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06
Vol.
Rep
rint
in
g
Interview
環境に調和する化学を目指して
測定装置が支える有機合成技術の革新
修
東京大学大学院理学系研究科教授
小林
「研究に終始して
学術にのみとどまるのではなく、
社会との接点を持つことも
大切だと思います。」
小林 修
東京大学大学院理学系研究科教授
東京大学大学院理学研究科博士課程中退後、1987 年東京理科大学理学部応用
化学科助手。1988 年理学博士取得。1991 年より同大学理学部講師、1992 年
助教授を経て、1998 年より東京大学大学院薬学系研究科教授。2007 年より
現職。1991 年の「カルボカチオン種を用いる高立体選択的反応の研究」での
日本化学会進歩賞を皮切りに、アメリカ化学会賞、ハミルトン賞、フンボルト賞
など受賞歴多数。
環境に調和する化学を目指して 測定装置が支える有機合成技術の革新
病気を治療・予防する医薬品や、産業、生活に欠かせないプラスチック…。
化学が生み出してきた物質は社会を豊かにしたが、
その製造は、常に公害や環境汚染といった問題と背中合わせだった。
東京大学の小林修教授は、環境に調和した化学の実現に挑み続けている。
生体内の有機合成を
フラスコで再現したい
ほ ぼ 水 だ け だ。 一 方、 工 場 や 実 験 室 で
だ。 一 般 に、 有 機 合 成 で は 原 料 の ほ と
行 わ れ る 通 常 の 化 学 合 成 で は、 ト ル エ
ん ど が 脂 溶 性 な の で、 水 を 溶 媒 と す る
ンやアセトンといった有機溶媒が使わ
と 原 料 は 溶 け な い。 加 え て、 反 応 を 活
れ る こ と が 多 い。 こ れ ら は 環 境 負 荷 が
性化させる触媒は水に触れると分解さ
たんです」
大 き く、 人 体 に も 有 害 な た め、 そ の ま
れ て し ま う た め、 合 成 に 使 う フ ラ ス コ
そう語るのは、
「グリーンケミストリー」
まではとても廃棄できるものではない。
か ら は 水 分 を 徹 底 的 に 追 い 出 す。 有 機
のトップランナーである東京大学の
もちろん生体の反応から出る廃棄物は
合 成 の 常 識 か ら す る と、 水 を 溶 媒 に す
小 林 修 教 授。 グ リ ー ン ケ ミ スト リ ー と
どれも容易に自然に還る。そう思えば、
るというのは考えられないことだった。
は、化学物質を合成する際に発生する廃
化学プラントとしての生体の環境対応
溶けない原料の反応と水の中で分解さ
棄物を減らし、消費するエネルギーや資
能力の高さは驚異的といえるだろう。
れ な い 触 媒 の 開 発。 前 代 未 聞 の 研 究 は
当 然 の こ と な が ら、 当 初、 失 敗 の 連 続
「化学が抱える負の側面を払拭したかっ
源、人体や環境への影響をなるべく抑え
この理想的な有機合成をフラスコ内で
ようとする環境調和型の化学のあり方
再 現 で き れ ば、 と い う 考 え が、 グ リ ー
のこと。いうまでもなく環境負荷低減は
ンケミストリーに取り組む原点になっ
21 世紀の主要課題で、教授の研究には
たという。
だったという。
「有機合成化学の研究者の多くは、どち
ら か と い う と、 触 媒 の 構 造 や 反 応 機 構
よりも新しい化合物を作り出すことに
内外から多くの目が集まっている。
水中で安定な触媒
興味があります。私はその逆で、触媒の
の化学反応が一瞬の休みもなく行われ
そんな教授が長年取り組み続けている
そ れ が 分 か れ ば、 水 を 溶 媒 と す る 有 機
て い る が、 材 料 を 溶 か す“ 溶 媒 ” は、
研究が水を溶媒にした有機合成の研究
反応への道も開けると考えました」
教 授 が 理 想 と 考 え る 化 学 反 応 は、 生 体
