「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」の 制度設計における限界

東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 64 集・第 2 号(2016 年)
「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」の
制度設計における限界について
井 本 佳 宏* 柴 山 直** 本稿は,今日の高大接続改革の中で構想されている大学入試センター試験に代わる新テストが抱
える構造的,原理的な課題を整理し,今次高大接続改革を考察する際の視座の一つを提示するもの
である。
まず,中教審答申が描く改革構想の課題について検討した。そこから,
「公平性」観の転換を前提
として改革が構想されているにもかかわらず,そのための具体策は盛り込まれずに新テストの導入
に議論が集約されており,そのため新テストによる「適切な能力の判定」が旧来型の「公平性」観と
の関係から歪みを抱えてしまうことを指摘した。
次に,
新テストを設計していく際の課題について検討した。そこから,改革構想に従ってパフォー
マンス・アセスメントを大規模試験において実施しようとすると,新テストに求められる 1)評価す
べきスキルの多様性,2)評価の信頼性の高さ,3)評価に必要な合理的なコスト,の 3 つを同時に成
り立たせられないトリレンマに陥ることを指摘した。
キーワード:高大接続改革,
「公平性」観,パフォーマンス・アセスメント,大規模テスト,トリレンマ
はじめに
本稿は,中央教育審議会答申「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育,
大学教育,大学入学者選抜の一体的改革について~すべての若者が夢や目標を芽吹かせ,未来に花
開かせるために~」
(2014)を踏まえて現在進められている高大接続改革のうち,特に大学入学者選
抜に関して構想されている大学入試センター試験に代わる新テスト「大学入学希望者学力評価テス
ト(仮称)」
(以下,「大学入学」新テストと表記)が抱える構造的,原理的な課題を整理することで,
今次高大接続改革を考察する際の視座の一つを提示するものである。
以下において,まず,今次高大接続改革構想の内容をこれまでの日本における高大接続改革の歴
史を踏まえて整理し,「大学入学」新テストの導入を柱とする今次改革が抱える構造的限界につい
て確認する。その上で,
「大学入学」新テストにおいても予定されている,大規模試験への記述式問
*
**
教育学研究科 准教授
教育学研究科 教授
― ―
181
「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」の制度設計における限界について
題の導入が持つ原理的課題を,テスト理論の視座から検討していく。
1.「大学入学」新テストの構造的限界
(1)
大学入学者選抜改革の基本枠組
一般論として改革は現在の課題の克服を目指して行われるものであり,改革構想には過去,現在
を乗り越える新しさの追求が本質的に伴うものと考えられる。しかし,日本における高大接続改革,
とりわけ大学入学者選抜の改革に関して言えば,意外にも新奇性が乏しく,数少ない方略の焼き直
しによる改革がこれまで続けられてきた。木村は,共通第 1 次学力試験導入の経緯に関する論稿
(2012)において,
「大学入学者選抜の改革案と呼ばれるものは,明治時代から何一つ目新しいもの
がない。驚くことに,入学者選抜の改革とは,すでに明治時代から限られた手数のうちから選択さ
れた方略の導入(実施)と廃止が交互に繰り返されてきた歴史とも言える。つまり,調査書・適性検査・
学力試験・面接・小論文・実技を組み合わせることは,何も,共通第 1 次試験やセンター試験が導入
された後の 2 次試験や AO 入試に始まった新しい手法でも何でもない」
(p.136)と指摘している。す
なわち,明治時代からこれまでの日本における大学入学者選抜改革の歴史は,調査書,適性検査,学
力試験,
面接,小論文,
