サントリーホール チェンバーミュージック・ ガーデン2016

~対話の時代は室内楽から~
サントリーホール
チェンバーミュージック・
ガーデン2016
「オープニング 堤剛プロデュース 2016」
「響感のアジアⅠ~Ⅲ」
堤 剛 ©鍋島徳恭
野平一郎 ©相田憲克
チョーリャン・
リン ©Sophie Zhai
上海クァルテット
ノブース・クァルテット
いまほど室内楽が求められている時代はない。
室内楽とは対話である。異なる主張にも耳を傾け、議論し合ったり、共感し合ったりしながらも、
最終的には調和をめざしていく─人間的なコミュニケーションの最も洗練された形態である。
サントリーホールがそのメイン行事のひとつにチェンバーミュージック・ガーデンを掲げている
のは、彼らの音楽への良心の証しであり、開館30周年を迎えた今年は、とりわけ力の入ったプロ
グラミングとなっている。
チェリスト堤剛にとっての
決意表明のような最重要リサイタル
今回のオープニング公演(6月4日)は、これまでの
堤剛の音楽家としてのキャリアの中でも白眉ともい
える、未来への決意表明のようなリサイタルである。
なぜならここには、20世紀半ば以降のチェロのレ
パートリーの中でも21世紀以降にぜひとも継承して
いかなければならない曲目が組まれているからだ。
マルティヌーの「チェロ・ソナタ第2番」は1941年
作曲。チェコ出身でありながら、フランス音楽やス
トラヴィンスキーに強い影響を受け、パリを経由し
てアメリカに渡った作曲者が、第2次大戦の初期に
ニューヨークで書かれた、抒情性も力強さも兼ね備
えた充実作。シュニトケの「チェロ・ソナタ第1番」は
1978年作曲。ポスト・ショスタコーヴィチの旧ソ連
の作曲家ならではの毒のある表現、そして痛切さが
聴きもの。ブリテンの「チェロ・ソナタ」は、旧ソ連の
チェリスト、ロストロポーヴィチと作曲者との出会い
によって始まった1960年代の共同作業の最初の作
品。いずれも古典的な様式感を守りながらも、新し
いチェロの音楽の可能性を切り拓いた、歴史的名
作ばかりである。
これらに加え、野平一郎の委嘱新作は「触知で
きない領域~チェロとピアノのための~」という意
味深なタイトル。20世紀の偉大な作品に匹敵するマ
スターピースを日本の作曲家が生み出してほしいと
文:林田直樹
いう正面きっての演奏者からの願いに、作曲者がど
う応えるのか。これは間違いなく、日本のチェロ演
奏史上、歴史に残る夜になる。
未来のために何ができるか?
~響感のアジア
いまなぜアジアなのだろうか? 言うまでもな
い、いま最も対話とコミュニケーションが求められる
テーマだからだ。音楽とは、社会と切り離された単
なるエンターテインメントなのではない。国境を越
えて、一人ひとりの心に通じていくことのできる、人
類普遍の価値である。それをアジアの音楽家たちと
分かち合うことほど、いま大切なことはない。チョー
リャン・リンは台湾系アメリカ人ヴァイオリニスト。彼
はアジアの弦楽器の世界における、偉大なリーダー
の一人でもある。教育者であるとともに、多くの作曲
家や演奏家たちとのコラボレーションに力を尽くし
てきた。
堤剛とチョーリャン・リンといえば、30年前のサン
トリーホールのオープニング・シリーズで、アイザッ
ク・スターンやヨーヨー・マらと組んで演奏したあ
の艶々としたアンサンブルを思い出さずにはいられ
ない。彼らに共通するのは、人間としても大きな器
をもつ、全人格的な弦楽器奏者としての存在感、そ
して未来のために音楽家は何をなしうるかというビ
ジョンの大きさである。6月11日の公演では、それを
もう一度確認できる絶好のチャンスである。シンガ
ポールを代表するヨン・シュー・トー音楽院の優秀
な学生たちと、サントリーホール室内楽アカデミーの
フェローによる一夜限りの特別アンサンブルに、そ
の人間的なメッセージが伝わっていく様子を、ぜひ
体験しておきたい。
韓国の気鋭の団体ノブース・クァルテット(2007
年 結 成 )と、日本 の 若手ピアニスト萩 原 麻 未 が
シューマンの「ピアノ五重奏曲」で共演する6月13日
も興味深い。ソリストもしくはオケへの志向が強い
韓国にあって、あえて弦楽四重奏という地道なジャ
ンルを選んだ彼らの葛藤を克服させてきたものは、
常に室内楽への愛(つまり対話する音楽への愛)で
あったという。韓国の生んだ20世紀の大作曲家ユ
ン・イサンの「弦楽四重奏曲第1番」を、同郷の演奏
家の手によって聴けるのも貴重。心にダイレクトに響
く音楽となるに違いない。
上海クァルテットは結成以来33年、東京クヮル
テットの偉大な足跡を継承する世界的な室内楽団
体として円熟期にある。英国の作曲家ブリッジの
甘美な「3つのノヴェレッテ」と、バルトークの濃密
で内面的な「弦楽四重奏曲第1番」、そしてメインは
晴朗さと憂いが絶妙にバランスされたブラームス晩
年の名作「弦楽五重奏曲第2番」を、元東京クヮル
テットのヴィオラ奏者磯村和英を迎えて演奏する。
大人のための豊かな室内楽の夕べを満喫できるこ
とだろう。
共演する日本人演奏家も充実。
[左上]横坂 源[右上]佐藤卓史[左下]萩原麻未
©Akira Muto[右下]
磯村和英 ©Marco Borggreve
チェンバーミュージック・ガーデン2016
6/4(土)∼26(日)ブルーローズ(小ホール)
オープニング 堤 剛プロデュース2016
6/4(土)18:00
出演:堤 剛(チェロ)/野平一郎(ピアノ)
曲目:チェロ・ソナタ第 2 番(マルティヌー)/チェロ・ソナタ
第1番(シュニトケ)/触知できない領域∼チェロとピアノ
のための∼(野平一郎)/チェロ・ソナタ ハ長調(ブリテン)
響感のアジア
Ⅰチョーリャン・リン
6/11(土)19:00
共演:ジョウ・チェン(ヴァイオリン)/堤 剛、横坂 源(チェ
ロ)/佐藤卓史(ピアノ)/YST&CMGアンサンブル
曲目:ピアノ三重奏曲第1番 ニ短調(アレンスキー)/ヴァ
イオリン協奏曲第1番 ハ長調(ハイドン)/2つのヴァイオ
リンのための協奏曲 ニ短調( J.S.バッハ)/ 2つのヴァイ
オリンとチェロのための協奏曲 ニ短調(ヴィヴァルディ)
Ⅱ ノブース・クァルテット
6/13(月)19:00
共演:萩原麻未(ピアノ)
曲目:弦楽四重奏曲第 12 番 ヘ長調「アメリカ」
(ドヴォル
ザーク)/弦楽四重奏曲第 1 番(ユン・イサン)/ピアノ五
重奏曲 変ホ長調(シューマン)
Ⅲ 上海クァルテット
6/14(火)19:00
共演:磯村和英(ヴィオラ)
曲目:3つのノヴェレッテ(ブリッジ)/弦楽四重奏曲第1番
(バルトーク)/弦楽五重奏曲第2番 ト長調(ブラームス)
サントリーホールチケットセンター0570-55-0017
http://suntory.jp/HALL/