論説 平成26・27年度日医委員会答申を受けて その2

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論 説
平成26・27年度日医委員会答申を受けて
その2
日本医師会には多数の委員会が設置されており、概ね2年ごとに報告書または答申を作成している。
それらの文書の中から、会員に重要と思われるポイントを当医師会の担当理事にまとめてもらい、毎号
3ないし4編ずつ本会報に掲載する。原文は日本医師会ホームページ「メンバーズルーム」で閲覧可能
である。
勤務医の健康支援に関する検討委員会
-医療勤務環境改善支援センターと連携した勤務医の健康支援の推進-
病院部担当理事 吉
川
明
日本医師会では勤務医の健康を守るという使命
られたことは注目に値する。この改善傾向は各医
のため有効な対策を短期的に実行し、さらに長期
療現場の地道な改善活動、広報等を通じた関係各
的な施策のあり方について検討することを目的に
所の取り組みが功を奏した結果と思われる。
平成20年6月から活動を継続している。同委員会
一方で見逃せないのは実際の健康状態である。
では平成21年に実施された「勤務医の健康の状態
勤務医自身の自己評価や主観的健康観にはほとん
と支援のあり方に関するアンケート調査」を引き
ど変化が見られなかった。また前回調査で注目を
継ぐ形で6年振りに再度アンケートを行った。対
集めた自殺等のリスクが極めて高い状態にある医
象は日本医師会に所属する勤務医約8万人のうち
師の割合も2.1%改善しているものの、未だ3.6%
無 作 為 に 抽 出 し た 1 万 人 で あ る。 調 査 の 結 果
存在している。同様にメンタルヘルス面でのサ
31.7%の方々から有効回答が得られた。
ポートが必要と考えられる中等度以上の抑うつ症
勤務医の就労環境について、前回調査との比較
状を認めるものも2.2%改善しているが未だ6.5%
が可能なものについて結果を示した(表1)
。調
存在する。
査項目の結果は軒並み改善傾向にあり、変化の幅
その他前回(2009年)の調査で勤務医からの改
が大きかったものとして当直日の平均睡眠時間の
善ニーズの高かった「医療事故や暴言、暴力等へ
4時間以下が49.8%から39.3%と10.5%減ってい
の組織的対応」
「快適な休憩室や当直室の確保」
た。また半年以内に不当なクレームを受けた者の
は9割以上の施設が部分的を含め実施しており、
割合も45.9%から37.0%と8.9%減少していた。健
「医療クラークの導入」
「時間外、休日、深夜手
康状態についても、他の医師に健康相談をしてい
術の手当の支給」
「病院の医師確保支援」は7割、
るものが45.9%から55.1%まで9.2%増加してい
「短時間雇用等の人事制度の導入」は6割が実施
た。クレーム対応と医師への相談については本検
していると回答した。一方、診療報酬で評価され
討委員会でも特に注目すべきリスクとして強調し
ることとなった「当直の翌日は休み」
「予定手術
情報発信を続けてきた事項であり改善傾向が認め
前の当直、オンコールの免除」では実施率が2割
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に満たなかった。
ことになる。
今回の調査では4つの評価指標(メンタルヘル
現在の取り組みを継続することにより一定の効
スうつ指標、自殺リスク指標、経営指標、労働生
果が期待されるので、まだ取り組みが行われてい
産性指標)を用いた解析の結果、勤務状況と各ア
ない医療機関にも普及させていきたい。これに
ウトカム指標は幅広い項目で有意な関連を得てお
よって勤務医の健康支援の底上げが図られること
り、今後、より多様な立場、価値観から勤務医の
を期待したい。
健康支援という課題にアプローチする道筋を得た
表1 勤務医の就労環境-主な調査項目に関する前回調査との比較
調査項目
2009年
(n =3,879)
2015年
(n =3,166)
差
■勤務状況
最近1ヶ月間で休日なし
8.7%
5.9%
-2.8%
20.1%
17.9%
-2.2%
8.6%
9.1%
+0.5%
当直回数が月4回以上
26.4%
22.5%
-3.9%
当直日の平均睡眠時間4時間以下
49.8%
39.3%
-10.5%
半年以内に不当なクレームを経験
45.9%