実技の組み合わせの試行錯誤の歴史として端的に総括しうるというのである。
また,木村は 1969 年に中央教育審議会がまとめた中間報告「我が国の教育発展の分析評価と今後
の検討課題」における「入学者選抜方法については,次に述べるようにこれまでにたびたび改革が行
われてきたが,一定の発展の方向はなく,常に『公平性の確保』
『適切な能力の判定』
『下級学校への
悪影響の排除』という原則のいずれに重きをおくべきかという試行錯誤の繰り返しであったという
ことができる」
(p.171)との記述を取り上げ,ここで挙げられている 3 つの原則を,「日本型大学入学
者選抜の三原則」と名付けている(木村 2012: p.136)
。つまり,日本における大学入学者選抜改革に
おける議論は,明治時代以来,各時期を通じて,この三原則のバランスをどうとるか,という問題を,
調査書,適性検査,学力試験,面接,小論文,実技という方略の中からの取捨選択と組み合わせの工
夫によって解くものとして形作られてきたということである。
(2)
2014 年中教審答申の課題認識
では,今次改革は「日本型大学入学者選抜の三原則」をどのように実現しようとするものであろう
か。中教審答申(2014)
を読み解いていくこととする。
まず,答申は,現状の高大接続全般に関する課題認識を次のように示している。すなわち,これ
からの時代の教育改革において重要なのは,初等中等教育から高等教育までを通じて,子どもたち
に「
『豊かな人間性』
『健康・体力』
『確かな学力』を総合した力である『生きる力』」
(p.2)を育むこと
である。そして,このうち学力については,「平成 19 年の学校教育法改正により,『基礎的な知識及
び技能』
『これらを活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等の能力』
『主体的
に学習に取り組む態度』という,三つの重要な要素(いわゆる『学力の三要素』)から構成される『確
かな学力』を育むことが重要であることが明確に示された」
(p.2)。それにもかかわらず,「現状の高
― ―
182
東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 64 集・第 2 号(2016 年)
等学校教育,大学教育,大学入学者選抜は,知識の暗記・再生に偏りがちで,思考力・判断力・表現
力や,主体性を持って多様な人々と協働する態度など,真の『学力』が十分に育成・評価されていな
い」
(p.3)
。高等学校教育に関していえば,
「小・中学校に比べ知識伝達型の授業に留まる傾向があり,
学力の三要素を踏まえた指導が浸透していない」
(p.4)と指摘した上で,その原因として「一般入試
においては,一斉かつ画一的な条件で実施される試験で,あらかじめ設定された正答に関する知識
の再生を一点刻みに問い,その結果の点数で選抜する評価から転換し切れていないこと,また AO
入試,推薦入試の多くが本来の趣旨・目的に沿ったものとなっておらず,単なる入学者数確保の手
段となってしまっていることなど,現行の多くの大学入学者選抜における学力評価が,学力の三要
素に対応したものとなっていないことが大きく影響していると考えられる」
(pp.4-5)としている。
つまり,本答申では「知識・技能」
「思考力・判断力・表現力」
「態度」が学校教育において育成される
べき学力の三要素として法定されたにもかかわらず,大学入試がこの三要素をバランスよく評価す
るものとなっていないために,高等学校での教育までもが「知識・技能」に偏重したものとなってい
るとの認識が示されている。今次高大接続改革においても,やはり旧来からの基本枠組どおり,
「下
級学校への悪影響の排除」という原則に基づいて,大学入学者選抜改革がその中心に据えられ,その
目玉として大学入試センター試験に代わる「大学入学」新テストの構想が示されているのである。
また,本答申において「知識・技能」偏重という「下級学校への悪影響」の原因とされている現在
の大学入学者選抜に関して言えば,「知識の記憶力などの測定しやすい一部の能力や,選抜の一時
