新たな変革の時代? 日本におけるM&Aの展望 Contents まえがき 37 エグゼクティブ・サマリー 38 はじめに 日本のM&Aは拡大の途上にある 41 変化の前兆 日本におけるM&A拡大の前提条件 日本は新たな変革期を迎えるのか? 44 変化がもたらすもの 50 新会社法はM&Aブームをもたらすのか 三角合併がはらむ問題 ポイズンピル グループ内M&Aの促進 パワーシフトは生まれるか コーポレートガバナンスへの注目 J-SOX法の適用 J-SOX法とM&A クティビスト投資家、プライベート・エクイティ・ファンド ア の動向 長期的展望 62 まとめ 変革は確実に起きている 66 「メンツを潰さない」M&A 近づく世代交代 新たな変革の時代? 日本におけるM&Aの展望 Ⓒ 2007 エコノミスト・インテリジェンス・ユニット 全ての著作権はエコノミスト・インテリジェンス・ユ ニットに帰属し、無断複写・転載を禁じます。本報告書 に含まれる全情報は、筆者と出版元である同社によって 可能な限り検証されていますが、本報告書に依拠するこ とにより生じたいかなる損失にも、同社は責任を負わな いものとします。 本報告書の全部または一部をエコノミスト・インテリ ジェンス・ユニットの事前許諾なしに複製を行うこと、 情報検索システムへ保存をすること、電子的・機械的記 録・複写・その他いかなる方法・形式をもっても、配信 を行うことは禁じられています。 36 Ⓒ エコノミスト・インテリジェンス・ユニット 2007 新たな変革の時代? 日本におけるM&Aの展望 まえがき 「新たな変革の時代? 日本におけるM&Aの展望」は、 エコノミスト・インテリジェンス・ユニットの作成に よる報告書です。この報告書の作成にあたり、アレン・ アンド・オーヴェリー、大和証券SMBC、アーンスト アンドヤング トランザクションアドバイザリーサー ビス、マーシュ、以上4社のご協力を賜りました。エ コノミスト・インテリジェンス・ユニットの社内編集 スタッフが情報を収集し、取材・執筆を行った本報告 書の内容における一切の責任は同社が負うものとしま す。報告書で述べられている所見や見解は必ずしもス ポンサー各社の意見を反映したものではありません。 執筆はロン・ベボクワ、編集はデビット・ライン、表 紙画像はダン・ペイジが担当いたしました。 取材に応じていただいた方々のご協力と卓見に感謝の 意を表します。 2007年7月 Ⓒ エコノミスト・インテリジェンス・ユニット 2007 37 新たな変革の時代? 日本におけるM&Aの展望 エグゼクティブ・サマリー 近年、日本ではM&A (企業の合併および買収) 引がその主な舞台となるであろう。 の動きが加速しつつある。この背景として、以 下の二つの理由が挙げられる。一つはバブル崩 この報告書は4部で構成されている。第1部 壊から2000年代初頭、いわゆる「失われた10 で日本のM&A市場の現状を概説し、第2部では 年」が終焉を迎え、投資先として不良債権が注 1980年代に米国でM&Aの大ブームを生んだ諸 目されるようになったこと。もう一つは、最近 条件と現在の日本市場の傾向との類似性につい の傾向として、業績回復を果たした企業が合併 て検証する。第3部では、会社法とコーポレート や買収を規模拡大のための選択肢の一つとして ガバナンス規制の変遷、さらにはアクティビス 考えるようになったことである。この結果、日 ト投資家とプライベート・エクイティ・ファン 本の経営者たちのあいだでは、自社の成長のた ド (PEファンド)が担ってきた役割の変化を追い めにはM&Aをも辞さないという風潮が確実に広 ながら、今後M&Aの活発化をもたらす可能性の まっていった。それがたとえ、場合によっては ある潜在要因についての分析を行う。第4部で 自社の存続に致命的な影響を及ぼす危険がある は、結論として、日本におけるM&Aの長期的展 にもかかわらず、である。そうはいっても世界 望を概観する。市場重視型の経営者の出現など、 的に見れば、日本におけるM&A市場の規模は依 日本のM&Aが新たな変革期を迎えることを予感 然として小さい。M&Aの総取引額はGDPのわず させる兆しが見られるが、その中心となるのは か2% (2006年度)と、他の先進国市場の数字を 英米市場で見られるM&Aとは異なる「メンツを 大きく下回っている。 