内 の 反 応 だ。 酵 素 の 働 き に よ り、 無 数
構造や反応機構が知りたかったんです。
試行錯誤を重ね、たどり着いた答えが、
界 面 活 性 剤 と ル イ ス 酸 触 媒 の 一 種、 希
土類トリフラートを一体化した触媒だ。
希土類トリフラートはルイス酸触媒の
中では例外的に水中で活性を失わない
触 媒 で、 教 授 が 世 界 に 先 駆 け て「 水 中
で 安 定 な 触 媒 」 と し て 発 見 し た。 希 土
類トリフラートは水中では反応性は低
いが、界面活性剤と一体化することで、
石鹸の分子が汚れを包み込むのと同じ
よ う に、 原 料 の 分 子 を 取 り 囲 む。 こ の
包み込んだ内部で触媒と原料の反応が
フロー合成の装置を説明する小林教授。" 机の上の製薬工場 " の実用化は間近だ。
行 わ れ る の で 反 応 性 も 高 く な る。 し か
も 水 に 溶 け な い た め、 合 成 後 に 回 収 し
てリサイクルできる。
最後の合成が終わるまで、副産物が入っ
み合わせの自由度も高まった。加えて、
これを皮切りに、教授は 25 年にわたっ
た ま ま と な り、 反 応 過 程 に 影 響 が 出 て
カラムとポンプさえあればよい設計な
て 水 の 中 で 有 効 に 働 く 触 媒 を 追 究 し、
しまうためだ。
の で、 バ ッ チ 合 成 に 比 べ 装 置 の 規 模 は
いまでは有機合成で使われる基礎反応
そこで医薬品や化成品などのファイン
10 分 の 1 で 済 み、 有 機 合 成 に 必 要 な
の う ち、 全 体 の 2 割 は 水 を 溶 媒 に し て
ケ ミ カ ル の 合 成 で は、 一 つ の 反 応 を 終
廃棄物は 100 分の 1 で済む。
行えるようになった。
わ ら せ た ら、 い っ た ん 合 成 さ れ た 中 間
「机の上に製薬工場ができます。そのサ
「2 割と聞くと少なく聞こえるかもしれ
材 料 を 取 り 出 し、 ま た 次 の タ ン ク に 別
イズでも 1 時間に 1kg は十分作れます」
ませんが、もっとも価値の高い、合成が
の触媒とともに投入して反応させるこ
と教授。
難しいものから取り組んできた結果な
とを繰り返すバッチ法という手法が使
2015 年の 4 月には、炎症を抑える効
のです。触媒の反応機構も明らかになっ
わ れ て き た。 し か し、 バ ッ チ 法 で は、
果 の あ る 薬 の 成 分、 ロ リ プ ラ ム を 作 り
てきたので、今後、研究は急加速してい
工程が一回終わるごとに有機溶媒や後
出すことに成功。論文が科学誌 Nature
くでしょう」と、自信をのぞかせる。
処 理 に か か る 廃 棄 物 が 排 出 さ れ る。 廃
に 掲 載 さ れ た。 カ ラ ム を 入 れ 替 え る だ
棄物の量は精製する医薬品の量の実に
け で、 医 薬 品 製 造 で 極 め て 注 意 を 要 す
机の上の製薬工場
20 倍から 100 倍以上にも上るとされ、
る鏡像異性体を作り分けられるだけで
環境への影響は、決して無視できない。
な く、 原 料 の 50% を 薬 と し て 取 り 出
教 授 の 研 究 は、 さ ら に 次 の 段 階 に 進 ん
グリーンケミストリーを標榜する教授
せるという高い生産効率を示した。
で い る。 フ ロ ー 合 成 を 使 っ た 有 機 合 成
に と っ て は、 な ん と し て も 解 決 し た い
だ。 フ ロ ー 合 成 と は、 一 つ ひ と つ の 反
課題だったのだ。
が っ て お り、 実 用 化 を 考 え る 時 期 に 来
応 を 担 う カ ラ ム を 管 で つ な ぎ、 原 料 を
ポ イ ン ト は、 い か に 副 産 物 を 出 さ ず、
ています」
流しこむだけで目指す物質の合成を完
