G20、日本は通貨戦争の敗者から抜けられるか

リサーチ TODAY
2016 年 9 月 2 日
G20、日本は通貨戦争の敗者から抜けられるか
常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創
今日の世界経済には、バランスシート調整が残存している。すなわち、どこの国々もバランスシート調整か
ら抜けられず、自国内需が脆弱なことから、自国通貨安、自国保護、他国市場進出等で他国の需要(外需)
を獲得しようとする新重商主義に則って活動している。このことは世界中がアベノミクスを実施しているという
ことであり、また米国第一主義を唱うトランプ化を進めているということでもある。米国には「人のいい旦那」と
してドル高を許容し、世界に需要を配る余裕がない。米国も生き残りをかけてドル安誘導を行う状況にある。
今年5月のG7伊勢志摩サミットの声明は、世界経済の回復を三本の矢で行うとし、アベノミクスと類似した表
現を用いた。具体的には、金融緩和、財政政策と成長戦略の3つが首脳宣言に「三本の矢のアプローチ、す
なわち相互補完的な財政、金融及び構造政策の重要な役割を再確認。」という形で盛り込まれた。しかし、こ
の旗印の下で世界が政策協調しにくいのは、各国が自身の利害を優先する新重商主義的な性格を強めて
いるからだ。6月の英国の国民投票は事実上「究極のポンド安誘導」となり、図らずも通貨戦争、新重商主義
を加速させた。さらに、欧州大陸にはドイツという異質の存在がある。今日のドイツは戦後の「掟」からは真逆
の状況だ、すなわち、世界最大の経常収支を確保しつつも緊縮財政を続け、経常収支の面からは本来ユー
ロ高になるべき状況なのに、マイナス金利でユーロ安誘導を行っているのだ。下記の図表にあるように、世界
は事実上の通貨戦争の下で金融政策に依存し、財政政策を中心とした協調が出来ず、分断された状況が
続いている。9月4~5日は中国の杭州でG20サミットが開催されるが、新興国を含めたG20には余裕が少な
い国が多いため、一層の協調は期待しにくい。中国は議長国としてメンツを保つのが精一杯だろう。
■図表:各国の金融・財政政策
国・地域
金融政策
財政政策
米国
利上げを模索するも、景気配慮から
慎重な金融政策運営を継続
新大統領下で拡大基調に転換の見込
みだが、大統領選前で政策は動かず
欧州
英BOEは包括緩和を決定。ECBも
年末ごろに追加緩和の可能性
2016年は財政拡大となるも、ドイツが
財政出動に慎重で影響は限定的
日本
7月に追加緩和を決定。9月会合で政
策の総括的検証を実施
事業規模で28兆円、真水で7.5兆円の
景気対策を発表
中国
追加利下げには慎重ながらも、緩和
的な金融環境を維持
景気下支え策として財政依存度は高
まるも、大規模な財政出動には至らず
その他新興国
各国でまちまちな対応。物価が落ち
着いてるアジア各国は利下げを実施
財政状況からみると、財政出動の余地
が乏しいか、限られる国が多い
(資料)みずほ総合研究所作成
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2016 年 9 月 2 日
先述のように、英国のEU離脱は英国発の通貨戦争であり、敗者は日本となった。今回の通貨戦争で日本
が最大の敗者であることは下記の図表から明らかだ。しかも、円の独歩高状況を世界のどこも問題視しない
ので、日本は四面楚歌の状態である。ドル高是正によって米国は自らを支え、その結果として、新興国の通
貨安不安が後退したことで、中国を中心に世界連鎖不況が回避され、世界的な株安という年初の悲観シナリ
オも後退した。それゆえに、現在の円独歩高を日本を除く誰もが心地よく思っている。中国の人民元は対ド
ルで5年半振りの安値になっているものの、2月の上海G20と同様、米国は中国の危機回避を支援すべく、
暗黙裡に中国と合意しているとの見方は根強い。先進国のG7はあちこち分断されており協調できず、まして
G20には期待もできない状況だ。中国はG20前に人民元を申し訳程度に強めているが、G7以上に分断され
ているG20諸国に、協調して景気の底上げを期待するような雰囲気は見当たらない。
■図表:主要5通貨の実効為替レート推移
(2016/1/1=100)
通貨高
120
115
円(対ドル)
ユーロ(対ドル)
元(対ドル)
ドル
ポンド(対ドル)
110
105
100
95
90
通貨安
85
15/1
15/4
15/7
15/10
16/1
16/4
16/7 (年/月)
(資料)Bloomberg よりみずほ総合研究所作成
これまで、アベノミクスの最大の功績は日本を為替戦争の敗者から復活させたことだったが、今はこの前
提が大きく揺らいでいる。ただし、当面は、為替の逆風が続く中、円高を利用するという逆転の発想も必要
だ。下記の図表に示される、国内生産(GDP)型から国民所得(GNI)型への転換である。GDP型成長モデ
ルは、製造業を中心とした財の輸出が中心のモデルである。一方、GNI型成長モデルは、直接投資を中心
とした投資の見返りとして収益を拡大させる総合商社型モデルである。後者では円高のほうがメリットになる。
同様に、非製造業を中心にした海外活動を取り込むことも重要な戦略となる。円高を利用して海外向け
M&Aを行うなどの戦略を加速させることも重要な課題だ。
■図表:GDP型成長モデルからGNI型成長モデルへの転換
GDP型成長モデル
⇒
輸出型モデル
⇒
財の輸出モデル
⇒
GNI型成長モデル
直接投資型モデル
(総合商社型モデル)
広義のサービス輸出モデル
(インバウンド・アウトバウンド
双方の取り込み)
(資料)みずほ総合研究所作成
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