点で有している能力の評価に留まっていたり,丁寧な評価よりも学生確保が優先されるなど,高等
学校教育で培ってきた力や,これからの大学教育で学ぶために必要な力を評価するものとなってい
ない」
(p.5)として,「適切な能力の判定」
がなされていないことを指摘している。
さらには,大学入学者選抜においてこうした不適切な能力判定がなされている背景として,
「年齢,
性別,国籍,文化,障害の有無,地域の違い,家庭環境等の多様な背景を持つ高校生一人ひとりが,
高等学校までに積み上げてきた多様な経験や能力を度外視し,18 歳頃における一度限りの一斉受験
という画一化された条件において,知識の再生を一点刻みで問う問題を用いた試験の点数による客
観性の確保を過度に重視し,そうした点数のみに依拠した選抜を行うことが『公平』であるという,
従来型の『公平性』の観念が社会に根付いていることがある」
(p.5)としている。ここではすなわち,
「公平性の確保」という原則に関していえば,これまでの大学入学者選抜が失敗してきたわけではな
く,現在の社会に適合しない「公平性」観に基づいた「公平性の確保」を実現してきたからこそ,「適
切な能力の判定」ができず,さらには「下級学校への悪影響の排除」ができないでいるという因果連
関が想定されている。
ここまでの分析をもとに大学入学者選抜に関わる中教審答申の課題認識を「日本型大学入学者選
抜の三原則」にのっとって整理するならば,改革の焦点は,
「下級学校への悪影響」へと至る因果連
関の起点にあたる,日本社会における旧来型の「公平性」観をいかにして意識改革するかに据えら
れなければならないことが分かる。
― ―
183
「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」の制度設計における限界について
(3)
2014 年答申の改革方略
2014 年中教審答申は,上述のような高大接続,とりわけ大学入学者選抜に関する課題認識に基づ
き,どのような改革方略を描いているのであろうか。
本答申は,「接続段階での評価の在り方が変われば,それを梃子の一つとして,高等学校教育及び
大学教育の在り方も大きく転換すると考えられる」
(p.10)として,今次高大接続改革の中心に大学
入学者選抜の改革を据えている。そして,改革に取り組むべき具体的項目として,アクティブ・ラー
ニングの取り入れなどによる高等学校教育の改革と改革推進を担保するための新テスト「高等学校
基礎学力テスト(仮称)」
の導入,アクティブ・ラーニングへの転換による大学教育の改革,大学入試
センター試験の廃止とそれに代わって「思考力・判断力・表現力」を中心に評価する新テスト「大学
入学希望者学力評価テスト(仮称)」
(本稿では「大学入学」新テストと表記)の導入,学力の三要素
を踏まえた多面的な選抜方法の採用による各大学の入学者選抜(個別選抜)の改革,各大学における
個別選抜の改革のインセンティブとなる財政措置等の支援の実施が挙げられている(pp.10-11)。
本稿において焦点を当てている「大学入学」新テストに注目すると,
「大学入試センター試験は『知
識・技能』を問う問題が中心」
(p.14)となっているのに対し,「『知識・技能』を単独で評価するのでは
なく,
『知識・技能』と『思考力・判断力・表現力』を総合的に評価するものにしていくことが必要で
ある」
(p.14)との認識の下,
「大学入学」新テストの在り方として,以下のような項目を含むものと
すべきことが示された(p.15)。
「確かな学力」のうち「知識・技能」を単独で評価するのではなく,「思考力・判断力・表現力」を
・‌
中心に評価する。
「教科型」に加えて,
「合教科・科目型」
「総合型」の問題を組み合わせて出題する。将来は「合教
・‌
科型・科目型」
「総合型」のみとする。
・解答方式については,多肢選択方式だけではなく,記述式を導入する。
・年複数回実施する。
・
「1 点刻み」の客観性にとらわれた評価から脱し,段階別表示による成績提供を行う。
・CBT 方式での実施を前提とする。
・‌英語については,
四技能を総合的に評価できる問題の出題や民間の資格・検定試験の活用により,
「読む」
