衣に関連する文化人類学研究の進展-外国文献の解説

Nara Women's University Digital Information Repository
Title
衣に関連する文化人類学研究の進展−外国文献の解説をとおして−
Author(s)
佐野, 敏行
Citation
繊維製品消費科学, Vol.31 No.7, pp.12-17
Issue Date
1990-07-25
Description
URL
http://hdl.handle.net/10935/917
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publisher
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フデザイン (
1
3
)
衣に関連する文化人類学研究の進展
- 外国文献の解説をとおして-
佐 野 敏 行
ここで私がおこないたいことは, これまでにとの
ことになって しまう.
ように衣服 ・布 ・装飾に関連 した研究が文化人類学
ロ)人間の文化を考える上で,人間は解釈する動
者によってなされてきたのかを,外国人による学術
物であり,「もの」や経験に意味を与え,さらにそれ
論文で発表 された ものに限定 して解説することで
らを象徴化 し,また,創 り出した象徴によって行動
す. この解説が,文化人類学的研究の特徴の理解を
や観念が形成 され もするという立場を取 り入れる.
もたらし, この立場の研究を応用 したりするだけで
ハ)調査する側 とされる側との関係を対話的なも
なく批判を通 して発展 させたりするための基礎的な
のと認識する. これによって,野外調査でおこなっ
資料を提供できればと思います. この日的のために
た参与観察とインタビューの成果 として纏められる
取 り上げようとする論文は,私が米国で研究調査 し
民族誌の中に表現される文化は, この対話,つまり
ていたときに,収集できたものの中か ら選んだもの
異なった文化の意味体系の相互作用によって導 き出
で,総合的で網羅的な文献 リス トか らのものではあ
されたものであるということが明確化 される.
これらの概念は,現在の文化人類学の営みを特徴
りません 選択の基準は研究上の理論あるいは問題
設定の面で特徴がより示唆的であると私が考えたも
づけるものの一部ですが, これ らを以下の解説での
のということです.
鍵概念 として用いることにします. さらに詳 しく現
より網羅的な レヴューには,米国の文化人類学者
在の文化人類学の展開に興味をお持ちのかたには,
シュナイダーl
)
によるもの,および 1
97
0年代以前の
最近出版され邦訳 も直ちに行われた, ピーコック著
研究動向を知 ることができるシュヴァルツ2
)
の論文
「
人類学 と人類学者」(
岩波書店,1
9
8
8
)やマーカス
があります.今回, これらの レヴューをレヴューす
とフィッシャー共著 「
文化批判 としての人矯学」(
紀
ることを避け,個々の論文の特徴を見なが ら,文化
伊国屋書店,1
9
8
9
) を参照なさるのがよいと思いま
人類学的な視点,論点,そ して問題 と方法などの重
す
要点を把握するととにします. とくに最近の米国を
これ ら三つの概念について,読者のなかにはいく
中心 とした文化人類学研究の展開と結び付けて考え
つかの疑問をもたれる方があるかと患います.例え
ることにします.
ば,歴史性を中心にすえた服飾 ・服飾史,染織技術
私の立場か らするとこの展開を支えているのほ以
工芸史, さらには社会史や文化史 とも結び付いた内
下に示すような,各々相互に開通 した,研究概念に
外の研究がすでに行われてきているのに,なぜ歴史
関することです.
性があえてとなえられるのか 衣服や装飾品が象徴
イ)歴史性すなわち歴史的変化の側面を取 り入れ
することについての研究 も,形や色などの記号論的
る.これ らを無視 し,「
民族誌的現在」のみを扱 う態
研究 とか,意味するものと意味されるものとを同定
度では人間生活の動的変容についての理解を見失 う
する研究 とかすでに行われてきた し,なぜ抽象世界
さの としゆき 1
9
53年生 奈良女子大学家政学部 ・助教授 ph D
j
:
象徴概念とE
]
常宿動にみられる社会的相互作用 ・行動 と
W 勺は文化人額学,最近の関心は,7 メ リカ小都市の民族誌的研究,特に文化に特売的t
の関係・子供そして老人とコミュニティ生活との関係,および表の文化的意味
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繊消誌
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の象徴が現実生活の研究に必要なのか. さらには,
と,異なる生活文化を理解するということは当事者
研究がその対象 と研究者 とのあいだの 「
対話」で形
同士の対話的なかかわり合いを経験 として双方が自
成 されると考えるのは実証主義をもとにする科学に
分の立場でその経験を解釈 していることになるわけ
主観性を持ち込むことであり科学的でないのではな
です.
