聴覚障害児にとっての「書く」ことの発達的研究

聴覚障害児にとっての「書く」ことの発達的研究
Developmental Study of“Writing”for a Child with Hearing Impairments
森原 都
Miyako MORIHARA
白石 恵理子
Eriko SHIRAISHI
( 元滋賀県立聾話学校 )
(滋賀大学教育学部 )
<キーワード> 聴覚障害、聾学校、書きことば、表現活動
た。ここでは、主に6年生時の国語での学習を振り返り、
Ⅰ 問題と目的
目の前にいる人とのコミュニケーションによって、
A子にとっての「書く」ことの意義を考察する。
物には名前があることを知り、それを用いることで要
求が解決されたり相手に伝達できたりすることを経験
Ⅲ 結果
し、思考を深め調整していくために「話しことば」は
1.5年生時の姿から
重要な役割を果たす。その「話しことば」の力をもと
5年生時の算数では、第3学年の内容の一部まで進ん
に、「書きことば」の獲得と駆使をめざしていくわけ
だ。繰り上がりや繰り下がり、2桁×2桁の掛け算、2
だが、それは、時間空間を越えた他者とのコミュニケ
桁÷1桁の割り算(あまりのある割り算)の意味がわ
ーションにつながり、文化遺産の継承に欠かせない意
かって操作でき、文章題の意味もわかって立式ができ
義をもつ。聴覚障害のある子どもたちにとっても同じ
た。しかし、手指の巧緻性に困難があり、ものさしの
であり、聴覚を活用し、視覚的な手段を用いながら言
操作が難しかったり、筆算には補助線が必要であった
語の獲得・駆使を重視することが、聾学校の専門性の
りした。また、
「かさ」の学習で、
「いちばんたくさん
重要な柱であると考える。
なのは?」に間違って答えるなど、意外なところでつ
本稿では、聴覚障害と知的障害を併せ持つ女児の小
まずきをみせることがあった。難しい課題になると、
学部6年生での作文教育を中心に、
「書く」ことの発達
架空の「友だち」が登場し、その友だちを隣りの席に
的意味について考察することを目的とする。
座らせて、強くあたり散らすようなことばをかけるこ
とがあった。そうした姿がみられるときは、ストレス
Ⅱ 方法
が高まっていると判断し、学習内容を変えるようにし
1.対象児(A子)
た。すると、落ち着きを取り戻した。
1歳で聴覚障害が判明し補聴器を装用。同時に滋賀
「寄宿舎まとめ」によれば、5年生時のA子について、
県立聾話学校幼稚部就学前相談を受けはじめ、1歳児
「現象的に、『意地悪』な言動がほとんどなくなってき
では週1回、2歳児では週2回、母親と一緒に通学した。
た」と記されている。A子は、下級生たち、とりわけ
3歳児からは幼稚部に籍をおき、4歳6か月より人工内
自分よりも障害の重い子どもたちにはとても優しく接
耳を装用している(装用閾値35dB程度)。その後、
していくが、上級生に対しては、相手が困っていると
同小学部に入学し、6年間をすごした。また、小学部1
きに自分が知っていることでもわざと教えないような
年生より、家庭事情のため寄宿舎に入舎。週途中に1
ところがあった。また、気性が激しく、自分が失敗し
泊帰省をしている。
たときにも相手に強くあたるため、指導員から叱られ
11歳10か月時に実施したWISC -Ⅲの結果は、言
ることも多かった。そのA子が、5年生になった頃から、
語性IQ52、動作性IQ46、全検査IQ43であった。
指導員の注意を受け入れることができるようになり、
2.方法
気持ちを切り替えることがスムーズになってきた。
「自
A子は、小学部6年間を、3人の学年集団ですごして
分の失敗を『駄目なこと』
『マイナスの世界に追いや
きた。他の男児2人(B、C)のうちBも重複障害認定
られること』と捉える二分的価値観が、少しずつ柔ら
されている。それぞれ言語や認識の違いがあるため、
かくな」るなど、自分の失敗についても余裕をもって
国語及び算数は1対1で、社会と理科はBと2人で、他
振り返られるようになってきたとのことであった。
の実技教科は学年で学んできた。筆者(森原)は、3
年生と5年生で算数を担当し、6年生で国語を担当し
