチドによる細胞膜透過性亢進作用評価
3 種類のモデルガン細胞および 5 種類のモデル正常細胞に各
抗菌ペプチドを添加し、細胞内からの LDH の漏出を指標に細
55
薬学
120
Calcein release
(% of Triton-X100)
100
80
胞膜透過性亢進作用を評価した。リポソームを用いた検討の結
メリチン
果と同様にメリチン R8 が全ての細胞種において最も高い細胞
メリチン-R8
膜透過性亢進作用を示した(図 3)。また 4℃においても抗菌
インドリシジン
等であった。
ペプチドによる細胞膜透過性亢進作用は 37℃の場合とほぼ同
インドリシジン-RGD
60
40
20
0
中性リポソーム
負電荷リポソーム
図 2. 新規抗菌ペプチドによる膜透過性亢進作用.
LDH release
(% of Triton-X100)
(A) 100
メリチン
メリチンR8
インドリシジン
インドリシジンRGD
80
60
40
20
0
B16BL6
Colon26
(B)
4T1
C2C12 RAW264.7 DC2.4
NIH3T3
MAEC
NIH3T3
MAEC
メリチン
メリチンR8
インドリシジン
インドリシジンRGD
100
LDH release
(% of Triton-X100)
メリチン R8 によるモデル薬物の細胞内送達効果
以上の結果より、メリチン R8 が最も高い細胞膜透過性亢
進作用を示すことが明らかとなったことから、モデル薬物と
して蛍光標識 DNA および蛍光標識デキストランを選択し、こ
れらのモデル薬物の細胞内送達効率の改善作用について検討
を行った。モデルのガン細胞として 4T1 細胞、正常細胞とし
て DC2.4 細胞および NIH3T3 細胞を用いて検討を行った結果、
メリチン R8 を添加してもデキストランについての細胞内送達
はほとんど認められなかった。また、4T1 細胞においてメリ
チン R8 による DNA の効果的な細胞内送達が観察されたが(図
4)
、他の細胞においてはほとんど送達されなかった。
80
60
40
20
0
B16BL6
Colon26
4T1
C2C12 RAW264.7 DC2.4
図 3. 新規抗菌ペプチドに よる膜透過性亢進作用 . (A) 37℃で実験、(B) 4℃で実験 .
56
薬学
メリチンR8
0
0.5
1.0
2.0 (μg/ml)
FITC-DNA
DAPI(核)
図 4. メリチン R8 による FITC-DNA の 4T1 細胞内送達.
考察
本研究では天然の抗菌ペプチドとしてメリチン、マガイニン、
ダームシジン、インドリシジンの 4 種の抗菌ペプチドの膜透
過性亢進作用についてカルセイン封入リポソームを用いた実験
系について比較検討を行い、メリチンとインドリシジンが比較
的高い膜透過性亢進作用を示すことを明らかとした。この時、
中性リポソームに対してはいずれの抗菌ペプチドも透過性亢進
作用は認められなかった一方で、負電荷リポソームにおいて高
い透過性亢進作用が認められたが、これは今回使用した抗菌ペ
プチドは正電荷を有するアミノ酸を比較的多く含むものであっ
たために、負電荷リポソームと相互作用しやすかったものと考
えられる。また、その後の実験において、負電荷リポソームの
実験において高い透過性亢進作用を示したメリチンおよびメリ
チン R8 が、細胞を用いた実験においても高い細胞膜透過性亢
進作用を示したが、これは細胞表面も負電荷を有しているため
に同様の結果が得られたものと推察する。一方で、細胞を用い
た実験において抗菌ペプチドによる細胞膜透過性亢進作用は温
度による影響をほとんど受けなかったことからその作用はエネ
ルギーに依存せず、細胞の取り込み活性によらないことが示さ
れた。以上の結果は、細胞膜透過性亢進作用の評価に際しては
リポソームが使用可能であることを示す結果であるとともに、
中性リポソームより負電荷リポソームの方が、妥当なスクリー
ニング系として利用可能であることを示すものである。
本研究では膜透過性亢進作用を示したメリチンおよびインド
リシジンを基に、それぞれメリチン R8 およびインドリシジン
RGD を新規に設計した。メリチン R8 は負電荷リポソームおよ
び細胞を用いた実験系においてメリチンより高い膜透過性亢進
作用を示したが、これは R8 の付加よって、より強い正電荷を
有するメリチン R8 はリポソームおよび細胞と相互作用をしや
すくなったためではないかと考えられる。実際にメリチンおよ
びメリチン R8 のゼータ電位を測定したところそれぞれ 1.3mV
および 16mV であった。一方で、インドリシジン RGD はイン
ドリシジンより半分程度の膜透過性亢進作用を、負電荷リポ
ソームを用いた実験系では示したが、細胞を用いた実験系での
膜透過性亢進作用はほぼ同等であり、RGD の付加により、よ
り高い膜透過性亢進作用を示した細胞も存在した。RGD の付
加によりインドリシジンとしての膜透過性亢進作用は低下した
ために、リポソームでの実験系においては膜透過性亢進作用
が低下した一方で、インテグリンが存在する細胞においては、
RGD が親和性を示したためにインドリシジンと同等あるいは
より高い膜透過性親和性が得られたのではないかと考えられ
る。
メリチン R8 によるモデル薬物の細胞内送達効果について検
討したところ、デキストランの細胞内送達についてはほとんど
変化が無かった一方で、DNA の細胞内送達はメリチン R8 に
より大幅に上昇した。デキストランはほぼ中性である一方で、
DNA は負電荷であるために、強い正電荷を有するメリチン R8
により細胞膜に形成された小孔への移行効率は DNA の方が高
かったためではないかと推察する。また、メリチンあるいは
R8 の利用によっても DNA の細胞内送達が観察された(data
not shown)が、その効果はメリチン R8 よりも大幅に低いも
のであったことからメリチン R8 は DNA の細胞内送達に有用
なツールであると期待できる。
以上、本研究では以下の三つのことを明らかとした。すなわ
ち、メリチンは他の抗菌ペプチドと比較して高い細胞膜透過性
亢進作用を有すること、メリチンに R8 を付加することで細胞
膜透過性亢進作用を改善可能であること、そしてメリチン R8
は細胞内への DNA の導入効率を改善可能であることである。
以上の結果からメリチン R8 は DNA をガン細胞内へ送達する
デリバリーツールとなりえることが期待できる。
参考文献
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