37.0%
-8.9%
主観的健康観(健康でない・不健康)
21.5%
20.1%
-1.4%
他の医師への健康相談あり
45.9%
55.1%
+9.2%
自殺や死を毎週/毎日具体的に考える
5.7%
3.6%
-2.1%
抑うつ症状尺度 QIDS 中等度以上
8.7%
6.5%
-2.2%
抑うつ症状尺度 QIDS 重度以上
1.9%
1.1%
-0.8%
自宅待機・オンコールが月8日以上
平均睡眠時間5時間未満(当直日以外)
■健康状況
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医療政策会議
副会長 小
池
哲
雄
会長諮問「高齢社会における経済的・文化的・医
た「自助・互助・共助・公助」の組み合わせの意
学的パラダイムシフト」
義も詳述する。
地域包括ケアシステにおいては「在
上記の会長諮問に答えるべく、医療政策会議で
宅か施設か」という「二分法思考」からの脱却が
は2015年から2016年にかけての2年間6回に渡
求められるとし、利用者の側からみれば、
「在宅
り、検討を行った。二木委員と松田委員、ならび
ときどき・・・必要に応じて・・・施設」
「在宅、(高
に外部講師による地域包括ケア、地域医療構想、
齢者の場合)最後は施設」
、逆に「施設、最後は
社会共通資本論などに関する講演を受けて、毎回
自宅」
などの循環的利用が目指す姿であると言う。
質疑応答がなされた。そうした討議も踏まえ、か
さらに地域包括ケアシステムの中で、施設サービ
つ小委員会における会合での合意の下に、4名の
スは各種在宅サービスを支える機能と理解すべき
委員が分担作業によって本報告の執筆がなされた。
だと述べる。
1.‌パラダイムシフトほど大層な話ではないが切
3.‌高齢社会における保健医療分野の3つのパラ
り替えた方が望ましい観点(権丈善一委員)
ダイムシフト論の真贋の検討(二木立委員)
トーマス・クーンが『科学革命の構造』によっ
医療のパラダイムシフトと言うべき抜本改革は
てパラダイムシフトという概念を提起するにあた
不可能で、部分改革の積み重ねである。敢えて医
り、社会科学の世界は想定していなかったことを
療改革のパラダイムシフトとしてあげるなら①
示す。その点が理解されていないがゆえに、歴史
「治す医療」から「治し・支える医療」への転換、
と制度に関する知見が不可欠なはずの政治経済学
②「病院完結型医療」から「地域完結型医療」へ
の分野での、過去との不連続を説く安易なパラダ
の転換、③「医療と介護の一体的改革」の3点に
イムシフト論が目立っている実態、に対して警鐘
つきると述べる。その上で、昨年厚生労働省でと
を鳴らしている。また経済成長を冷静に捉える視
りまとめられた『保健医療2035』を取り上げ、公
点が提示され、規制緩和を行い市場経済に委ねる
平にプラス・マイナスの双方を分析し評価を加え
ことで、消費税に頼ることなく税収が増加できる
ている。
といった所謂「上げ潮政策」と「トリクルダウン
4.‌高齢社会に求められる地域医療介護サービス
論」の危うさにも言及している。
2.‌超高齢社会における地域の力:地域包括ケア
システムの構築にあたって(田中滋議長)
のあり方(松田晋哉委員)
地域包括ケアの対象である地域の間の著しい違
いについて、詳細な数値の提示を通じて関係者に
2025年から2040年の 「 超高齢社会第1のピーク 」
覚悟を迫っている。また「場」としての医療機関
を乗り越えるべく考察されてきた地域包括ケアシ
の重要性が、ケアカンファレンスと施設機能双方
ステム論(5輪の花、5つの視点による取組→植
について説かれ、今後サービスの複合化を含む統
木鉢図、5つの構成要素)をていねいに解説して
合的な提供体制を整備するにあたっては、医療介
いる。はじめに定義を巡る考え方が紹介され、次
護データの総合分析体制の確立が不可欠であると
に1970年代から始まる前史については、各地の先
指摘している。
駆者(社会福祉法人長岡福祉協会こぶし園による、
感想:論文形式の報告が、諮問に対してどれほど
特別養護老人ホームのサービス機能を地域社会に
答申としての体を為しているかはいささか疑問。
おける面展開についても紹介されている)にも言
今回の保健医療分野の改革はパラダイムシフトと
及している。続いて地域包括研究会が重視してき
言うにはおこがましいということか?