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実践センター紀要 第 23 巻 2015
2.第1期――6年生1学期から2学期前半
作文である。知っている漢字は(自分で少しおかしい
(1) 文字・表記
と感じつつも)書こうという意欲に満ちあふれている。
ひらがなやカタカナは表記も使い分けも可能であ
同時に、いくつかの指導上の課題も明確である。
る。漢字にも関心が強く、学習内容以上のものも読む
ことができ、書こうとする意欲もある。5年生までは、
正しい表記は、正しく発信できる力であると同時に、
偏と旁など文字の形のとらえ方に曖昧さがあったが、
書き表されたことを正確に把握するためにも必要なこ
少し声かけすることで意識して書けるようになってき
とである。しかし、日本語は、ひとつの助詞や語尾に
た。
よって大きく内容が変わり、聴覚障害児者にとって苦
(2) 綴ることについて
手とすることである。子どもたちが綴ったものを、ど
時系列に沿って書いていくためには、教師の指示や
のように評価するか、どのように修正させていくかは、
疑問詞による質問を必要とするが、経験したことを思
国語指導の中でも大きな課題であると考えてきた。表
いのままに綴っていくことは一人でも可能である。6
現したい思い、表現しきれいない思いを尊重しながら、
年生になってからは、修学旅行の作文からはじめて、
正しい言語を獲得させていく。それを、子どもがもっ
事あるごとに綴ってきた。
ている力を土台やテコにしながら進めていくことは難
9月の運動会後には、まずは宿題として「自分で書
しいことであるが、聴覚障害児の国語教育にとって肝
いてきてね」と用紙を渡した。その後、6時間かけて
要なことだと考える。
話し合いながら書き直していった。宿題では、
「経験
A子に対しては、日常の言語活動の見直しと意識化、
したことを自由に書く」ことを目的とし、授業中には
言語概念の課題、の2点を重視してとりくんだ。次に、
それをもとに、話しことばでのやりとりの中で、書き
その2点について述べる。
たいと思う心情を大切にしながら語彙の確認をすす
(3) 日常の言語活動の見直しと意識化
め、
「書く」力を確かなものにすることを目的とした。
時系列にしたがって書くことを課題とするときに
宿題で書いてきたものを次に示す(実際は縦書き)。
は、まず全体の流れの確認を行う。この場合は、運動
会のプログラムを振り返った。
今日は、運動会は、本番で、ドキドキをしました。
でも、大運動会をして、ダンスは、上手にできでう
れしかったです。また、リレーは、なかったです。
玉入れは、悔しいです。徒走は、2位でした。また、
2位でした。一生懸命がんばって、走りました。と
ても、素晴らしい中学生ダンスでした。私は、素敵
なダンスと思いました。とても上手でした。○△□
の種目(注:小学部の競技種目)は、ちょっと苦手
です。でも、よくがんばりました。高さは、白組が
勝ちました。うれしかったです。甘えん坊で大好き
忍者で夢中でがんばれて良かったです。でも、閉会
式で参加賞の授与でもらいました。うれしいです。
○○君は、宣誓は、100点でした。手話で使って練
習をしたんですね。すごくて、全校種目は、楽しか
ったです。1年生といっしょに行くのが別れてです。
共に小学部でいれてうれしかったです。でも、楽し
い小学部で生活して来たことは忘れません。みんな
とおどるのが大好きではなれない仲間でずっと仲間
でいよう。最高な仲間でした。見事なダンスでした。
組体操です。のりこえて、苦しいやみを戦かって、
のりこえてゆきます。そして、最週かいで別れます。
もう会えなくなります。さみしくて、森原先生とい
っしょに練習をしてたり、ビシットちゃんと注意を
されたけれども、できるようになった。それで森原
先生のおかげですっきりしました。
例:いっしょに行くのが別れてです
大好きではなれない仲間でずっと仲間でいよう
このような表現で何を言いたいと思っているのか
は、話しことばでのやりとりによって聴き取り・書き
取りながら確認していった。書き取るときには、区切
