平 成 2 8 年 8 月 4 日 科学技術振興機構(JST) Tel: 03-5214-8404(広 報 課 ) 大 阪 大 学 Tel:06-6879-7231(工学研究科) 次世代太陽電池の材料探索時間を10分の1以下に短縮! ~データ科学と高速評価法を使って、次世代太陽電池の実用化を加速~ ポイント 安くて高効率なペロブスカイト太陽電池の開発が行われているが、性能を左右する因子の 特定が難しく、高速かつ因子の特定が容易な評価法の開発が望まれていた。 新たにデータ科学的統計法と高速スクリーニング法を融合し、素子の性能を決める因子を 今までの10分の1以下の時間で評価することが可能となった。 次世代太陽電池の実用化につながるエネルギー変換材料の開発と基礎物性評価への応用が 期待される。 JST 戦略的創造研究推進事業の一環として、大阪大学 大学院工学研究科 佐伯 昭 紀 准教授と同 石田 直輝(博士前期課程2年)、京都大学 化学研究所 若宮 淳志 准 教授は、次世代太陽電池として期待されているペロブスカイト太陽電池注1)(図1)にお いて、生成した正孔を電極へ運ぶ正孔輸送材注2)の性能をデータ科学的統計法と組み合わ せて高速に評価する新たな手法を開発しました。 軽く、低価格で高い変換効率を持つペロブスカイト太陽電池は、実用化に向けて世界 中で研究が行われています。ペロブスカイト太陽電池は光を吸収し、電荷(正孔と電子) に変えるペロブスカイト層や、正孔と電子をそれぞれ陽極と陰極に分別するための正孔 輸送層などから構成されます。太陽電池の光電変換効率注3)を高めるには、高性能な電荷 輸送層の開発が重要です。しかし、素子の性能は多くの因子が関与してくるため、有機 高分子(ポリマー)や低分子材料から成る正孔輸送層の開発と性能評価には、長い時間 と繰り返し実験が必要でした。 今回、スマートフォンの通信などで使われているマイクロ波注4)と精密部品の生産で使 われている短パルスレーザーを組み合わせた測定装置を用いて、ペロブスカイト発電層 から正孔輸送層への正孔移動効率を直接評価できる方法を確立しました(図2)。通常の 素子評価に比べてより安定に、かつ10分の1以下の時間ですばやく評価することが可 能です。さらに、データ科学的統計法注5)を融合することで、“性能を決める変数”を抽 出することに成功しました(図3)。今後は、この変数を基に、マテリアルズ・インフォ マティクス注6)を用いた高性能な正孔輸送材の設計と開発に生かすことができます。 本研究成果は、アメリカ化学会誌「ACS Photonics」のオンライン速報 版で公開されました。 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ) 研 究 領 域 :「理論・実験・計算科学とデータ科学が連携・融合した先進的マテリアルズインフォマティクスのための基盤 技術の構築」 (研究総括:常行 真司 東京大学 大学院理学系研究科 教授) 研 究 課 題 名 :「超高速スクリーニング法を駆使したエネルギー変換材料の探索」 研 究 者 :佐伯 昭紀(大阪大学 大学院工学研究科 准教授) 研究実施場所:大阪大学 大学院工学研究科 研 究 期 間 :平成27年12月~平成31年3月 本研究領域では、これら実験科学、理論科学、計算科学、データ科学の連携・融合によって、それぞれの手法の強みを生かしつつ 相互に得られた知見を活用しながら新物質・材料設計に挑む先進的マテリアルズ・インフォマティクスの基盤構築と、それを牽引す る将来の世界レベルの若手研究リーダーの輩出を目指します。 また、科学研究費補助金 基盤研究(A) 「非鉛ペロブスカイト太陽電池の探究と基礎物性の包括的解明(16H02285) 」、新学術領域: 元素ブロック「有機・無機太陽電池の異種界面ホール輸送材料の探索(15H00747)」の支援を受けて行われました。 1 <研究の背景と経緯> 現在、住宅屋上や大規模太陽光発電所で用いられている太陽電池の価格は、この20年 でかなり下がってきましたが、化石燃料や他の自然エネルギーに対してコスト競争力を持 つには、さらなる高効率化や低価格化が必要です。