いか.
さしあたり, これ らに対 して手短に応えるとすれ
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ば,歴史学 と文化人類学 との間の理論 ・方法の交流
は近年 とみに深まり史学研究のなかで文化人類学的
さて,次に, これまで述べてきたのをもとに具体
視点が重要な役割を果たすようになっています. こ
的に文化人類学者の研究を考えてい くことに しま
の逆 もまた真です. これまで歴史研究のなかの人物
す この解説の文献を見 るとわかるように,7
0年代
や事柄はかなり限定 されたもので したが,文化人矯
以降に出たものでなるべ く最近のものを取 り上げて
学的な視角をもっことで実体をもった,悼,年齢,
いくことにします.そのなかでも一つだけ古い文献
階層,職業,家族関係,文化的背景などの点で多様
を加えました.
な人々が研究の対象の中に入るようになり, 日常生
それは初期の米国人娩学で著名なクロ-パー3
)
に
活の脈絡 (コンテクス ト)の中で彼 らの経験する出
よるものです.彼は文明が進展する原理の理解に貢
来事が分析 されるようになってきました.
献するため,そ して服についての知識を豊かにする
また,象徴的意味の研究では,象徴化された世界
ため, 1世期以上 もの間刊行されてきたファッショ
の構造や象徴の一義的な機能を明 らかにするといっ
ン雑誌に掲載 されている ドレスにみられる流れを資
た研究を批判的に発展させ,象徴を体系的にとらえ
料として研究することは意義のあることだと考えた
てその体系のなかでの意味連関を明 らかにしたり,
のです. この流れのあとに服のあるへ善姿について
ある文化に特徴的な文化概念を意味連関のなかで分
の考え方が生 じるとみな したか らです.彼は 2
5年
析 したりするようになってきました. こうした研究
間本来の研究の合間にどのような点を資料解析の軸
も日常生活 ・活動の脈絡の中でおこなわれ,人々の
に設定できるか思いあぐねた未,着用の目的がかな
象徴化行動が日常生活と遊離 しているのではな く,
り決まっており,他の服よりも変化が少ないとおも
日常行動そのものに影響をあたえていることが明 ら
われる服 (
女性のフル ・イヴニング ・トワレット)
かになっています.
1種頬に絞 ること,縦方向と横方向のそれぞれで直
さらに, 3番 目の疑問について応えると,文化人
線的に 4種類,計 8種類の計 測値を求めること,に
類学の研究の中には,実証主義的なものもあれば,
落ち着 きました. 1
8
4
4年か ら 1
91
9年の間の 1年お
解釈主義的なもの もあり,そのどちらとも割 り切れ
きの計測値を Pe
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ないものもあります. この解釈主義的なものとは,
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上で記 した 2番目の概念を基にして,文化人類学の
9
)か ら求めた結果 について彼が述べているこ
(
1
91
近年の展開を可能にしたものです.マ リノフスキー
とは,スカー トの幅は調査対象期間のはじめに大 き
が実質的に野外調査をもとにした民族誌研究を始め
くなり最大に達 したのち,波はありなが らも小さく
て以来,野外調査法は,文化人類学の基本的な方法
なる, これと同様な リズムはスカー トの長 さにみ ら
論 と見なされてきました. この方法論では,参与観
れるが調査対象期間の最後の 3分の 1だけに見 られ
察法とインタヴューを資料収集の主なよりどころと
た,などで した.
