合同教育Ⅲ-1 猫の行動学 ○加隈良枝 帝京科学大学 生命環境学部 アニマルサイエンス学科 動物看護福祉コース 【猫の行動学の基礎と応用】 本講演では、猫の行動について、生態や発達、感覚能 力といった基礎的内容についての要点をまとめたうえ で、家庭、屋外、動物病院や保護施設といった場面にお 雌猫が繁殖可能となるのは、 早いと生後 4~5 カ月程度 である。多発情動物であり交尾排卵という特性から、高 い繁殖能力をもつ。 野良猫では妊娠個体は春~夏に多く、 10~12 月は少なくなる。繁殖シーズンには、雄は尿スプ ける猫の行動の理解と対策のためにどのように応用でき るか、概説する。 レーによるマーキング行動、攻撃行動、放浪が増加し、 雌でもマーキングや発声が増加する。これらの行動は迷 惑とみなされることが多いが、性ホルモンの影響が大き 【猫の行動特性】 猫(イエネコ)は、小型ネコ科のリビアヤマネコを祖 先に持つ小型肉食獣である。自身で捕食できる小さな動 いため、個体差はあるが、去勢避妊手術をすることによ り減少したり消失することが多い。去勢避妊手術をする ことで、下部尿路疾患(FLUTD)や肥満は増加する傾向が 物を獲物とするため、なわばりをもち単独行動が基本で ある。ただし食べ物や住処などの資源が豊富であれば、 大きな集団で暮らすこともできる。野生の猫では、雄が あるが、適切な食事管理や運動により対処できる。 複数の雌とその子猫を囲っており、雌同士は共同保育を することもある。 猫の行動を理解して適切な飼育をするには、猫の感覚 能力や身体能力を知っておくことも重要だ。猫は単独で 犬の品種は世界中に 300 以上あるのに対し、猫の品種 は 50 程度とされる。犬ほどではないが、猫でも品種によ り行動特性に違いがあることが報告されている。東洋系 の短毛種(シャム、アビシニアン等)は活発で遊び好き、 人懐こくよく鳴くのに対し、ペルシャ等の長毛種は大人 狩猟をする能力に優れているため、どのような猫も特に 若いうちは動くものに本能的に反応し、盛んに遊ぶ。一 方、狩猟時以外は体力を温存するため、寝ている時間も 長い。 視覚によるコミュニケーションのため、猫は表情や身 しくあまり鳴かない傾向がある。日本で行われた調査で は、現在人気のあるスコティッシュフォールドやメイン クーン等は攻撃性や活動性が低く、アビシニアンやロシ 体の姿勢を用いる。猫が攻撃的な場合や恐怖を感じてい る場合、耳やひげの向き、瞳孔の大きさ、口の開き方が 異なる。また、身体(体幹部)の高さ、尾の位置・向き・ アンブルー等は攻撃性・神経質の傾向が高いことが示さ れた。また、猫への攻撃性、活動性、新奇探求性、興奮 動き等も変化する。聴覚によるコミュニケーションのた めに、猫は発声を用いる。状況により異なる鳴き声を使 性は、雄よりも雌の方が高いといった性差も示されてい い分けるほか、声帯を使わずに喉を鳴らすゴロゴロ音は る〔1〕 。 【猫の発達と繁殖】 子猫は未熟な状態で生まれ、 生後 10 日間ほどは目や耳 も開いていない。その後、急速に周囲の環境について学 通常は気持ち良さ、 「シャーッ」と喉から息を強く吐き出 す発声は威嚇を示す。また、嗅覚によるコミュニケーシ ョンとして、猫はにおいづけのためのマーキング行動を するほか、フェロモンを分泌し受容する。猫のフェロモ ンの中には、落ち着かせたり、仲良くさせる効果をもつ ぶことができるようになる。3~4 週齢になると、運動能 力が向上し、野良猫では狩りの練習も始まる。5~6 週齢 になると離乳が始まり、遊びが盛んになる。生後 3 カ月 を過ぎると遊びが減り、本気の闘争行動もみられるよう になる。 ものがあり、合成品が市販されている。さらに猫は触覚 によるコミュニケーションも行う。これは他個体と近接 するか離れるかという行動に表れる。猫は社会性が高く ないため、直接対決を避ける。複数飼育の場合、明らか なけんかがみられなくとも、マーキング行動やトイレ以 子猫は 2~8 週齢頃にかけて「社会化期」を迎える。仲 間同士や環境との関わり方を、この時期に経験を通じて 学ぶことは重要である。人に対する友好性は、猫では父 外での排泄といった問題行動がみられたり、猫同士が一 緒に寝ることがなければ、猫同士の関係はあまり良くな い。 親からの遺伝的影響を受けることが示されているが、社 会化期にハンドリングをすることで、怖がりの父猫の子 も標準的になる。個性に応じた介入をすることは、子猫 【猫の福祉を考える】 近年、猫の飼育頭数が増加傾向にあるとされ、人と猫 の性格形成のために有意義である。 