2012年に、変換効率が10%程度 のペロブスカイト太陽電池と呼ばれる全固体型の有機・無機ハイブリッド太陽電池が登場 しました(図1)。その後の開発により、2016年現在では、無機太陽電池に匹敵する2 2%の変換効率が達成されています。しかもペロブスカイト太陽電池は、印刷・低温プロ セス注7)への適応性により低価格・軽量化につながるため、次世代太陽電池として実用化 が非常に期待されています。 近年、佐伯准教授の研究(参考論文1)によって、スマートフォンの通信や電子レンジ などで使われているマイクロ波の一種を用いたマイクロ波伝導度法注8)が、ペロブスカイ ト発電層の電気物性の評価に有効であることが分かりました。さらに、太陽電池素子と同 じようにペロブスカイト発電層の上に正孔輸送層を塗布することで、マイクロ波信号が大 きく変化することを見出しました(図2a)。しかし、どのような材料が正孔輸送材として 適しているのか、またマイクロ波測定の結果をどのように解釈して材料設計へ反映させる のか、不明なままでした。 <研究の内容> 今回、数種類の高分子を個別にペロブスカイト層に塗布し、マイクロ波法を用いてナノ 秒~マイクロ秒注9)での電荷の時間挙動を評価しました。青緑色のレーザー光パルスを照 射すると、ペロブスカイト中に瞬間的に正孔と電子が生成し、大きなマイクロ波信号が観 測されます。しかし、正孔輸送層である高分子膜を塗布した2層膜ではマイクロ波信号は 大きく減少し、減衰速度も速くなることが観測されました(図2b)。このマイクロ波信号 の減少量を解析することで、正孔移動効率注10)の時間変化を定量することに成功し、さら に詳しく解析することで、1つの材料につき4つの実験変数を抽出することができました。 一方で、それぞれの高分子を正孔輸送層に使ったペロブスカイト太陽電池素子を作製し、 素子性能を評価したところ、ペロブスカイト発電層そのものは同一であるにも関わらず、 変換効率は1%程度から17%程度まで大きく異なりました。しかし、素子性能とマイク ロ波信号の間にどのような関係があるのか、すぐには分かりませんでした。 そこで、実験変数を個々に扱うだけでなく、和や積などの組み合せを検討し、今回評価 を行った8種類の高分子だけでなく、過去に行った低分子材料(参考論文2)のデータを 加え、データ科学的統計法を用いて素子性能との相関を調べました。その結果、実験変数 のうち、初期正孔移動効率と移動速度の積が、太陽電池素子の短絡電流密度に最も相関す ることが分かりました(図3)。今回明らかになった実験指標を用いることで、今後の新規 な正孔輸送材開発と評価が格段に容易になり、高効率化に向けた研究を加速できます。 本研究では高分子の種類によって正孔移動効率が異なり、その結果、素子性能が大きく 変化することを解明しただけでなく、添加剤注11)の有無と大気への暴露時間が正孔移動効 率に影響を与えていることも明らかにしました。ペロブスカイト太陽電池は大気中の水分 に反応して劣化するだけでなく、光照射や酸素の影響で逆に時間とともに性能が向上する 場合もあり、ペロブスカイト太陽電池の挙動の謎の1つとされてきました。しかし、本研 究で、大気への暴露時間とともに正孔移動効率が徐々に上昇していることが初めて定量さ れ、残された他の多くの謎を解く手がかりとなることが期待できます。 2 <今後の展開> 現在最も変換効率の高いペロブスカイト太陽電池は、人体や環境にとって有害とされる 鉛を含んでいるため、鉛を使わない非鉛ペロブスカイト太陽電池の開発も大きな関心を集 めています。しかし、現状では非鉛系の変換効率はかなり低く、耐久性や安定性にも課題 が山積しています。また、非鉛ペロブスカイトと鉛ペロブスカイトとは光学特性・電気物 性が異なるため、個々の材料に適した正孔輸送層と電子輸送層の開発を並行して行わなけ ればなりません。そのため、本研究で確立した指標に加えてマテリアルズ・インフォマテ ィクスを活用することで、新たな電荷輸送層の材料探索が効率的に行えます。 また、ペロブスカイト太陽電池には、長期劣化機構、ヒステリシス注12)などの多くの謎 が残されています。