しています.異文化に滞在 して見たり闘いたりした
クローバ-の研究はかつて文化人類学者によって
ことは調査者にとって刺激的な経験であり, この経
よく参鳳 紹介 されたりしていましたが,現在では
験をあるときは詳細にあるときは全体像の中に位置
耳にすることがなくなったといわれています. この
つけるという作業をして纏め上げるわけですが, こ
ことを理解するために,彼がこの研究で得た結果を
の作業を可能にしているのは調査者 自らの経験を解
もとに論文の最後で議論 したことをみる必要がある
釈するということです.現在の人類学者は文化に原
で しょう.彼は,まず,社会変化に規則性があると
始的なもの,遅れたもの,低次なものなどはないと
いう事実を認めて, 「
1
9世紀にみ られたスカ- トの
いう立場をとっています.つまり,文化を測る絶対
縦横の比が大 きくてスウィングしたことが全てにし
的 ・客観的尺度 はないと考えています. そうす る
ろ部分的にしろ超個体的な原因の結果であるとする
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なら,それよりも小 さな発展が同様のメカニズムに
れるものだったわけです. このことによって全ての
よるものではないだろうかと推測するのも有効であ
人間現象にわたって彼の主張する理論的立場が確実
る」 と述べま した. さらに続いて,いくら猛烈な一
なものになると信 じて彼はこの研究プロジェク トを
個人の能力 も革新的な変化をもたらすのにはとんと
長期間見捨てることができなかったので しょう.
役に立っことはないことが明 らかである, と述へ,
文明決定論の原理 は個人主義的な行 き当たりばった
りさより勝 っている, と主張 しました.歴史的現象
を個人の レベルか ら見るという立場は本質的に主観
歴史的に衣服とその色彩について研究 した例に文
的なものであり, この立場か らの研究にどのような
化人類学者 シュナイダ-4
)
によるものがあります.
手だてを講 じようと主観的なもので しかないので,
彼女は, ヨーロッパに長 くみ られてきた黒の衣服に
無数の個人の個性の櫨雑 さの中に 「
法則」を見つけ
ついて,中世以降の変化 ・無変化のようすを政治経
出すのは無理なことであると主張 したのです.つま
済的側面か ら分析 しました.論文の中で彼女は黒色
り,彼の科学的興味の中心をしめるのは社会におけ
の衣服を 「キー ・シンボル」であったとし,「このシ
る超個体性の存在であり,社会 (とくに文明) は超
ンボルのまわりにヨーロッパ人は彼 らの歴史のさま
個体的法則のもとに進展するという主張を裏づける
ざまな時点で結集 した.明るい色彩の衣服を勢いよ
ためにファッションの研究をしたことになるわけで
く輸出する, ヨーロッパの製造地よりも発達 してい
す.
た,製造中心地による支配権がおよぶのを監督 した
クロ-バ-によるこの研究が人類学者のあいだで
り,防いたり,ついには支配権を覆 したりして結集
顧み られなくなった理由はまさに彼のもつ研究の理
してきたのである.1
1世紀以降,ヨーロッパに広 く
論的背景か らのものであることは明 らかです.超個
共通 した条件のもとでは,黒色の衣服をつ くりだす
体的法則の存在を想定すること.人間に関する研究
のは比較的簡単であったが,多色の衣服をつ くりだ
に個人の存在を認めないこと.科学的研究に主観性
すのは,よい染料の分布が絹やスパイスの生産分布
の存在 とその役割を全 く認めないこと. これ らのこ
と同様にオ リエントに集中 していたため,難 しかっ
とは,私がとりあげた最近の文化人類学的認識 と対
た.
」
さらに,「
黒色の衣服をもちいることは,地中海や
極的な違いがあることがわかると思います.
そうであったとしても,彼の明 らかにした事実は
オ リエントの文明とは別個で独立 したヨーロ yパ文
別な視点か ら解釈可能であり,衣服の研究にもまだ
明の進化に必要不可欠の部分である.黒色 は独特の
貢献するところがあるのではないかと考えることも
シンボルであるだけでなく,貿易関係の再編成に実
可能です.そう考えた場合,「ファッションの変化に
質的に貢献 し,その結果, ヨーロッパは原料を輸入
は規則性がある」 という点だけは証明された事実 と
し製品を輸出できるようになったのである.