「聞く」
だけではなく「書く」
「話す」も含めてバランスよく評価する。
・選抜性の高低にかかわらず多くの大学で活用できるよう,広範囲の難易度とする。
・生涯学習の観点から,社会人等を含め誰でも受検可能とし,海外からの受検も可能とする。
・経済的負担,受検場所,障害者の受検方法を考慮するなど,受検しやすい環境を整備する。
「大学入学」新テストが含むべきとされたこれらの項目を,
「日本型大学入学者選抜の三大原則」
に照らして検討すると,「思考力・判断力・表現力」を判定できることが適切であるとし,そのため
の具体策として,
「合教科型・科目型」
「総合型」の導入,記述式問題の採用,年複数回実施,段階別
表示などが挙げられており,基本的には「適切な能力の判定」に焦点づけられていることが分かる。
また,「下級学校への悪影響の排除」については,
「接続段階での評価の在り方が変われば,それを
― ―
184
東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 64 集・第 2 号(2016 年)
梃子の一つとして,高等学校教育及び大学教育の在り方も大きく転換する」
(p.10)との立場から,ま
ずは大学入試センター試験から「大学入学」新テストへの切り替えによって「思考力・判断力・表現
力」中心の評価に変えることで,高等学校教育をそれに対応した指導へと転換させていこうとして
いることも明確である。このことに関し例えば,本答申は,「こうした指導を飛躍的に充実させ定
着させるためには,学力の三要素を踏まえた高等学校教育課程の抜本的な見直しが必要であり,次
期学習指導要領に向けては,高度な思考力・判断力・表現力を育成・評価するための教科・科目構成
の在り方や,『思考力・判断力・表現力』を育成するための学習・指導方法の飛躍的充実についても
検討を進める必要がある」
(p.17)とするなど,「大学入学」新テストの導入を起点として,「知識・技
能」偏重の是正を高等学校教育へと波及させようという改革の方向性を示している。
しかしながら,「大学入学」新テストに対する社会的支持の前提となる「公平性の確保」に関して
は,従来型の「公平性」観からの転換の必要は叫ばれるものの,それを実現するための具体的な改革
案に関する項目は,
「大学入学」新テストへの要求項目の中にはもちろん,その他の高大接続改革の
諸項目の中にも挙げられてはいない。
「大学入学」新テストの具体化を進めていく上で直面する構造的な困難さの一つは,ここにあると
いえるであろう。すでに述べたとおり,改革の焦点は日本社会における「公平性」観に関わる意識
改革に据えられなければならない。そのことは中教審答申自体においても課題認識として的確に捉
えられている。それにもかかわらず,具体的な改革事項には組み込まれておらず,スローガンとし
て旧来型の「公平性」観の転換を叫ぶに留まっているのである。改革構想を具体化し,実施へと進
めていく段階において,
「大学入学」新テストの導入による大学入学者選抜の改革を先行させ,下級
学校における教育の在り方の是正につなげていこうとしても,旧来型の「公平性」観からの転換を
促す具体策がない中では,改革の前提が整わない。そのため,
「大学入学」新テストへの転換を中心
とする大学入学者選抜改革は,現実的には旧来型の「客観性」を重視する「公平性」観が根付いてい
る状況を前提として,その「公平性」観に基づく「公平性の確保」という条件を満たす形でなければ
進められず,具体的な「大学入学」新テストの設計や,全体としての大学入学者選抜改革は,新旧の
コンセプトを混在させた歪なものとならざるをえないのである。
さらに,今次高大接続改革構想は,
ここまでに述べてきた構造的課題に加えて,次節で示すとおり,
「大学入学」新テストを具体化していく段階においても原理的な課題に直面する。それは「公平性」
観の内容の如何に関わらず,「公平性」
を確保しつつ大規模試験に記述式問題を取り入れようとする
際に陥る原理的な問題状況であり,仮に「公平性」観の転換という改革の前提条件が整ったとして
も回避することが難しい,より深刻な課題ということができる。
2.