本研究を足がかりとして、実験的な解を与え、次世代太陽電池をはじ めとする太陽光を利用した多角的なエネルギー変換材料の性能診断にも展開することで、 素子性能向上や基礎物性解明研究を加速することが期待されます。 <参考図> 金属電極(陽極) :有機カチオン (CH3NH3+) 正孔輸送層 :金属カチオン (Pb2+) ペロブスカイト 発電層 灰色の八面体の中心 :アニオン(I-) 酸化チタン層 図1 a) ペロブスカイト結晶構造 透明電極(陰極)・基板 ペロブスカイト太陽電池の構造 レーザー光パルス マイクロ波 石英基板上の ペロブスカイト膜 b) 規格化したマイクロ波信号 太陽光 正孔輸送層なし 1 高分子B 0 正孔輸送層あり 高分子A 0 1 2 3 4 時間/ マイクロ秒 図2 マイクロ波法による正孔移動効率の直接評価 a)マイクロ波法による測定概念図。レーザー光パルスが当たった瞬間に、電気の流れや すさに比例してマイクロ波の強度が時間的に変化する。 3 短絡電流密度 / mA cm-2 b)ペロブスカイト膜のみのときのマイクロ波信号(黒色)と、正孔輸送層を塗布したと きのマイクロ波信号(青色と赤色)。青色と赤色では、正孔輸送層の高分子の種類が異 なる。矢印の大きさが正孔移動効率に相当し、赤色(高分子A)の方が青色(高分子 B)より高い。 25 20 15 10 5 0 8 10 12 14 16 (初期正孔移動効率 × 移動速度)の対数 図3 データ科学的統計の結果、得られた相関図。各点は1つの材料に対応。 <用語解説> 注1)ペロブスカイト太陽電池 ペロブスカイトはロシアの研究者ペロブスキーが発見した鉱物の結晶構造に由来し、カ チオン、金属イオン、アニオンの比率が1:1:3で構成されている。2009年に、桐 蔭横浜大学の宮坂 力 教授のグループによって液体電解質を使う色素増感太陽電池の色 素として初めて導入され、その後2012年にイギリス・韓国のグループから、完全固体 型のペロブスカイト太陽電池が報告された。従来の無機系太陽電池に比べて材料や製造コ ストが安く、軽量で曲がるものも作れるため、次世代型太陽電池として注目されている。 注2)正孔輸送材 ペロブスカイト層は太陽光を吸収し、すぐさま正孔と電子の電荷に分離する。太陽電池 として電力を取り出すには、正孔と電子をそれぞれ陽極と陰極に分離しなければならない。 ペロブスカイト層の上部に作製される正孔輸送材は、正孔のみを受け取って陽極へ輸送し、 電子は通さない性質を持つ。したがって、正孔の受け取りと輸送の効率が100%に近い ことが望ましい。 注3)変換効率 変換効率(PCE)は、太陽電池の陽極と陰極を電線でつないだ状態の電流値である「短 絡電流(Jsc)」と電線を外した状態の電圧値である「開放電圧(Voc)」および電力(電 流×電圧)を最大にする電流・電圧値から計算される「フィルファクター(FF)」の掛け 算を、入射太陽光エネルギー(P)で割って求められる(PCE=Jsc×Voc×FF/P)。 注4)マイクロ波 4 ラジオ波、赤外線、可視光、X線、γ線と同じく電磁波の一種で波長はマイクロメート ルからミリメートルの範囲。スマートフォンなどの通信や電子レンジには、1~3GHz の周波数のマイクロ波が用いられている。今回測定に用いたマイクロ波は9GHz(波長 約4cm)程度。 注5)データ科学的統計法 非常に多くのデータを基に、回帰分析、機械学習、人工知能といった方法で傾向や特徴 量を抽出する手法。 注6)マテリアルズ・インフォマティクス 計算科学・実験科学・データ科学を融合させ、帰納的あるいは演繹的な材料設計を通じ て、求める機能・性能を満たす材料を効率的に探索する学問分野。 注7)印刷・低温プロセス インクジェットのような印刷技術を用い、ロール紙印刷のように大量に生産する技術。 基板には軽くて折り曲げられる高分子フィルムを使うため、高分子が損傷しない低温での プロセスが必要になる。 注8)マイクロ波伝導度法 時間分解マイクロ波伝導度法。光や放射線パルスを有機物に照射すると短寿命の電荷が 生じ、その電荷がマイクロ波と相互作用してマイクロ波のパワーが減少する。この現象を 観察し電荷の時間挙動やナノスケールの電荷キャリアの局所的な振動速度を評価する手法。 