グリーンレポートNo.566(2016年8月号) ●巻頭連載 : 「農匠ナビ1000」の成果(農業経営者が開発実践した技術パッケージ) 第5回 稲作ビッグデータ解析による 増収および品質向上 ∼増収を念頭においた良質米生産技術の開発∼ 松江勇次 特任助教 李 東坡 国立大学法人 九州大学 農学研究院 農業資源経済学部門 特任教授 現在、水稲の高温登熟障害の回避に向けた栽培管理技 ある。 術の構築が急務となっている。また、国産米の国際競争 適正な籾数の確保とは、2次枝梗着生籾(2次枝梗 力を高める視点から、さらなる米の生産コスト削減が謳 粒)を確保することである。その理由は、1穂に着く籾 われているなかでは、増収を念頭においた良質米生産技 数は、強い遺伝的支配を受けている1次枝梗着生籾(1 術の開発も急ぐ必要がある。 次枝梗粒)と環境変動に大きく左右される2次枝梗粒 健全な米づくりとは、品質向上と収量性が両立してい (上林ら・1983年)から成り立っているためである。 ることであり、決して食味を含めた品質向上は収量性と したがって、1穂に着く籾数の変動は、2次枝梗粒の 相反するものではない。ここでは、こうした考えに立って、 変動に依存していることになる。次に、確保した籾の登 高温登熟条件下における増収および品質向上のための収 熟歩合の向上とは、穂全体の登熟の良否を決定するのは 量構成要素と玄米仕上げ水分、玄米形状について述べる。 2次枝梗粒の登熟の良否であることから、その登熟歩合 を向上することである。したがって、収量性、外観品質、 収量構成要素からみた増収 食味の優劣は、2次枝梗粒の数と登熟の良否により決定 増収を前提とした良食味米生産のための方向性は、図 されている。事実、食味と食味に関与している理化学的 −1に示したように、収量構成要素からみて、品種に合 特性も、2次枝梗粒の充実度に大きく影響を受けている。 った適正な籾数の確保と確保した籾の登熟歩合の向上に このように、2次枝梗粒の確保と充実を図ることは、 増収とともに品質向上にもつながる 適正な籾数の確保 + 2次枝梗着生籾の確保 確保した籾の登熟歩合の向上 2次枝梗着生籾へのデンプン蓄積 ものである。実際に登熟期間が高温 の年において、2次枝梗粒による登 熟歩合の向上によって、高品質で増 収が得られた栽培実証例を表−1に 示した。高品質・増収区は、対照区 に比べて、㎡当たり籾数と1穂籾数 は大きな差がなく、千粒重は同程度 ㎡当たり籾数の確保 玄米の肥厚化 であるにもかかわらず、登熟歩合の 向上によって収量、検査等級は優れ、 玄米のタンパク質含有率が低い。さ 収量性、外観品質、食味の優劣を決定するのは、 2次枝梗着生籾の数と登熟の良否である らに、高品質・増収のキーとなった 登熟歩合を枝梗粒別にみると、高品 質・増収区は、対照区に比べて、1 図−1 増収と品質向上への道筋(松江・2016年) 表−1 高品質・増収区における収量、収量構成要素、品質(2008年産) 1穂当たり 1株登熟歩合 (%) ㎡当たり籾数 登熟歩合 (×100) 1次枝梗籾数 2次枝梗籾数 (%) 1次枝梗粒 2次枝梗粒 354 50.1 29.5 77.0 91.6 56.7 高品質・増収区 対照区 369 50.7 26.3 57.2 71.8 25.6 処理区 品種: 「ヒノヒカリ」 (松江・2012年) 2 千粒重 収量 検査等級 (g) (㎏/10a) 21.7 21.5 562 425 1等 2等 タンパク質 含有率 (%) 6.7 7.5 グリーンレポートNo.566(2016年8月号) 次枝梗粒の登熟歩合は高く、特に2次枝梗粒の登熟歩合 粒厚が2.04㎜以下になると食味は劣る傾向にある。この が2倍以上も高くなっている。このように、品質向上と ため、登熟歩合の向上に努め、整粒重歩合を増やして粒の 収量性の両立には、2次枝梗粒の登熟歩合の向上がいか 厚い玄米を生産することが大切である(松江・2016年) 。 に重要であるかがわかる。 米の理化学的特性と食味 一般に精米のタンパク質含有率、アミロース含有率が 玄米仕上げ水分および玄米の形状と食味との関係 高くなると食味は低下するが、今回はそうした傾向は認 ここでは、全国有数の大規模稲作農業生産法人から収 められなかった。