リサーチ TODAY 2016 年 8 月 29 日 ベトナムはFTA先行のメリットを活かせるか 常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創 2010年からのTPP交渉参加、2015年12月のEUとのFTA妥結など、メガFTA戦略でベトナムの先行は近 年際立っており、輸出振興や対内直接投資誘致ではベトナムがASEANで一人勝ちするとの見方もある。 事実、みずほ総合研究所が2016年2月に実施したアジアビジネスアンケートの結果1でも、ベトナムへの注 目が高まったことが示されていた。当社は改めてベトナムのメガFTAにおける状況を分析したリポートを発 表している2。ベトナムがメガFTAに積極的に参加した背景には、貿易収支の改善、対内直接投資の拡大 に加え、後発加盟がゆえに大幅な譲歩を余儀なくされたWTO加盟交渉時の反省があった。下記の図表は ベトナムと近隣諸国のメガFTA進捗状況を比較したものだ。ベトナムが先行するものの、タイ、インドネシア、 フィリピンなどはTPPへの参加を視野に産業クラスターの整備や投資環境の整備に注力するとともに、EUと の交渉も始めるなどベトナムを追い始めている。一方、カンボジア、ラオス、ミャンマー、バングラデシュ (CLMB)などは安い労賃に加え、欧米から付与された一般特恵関税制度(GSP)を追い風にしベトナムを 追い始めている。そのためベトナムがメガFTA参加の利益を最大限享受するには、裾野産業育成や他の ASEAN諸国との連携を通じ、材料品における過度な中国依存の構造を克服することが必要である。 ■図表:ベトナムとタイ、インドネシア、フィリピンのメガFTA進捗状況 国/FTA TPP(12カ国) ベトナム 参加 タイ TPP備考 EU(英を除くと27カ国) EU備考 2010年から交渉参加 2015年12月妥結 2018年以降に発効予定 - 閣僚が参加意向示す 交渉中断中 タイは交渉再開を要望 インドネシア - 大統領が参加意向示す 2016年7月から交渉中 - フィリピン - 前大統領が参加意向示す 2015年12月から交渉中 - (資料)欧州委員会、各種報道よりみずほ総合研究所 ベトナムがメガFTAに積極的に参加した狙いは、貿易収支の赤字が構造的に続いていた状況の改善が あった。しかも、次ページの図表に示したように、貿易赤字国と黒字国が特定の国に偏っている。2015年の ベトナムの対中貿易赤字額は287億ドルと、全貿易赤字国に対する合計額の43.4%を占める。こうしたベト ナムの貿易構造を考えると、対中輸入の拡大を抑制しつつ欧米向け輸出を拡大させることが貿易赤字の 改善には必要だ。そのためには、裾野産業製品を生産する企業に対する規制優遇措置を導入するなど、 材料品の国内供給能力を高める政策が重要になる。また、税制優遇にとどまらず、専門人材の育成や行 政手続きの透明化など、様々な側面からの取り組みも必要になる。さらにベトナム単独で中国に比肩する 産業蓄積を実現するのは現実的に難しいため、ベトナムとしてはASEAN諸国との協調による産業振興を進 1 リサーチTODAY 2016 年 8 月 29 日 めることも重要になる。 ■図表:相手国・地域別貿易収支(2015年) 300 (億ドル) 200 100 0 -100 -200 -300 米国 EU UAE 中国 韓国 シンガポール (資料)UN Comtrade よりみずほ総合研究所作成 下記の図表は、生産年齢人口の増加率を比較したものだ。カンボジア、ラオス、ミャンマー、バングラデ シュ(CLMB)は、ベトナム以上に人口動態で優位性を持ち、当面、安価な労働力を安定的に供給すること ができる。従って、ベトナムとしては優位性を享受できる期間に、構造改革を進める必要がある。 ■図表:生産年齢人口増加率 (%) 3.0 バングラデシュ ミャンマー カンボジア ベトナム ラオス 予測値 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 2010 2015 2020 2025 (年) (資料)国連よりみずほ総合研究所作成 1 詳しくは、酒向浩二「ベトナムへの関心を高める日本の製造業」(みずほ総合研究所 『みずほリポート』 2016 年 5 月 12 日)を 参照いただきたい。アジアビジネスアンケート調査は 1999 年に開始され、資本金 1 千万円以上の製造業を対象にして今回は 1,100 社から回答をいただいた。ここでの地域分類における「アジア」とは NIEs4カ国・地域(韓国、台湾、香港、シンガポール)、 ASEAN5 カ国(インドネシア、タイ、マレーシア、フィリピン、ベトナム)、中国、インドの11カ国・地域を主対象としている。 2 酒向浩二・中村拓真 「ベトナムはメガ FTA 先行のメリットを享受できるのか」(みずほ総合研究所 『みずほリポート』 2016 年 8 月 15 日) 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき 作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 2
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