潰さない」ことを主眼に置くM&Aになる可能性 が高いというのが報告書の結論である。 日本におけるM&Aは今後、他の先進国同様 のレベルへと活発化してゆくのか? ― 「新たな変革の時代? 日本におけるM&Aの展望」 と題されたこの報告書の最大の焦点はここであ れる。 ◦日本のM&A市場の大半は、国内企業間の小規 る。報告書はこう結論づける。他国市場 (特に米 模取引が占める 国市場)にM&Aの大ブームをもたらした条件が ソフトバンクとボーダフォン、シティグループ すべて揃っているとはいえないが、日本におけ と日興コーディアルグループなどの大型取引が るM&Aは、他国とは異なる特徴を示しつつ拡大 大きな注目を集めたが、実際のところ、日本にお してゆく可能性が高い。そしてこの傾向は、会 いては5億米ドル以下の中規模案件がM&A取引 社法の施行によるM&A取引の規制緩和、および の1/3を占めている。特に、2000年以降に行 コングロマリットのリスク削減と監査役制度強 われたM&A総取引件数の約80%は非上場企業 化をもたらす新たなコーポレートガバナンス規 によって占められており、大企業やその事業部門 制の施行によって、さらに顕著になるであろう。 がM&Aの対象となることは稀であった。このこ その一方で、アクティビスト投資家 (モノ言う投 とが、企業規模の拡大は自己防衛につながると 資家)による積極的な活動の拡大や、外国資本に いう意識を支えているだけでなく、企業経営者が よる買収の増加が生じることは考えにくい。日 周辺事業を売却し収益源となる主要事業に注力 本におけるM&Aは今後活発化するものの、国内 することに消極的な理由となっている。 企業による友好的なグループ間・グループ内取 38 本報告書の主旨は以下の8つの点にまとめら Ⓒ エコノミスト・インテリジェンス・ユニット 2007 新たな変革の時代? 日本におけるM&Aの展望 ◦日本においてもM&Aブームの要因となるいく 軟化」 ) が、このことが一部で懸念されているよう つかの条件が整いつつある な敵対的買収の急増につながるとは考えにくい。 M&Aの大ブームが発生した1980年代前夜の その理由は、 「三角合併」を行う場合に、合併に 米国と同様、現在の日本でもコングロマリットの よるシナジー効果などの無形資産を評価しない少 解体と業界再編が生じるための条件が整いつつあ 数株主によって、スクイーズアウトの買取価格が る。例えば、日本企業は海外企業との熾烈な競争 拒否される場合があるからである。また、課税繰 にさらされており、年金基金・その他機関投資家 り延べについて定められた諸条件により、外国企 は従来よりはるかに高い利回りを追求し始めてい 業にとって三角合併のハードルが高くなっている る。さらに、M&Aの経済的なメリットはすでに ことも考えられる。課税繰り延べの適用にあたっ 実証され、買収対象となる可能性がある企業でさ ては、買収企業は被買収企業との事業関連性とい えもその価値を認めている。ある調査によれば、 う要件を満たさなければならないという条件があ 買収された東証上場企業の企業価値は、買収から る。しかし、こうした取引に多く利用されるペー 3年後に東証株価指数を16%上回る水準にまで パーカンパニーは、通常取引の直前に設立され事 高まっている。また買収者としての海外のストラ 前準備もままならないため、この条件を満たすこ テジックバイヤーは、企業価値の向上への貢献度 とは非常に厳しい。また、スクイーズアウトで採 が最も高い。 用されることの多い現金交付による株式交換は、 課税繰り延べの対象外となってしまう。 ◦投資家はいまだに十分な力を与えられていない 日本では米国と違い、経営者から投資家への ◦三角合併は、グループ内M&Aを促進する 主導権のシフトが生じていない。日本では経営者 外国企業が三角合併を行うには高いハードルが が株式を報酬として受け取ることは一般的ではな 存在する一方で、課税繰り延べ措置により、国内 いため、経営者と投資家の利害が必ずしも一致 企業がグループ内M&Aを行うことが容易になっ しないことがその一因である。それでも日本の た。グループ内M&Aとは、自社の独自技術やサ 投資家は以前よりも積極的な活動を行っており、 プライチェーンの保護を目的に親会社が子会社の 2006年の3月期までに11%という記録的な数 持株を増やすことで、この種のM&Aは自動車、 の企業提案が否決された。