日本語学習者の雑談における語り ―協働的な発話連鎖に注目して―

ポスター発表
日本語学習者の雑談における語り
―協働的な発話連鎖に注目して―
宮永 愛子
広島女学院大学
1 はじめに
雑談において頻繁に行われるものとして、過去にあったことを報告する物語りという行
為がある。
会話の中で適切なタイミングで語りを導入し、
一定期間フロアを維持した上で、
相手を納得させるようなストーリーを語るのは母語話者にとっても容易なことではない。
本稿は、日本語学習者が雑談においてどのように語りを行っているのか、その特徴を探る
ものである。日本語母語話者の雑談における語りに関しては、串田(2009)
、西川(2005、
2013)等、様々な先行研究があるが日本語学習者の語りに関しては、4コマ漫画や映画の
ストーリーを説明する、過去の体験を報告するといったタスクや教室活動として行われる
語りを扱うものがほとんどで、自然会話に現れる語りに注目した研究は、嶋津(2005)を
除くと見当たらない。嶋津(2005)は、互いに母語が異なる日本語学習者間の会話で、語
り手と聞き手が直接引用の使用を通して、語りの解釈を共有し、共有しているという理解
をお互いに示し合いながら、語りの構築に貢献していることを実際の会話例をもとに示し
ている。本稿では、日本語母語話者と日本語学習者の接触場面の会話を詳細に観察し、日
本語学習者の雑談における語りの諸相を探ることを目的とする。
2 対象データと分析方法
本研究で分析対象とするデータは、日本語母語話者と日本語学習者の初対面同士のペア
による 30 分程度の雑談 8 会話で、その中から、語りが行われている部分を抽出し、どのよ
うな特徴があるのかを質的に分析する。会話者はいずれも、大学生(大学院生も含む)で、
学習者の母語は、中国語 6 名、韓国語 1 名、英語 1 名である。雑談収録後行った OPI 判定
によると、超級 1 名、上-上 2 名、上-中 1 名、中-上 2 名、中-中 2 名であったため、便宜上、
上級以上の 4 名を上位グループ、中級以下の 4 名を下位グループとし、その特徴を観察し
た。西川(2005)や串田(2009)によると、会話における語りは、会話の参加者が協働で
作り上げるものであるという。従って、本研究では、語り手と聞き手がどのように関わっ
ているのかという観点から質的な分析を行った。
3 質的分析
本分析データにおいても、母語話者の語りで報告されているような、語り手と聞き手が
協働で語りを形成するような部分が多数観察された。以下にその特徴をみていく。
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3.1 すべてのレベルに見られた協働的な発話連鎖
レベルに関係なく現れた特徴的な行為として、語り手となった学習者が、語りの中で言
及しているモノやコトの「同定作業」をすることによって、聞き手を巻き込むという行為
が挙げられる。語りを聞き手に適切に理解してもらうためには、語り手が言及しているモ
ノやコトを、聞き手が同定できているか確認し、共通の基盤を作っておく必要がある。こ
の同定作業は、言葉を探すことから始まることが多い。この同定作業をすることで、語り
手は聞き手から助け舟を得ることができ、結果として、話の内容に注意を促すことができ
る。学習者が言葉を探すという行為は、従来、語彙力がないために即座に言葉が出てこな
いというマイナスな要素としてとらえられがちであるが、ここでは、言葉を探していると
いうことを示すことによって、聞き手の注意を引き付け、聞き手を語りに巻き込むことに
利用されているともいえる。
3.2 上位グループで見られた協働的な発話連鎖
上級レベル以上で見られた特徴として挙げられるのは、情報を少しずつ出しながら、聞
き手の反応を引き出すという語り方である。語り手が一方的に語るのではなく、一定のタ
イミングで間をとったり、語尾を引き延ばしたり、上昇イントネーションで発話したりす
ることによって、聞き手の反応を促し、必要であれば、副次的に説明を行ったり、聞き手
のコメントに反応をしたりするなど、聞き手を巻き込みながら協働的に語りを構築してい
くというものである。そのような語り方をすることで、一定時間フロアを維持し、比較的
長い物語を語ることにも成功していた。
4 おわりに
日本語母語話者との接触場面の雑談における語りの部分を詳細に見ることで、日本語学
習者は、様々な手段を用いて、協働的な語りの構築に関わっていることが分かった。雑談
において、一定時間フロアを維持して語りを行うためには、聞き手の支援が必須であるた
め、聞き手をいかに巻き込むかが重要である。雑談における語りをする際の具体的なスト
ラテジーとして提案できるのは、中級話者を目指す学習者にとっては、共通の基盤となる
モノの同定作業を聞き手と協働で行うということ、上級話者を目指す学習者にとっては、
聞き手の理解を確認しつつ情報を少しずつ出しながら語るといったことである。
今回は、接触場面の初対面会話を扱ったが、親しい友人同士や、日本語学習者同士の雑
談では、また異なった語りの特徴が見られるかもしれない。さらなる研究が期待される。
<参考文献>
串田秀也(2009)
「聴き手による語りの進行促進-継続支持・継続催促・継続試行-」
『認
知科学』, 16(1), pp.12-23.
嶋津百代(2005)
「異言語話者のナラティブを研究する」西口光一(編)
『文化と歴史の中
の学習と学習者―日本語教育における社会文化的パースペクティブ』凡人社
西川玲子(2005)
「日常会話に起こるナラティブの協働形成 : 理論構築活動としてのナラ
ティブ社会言語科学」
『社会言語科学』7(2), pp.25-38.
西川玲子(2013)
「
「出来事」が「ストーリー」になるとき」佐藤彰・秦かおり(編)
『ナラ
ティブ研究の最前線:人は語ることで何をなすのか』ひつじ書房.
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