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銀賞
「ありがとう」の意味
ヤマハ発動機株式会社
古山
悟志
「ありがとうね」自分が修理を終えた後、ライン作業者に言われた言葉だ。
自分では何で「ありがとう」なのだろう?仕事で修理するのは当たり前でやっ
ていることなのにと思いながらも「いえいえ仕事ですから」と毎回返答してい
る。自分は実務経験 10 年ほどの保全マンで、そこそこの経験とある程度の自
信を自負している。仕事内容は、主に突発的に故障した設備の修理対応を行っ
ている。
突発故障は生産活動に直結していて、遅れ・出荷停止などの障害が生じてし
まう。そのような中で修理時間が長引いてしまい「ごめんなさいね」というお
詫びの言葉はあるのだが、その後の「いいや、ありがとう」という言葉が自分
にとって不思議であった。
何に対してなんだろう?故障した設備の気持ちになって言っているのか、単
純に直してくれてありがとうなのか?
ボランティアでやっていることならまだしも給料をもらってやっている仕
事なのに、日本人特有の感謝の気持ちもあるかと思うのだが、この「ありがと
う」の意味には、とても奥深い意味があった。そのことを知ったのは、とある
日の何気ない修理対応の時だった。
それはマシニングセンタの加工精度不良だ。原因は切込み軸動作時のガタ、
いわゆるバックラッシュによるもので、そのバックラッシュが部品の経年劣化
で、規格を大幅に超えた大きさの値になっていたためであった。
対応としては、ボールネジ、サポートベアリング等、主なる部品交換が必要
となり、大幅な生産停止を伴う、かなり大掛かりな工事で、しかもラインの生
産状況にも大幅な遅れがあり「一秒でも停止させたくない」という緊迫した状
況だった。幸い、この設備にはバックラッシュ補正機能があり、その補正値を
入力することで、暫定的に生産を継続する方法はあったのだが、加工精度を保
証するまでには至らないと判断していた。そのような状態の中だが、生産職場
の方から「設備を停止させるから交換修理をお願いします」と依頼を受けて、
修理作業を行うこととなった。
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結果、作業見積り時間を超えてしまうかたちとなってしまったが、無事終え
ることができた。作業終了後、担当者の方に「ありがとうございました。助か
りました。壊れたままだと気持ちが悪いので」という言葉をもらった。
なぜこのような言葉をもらったのか?生産遅れのリスクを抱える中で、修理
作業による設備停止時間と立上り遅延、補正によるごまかしで加工精度が保証
されない、後工程不良品流出のリスクを考慮した生産効率、このような状況判
断があったうえでの「ありがとう」なんだなあと自分は思った。このことから、
この人は自分の仕事に「誇り」と「責任」を持っているんだとすごく感心した。
ふと、自分にとっての仕事における「誇り」や「責任」を考えてみた。「誇
り」は今まで培ってきた経験、そしてライン作業者からの信頼だろう。さまざ
まな設備、故障内容、これらの経験を積むことにより作業者から保全マンとし
て認められるようになり、
「こいつに任せれば直る」という信頼を得る。これは
誇れることだ。
「責任」は「直す」と「防ぐ」だと思った。壊れたら復帰するま
で直す。できるだけ故障を防ぐ。簡単に言うが保全マンとして当たり前の責任
である。
保全マンとして当たり前の事柄を 1 つの経験と作業者の言葉で自分の仕事に
対する誇り・責任を再確認することができた。それは「ありがとう」とここで
言いたい。
最後に、これからもこの気持ちを継続させ、仕事に臨んでいくとともに、相
手の「ありがとう」の背景にある意味を理解したいと思う。さらに、今までは
「仕事ですから」とドライな感じであったが、設備に対しての自分の気持ちと
作業者との円滑な関係を継続してくため、
「ありがとう」の返答には「いえいえ
これからもよろしくお願いします」と言おうと誓った。
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