目的とする物質を作り出す反応過程を
結させることができる手法だ。
設 計 す る か。 そ し て、 そ れ を 実 現 す る
アンモニア合成のような基礎化学品の
触媒をいかに作るかだ。
大量合成では古くから使われてきたが、
ここでも溶媒に溶けない固体触媒を開
製 薬 業 界 な ど か ら の 期 待 は、 高 ま る ば
医 薬 品 合 成 な ど 複 雑 な 有 機 合 成 で は、
発 し て き た 長 年 の 研 究 が 活 き た。 固 体
か り だ が、 日 本 電 子 も 長 年 に わ た り、
難 し い と さ れ て き た。 と い う の も、 反
触 媒 で あ れ ば、 前 の カ ラ ム の 反 応 で 使
教授の研究をサポートしている。
応は管を通過するだけで終了させる必
われた触媒が次のカラムに流れ出すこ
触媒表面の経時変化を観察するのに電
要 が あ り、 一 度 原 料 を 入 れ た あ と は、
と は な い。 反 応 過 程 の 設 計 や 触 媒 の 組
子顕微鏡は欠くことのできない装置だ。
「 今 で は 生 産 効 率 は 90 % 以 上 ま で 上
誰も見なかったものを見る
日 本 電 子 は 装 置 だ け で な く、 熟 練 し た
専 属 オ ペ レ ー タ ー も 派 遣 し、 教 授 の す
ぐそばで研究を手伝っている。
触媒の反応機構を明らかにする上では、
物質の分子構造を原子レベルで解析す
る 核 磁 気 共 鳴 装 置(NMR) が 使 わ れ
る。 一 般 に ど ん な 物 質 も 溶 媒 に 溶 か し
た ほ う が 測 定 は し や す い が、 教 授 が 研
究 す る 触 媒 は 水 に 溶 け な い 固 体。 研 究
を 始 め た 当 初 は、 有 効 な 方 法 が な か っ
た こ と に 苦 慮 し て い た が、 日 本 電 子 は
1997 年にはその答えとなる測定手法、
ア プ リ ケ ー シ ョ ン を 共 同 開 発 し、 研 究
を 後 押 し し た。 現 在 で は 発 展 型 の ア プ
リケーションが高性能触媒の開発に一
役買っている。
さ ら に 今 回、 固 体 試 料 用 の NMR、
JNM-ECZ600R を導入。水も有機溶媒
も必要とせず、固体のまま反応する新し
い触媒開発を見越してのことだという。
触媒の表面構造の評価に不可欠な電子顕微鏡。 他にも小林教授の研究室では、日本電子製の
DART-MS も利用されている。
社会を豊かにする化学で
あるために
現在教授は、フロー合成への理解を広げ
るために、産官学連携によるパイロット
プラントの立ち上げを計画している。興
味のある企業は誰でもプラントを使える
ようにすることで、フロー合成の良さを
体感できるようにしようというのだ。
さらに教授は水素化社会を実現すべく、
水 素 を 安 全 に 運 ぶ 技 術 の 開 発 を 検 討。
可 燃 性 が 高 く 爆 発 し や す い 水 素 も、 ト
ルエンと合成したメチルシクロヘキサ
ンという安定な物質に合成すれば安全
に 運 ぶ こ と が で き る。 教 授 は メ チ ル シ
クロヘキサンから水素を効率的に取り
出す触媒の開発を目指している。
「研究に終始して学術にのみとどまるの
ではなく、社会との接点を持つことも大
切だと思います。化学を通して環境だけ
でなく、人類の福祉や健康、エネルギー
問題にも貢献していきたいですね」
本社・昭島製作所
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※ 本誌は、弊社ウェブサイトのコンテンツを印刷用に再構成したものです。
掲載の機関名・役職・装置外観などは、ウェブサイト掲載当時のものです。
www.jeol.co.jp/products/interview/
No. Y2021G607C (Pp)