」
し
シュナイダーはこのように黒色の衣服 とその役割
か し, このようにとらえることにも問題があ りま
の数世紀にわたる変化を,黒が最初に広 くもちいら
す
れるようになった中世か ら説明をはじめています.
して有効であるととらえられるかもしれません
この事実が意味することは,人間の力が全 くお
よぶことのない 「
法則」が文明や社会のみならず日
この時代にはビザ ンチンとモスレム ・スペインが多
常生活や生活用品を支配 しているということになっ
色の布の産地でヨーロッパ人は奴隷を輸出すること
て しまうか らです,かつて文明人 と未開人 との間に
でそのような布を得ていたのです.彼女の主な問題
は橋渡 しする不可能な溝があり,人類学 も文明人と
意識はどのように黒色の衣服の使用が中世 ヨ-ロッ
未開人 との特性の違いを明 らかにすることに研究の
パの布製造業の中心地域であったフランダースにお
主眼を置いていました. しか し,文明と未開とにわ
ける繊維産業の拡大を育成 したか,また,なぜフラ
ける隣式が空想のものだと知 った現在の人類学は文
ンダース人生産者が特別な色として黒 (
たとえば赤
明の法則 とか未開の法則 とかにわけて一般化するこ
や紫ではなく)に専心することにしたのか,で した.
との正当性 はないと考えています.
クローバーにとってファッションの研究は政治 ・
比較的長い論文のため,本文での議論の流れを要
約す ることは避 け, シュナイダ-が主張 したいこ
経済 ・社会 ・宗教などの現象のみならず身近な文明
と,彼女の研究が示唆することで特に私がこの解説
生活の中にも 「
法則」が見 られることを証明 して く
で重要であると思 うこと,に絞 って述べることにし
(
31
4)
織 消誌
1
5
ます. まず,彼女が黒色の衣服をキー ・シンボル
のルソン島山岳地幕で半狩猟半農耕生活を している
(
鍵 となる象徴)の概念をもちいて分析 しているこ
イロンゴット人の男性が もちいる耳飾 りについての
とについて考えてみましょう.象徴人類学者によっ
研究を見てみることにします. アメ リカの中堅人短
て唱え られたこの概念 は, ある集団の人々が共有す
学者 として著名なロザル ドはイ ロンゴット人の調
る象徴体系の中でもその集団に特異的に重要である
査 ・研究を発表 しなが ら人類学における歴史性,象
象徴で,文化 ・社会 ・生活上でいろいろの異なる領
徴分析の展開に貢献 し,民族誌研究における対話的
域にまで浸透 している点で他の象徴よりもパワーを
および再帰的 (
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)側面の重要性を明 らかに
もっているものをさすわけです
した一人です.彼は最近.比較的短い論文のなかで
いろいろな領域への浸透性をもつシンボルとして
イロンゴット人の装飾品の一つである赤サイチ ョウ
の黒色の衣服の役割を明 らかにする上で必要なのは
のくちば しでつ くられた耳飾 りに結び付けられた意
文化人類学が研究の基本としているホー リスティク
味の体系を明 らかにしました5
)
.
(
全体的)な視点です 逆にいえば,この視点がなけ
簡単 にこの論文 における立場 を紹介すると, ま
れば,黒色の衣服を中心にすえて,ペンギン的な衣
ず,意味するものと意味されるものとに一対一の対
服体系をもつ ヨーロッパとピーコック的な衣服体系
応があるとして, この一つの対応関係を明 らかにす
宗教
るだけで終わっている立場を批判 しています.そ し
的, 政策的, 経済的 (
外国製品のボイコットを含
て,のぺ数年間にわたる住み込み調査でのやりとり
む)
,国際貿易的,さらには染色技術者集団の待遇 ・
の中か らロザル ドはこの耳飾 りに結び付けられてい
を もつ地中海やオ リエン トとの間の語間鼠
処遇の問題,地域 内資源 による地場産巣新興の問
る意味はいくつかのシンボルを介 しなが ら循環的な
題,そ して各文明の進展 とそれに伴 う地域の文化的
連関を していることを兄 いだ しま した.具体的に
アイデンティティーの問題などの連関をひとつに纏
は, この耳飾 りをつけることがで きる, ということ
め上げることはできなかったで しょう. こうした側
は,その男性は,首狩 りを したことがある, という
面か らこの論文の示唆することを考えると,暗黒の
ことを意味 している.首狩 りをす ることは,男 らし
中世 というイメ-ジが,暗黒大陸アフリカのイメー
さを示す ことと, 文化的概念である a
me
tを獲得す
ジがそうであったようにひとつの虚構であったとい
ることを意味する.さらに,a
me
tの獲得は,この耳
うことで しょう.