この理由としては、供試した玄米はタ 集した2014年産「コシヒカリ」の籾サンプル33点を用い ンパク質含有率の範囲が6.0∼7.3%、アミロース含有率 て、外観品質と食味向上の視点から解析した結果を紹介 の範囲が17.0∼17.3%と、両形質とも食味からみた適正 する。なお、ここで供試した玄米の粒厚はすべて1.85㎜ 値の範囲内であったためと考える。 以上である。 次に、炊飯米の食感を表すテンシプレッシャーのH (硬さ)/−H(粘り)比と食味との関係をみると、両形 玄米仕上げ水分と食味との関係 玄米水分と食味の関係を調べてみると、玄米水分14.5 質間には負の相関関係が認められ(r=−0.38*、5%水 %付近で最も食味総合評価が高く、玄米水分が13.5%以 準で有意) 、H/−H比が小さいほど食味は優れる傾向を 下になると食味 示した。さらに、食味に対する前述した玄米水分、整粒 %以下では著し く粘りが弱く、 軟らかくなって 食味が劣る(図 −2) 。 したがって、 玄米水分は、単 重歩合、平均玄 食味総合評価 は劣り、 特に12.5 1 y=−0.0974x2+2.8605x−20.965 R2=0.458** 0.8 0.6 2014年産「コシヒカリ」 0.4 0.2 0 −0.2 −0.4 −0.6 −0.8 −1 11.5 12.5 13.5 14.5 15.5 玄米水分 (%) 米粒厚およびH /−H比の影響 度をみるために、 これら形質の標 準偏回帰係数を 表−2に示した。 基準米:福岡県産「ヒノヒカリ」 **: 1%水準で有意性があることを示す (松江・2016年) 味を左右する大 玄米水分 整粒重歩合 玄米粒厚 H/−H比 (%) (%) (㎜) 0.403* 0.164n.s. 0.130n.s. −0.407** n=33 2014年産「コシヒカリ」 **、*:それぞれ1%。5%水準で有意差が あることを示す n.s.:有意性がないことを示す (松江・2016年) 絶対値は玄米水 図−2 玄米水分と食味総合評価との関係 なる水ではなく、 表−2 食味に対する玄米水分、整粒重歩合、 玄米粒厚、H/−H比の標準偏回帰係数 分とH/−H比が大きいことから、食味評価には、玄米 仕上げ水分とH/−H比が大きく影響をあたえているこ 切な要素のひと とがわかる。また、玄米水分の減少による食味低下は、 つであるという意識と認識が必要である。 成分の変化ではなく物理的に炊飯米の食感が劣るからで 玄米の形状と食味 ある。このため、食味のよい米を安定的に生産するうえ 外観品質の指標である整粒重歩合(1等米は整粒重歩 で、この玄米仕上げ水分とH/−H比にはさらに注意を 合が70%以上)と食味との間には、正の相関関係が認め 払っていく必要がある。 られ(r=0.461**、1%水準で有意) 、整粒重歩合が60 したがって、今後は国産米の国際競争力の向上が求め %以下になると食味が低下する。平均玄米粒厚と食味の られているなかで、大規模稲作経営における米生産コス 関係でも、正の相関関係が認められ(図−3) 、平均玄米 トの低減を前提とした、良食味米の安定生産を図ってい くうえでは、品種に合った収穫適期の刈り取りの励行と 0.8 乾燥調製が極めて大切である。 2014年産「コシヒカリ」 0.6 食味総合評価 おわりに、健全な稲体を育て、充実した米粒(粒厚の 0.4 r=0.476** 厚い玄米)の生産を前提に収量性の向上を見据えた、収 0.2 量、外観品質、食味がともに優れる良食味米生産技術の 0 開発をさらに進めるべきである。 −0.2 −0.4 ●参考文献 松江勇次(2012)作物生産からみた米の食味学.養賢堂,東京. 1−141. −0.6 −0.8 松江勇次(2016)第7章 稲作栽培技術の革新方向.南石晃明・長命 −1 2 2.02 2.04 2.06 2.08 2.1 2.12 洋佑・松江勇次編著,TTP時代の稲作経営革新とスマート農業.養賢 堂,東京.124−128. 2.14 玄米平均粒厚 (㎜) 上林美保子・熊谷幸博・佐藤友彦・馬場広昭・笹原健夫(1983)水 図−3 玄米平均粒厚と食味総合評価との関係 基準米:福岡県産「ヒノヒカリ」 **:1%水準で有意差があることを示す 稲の穂の構造と機能に関する研究,第5報 栽植密度・肥料水準をか えた場合の穂型の変動,日作紀,52:266-282. (松江・2016年) 3
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