東蒲原郡阿賀町の医療について

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東蒲原郡阿賀町の医療について
原
勝
人
本年の2月22日に東蒲原郡阿賀町の医療に多大
通の脆弱さも相まって通院困難者が多くいます。
な貢献をされた阿部昌洋先生が逝去されました。
以前は、病気があっても病院や診療所まで通えな
私は阿賀町の医療の現状と阿部昌洋先生が残され
いために、自宅で我慢している高齢者が多かった
た功績について述べさせて戴きたいと思います。
と聞きます。そこに光を差し向けたのが阿部昌洋
現在県立津川病院では週5日訪問診療を行って
先生でした。患者さんに我慢させないように、こ
います。そのラインナップとしては、月曜日は当
ちらから出向いていこう。
「出向く医療」は阿部
院常勤医の坂元宏隆先生、火曜日は当院常勤医で
先生の精神そのものでした。そして阿部先生によ
育休明け4時間勤務で奮闘している木村真由紀先
り始められた「出向く医療」は津川病院前院長で
生、水曜日は福島県南会津町からの助勤医の石橋
ある吉嶺文俊先生により更に発展させられまし
勇貴先生、木曜日は栃木県日光市からの助勤医の
た。現在の阿賀町の医療体制があるのは阿部、吉
前田一樹先生、金曜日は私と、5人の医師で各曜
嶺両先生の功績であることは言うまでもありま
日を担当しています。この方法ですと、半日に平
せん。
均5人を診察すれば、週平均25人、月間で平均
県立津川病院では多くの高齢者の入院治療を
100人を診察することが出来ます。私は継続可能
行っていますが、阿賀町では条件さえ整えば、寝
であること、個々の医師の負担を均等化して全員
たきり患者さんのままでも自宅退院することが可
で取り組むということを重視していますので、現
能です。ここで、なぜ高齢者が在宅生活を望むの
在は理想的な体制と思っています。阿賀町では、
かということに触れさせて戴きます。高齢で認知
県立津川病院の他に阿賀町の診療所からも訪問診
機能の低下した患者さんの中には、入院したこと
療を行っています。阿部昌洋先生が亡くなられて
による生活環境の変化から混乱を起こし、いわゆ
からは診療所の山崎和秀先生の負担が増えている
るせん妄状態となる方もいます。表情は険しくな
のですが、新潟大学からの助勤医の馬場晃弘先生、
り、何を言っても理解できなく、意志の疎通は不
阿部先生の御友人であった吉田和清先生と川上明
能、病院内を徘徊する患者さんまでいます。そん
男先生の応援も得て、やはり月間で平均100人の
な患者さんでも外泊などで自宅に帰るだけでも、
訪問診療を行っています。
慣れ親しんだ生活環境に戻ることによって、一挙
話はなぜ阿賀町で多くの訪問診療を必要として
に表情が柔らかくなり、元の御人柄に戻るという
いるのかということに戻ります。阿賀町は現在人
ことを経験します。これは高齢者にとって生活環
口が12,000人弱ですが、高齢化率は45.4%に上り、
境の変化ということが、せん妄状態とならない患
市町村別で新潟県内随一です。人口は減少してい
者さんにとっても、ストレスになっていることを
るものの高齢者が多く残り、日本の未来像と言わ
意味していると思います。多くの高齢者が在宅生
れる肩車型で高齢者を支える社会が到来している
活を続けることを希望されますし、医療人としては
地域であります。阿賀町では2世代世帯や3世代
それを極力叶えて上げたいと思う理由でもあります。
世帯は恵まれている方ですが、若い世代が新潟市
ここで、阿賀町において病気を抱えた高齢者が
や関東に出てしまった老々世帯や老人の独居世帯
在宅での生活を続けられる理由についてもお話し
が多くあります。加えて田舎にありがちな公共交
たいと思います。通院困難な高齢者が在宅生活を
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続けるためには訪問診療だけでは成り立たないと