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病院委員会
-地域医療構想
(ビジョン)
に基づく新たな医療計画への対応について-
病院部担当理事 吉
田
俊
明
日本医師会病院委員会は平成28年2月に表記報
移の推計:二次医療圏における傷病ごとの患者数
告を横倉日本医師会長に答申した。この委員会は
の年次変化を示したものである。
産業医科大学松田晋哉教授が委員長を務め、新潟
報告書ではこれらのデータの分析法や、課題の
県医師会渡部透会長が副委員長を務めている。
抽出法について、福岡圏京築医療圏を例にとって
病院委員会審議報告を概説する。各都道府県で
詳しく解説しているので参考にしてほしい。
地域医療構想の策定作業が進んでいるが、これを
更に報告書では課題に対する具体的な対策につ
単なる病床数の検討計画のように取り扱っている
いても述べている。隣接医療圏との緊密な連携や
例のあることに警鐘を鳴らしている。地域医療構
医師の派遣のみならず、他職種人材育成の重要性
想の本来の目的は、少子高齢化の進んだ我が国の
について言及しており、地域医療構想が単に病床
医療提供体制をどのように構築してゆくのか、地
数の帳尻あわせではないことを主張している。
域ごとにそのあり方を考えることである。そのた
地域医療構想策定に際して医療の質を損ねない
めには、地域の医療情報を正しく把握することが
ことが重要である。病床機能分化ありきで、無理
必須である。報告書では国から提供されたデータ
な変更を強いると地域医療そのものが混乱する。
をどのように分析・活用するか具体的な例をあげ
病院機能を高度急性期、急性期、回復期、慢性期
て解説し、よりよい地域医療構想とするための課
の4つの機能に、病院単位で明確に区分すること
題と提言についてまとめている。
は現実的ではなく、穏やかなケアミックスを目指
地域医療構想で利用される資料はデータブック
すべきであろう。
として各都道府県に提供されている。まずこれら
地域医療構想は地域包括ケアネットワークと連
のデータを詳細に読み込み、現状認識を共有する
動しなければならない。医療・介護のみならず、
ことが求められる。① DPC データ:DPC 参加病
住居など住民の生活まで配慮した自治体の施策は
院の情報に限られる弱点はあるが、病院ごとの診
重要である。
療機能が把握できる。また、病院間の機能分化の
最後に都道府県医師会の役割について言及して
状況が推認できる。② NDB データ:がん医療、
いる。都道府県医師会は提供されたデータ・分析
2次救急などの医療行為について各医療圏の自己
ツールを活用し、
必要に応じて追加の調査を行い、
完結率や他医療圏への依存率が示される。③消防
各地域における医療配分の最適化を図るべきで、
庁データ:二次医療圏における救急搬送時間の資
調整機能を十分に発揮すべきとしている。
料で、連絡を受けてから現場到着までの時間や現
新潟県では保健医療推進協議会の下に地域医療
場から病院へ収容するまでの時間が示され、救急
構想策定部会を設け4回の審議を実施した。現在
医療の課題を分析することが可能となる。④年齢
は2次医療圏を基本単位にした地域別医療連絡協
調整標準化レセプト出現比(SCR):レセプトの
議会(地域医療構想調整会議)が開催されており、
出現状況を標準化した指標で、医療行為ごとに全
数回の審議を予定している。今年度中に新潟県の
国平均と比較ができる。⑤病床機能別医療需要:
地域医療構想を策定することとなっている。くれ
二次医療圏ごとの病床機能別病床数の参考値であ
ぐれも病床数のみの検討とならないよう、今後の
る。⑥人口の将来予測:地域別に人口の構成比変
より良い地域医療を実践するためのシステムづく
化を示したものである。⑦傷病別入院患者数の推
りをこころがけていただきたい。