飾 りをっけることができることをあらわす.
さらに重要な点 は,黒色の衣服をキー ・シンボル
ロザル ドはこの耳飾 りをつけ,それについての話
として分析すると同時にその歴史的変容を明 らかに
をする人々がどのように,上で述べたような意味 と
しようとしたことです.歴史的にも象徴的な多義性
意義の連関をつ くりあげているのかを三つの点か ら
の側面を把握できていなかったならば,黒色の衣服
さらに深 く明 らかにしました. これ らは,耳飾 りが
のシンボルとしての歴史的変容について考えること
獲得されるしかた,か らだを装飾するものとしての
は難 しかったで しょう.たとえば,黒色の衣服は喪
耳飾 り,そして耳飾 りが若者に対 して大人の男性の
服 として,あるいは宗教的戒律などに結び付けられ
世界に出現する声をどのように伝えるのか,です.
て理解されるに留まって しまうで しょう また,衣
このようにしてみていくと,はじめの点では首狩 り
服規制令などとの関連で制度的な面 との結び付 きだ
をされた人との魂 との交流が大 きな意味を しめ,吹
けで理解が留まって しまうかも知れません. シュナ
の点では色 (とくに赤)
, 色 と色のコントラス ト,
イダーは中世,ルネッサ ンス,そ してモダンとそれ
形,都丸 動 き,などと結び付け られたシンポ )ズ
ぞれの時代 との関わりで変容する黒色の衣服に対す
ム,最後の点では耳飾 り自体が未婚でまだ首狩 りを
る意義づけの しかたを検討 し,黒色の衣服は現代の
したことのない青年男子 と重 なりあうのです. また
死 さえも辞 さないような自由化のシンボルとも,何
これ らの三点は,言い換えると, この論文の副題に
らかの共通性を連綿 とったえると指摘 しているので
あるようにかれ らがよいと考える自己観,審美観,
す.
そして健康観のありかたを しめ していることになり
ます.結局, この耳飾 りは,イロンゴ ソト人の生活
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のいろいろな領域の結束点であ り, こうした意味
で,かれらの文化におけるキー ・シンボルの一つで
象徴の連関を明確に理解するために, フィリピン
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あるわけです
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な矛盾であり,深層的には重要な問題提起であるこ
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とを入漁学者は認識 しています. ウルフの研究では
白い衣服が/
ヾズルを提供 します.葬式に出る人は白
-つの色, また一つの ものが当該文化の人々に
い衣服を喪服 として看るとともに普段着 としても着
よって創出され再創出される意味空間のなかで果た
ます. ところが,多 くの中国人は普段着に葬式で用
す役割の大 きさに驚かれるか と思 います
いられるものを身につけることを嫌います. このパ
それで
は,いろいろな色やいろいろな素材をある一つの生
活場面で用いている例があるとしたらいったいその
ズルをどのように解いたらよいので しょうか.