の関係性も変わりつつあるとみられる一方、相変わらず 【猫の感覚能力とコミュニケーション】 野良猫に関する苦情は多く、行政等に持ち込まれる猫や 多く、 去勢避妊済みの猫たちが、 自然状態とは異なる様々 飼い主のいない猫の数も多い。 このような背景において、 猫の福祉を考えるべき場面も増えている。動物の福祉と な組み合わせでうまく同居生活をするには、特に配慮が 必要である。 は、動物が肉体的・精神的に健康で幸福であるかという ことを指し、人間による動物の利用を認めながら、動物 により良い生活をさせるという考えである。そのために は、特に動物が苦痛や恐怖を感じることなく喜びを感じ ることや、本来もつ行動を表出できること、そのための 飼育環境を整備することが求められる。また、様々な場 【外猫(野良猫)の生態と対策】 人の生活圏内で屋外にいる猫には、飼い主のいない野 良猫、外に出ている飼い猫、捨て猫や迷い猫等が含まれ るが、基本的には人の与える餌や排出するゴミに依存し ている。猫の糞尿や鳴き声に関する苦情は多いが、猫の 面において猫の福祉の状態を的確に把握できることも必 要である。 排泄習慣や繁殖行動、行動特性を理解しておくことで被 害を減らせる可能性がある。家庭猫の場合と同様、猫が そのためのツールとして、猫では例えば「キャット・ ストレス・スコア」が開発されている。これは、猫のス トレス(不快)~リラックス(快)の状態を、表情や姿 勢、行動にもとづいて評価するものである〔2〕 。行動観 問題となっている行動をとる理由を考え、代替の行動を とる機会を与えることが有効である。 野良猫対策としての TNR 活動(去勢不妊手術後に元の 場所に猫を戻す活動) や地域猫活動も広がってきている。 察の結果を数値化することにより、猫の状態の変化を把 握することや、異なる施設間での猫の状態を比較するこ とが可能となる。 餌やりをすれば栄養状態が良くなるため、避妊去勢をし なければ劇的に数が増加する。一方、食料が必ず確保で き、避妊去勢により性的関心もなくなると、猫は餌場周 辺を離れなくなる。交通事故に遭うことや猫同士のケン 【家庭内の猫の行動と対策】 カも減り、猫は減りづらくなる可能性があるため、ある 現在、約 8 割の猫は室内のみで飼育されるようになっ ている。室内飼育の推進の結果、室内飼育猫ではストレ 程度長期的な対策を考えておく必要がある。 スが原因とされる問題行動がみられる傾向にあり、注意 が必要だ。 猫が問題行動を呈している場合、 対処法を決める前に、 【動物病院や保護施設における猫の行動と対策】 猫がこれらの施設に滞在するのは短期間の場合が多い とはいえ、通常の生活との劇的な違いが強烈なストレス まずは猫がその行動をとる理由を考えてみるべきであ を引き起こす恐れがある。ストレスは病態からの回復の る。ある行動のしやすさに影響する動物側の要因は、遺 大敵であり、保護施設での体験がトラウマとして猫の性 伝的要因(動物種、品種、性別、血統、気質等) 、生理的 要因(ホルモン、病態、損傷、栄養状態、年齢等) 、環境 格に長期的な悪影響を及ぼしてしまう危険もある。猫の ニーズを理解し、前述のキャット・ストレス・スコア等 要因(幼齢期の様子、社会化、周囲の人や動物、飼育環 境、学習、しつけやトレーニング等)の 3 つに分けられ を活用して、飼育環境の工夫等のストレス緩和策を施す ことが望ましい。 る。要因は一つとは限らないため、問題行動ごとに考え られる要因をすべて挙げ、各要因が影響している可能性 を評価し、一番可能性がありそうな要因や、対処しやす い要因から対応していくべきである。 〔1〕 Takeuchi Y, Mori Y : Behavioral profiles of feline breeds in Japan, J Vet Med Sci, 71, 1053-1057 (2009) 〔2〕Kessler RM, Turner DC : Stress and adaptation of 家庭内の猫に多い問題行動には、 トイレ以外での排泄、 人や猫への攻撃、食べ物以外の摂取、ストレスによる常 同障害、活動亢進などが挙げられる。複数飼育の家庭も cats (Felis Silvestris Catus) housed singly, in pairs and in groups in boarding catteries, Animal Welfare, 6(3), 243-254 (1997)
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