って矢印を入れ、因果関係や時系列を意識できるよう
にしていった。
日常的にも意識的に話しかけるようにし、自分のし
たことや気持ちを思い出して話せるように促してき
た。単語だけのやりとりや助詞抜きのやりとりはお互
いにしないという日々の積み重ねが大切であると考え
ている。
(4) 言語概念の課題
言語概念にかかわる課題として、以下のことがあげ
られる。
<単語概念の不十分さ>
例:参加賞の授与でもらいました
<接続のあやまり>
例:…良かったです。でも、閉会式で…
注意をされたけれども、できるようになった
<漢字の間違い>
例:最週かい
<内容の混乱>
「難しい言葉を知っているんやなあ」と言いながら、
どのような意味で使っているのかを聴き取り、言いた
いことが掴めたら、正しい表現方法を伝えていった。
緊張しつつも競技をやりきった想いがあふれている
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聴覚障害児にとっての「書く」ことの発達的研究
ゼントみたいでした。うれしかったです。
○○君は、宣誓をしました。指揮台に上がって、
大きな声で「運動会をがんばる」と誓いました。百
点のできばえでした。○○君が大きな声で宣誓した
から、私は「がんばるぞ」と勇気がもらえました。
○○君は、手話も覚えてできるようになりました。
わたしは、あれはすごいと思いました。
全校種目は、楽しかったです。ピカチュウが元気
がないので、充電して元気にしました。
一年生といっしょにするのは、最後です。ダンス
をいっしょにするのが楽しかったし、障害物競走
は、△△君がわざとゆらしてボールが落ちたので
びっくりした。二回目はゆらさなかったから、良
かったです。
見事なダンスだったと思います。みんなといっし
ょにのりこえました。まき物を持って動くのが大変
だったし、熱中症になりそうで、苦しいやみの中に
いるみたいでした。最後の所で、まき物を開けてお
客さんに見てもらいました。エールをおくってもら
ったような感じがしました。
森原先生といっしょにがんばろうと思いました。
こわいけれど、いつでも不安なことがおこったらは
げましてくれるし、いっしょにがんばろうと約束し
て、すっきりした気持ちで、がんばりました。
複数の表現方法があれば提示し、自分の気持ちにぴっ
たりする表現を選び確認していくという共同作業を行
った。
自分で書いてきたことを、音読することによって意
識化することができ、書き直すときには、
「これはい
らない」と自分で気づくこともあった。その理由を聞
いて削除するようにした。
また、時系列とは関係なく、強く印象に残っている
ことなど、思い出した順に書いているように思われた
が、心情や感覚を重視したいと考えたので、あえて修
正しなかった。
「授与」
「宣誓」
「苦しいやみ(闇)
」等の語句につい
ては、
「どんな意味(気持ち)か」と確認した。授与
については、主客の混乱がみられたので、
「だれが 授与する」
「だれに 授与する」
「Aさんは どうする」
という文型を確認しながら整理していった。
「ゆれる」
と「ゆらす」についても、故意かどうかで表現が変わ
ることを書いて示した。組体操や○△□では、動きを
再現しながら「ふんばった」という表現を入れたり、
文章化したりした。いずれも、話しことばでのやりと
りではあるが、ポイントになることは全て紙に書き、
それを見ながら修正していくようにした。
修正後の作文を次に示す(実際は縦書き)
。筆者(森
原)が聴き取って書き、それを宿題で視写するという
方法をとった。
この作文を、寄宿舎の指導員が参観された授業で発
九月二十三日は、運動会本番です。ドキドキしま
した。
ダンスは、上手にできでうれしかったです。組体
そうを、よくがんばりました。□□君が重かったけ
れど、よくふんばりました。
ダンスの練習を毎日しました。とてもむずかしか
ったです。船の動きがむずかしかったです。でも、
全部覚えられてうれしかったです。
玉入れは、投げるのがむずかしくて、かごに入れ
られなかったです。一つも入らなくて悔しかった。
頭に玉があたったから、びっくりしてこわかった。