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産業保健委員会
産業保健部担当理事 丸
山
明
則
今回日本医師会から産業保健委員会へ提示され
あり、改善すべき点はねばり強く伝え続けること
た諮問事項は、「産業保健活動総合支援事業推進
の大切さを感じた。国の作成した予算の効果的な
のための具体的方策と社会の要請に応える日医認
執行や業務運営の効率化等には協力すべきではあ
定産業医制度」であり、2年間にわたる審議を経
るが、地域事情を考慮した旅費の運用など必要な
て今年3月に答申された内容についての論評を県
経費の運用体制が一層改善されるように今後も働
医師会産業保健部として述べたい。
きかけ続けたい。
Ⅰ ‌産業保健活動総合支援事業推進のための具体
3)運営
的方策
都道府県と地域とのそれぞれのセンターで運営
平成26年度からの三事業一元化により、産業保
協議会が設置されているが、その機能や活動は十
健総合支援活動事業が開始されたことを受けて、
分に発揮されているとはいえないというアンケー
全国350 ヵ所の郡市区医師会を対象としたアン
ト結果が出ている。我々も現場の声を出来る限り
ケート調査の結果をもとに、産業保健委員会にお
伝えるが、要望があれば郡市医師会からも地域セ
いて、産業保健総合支援事業の今後のあり方につ
ンターの運営協議会か県医師会へ情報発信してい
いて審議され提言が取りまとめられた。かつての
ただきたい。
答申は有識者等による机上の論議から理想論を並
4)コーディネータ
べているイメージが強かったが、今回は郡市区医
当県からも強く要望しているところだが、コー
師会へのアンケート調査の結果が取り入れられて
ディネータに安定した身分保障と報酬が得られる
いて現場の意見が尊重されている印象を持った。
こと、能力向上のための研修機会を確保すること
1)事業企画
が重要課題とされた。
三事業一元化は利用者にとってわかりやすく専
Ⅱ 社会の要請に応える日本医師会認定産業医制度
門職間で連携しやすい体制が構築されたと評価す
認定産業医の更新条件の見直しは、現時点では
る一方、労働者健康福祉機構による全国一律で画
行わず審議を継続してゆくこととなった。近年の
一的な事業計画により、地域の特性に合わせた事
社会動向を踏まえ、カリキュラム内容に「職場に
業の計画が行われなくなったと指摘した。新潟県
おける輸入感染症対策」
、
「外国人労働者の健康管
では旧産業保健推進センターと医師会とは良好な
理」
、
「職場における受動喫煙防止活動」
、
「産業医
協力関係にあったことから、地域産業保健セン
の職務としてのストレスチェック」などを追加す
ター事業は今まで通り行われているが、推進が望
るように要望された。
まれる事業場での個別訪問活動は医師には時間的
Ⅲ 労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度
な困難性があり、保健師や栄養士等の専門職を雇
アンケートでも嘱託産業医にとってこの制度の
用し個別訪問に活用することが事業の活性化につ
負担は大きいという結果で、それに伴い報酬をど
ながると考える。
の程度とするかは、この一年間を検証した結果が
2)経理
出てからと考える。ストレスチェック制度は産業
医師会が経理上の責任を負う必要がなくなった
医制度そのものに問題を投げかけ、現在「産業医
ことを評価したことには賛同する。また産業保健
制度の在り方」
が国の委員会で検討されているが、
活動に関する傷害保険や賠償責任保険に加入した
産業医は専門性をより高めることが求められ、責
ことや、資料作成等の準備作業についても費用が
務や仕事量の増加は必至であり、相応の報酬額を
計上できるようになったことも高く評価している
医師会として要求してもよい時期ではないだろ
が、早くから全国の医師会は要望していたことで
うか。
新潟県医師会報 H28.8 № 797