ウルフはいろいろな例を検討 して,まず,白を着
例はどのようI
j
:
研究上の意義があると人類学者は考
るのは故人に最小限の義理があるときで,礼儀以上
えるで しょうか. このためにウルフの研究6
)
を例に
のことは表 さない,いわば中立的な色であると指摘
してみてみましょう 彼は養子制度 と結婚 との関係
しました. さらにお棺にいれ られた故人のポケット
についての綿密な研究でよ く知 られた人類学者で
にいれたお金を埋葬直前に引っ張 り出すための糸の
す.台湾での長年にわたる調査のおり,葬式に出合
色,そして葬式のときに用いられる提灯につけられ
い,喪服 とそれに関連する布に結び付けられたシン
る布の色の検討を経て,白は考慮 にいれない色 故
ボ リズムがその村における親族関係のあり方 と重ね
人の財産分与 とは関わりのない人の色となっている
合わされているのではないかと気づきました.非常
と明 らかにしました. このように白は深い悲 しみを
に複雑なことを論理明快に論文にまとめあげている
表すものではなく,喜びを表すのでもない,礼儀と
のですが, ここでは彼が注目した点についてひろい
して着 られる中立的な色であると考え られるので
あげてみることにします.
す.
ウルフが衣服に関 して注目したのは,まずく素材
現実生活での親族関係はすっきりと図式に当ては
それらの組み合
まるような もので もないことは事実です.たとえ
わせにきまりがあり,死者か らみて子供の世代を第
ば,直系の親族でありなが ら当該の村落 には住 ま
+表面の粗さ滑 らかさ+色>です
1世代 とすると第 5世代まで,それぞれの世代にそ
ず,より大 きな町で経済的にも自立 している場合に
れぞれの組み合わせが対応 しているのです.次に組
はその人はいったい葬式にどのような喪服を着 るこ
み合わされた喪服一式をどのように着るかです
た
とになるので しょうか. これは人々にとって解決 し
とえばこういうことです. もし父親がなくなると,
なければな らない問題であり,人類学者 にとって
墓場までの葬列に参加する長男の長男は, 自分の世
ら,人々がどのように問題を解決 しているのかを対
代である第 2世代の喪服を着, さらにその上 に第 1
話をとお して知 る契機 となります.また,そこか ら
世代の喪服を看ます.墓場か ら戻るときの列では第
派生することを知ることにもなりそれまで人類学者
1世代用の喪服を脱 ぐか,あるいは第 2
世代用の服
にとって見えなかった側面を知る契機 ともなってい
を重ね着するのです.つまり,行 きでは孫は息子と
るのです.
して,帰 りには孫 として葬列に参加するのです.
このようにウルフの研究は文化人類学の野外調査
さらに,赤い布切れの使い方をウルフは注意深 く
のもつホー リスティックな立場か ら,人々が,複雑
検討 しています.その布切れをつけるかつけないか
な社会関係のあり方を, ものの世界に人々が与える
ば,故人の親族のなかに二つのクラスがあることを
多義的な象徴的意味の体系ととのように結び付けて
意味 していることがわか りました.赤色に与えられ
いるのかを考えたのです.
た意味は 「
喜び」 と 「
予防」の二つがあり,直系親
族に属さない人々は赤布をつけてその人々の家に死
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者がでないように予防するのです.一方,直系親族
の第 4世代の喪服は赤で統一されていますが, これ
これまで解説 してきたことをまとめてみますと,
は故人の家系がすでに第 4世代まで 「
保証」 されて
多様な文化の中で人々は布 ・衣服 ・装飾品と関わり
いることの喜びを表 しているのです
を持 って生活 していることがわかります.一人の人
ある生活場面 と他の場面 との くい違いはその文化
間を視点にすると,そうしたものの世界 との経験を
を理解するためのパズルを提供 します. もちろん く
一生のあいだに繰 り返 し,また創造 ・再創造 してい
い違いが くい違いであること,そしてそれが表面的
ることになります,その経験は一人のものではなく
(
31
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同 じ文化の他の人 と共有 しているのです.そうする
文 献
と,衣の本質を理解するには人々の生活の中で理解
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化を理解する上でキーになることを発見 していくわ
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査 ・研究の過程で発見するのです. もともと人病学
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大きな味方与えることになるわけです.また,衣を
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研究成果8
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などの最近の人病学者による衣に関する
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学やジェンダー研究,伝統社会のみならず都市社会
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