徒走は、二位でした。一位になりたかったのに、
去年と同じ二位でした。同じだから、イヤだなあと
思いました。抜かせなくて、悔しかったです。一生
懸命がんばって、走りました。
中学部のダンスは、上手でした。すばらしいダン
スだと思いました。。私の好きな歌だから、動き
方が良かったと思います。
○△□の種目は、ちょっと苦手です。箱を運んで
積む時に、ガムテープを合わせるのがむずかしか
った。手でゴムを持って、箱を積みました。白組
が高かったから、勝ちました。うれしかったです。
閉会式で、参加賞をもらいました。ふくろに入れ
てリボンでむすんであったから、クリスマスプレ
表したが、文末の運動会への気持ちを聞かれるのがは
ずかしいという反応をみせた。それらの気持ちを大切
に受け止めながら、やりとりしていくことが重要だと
考える。
3.第2期――2学期後半
1学期から積み上げてきた作文の取り組みのなかで、
話を聴き取り整理することで、自分の思いを膨らませ、
綴れるようになってきた。修学旅行、運動会、遠足な
ど具体的な経験を題材にしてきた。文化祭の取り組み
では、自分で書いた文章を覚え発表する機会もあった。
忘れたり間違えたりした際にも、言い換えたり飛ばし
たりするなど修正して対応する力がついてきた。
以前は他人のせいにしていたことを、「自分が悪い
から」と内省できる場面や、褒められても有頂天にな
らずに「喜びをかみしめる」ような内面の育ちがみら
れるようになってきた。寄宿舎クリスマス会など与え
られた役割の意義が確認できたときには、自分のした
いことを抑えて頑張りきれる姿がある一方で、マラソ
ン大会など苦手なことに対しては「いいやん」と言う
場面も出てきた。自分の思いを強く出そうとするなど、
思春期の入り口に立っている姿がみられるようになっ
た。
運動会から文化祭にかけて、綴ることで見せてきた
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実践センター紀要 第 23 巻 2015
力は、A子なりの論理性や内省する力になってきてい
ントダウンが始まる。卒業式までの2か月余りで取り
たが、2学期末には日常会話も単語の羅列になったり、
組むことは、選挙管理委員会としての次年度児童会3
「~けれども」と考えることが少なくなり表面的にな
役の選挙準備、中学部への一日入学、卒業文集づくり、
ってきたように思えた。
卒業式のことば、PTA広報の原稿、卒業制作(小学
課題や学習内容が難しすぎて、適切な対応を欠いて
部在校生全体に送るプレゼント)
、卒業式の練習など
いたのかもしれないと反省した。ちょうどその時期に、
めじろおしになり、さらにスキー教室もある。
中学部進学に向けてWISC検査を受けることになり、
6年間を振り返る中では、3人で分担して思い出を綴
その結果をもとにあらためてA子の課題を見直すこと
った。A子が選んだのは2年生での「郵便局」活動で
になった。検査を担当した教員から指摘されたことは、
あった。一番心に残っているとのことであった。以下
「漢字や言葉への関心が高く、認識以上の背伸びをし
がその作文である(実際は縦書き)。
た言い方をしたり書いたりすることをのぞむ」が、
「抽
きらきらゆうびん局
二 年生の時に、ゆうびん局へ見学に行きました。
スタンプを押す所やポストの中を見ました。手紙
やはがきがたくさんあったから、おどろきました。
学 校で、「きらきらゆうびん局」をしました。ク
ラスのみんなで相談して、名前を決めました。そ
れから、給食の時に、小学部の皆に、ゆうびん局
の説明をしました。
三人で、仕事の内容を分担しました。私はスタン
プを押すのが、おもしろかったです。押す時に、机
の上がツルツルすべって、横に押しそうになりまし
た。手で押さえて真っすぐ押しました。配達は、大
変でした。校内を歩いて、配りました。時間がかか
って勉強の時間になってしまいました。
誰が来るのかなと思いながら、窓口で売るのが楽
しかったです。
(3) 中学部への一日入学
中学部一日入学を終えた翌日は、「昨日は一日入学
お疲れ様でした。どうだった?」「大丈夫!」の一言
から始まった。
