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英国でメイ新政権が発足
国民投票で欧州連合(EU)離脱を決めた英国で、EU 残留派のメイ内務相が新首相に
就任した。メイ政権の行く手には、厳しいEUとの交渉が待ち受けている。メイ首相は
移民数を抑制しながら、EU域内市場へのアクセス確保を目指すが、EU側はこれを拒
絶している。交渉の先行きを巡る不確実性の残存により英国経済の失速は不可避な
状況だ。
ンターパートであったフランスのベルナール・カズ
ヌーヴ内務相とは、パリ同時多発テロ事件や、カレー
における難民問題への対応などを通じて信頼関係を
国民投票で EU 離脱を決めた英国で、EU 残留派
築いたとされる。
のメイ内務相が新首相に就任した。同国では、サッ
チャー元首相以来、2 人目の女性首相の誕生となる。
ダウニング街の首相官邸前で行われた就任演説にお
いて、メイ新首相は、階級や地域を超えた国家の強い
団結を訴えた。会見場の外からは「テリーザ・メイ、
メイ政権には厳しい EU との離脱交渉が待ち受け
ている。メイ首相は、今のところ① EU50 条の通告は
(EU 脱退交渉開始に必要な 50 条通告を)今すぐ行
2016 年内には行わない、②国民投票の再実施は行わ
え!」といった離脱派デモの叫び声が聞こえ、騒然と
ない、③総選挙は議会の任期が切れる 2020 年まで行
する中での演説であった。
わないといった方針を示している。
メイ首相は、直ちに主要閣僚を任命した。財務相に
EU からの脱退手続きを定めた EU 条約第 50 条で
はフィリップ・ハモンド前外務相(残留派)
、外務相に
は、脱退協議は、EU 首脳に向けた英国の「脱退通告」
ボリス・ジョンソン前ロンドン市長(離脱派)を任命。
がトリガーとなり正式に開始される。
「脱退通告」
自身の後任となる内務相には、アンバー・ラッド前エ
から 2 年後には EU 法の英国への適用は原則として
ネルギー相(残留派)を任命する一方、国際貿易省、
EU
停止される。もし EU 法の英国への適用が停止され
離脱省など新設される省庁には、それぞれリアム・
れば、EU に住む英国民の地位が宙に浮いてしまっ
フォックス前防衛相(離脱派)
、デービッド・デイビス
たり、英国から EU への輸出に関税が発生したりと、
元EU担当相
(離脱派)
など離脱派の重鎮を配置した。
様々な問題が発生し得る。2 年という期限は延長が
メイ首相の政治手腕に対する国内外の評価は
可能であるが、それには残りの EU27 カ国全ての合
高い。国内では「失敗の許されないポスト(英 BBC
意が必要である。
ニュース)」である内務相を 2010 年のキャメロン政
EUとの新協定締結に向けた交渉では、移民問題と
権発足以来、6 年 3 カ月も務め上げた。これは戦後第
EU 域内市場へのアクセスの取り扱いが最大の焦点
2 位の長さだ。国外では、例えば内務相時代のカウ
となる。メイ首相は、EU 域内市場へのアクセスを確
8
保すると同時に移民数の抑制を狙うが、EUは域内市
は、国民投票の結果が出る前から低下に転じており、
場へのアクセスと労働者の自由移動は「不可分」と明
今後も悪化が見込まれる。英財務省の推計によれば、
言しており、交渉は簡単ではない。
英国の EU 離脱(ブレクジット)により、英国の実質
市場アクセスについても、欧州経済地域(EEA)に
加盟することで、従来同様の域内市場へのアクセス
GDPは、2016年7〜9月期から2017年4〜6月期まで
マイナス成長が続くと見込まれている(図表1)。
を確保するノルウェー・オプションから、EU と自由
貿易協定(FTA)を結ぶカナダ・オプション、何も合
意しない世界貿易機関(WTO)
・オプションまで、選
択肢は様々だ。
1980 年の保守党党大会で、就任後間もないサッ
EU側の事情に目を向けると、EUは、英国の離脱派
チャー元首相は、自身の自由主義的な経済政策に反
が主張していた 50 条通告前の非公式交渉の可能性
対する党内外の勢力に対し、
「『Uターン』を息をつめ
を否定し、即時通告と脱退協議の開始を英国に求め
て待っている人たちに言うことはただ一つ。
『もし逆
ている。今後の大陸欧州の政治日程としては、2017
戻りしたかったら、そうしなさい。女性たるもの逆戻
年 3 月にオランダの下院選挙、4 〜 5 月にフランス大
りはしないのです(The Lady’s not for turning)』」
統領選挙、8 〜 10 月にドイツ連邦議会選挙を控えて
と決然と述べた。
いる。その他、2016 年 10 月中にイタリアでは憲法改
メイ首相自身が述べるように、英国の EU 離脱にも
正を問う国民投票が行われる予定であり、その結果
「Uターン」は無い。新政権は、国民投票で二分した国内
次第では同国でも早期総選挙が実施される可能性が
世論や議会、場合によっては閣内をまとめながら、
EU
ある。いずれの国でもEUに懐疑的な政党が勢力を伸
との厳しい交渉を進めねばならず、その前途は多難だ。
ばしている。EU各国は、自国のEU懐疑政党を勢いづ
新首相の政治手腕に、
英国の未来は託されている。
かせないために、当面は、英国に安易な妥協をしにく
い環境にある。
みずほ総合研究所 欧米調査部
上席主任エコノミスト 吉田健一郎
[email protected]
交渉過程が長引けば長引くほど、英国経済は長期
低迷の可能性が高まる。
「ブレクジット・ショック」に
伴う英ポンドの減価や、住宅価格下落への懸念、EU
との交渉の行方など、英国経済や市場の先行きに対
●図表1 EU離脱の英国経済への影響(英財務省推計)
(前期比、%)
0.8
0.6
する不確実性の高まりは、2013 年以降に起きた内需
0.4
主導の景気回復の流れを逆転させかねない。住宅価
0.2
格下落による逆資産効果や、ポンド安による物価上
0.0
昇に伴う購買力の低下、不確実性上昇に伴う予備的
▲0.2
貯蓄の上昇といった経路で、英国の個人消費は減速
▲0.4
する可能性が高い。
▲0.6
企業部門に目を転じると、ポンド安は輸出にはプ
ラスの効果があると考えられるが、不確実性上昇に
伴う設備投資の先送りや雇用の抑制、対内直接投資
の減少などを通じて企業活動は縮小すると見込ま
れる。実際、企業景況感を示す購買担当者指数(PMI)
離脱なし
ブレクジット・ショックシナリオ
シビア・ショックシナリオ
▲0.8
▲1.0
▲1.2
Q1
Q2
Q3
Q4
Q1
2016
(資料)英財務省より、
みずほ総合研究所作成
Q2
Q3
2017
Q4
Q1
Q2
2018
(年/四半期)
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