しかし、経営者の業績 石油、鉄鋼業界で最近よく行われている。2005 や経営責任に関する情報開示の不足により、投資 年には、日本におけるグループ内M&Aの件数が 家の影響力は依然として制限されている。経営者 過去3年間で初めて増加に転じ、国内の全M&A は一貫して売却に消極的な姿勢を崩していない。 活動に占める割合が3割を超えた。国内企業間の それは上場企業の1割が「ポイズンピル」 (敵対 株式持合比率の高さ (現在も上場株全体の1/5を 的買収の防衛策として買収受け入れの決定権を経 占める)と負債資本比率の低さから見ても、今後 営陣側が握ることができる)を導入していること もこの傾向は継続すると考えられる。 からもいえる。つまり、経営者がいまだに買収提 案受け入れの可否決定に主導的な役割を果たして いるのである。 ◦新しいコーポレートガバナンス規制による投資 家の影響力拡大 日本ではこれまで、監査資格を有する人材の ◦会社法改正はM&Aブームを後押しするもので 不足や監督機関の権限が弱いこと、独立した取締 はない 役の不在などの理由から、経営者はたびたび業績 近年の会社法改正により、M&A取引の対価と 不振の説明責任を逃れ、投資家は不正をなかなか しての株式の使用が可能になった ( 「合併対価の柔 見抜くことができないでいた (そうした状況の下、 Ⓒ エコノミスト・インテリジェンス・ユニット 2007 39 新たな変革の時代? 日本におけるM&Aの展望 カネボウや山一証券、足利銀行が相次いで経営 バイヤーが今後戦略の転換を強いられ、少数株 破綻をきたした) 。だが、来年施行予定のいわゆ 主としての資本参加に重点を移さざるを得なく る「日本版企業改革法 (J-SOX法) 」によって状 なるとの見方もある。 況は一変しそうだ。この法律によって、投資家 はより正確な情報を入手し、各企業の経営状態 ◦ 「メンツを潰さない」M&Aが今後も主流 を正しく比較することができる。J-SOX法施行 国 内 外 の 買 収 者 は、 攻 撃 的 な 英 米 型 の 戦 略 後は、 (日興コーディアル証券のように)経営危 よりも買収先経営陣の合意をベースにしたアプ 機に直面する企業をM&Aによって「救済」する ローチでM&Aを進めざるをえなくなるだろう。 ケースや、グループ全体でのJ-SOX法準拠を目 また、ダヴィンチアドバイザーズによるテー 的にグループ内M&Aを行うといった動きが活発 オーシーのTOB (株式公開買い付け)のように、 化するだろう。 銀行や証券会社は敵対的買収への関与を避けた がる傾向がある。そういう意味でも、被買収企 ◦海外ストラテジックバイヤーが活躍する見込 みは薄い 業の経営陣が受け入れない限りはTOBが成功す る確率は低い。 スティールパートナーズの一連の買収攻勢の ようなケースは大きな注目を集めるが、外国企 このように、日本のM&A市場は成長を続ける 業による日本企業の買収はそれほど増えること が、他国と同じような形で成長をしていくこと はないだろう (現に、多くのストラテジックバイ はないだろう。だが一方で、規制強化により各 ヤーが、インドや中国をはじめとする日本以外 企業の経営状態が透明化され、投資家は自らの の国々をより魅力的な市場と考えている) 。しか 意思を企業に反映しやすくなるのも事実である。 し、スティールパートナーズのような投資ファ また、一橋大学などの研究機関が現在進めてい ンドが仕掛ける大型買収案件をきっかけに、各 る、英米型の経営手法を備えた次世代経営者の 企業の経営上の弱点が露呈し、さらに (サッポロ 育成プログラムが成果を上げれば、いずれ経営 のように)買収の標的となった企業が「ホワイト 者の世代交代が訪れる可能性が高い。ただし、 ナイト」を求めることで、結果的に業界統合が 日本のM&A市場における独自の特性は短中期的 進むというシナリオは十分に考えられる。日本 には大きく変化することはないだろう。 市場の関係者のあいだでは、ファイナンシャル 40 Ⓒ エコノミスト・インテリジェンス・ユニット 2007 新たな変革の時代? 日本におけるM&Aの展望 Ⓒ エコノミスト・インテリジェンス・ユニット 2007 67
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