「感想を書こうか」という声かけに書いたのが、以
下の作文である。
象的な思考に結びつきにくい」
「言葉としては知って
いるが、抽象的な思考機能や調整機能を獲得しにくい」
ということであった。言葉や言い回しを知っていると
いうことで、わかっていると思いこんで対応していた
り、逆に語り切れない思いをくみ取り共感したりする
ことが不十分になっていたのではないか、と反省した。
4.第3期――3学期
(1) 課題の再確認
こうした検査結果も受け、次の2点を再確認し3学期
の実践をすすめた。①日常の思いをきちんと聴き取り、
話し込める関係を作ること、②単語レベルから構文レ
ベルへの移行にあたり、視覚支援も含めて、思考力の
基礎となるようなものを重視すること、である。会話
においては、技術的な問題だけに目を向けるのではな
く、本人の理解の速度(緩やかさ)を考慮し、受け止
めてほしい気持ちと、成長への要求を切り結んだ会話
を大切にすることを確認した。
3学期当初には冬休みの宿題を直し日記を読み合い
ながら、特におおみそかや正月の風習などの話をした。
経験はしていないが、言葉は知っているというものが
たくさんあった(おおみそか・年越しそば・おせち料
理・雑煮など)
。その後は、卒業までの日数をカレン
感想勉強がむずかしそうだったけれども、楽しそう
に見えたと思いました。四月からは、中学生になりま
す。英語や美術の勉強を習うから、ちゃんと見学をし
ました。分ったように分りやすいです。休み時間は、
特にないと思います。部活は、5時まで、やらあかん
と思います。りくじょう部に入りたいです。
中学生の人は、まじめに勉強をしてた。制服は、セ
ーラ服で男子は、黒学生服を着ます。ふつうの服は、
だめです。小学部は、うらやましいです。服は、ちが
います。勉強の先生は、代わります。へえーそうだー
と思ってた。すごいです。いいなあと思った。早く中
学生になりたいです。勉強の名前は、変わるだよ。数
学になる。技術になる。美術になります。がんばりた
いと思います。
ダーで確認し、学年のみんなで取り組むことと国語の
授業時間に取り組むことに分けて整理していった。
国語の取り組みとしては、具体的な思考を深め、ま
とめあげたり要点をつかんだりするために説明文を学
習した。学習の途上で興味を示したことについては、
図鑑で一緒に調べたり、ネットで調べたりして翌日に
は図などと合わせて見て話し合う場ももった。
説明文の学習を終えたころ、高学年の廊下に置いて
ある「小学生新聞」を読まないかと働きかけてみた。
小動物の写真を見て「きゃーかわいい」と言うので、
その説明が書いてあるからと一緒に読み、さらにそれ
を視写しないかと働きかけてみた。そして、毎日興味
が持てそうな記事を切り抜き、宿題で視写することに
した。この取り組みは、約半月続いた。
(2) 卒業に向けて
3学期になると学年で「卒業まであと○日」とカウ
「感想勉強が…むずかしそうだったけれども楽しそ
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聴覚障害児にとっての「書く」ことの発達的研究
う~」
「分かったように分かりやすい」
「休み時間は、
ういうのを『決意』というんだよ。
」と書いて示した。
特にない」など、見てきたことと説明されたことを書
「決める」という漢字は知っていたので「決意」の意
いた後、服装や持ち物の話で具体的な思いを語った。
味合いがつかめると、最終的なテーマ決定の際に「思
「ふつうの服は、だめです。小学部は(が)うらやま
い出と決意」にしたいと言った。T「Aさん『決意』
しいです。
」という文章について、次のようなやり取
って言うのは…」と話をしたが、彼女の決意は固くこ
りがあった。
のテーマで広報の紙面に載せられた。
A「私は、ズボンがいいです。
」
小学部の思い出と決意
小学部の生活は、楽しかったです。高学年になっ
て、女の子達と一緒に遊んだり、お互いの話をする
ようになりました。小学部を卒業して別れるのはさ
びしいけれど、これからもずっと友達でいたいです。
みんなで、運動会の組み体操をがんばりました。文