注9)ナノ秒~マイクロ秒 ナノは10-9、マイクロは10-6を示し、1ナノ秒は10億分の1秒、1マイクロ秒は 100万分の1秒。ペロブスカイトから正孔輸送層への正孔移動は、この時間領域内で起 きている。 注10)正孔移動効率 ペロブスカイト層で生成した正孔のうち、正孔輸送層へ移動した割合。すべて移動した 場合、100%となる。 注11)添加剤 正孔輸送層はそのままでは電気を流す電荷キャリアがほとんど存在しないため、添加剤 を加えることで電荷キャリアを注入することができる。それにより導電性が向上し、電気 を流しやすくなる。 注12)ヒステリシス 印加電圧のように外部から制御する変数を横軸、流れる電流を縦軸にとったとき、ある 印加電圧から正の方向に上げた時と、そこからもとの電圧に下げた時とで、電流値が異な る現象。つまり、行きと帰りでグラフ上での経路が異なる現象を指す。 5 <論文タイトル> “Quantifying Hole Transfer Yield from Perovskite to Polymer Layer: Statistical Correlation of Solar Cell Outputs with Kinetic and Energetic Properties” (ペロブスカイトから高分子層への正孔移動効率の定量:太陽電池性能とエネルギー・速 度論特性との統計的相関) DOI:10.1021/acsphotonics.6b00331 <参考論文> 1)“Improved Understanding of the Electronic and Energetic Landscapes of Perovskite Solar Cells: High Local Charge Carrier Mobility, Reduced Recombination, and Extremely Shallow Traps” J. Am. Chem. Soc. 136 (2014) 13818-13825. DOI: 10.1021/ja506936f 2)“Hole-Transporting Materials with a Two-Dimensionally Expanded π-System around an Azulene Core for Efficient Perovskite Solar Cells” J. Am. Chem. Soc. 137 (2015) 15656-15659. DOI: 10.1021/jacs.5b11008 <お問い合わせ先> <研究に関すること> 佐伯 昭紀(サエキ アキノリ) 大阪大学 大学院工学研究科 准教授 〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-1 Tel:06-6879-4587 Fax:06-6879-4588 E-mail:[email protected] <JSTの事業に関すること> 松尾 浩司(マツオ コウジ) 科学技術振興機構 戦略研究推進部ICTグループ 〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町ビル Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067 E-mail:[email protected] <報道担当> 科学技術振興機構 広報課 〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3 Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432 E-mail:[email protected] 6 大阪大学 工学研究科 総務課評価・広報係 〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-1 Tel:06-6879-7231 Fax:06-6879-7210 E-mail:[email protected] 7
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