「大学入学」新テストが抱えるトリレンマ
(1)
本稿における用語の意味
本稿では,テストを測定用具(scale;尺度),アセスメント(assessment)を対象 x そのものの実態
評価,エバリュエーション(evaluation )を対象 x にもとづき,なんらかの関数 f を経由して y を導
― ―
185
「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」の制度設計における限界について
く よ う な 評 価,の 意 味 で そ れ ぞ れ 使 用 す る。 し た が っ て,パ フ ォ ー マ ン ス・ア セ ス メ ン ト
(performance assessment)は紙を媒体としたテスト(PBT)形式,コンピュータを使ったテスト
(CBT)形式等を問わずに,またルーブリック等の評定規準の存在の有無にかかわらず,評価者が受
検者の所産であるパフォーマンス x そのものを最終的には評価者の主観ないし責任において評価
することと定義する⑴。小論文の採点,実技の採点,記述式項目の採点などもすべてパフォーマンス・
アセスメントに含める。ただし,コンピュータによる自動採点の分類は現時点では微妙であるが,
人間の主観ないし価値観が自動採点に何らかの形で反映されない限り,本レポートでは上の意味で
のパフォーマンス・アセスメントの範疇に含めないこととする。さらに「テストの作成」のような場
合における「テスト」
はいわゆる客観的テストを主に意味していることとする。
(2)
テスト作成における “bandwidth-fidelity” ジレンマ
テストの開発においてテストの目的と開発コストとの兼ね合いで “bandwidth-fidelity” ジレンマ
(Cronbach,1970;Cronbach & Gleser,1965)⑵は常に難しい問題をもたらす。池田(1973)によれば,
“bandwidth-fidelity” ジレンマとは,「一定時間内に単一特性だけを測定するようなテストを作成し
ようとすれば,くり返し同質な質問を重ねて,信頼性の高い(fidelity の高い)テストを作ることが
できるであろう。しかし,同じ時間内に多数の特性が測定できるように,いろいろ変化に富んだ
(bandwidth の広い)数多くの下位テストを組もうとすると,個々の下位テストの信頼性を犠牲にし
なければならない」
(p.195)ことを意味する。
この問題をテスト作成の現場に引きつけてみれば,因子的妥当性の確保と項目内容の多様性の確
保のジレンマと読み替えることができる。たとえば,いま項目数を m,因子数を p,R を m × m
の相関係数行列,m × p の A を因子負荷行列,AT をその転置行列,D 2 を独自性からなる m × m
の対角行列として,因子分析モデルを
R=AAT+D 2
と表現すれば,この問題は因子数 p が 1 となるような制約下で,因子負荷行列 A の各成分の絶対値
が過大になったり過小になったりしないように,適度な大きさに保ちながら,項目を作成していく
こととみなせる。テスト作成の現場では,通常,このジレンマを項目作成者の経験的なノウハウ,
たとえば同じ学習事項の項目が重複しないよう,また,同じ事項であっても異なる角度からその理
解度を問うなどの工夫によって,暗黙裏にせよ回避ないしバランスを取ってきた。
(3)
パフォーマンス・アセスメントの特徴
一方,評価者の主観が評価結果に大きな影響を及ぼすパフォーマンス・アセスメントにおいては
この問題はさらに先鋭化する。もともとパフォーマンス・アセスメントは,教育における,いわゆ
る真正性評価(authentic assessment)重視の流れの中で,既に獲得している知識をつかって新しい
問題の解決や特定の課題を実際に遂行する能力があるかどうかの観点のもと,現実の生活やそれに
関連する課題を用いることで,児童・生徒達の個々の反応を引き出し,これを評価者が直接観察し
― ―
186
東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 64 集・第 2 号(2016 年)
評価することを目的とするものである。
利点としては,
1)
パフォーマンス評価の課題自体が優れた教育活動そのものになる,
2)他の評価方法では測定できない複雑な学力を測ることができる,
3)学習の結果のみならずプロセスを評価できる,
4)‌生徒を受動的な学習者として扱うのではなく,生徒たちがすでに持っている知識・技能を,
新たな課題に挑戦させることによって,能動的に再統合し,より優れたものに発展させる