化祭のバザーでは、店の仕事が大変でしたが、がん
ばりました。
同級生とは、六年間けんかばかりしてきました。
でも、これからは、けんかをしないように、怒らな
いようにします。話をして解決していきたいと思い
ます。
中学部での勉強は、社会は得意なのでがんばりま
す。数学は苦手だけれども、しっかり勉強します。
友達といっぱい話をして、楽しい中学部生活を過
したいです。
(5) 日記
上述した新聞記事の視写は、興味が持てないことや
課題とかけ離れた記事も多く、半月で終わることにな
った。その後の宿題は、日記を書くことにした。
2月29日からの日記(原文のまま)を以下に記す。
T「なぜいいの。制服はスカートと決まっているよ。」
A「スカートだったら、短いスカートがかわいい。…
膝丈って言われた。膝丈はかわいくない。
」
T「膝丈ってどんなスカート?短いスカートをはいて、
(膝を組んで見せ)膝を組んだらどうなる?」
A「キャーはずかしい。見える。…わかった。短いス
カートは遊ぶに行く時にはく。通学は膝丈のスカ
ートに決めた。
」
T「かばんはどうするの。
」
A「前 に○○(店の名前)で買ってもらった。
」と形
やロゴマークを絵に書いて教えてくれた。
T「くつは?」
A「自由」
T「自由って、ハイヒールとかブーツとかピカピカの、
エナメルと言うんだけど、ピカピカのでもいい
の?」
A「ちがう。中学生らしい靴」
説明の中にあった『中学生らしい』という言葉と意
味を漠然と受け止め使っていることが窺えた。
「中学
生らしいって。どんな靴?」と聞くと、具体的に運動
靴などであることを説明し、買う予定であることも話
した。一日入学を終えて、中学部生活の一端に触れ、
期待を高め、がんばろうという気持ちになっていった
2月29日
ことが窺えた。
休み時門に、けん玉をしました。中級になりたい
からです。昔の私は、何も、できなかったです。今
は、少しだけできるようになりました。(以下省略)
3月1日
今日、卒業式がありました。○○さんと△△さん
と□□さんと別れるのが、さびしいです。
(以下省略)
3月2日
今日卒業の向けて、練習をしました。大変だけれ
ども、卒業式の予行があるのでその時に、ふつうの
声で言う。
(A子は、緊張したりすると、頭声になってしまい、そ
のことを指摘されるのだが、自分でも気づくものの
調整が難しいようであった。)
3月3日
ひな祭りの日です。女の子の祭りです。楽しもう。
よいかしらです。
(よいかしらです。は消されている)
3月4日
(白紙)
(4) PTA広報紙の原稿
PTA広報紙の原稿には、6年間の総括的な思いと決
意が語られた。「小学部の思い出」というテーマはA
子の意に添わなかったようで、書き始めの段階ではテ
ーマが決められなかった。そこで、書いてから、テー
マは最後に決めようということで書き進めた。
「小学部はどうでしたか」という問いかけに、特に2
学期の思い違いでけんかをした下級生に謝って仲良く
なっていった経過を思い出し、「友達になって楽しか
った」と総括した。具体的な思い出は6年生の行事の
ことが綴られた。6年間毎日のようにけんかをしてい
た同級生との今後の関わり方や、勉強への思いが綴ら
れた。以下は、書き終わってからのやりとりである。
T「すごいねえAさん。
」
A「私、決めました。
」
T「何を決めたの。
」
A「も う絶対けんかはしません。…必ず話をします。
決めました。
」
あまりに強い口調で「決めました」と言うので、
「そ
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実践センター紀要 第 23 巻 2015
3月7日
た」
「苦しいやみの中にいるみたい(で苦しかったけ
今日、本を返しました。6年生だけは、卒業する
から、返ししただけです。1年生~五年生は、来週
の14日に返します。来週で、最後の仕事をがんばり
たいです。早いですね。
3月10日
今日、おばあちゃんのおみまいへ行きました。う
れしかったです。異変がありました。首が細そくて、
ご飯が食べられないそうです。かわいそうだと思い
ました。辛いと思うです。不幸では、じゃありませ