になります。また、研修期間中に町役場を訪問し
いうことは、皆さんも御存じのことと思います。
町の行政の方や保健師さんから、阿賀町と阿賀町
在宅生活を続けられるかということに関しては、
の保健、医療、福祉について説明して戴く場も設
むしろ訪問看護や居宅介護が重要な要素になりま
けています。また、出向く医療としては、阿賀町
す。現在、阿賀町の訪問看護は県立津川病院の訪
が行っている巡回診療も経験してもらっていま
問看護と阿賀町訪問看護ステーションが協力して
す。これは地域の集会場などに簡易の診療所を開
行っています。月間の訪問看護数は訪問診療より
きそこで診療するものです。日常生活動作として
やや多い月平均240件の訪問看護を行っています。
は自立しながらも、交通手段を持たない高齢者に
また、阿賀町では居宅介護を行うためのホームヘ
とって巡回診療は救いになります。また、阿賀町
ルパーさんや、デイサービスやショートステイを
にある福祉施設も一度は訪れてもらっています。
行うための福祉施設も充実してきました。高齢者
このように窓口は県立津川病院ですが、阿部、吉
を支えるということに関して言えば、阿賀町の介
嶺両先生の御指導のもと育んできた東蒲原郡阿賀
護や福祉の充実ぶりも県内随一ではないかと思い
町の保健、医療、福祉を含めた広い意味での地域
ます。これも阿部、吉嶺両先生が御指導されてき
医療を体験、体感してもらうようにしています。
た賜物ではないかと思います。両先生は保健、医
昨年度平成27年度に、地域医療研修で県立津川病
療、福祉まで含めた広い意味での地域医療が重要
院を訪れた研修医は20名に上りました。内訳とし
であることを強調されてきましたし、多職種連携
ては、新潟大学2名、新潟市民病院3名、済生会
の重要性も説いて来られました。阿賀町において
新潟第二病院4名、新東京病院1名、東京大学10
阿部先生が創められた連携ノートにその精神が表
名でした。今後も地域医療研修医を受け入れるべ
れていると思います。
く、間口を広く開けてゆきたいと思います。
こういった経緯で阿賀町では在宅医療が推進さ
また、来年度から始まる専門医研修プログラム
れてきたわけですが、現在の研修医制度が始まっ
の中でも、県立津川病院はその地域医療研修部門
て、地域医療研修として在宅医療の経験が義務付
としての連携施設として、県内の5つの基幹病院
けられましたので、県立津川病院は在宅医療の
と連携させて戴いています。いつの日か県立津川
メッカとして、多くの地域医療研修医を受け入れ
病院が連携する研修プログラムにより育てた専門
るようになりました。県立津川病院は東蒲原郡阿
医の先生が、指導医として県立津川病院に帰って
賀町唯一の病院として救急患者、入院患者の受け
来てくれる日がくれば、大変ありがたいことだと
入れを行っていますが、その一方で、通院困難な
思っています。そういった先生方と一緒に、また
患者さんのために訪問診療を行っています。地域
研修医の先生や専門医研修の先生の育成が出来れ
医療研修医の先生には、その両方の医療、すなわ
ばというのが私の夢です。そして阿部昌洋先生の
ち「集める医療」と「出向く医療」を経験しても
意志をここ阿賀町の地でいつまでも受け継いでゆ
らっています。常勤医は週に1回の出向く医療に
くことが出来ればと思いながら、日々の診療を続
対して、地域医療研修医は、平日ほぼ20日間の研
けています。最後になりますが、阿部昌洋先生の
修に対して12 ~ 16回の出向く医療を経験しても
御冥福をお祈りして、私の文章の結びとさせて戴
らっていますので、常勤医より多い比率で「出向
きます。
(H28年5月記)
く医療」を経験してもらうことになります。短期
間に凝縮した研修で、やや多忙と感じる位の研修
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(県立津川病院 内科)