ことができる,
などが指摘できる。これらは “bandwidth-fidelity dilemma” でいえば,いわば “bandwidth” に対応
する部分であるが,ここではパフォーマンス・アセスメントで得られる多様性(diversity)と言う言
葉で表現することにする。この多様性が得られる一方で,パフォーマンス・アセスメントは
1)‌評価者によっても,評価時点によっても結果が異なるなど,評価結果の安定性(信頼性)が
客観式テストに比べて低い,
2)‌評価には非常に時間とコストがかかる上,得られた学習成果を定義することができない場
合すらある,
などの限界ないし欠点を本質的に抱えている。
なお,教育現場ではあまり明示的に語られないが,パフォーマンス・アセスメントにおいては評
価者の適格性は常に問われる必要があることも重要な点である。
(4)
パフォーマンス・アセスメントのトリレンマ
このように学校現場,とくに指導の過程の中で,
「良き」評価者のもとで的確に使用された場合に
は,パフォーマンス・アセスメントの有効性は明らかである。なぜなら,伝統的な紙鉛筆式のテス
ト方式による評価に比べればかなりの手間暇がかかるとはいえ,評価すべき対象の規模が比較的小
さく,評価にかかる時間やコストがさして目立たず,得られる効果の方が大であるためである。
ところがこれを大規模テストで実施しようとすると「現実的なコスト」の問題が大きな障壁と
なって眼前に出現する。ここでいう「コスト」には評価を実施するための費用,採点時間,ヒューマ
ン・リソース等が含まれる。さらに,それが選抜場面などのハイステークスな状況下で使われると
なると,公平性・公正性の担保の観点から,「高い信頼性」が保証されなければならない。パフォー
マンス・アセスメントのもつ,
「豊かな多様性」が評価できるという利点に対して,この 2 つは大き
な制約条件になるのである。この関係をまとめたのが図 1 である。
― ―
187
「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」の制度設計における限界について
豊かな多様性
c
a
高い信頼性
b
現実的なコスト
図 1 パフォーマンス・アセスメントのトリレンマ
いま,この関係を Fishkin(1987)の「教育のトリレンマ」にならって「パフォーマンス・アセスメ
ントのトリレンマ」と呼ぶとすると,ハイステークスな大規模テストにおいては
1.豊かな多様性 (diversity)
2.高い信頼性 (reliability)
3.現実的なコスト(costs)
の 3 つを同時に満足できないことが説明しやすくなる。すなわち,
a.‌豊かな多様性と高い信頼性を満足しようとすると,現実的なコストを犠牲にして莫大
なコストが必要となる,
b.‌高い信頼性を現実的なコストで満足しようとすると,パフォーマンス・アセスメント本
来の特徴である豊かな多様性を犠牲にしなければならない,
c.‌現実的なコストで豊かな多様性を確保しようとすると高い信頼性を担保できない,
ことが明らかである。このトリレンマから逃れる合理的・現実的な解決策は,おそらく,辺 a をあ
きらめることであろう。すなわち,
Ⅰ.現実的なコストの下で高い信頼性を担保すること,
Ⅱ.現実的なコストの下で豊かな多様性を確保すること,
を分離して扱わざるを得ないのである。
おわりに
ここまで,2014 年中教審答申が示した高大接続改革構想における大学入学者選抜,とりわけ「大
学入学」
新テストの導入に関わる構造的,
原理的困難さについて検討を行ってきた。その困難さとは,
上述のとおり,一つには「公平性」観の転換に向けた具体策がないままでの改革であること,二つに
は,大規模試験でパフォーマンス・アセスメントを行おうとする際に,
「高い信頼性」と「現実的な
コスト」
との関連からトリレンマに陥ってしまうことである。
― ―
188
東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 64 集・第 2 号(2016 年)
これらの構造的,原理的困難さは,中教審答申を受けて改革構想を具体化する役割を負っている
高大接続システム改革会議での議論にも影響を与えている。本会議の「中間まとめ」
(2015)および
「最終報告」
(2016)では,「大学入学」新テストの年複数回実施など,2014 年中教審答申が改革すべ
き事項として挙げていた主要な項目が,今後の検討事項として実質的に先送りされている。構想を
具体化するための会議において「最終報告」に至ってもなお具体化できないという事実が,改革構想
自体が持つ構造的,原理的な困難の所在を雄弁に物語っているといえるであろう。
現状において今次高大接続改革は,
「公平性」観の意識改革が必要であるとしているにもかかわ
らず,結果としてどのように「大学入学」新テストを設計・実施するかという技術的問題の議論に注
力せざるをえないという,倒錯した状況に陥っている。改革の本筋から言えば,確保されるべき「公
平性」とは何か,誰が大学入学者として選別されるべきか,何のために選別するのか,そのような選
別を必要とする大学教育とは何か,そのような選別に向けた高等学校教育とは何か,そうした大学
教育や高等学校教育は結局のところ社会と個人とに何をもたらすのか,このような問題についての
議論が関係者を幅広く巻き込みながら十分煮詰められた先に,
「公平性」観の転換や,それを基盤と
する大学入学者選抜改革の実現があるはずである。しかし今次改革は,
「公平性」観の転換を後回
しにし,選抜方法の改革を先行させようとしている。
ビースタ(2016)による「我々は,効果的なだけの教育に賛成論を唱える代わりに,
『何にとって
効果的なのか』を常に問うことが必要である。そして,ある特定の生徒や生徒のグループにとって
効果的でありうることが,かならずしも他の個人やグループにとって効果的であるとは限らないと
すれば,我々は,常に,
『誰にとって効果的なのか』も問う必要があるだろう」
(p.28)との指摘や,
「と
りわけ測定が際立って重要な位置を占めている状況において,価値や目的という論点を教育に関す
る我々の議論に取り戻すために,我々は何がよい教育を構成するのかということに関する問いに再
び取り組む必要がある」
(p.28)との指摘は,教育を取り巻く世界的状況について一般論として語っ
たものであるが,今日の日本の高大接続改革を顧みる上でも示唆に富んでいる。
この改革で確保される「公平性」とは,誰にとっての「公平性」なのであろうか。その「公平性」観
に基づいて大学入学者を選抜することを求めているのは誰であろうか。現在の社会に根付いた「公
平性」観ではない「公平性」観を適切な「公平性」観として認定しうるほどの高みに立つ資格を有す
るのは誰なのであろうか。また,新たな大学入学者選抜を梃子に実現されるという大学教育や高等
学校教育は誰とってのよい教育なのであろうか。
「大学入学」新テストの具体化という技術的課題
へと注目が集まる中で,本来問われるべき問題が迂回されてしまっているのではないだろうか。そ
して,議論を回避し多くの課題を「大学入学」新テストによる技術的解決に期待したつけが,新テス
トに対する過大な要求項目となり,新テストの設計そのものを困難に陥らせているとすれば,皮肉
な状況と言わざるをえない。
2020(平成 32)年度からの「大学入学」新テスト実施という必ずしも十分な時間的余裕があるとは
言えないスケジュール設定を見据えたとき,本稿で提示した原理的困難さを乗り越えること,すな
わち社会の「公平性」観を転換すること,トリレンマを解消できるテストを開発することは難しい
― ―
189
「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」の制度設計における限界について
であろう。そうであるとすれば,このまま歪さを抱えることを覚悟して改革を進めるのか,改革方
略そのものを現実的なものへと組み直すのか,今まさに岐路にあると言える。
【付記】
本研究は「基盤研究
(B)26285153 大学入試を考える(研究代表 繁桝算男)
」
の補助を受けました。
【参考・引用文献】
ビースタ,G(藤井啓之,玉木博章訳)
(2016)
『よい教育とはなにか-倫理・政治・民主主義』白澤社/現代書館
中央教育審議会(1969)
「我が国の教育発展の分析評価と今後の検討課題」
―(2014)
「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育,大学教育,大学入学者選抜の一体的改
革について~すべての若者が夢や目標を芽吹かせ,未来に花開かせるために~」
Cronbach, L.J.(1970). Essentials of Psychological Testing. Harper & Row
Cronbach, L.J. & G.C.Gleser(1965)Psychological tests and personnel decisions
University of Illinois
Fishkin, J.S.(1987)Liberty Versus Equal Opportunity, Social Philosophy and Policy 5(1):32-48.
池田央(1973)
『心理学研究法8 テストⅡ』東京大学出版会
木村拓也(2012)
「共通第 1 次学力試験の導入の経緯-『日本型大学入学者選抜の三原則』の帰結として-」東北大学高
等教育開発推進センター編『高等学校学習指導要領 vs 大学入試』東北大学出版会,pp.125-155
高大接続システム改革会議(2015)
「中間まとめ」
―(2016)
「最終報告」
Nitko, A.J. & S.M. Brookhart(2011)Educational Assessment of Students(6th Edition). Pearson
【注】
(1)Nitko & Brookhart(2011)によればパフォーマンス・アセスメントには生徒の所産(a product or a process,or
both)に加えて,”clearly defined criteria to evaluate the qualities of student work” も必要とするが,ここでは議
論をわかりやすくするため,所産のみに着目した定義を採用した。
(2)電気・通信用語をたとえに使っている。
― ―
190
東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 64 集・第 2 号(2016 年)
Limitations on Design of “a New System of
National Center Test for University Admissions” in Japan
Yoshihiro IMOTO
(Associate Professor, Graduate School of Education, Tohoku University)
Tadashi SHIBAYAMA
(Professor, Graduate School of Education, Tohoku University)
This paper discusses structural and fundamental difficulties of the new Test which is
designed as an alternative to the National Center Test for University Admissions in the recent
reform of articulation between high school and university in Japan.
Firstly, we analyzed contents of this reform initiative based on history of such reforms in
Japan and clarified structural limits of the reform in which introducing the new Test is centered.
The results are as follows.
In Japan, discussions on university admissions reform have been a question how to take
balance of “securing fairness”, “appropriate judgement of ability” and “removal of negative effects
on lower schools” since the Meiji Era. In today’s reform, the necessity of changing a present
concept of “fairness” which puts importance on objectivity into a new concept which put
importance on diversity is strongly emphasized. A scenario of the reform assumes that
“appropriate judgement of ability” based on the new concept of “fairness” realizes “removal of
negative effects on lower schools”. However, concrete items of the reform are focused on
“appropriate judgement of ability”. Main item of the reform is introducing the new Test. This
introduction of the new Test is expected to be a starting point of correcting a disproportional
emphasis on “knowledge and skills” in high school education. The changing concept of “fairness”
is only declared as a slogan. So, the actual concept of “fairness” as a basis of the reform remains
unchanged and the new Test must secure the “fairness” based on the old concept. As a result,
the new Test which contains both new and old concepts must be confused.
Secondly, we analyzed fundamental problems of the introduction of performance assessment
into large-scale tests from viewpoint of test theory. The results are as follows.
Now in Japan performance assessments are considered to be a valuable tool for educational
reform. Some skills such as critical thinking, analytical judgment, and decision making are
― ―
191
「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」の制度設計における限界について
believed to be best assessed with performance tests. Performance assessment that is used for
classroom purpose may be more amenable to evaluating student achievement and diagnosing
student difficulties than paper-and-pencil tests. However, for example, in the National Center Test
for University Admissions that is a high-stakes large-scale testing program in Japan, we meet a
difficulty that is a trilemma of large-scale performance assessment. The trilemma states that, in
large-scale performance assessment, it is impossible to have all three of the following at the same
time:1) diversity of skills to be assessed, 2) high reliability of assessment, and 3) reasonable costs
of assessment.
These results lead us to the conclusion that it is necessary to avoid focusing too much on a
reform of test in order to reduce the difficulty.
Keywords:reform of articulation between high school and university,
concept of “fairness”, performance assessment, large-scale test, trilemma
― ―
192