んです。ご病気です。 (う れしかった理由を聞いたところ、
「1週間会ってい
なかったから」ということで、
「1週間ぶりで」と書
き加えた。)
3月11日
今日、東日本大じしんの話をテレビで、見ました。
悲しい気持ちになりました。死んだ人のために、黙
とうをしました。早くも早く復興してほしいです。
福島と宮城と青森の人にふる里に帰てほしいと思い
ます。元気になってほしいです。
(舎で指導された跡が残り、
「早くも早く」は「一日も
早く」と直されていた。字がきちんと書かれ、復興
などは教えてもらってでも漢字で書きたくて書いた
とのことであったあった。)
3月12日
今日、昼休みに、XとYと私の三人で、遊びました。
小学部と一緒に遊ぶのが、あと少しです。さびしい
です。悲しくて、すごく残念です、四月から、中学
部生活が、スタートです。がんばります。
(Xは当時5年生、Yは4年生の女の子である。)
どがんばった)
」
「注意をされたけれども…すっきりし
ました」など、マイナスの気持ちも織り込んで、より
深いところで自分のがんばりを見つめるような心のひ
だも表現するようになっている。幼稚部からの学校生
活や寄宿舎生活の中で積み上げてきたものが、ことば
となって表れてきたことを実感することになった。
しかしながら、2学期末になると、単語の羅列の会
話になったり、「~けれども」と考えることが少なく
なり表面的になっていった。そうした変化に指導者も
とまどい、改めてA子の課題を見直すことになった。
指導者集団で課題を見つめ直し、改めて抽象的な思
考や調整に困難があることを確認して3学期の実践に
つなげたわけだが、2学期末からの変化には、思春期
の入り口にいて、中学部進学を目前に控えたA子の不
安もあったと思われる。
ちょうどこの頃、単独での通学練習をするようにな
ったのだが、そこで、携帯電話を持っている同級生が
うらやましくなったり、駅や車内で様々な人々の様子
を見る機会が増えていく中で、組織的に取り組まれて
きた寄宿舎生活とは異なる「文化」に触れ刺激を受け
たこともA子の変化の背景にあったと推察する。そう
した不安や、表現しにくい思いが高まるなかで、じっ
くりと「話す」こと、「書く」ことに取り組みにくく
なっていたのだろう。
とくに「書きことば」は、
「話しことば」と違って、
形として残るという特徴をもつ。それは、自分や友だ
ちの内面を振り返るための大切な手がかりにもなる
が、一方で、マイナスの感情表現も形に残ってしまう
ような面ももつ。
「心のひだ」を作り表現してきただ
けに、今度はその「ひだ」にふれることが多くなった
この日記は卒業式の4日前まで提出され、卒業式前
わけだが、そのことは、A子にとって新たな葛藤をも
日に文集を渡すときに、
「先生にあげる」と言って手
たらしたのかもしれない。
元に残してくれた。
3学期になって、もう一度A子とゆったり話すこと
を大事にするなかで、A子は、「もうけんかはしませ
5.考察
ん…必ず話をします」と決意をし、おばあちゃんは病
難しい漢字を書くことや、大人びた言い回しにもあ
気だけれど「不幸じゃありません」と書き、震災の被
こがれをもつA子は、国語での「書く」学習に意欲的
災地の「復興」を何としても漢字で書こうと努力する。
に取り組むことが多かった。6年生の国語では、とり
上手に書けるようになることだけを急ぐのではなく、
わけ「書く」ことに重点をおいて取り組んできた。
そうした「書きことば」にまつわる、ことばにならな
1学期から2学期にかけて、修学旅行、運動会、遠足
い様々な感情や情動も含めて理解し共感していくこと
等、具体的な体験を綴っていくことで、経験を振り返
が、指導者には求められるのであろう。
り、自分の思いをわかりやすく伝えることを少しずつ
積み上げてきた。とくに運動会では、やりきった満足
感が行間からあふれ出るような作文を書いてきた。表
記の間違いだけではなく、内容の混乱もたくさんあっ
たが、一つずつ動作化もまじえて確認することで、大
作を仕上げることになった。その中には、
「できた」
という表面的な事実だけではなく、
「重かったけど、
よくふんばりました」
「去年と同じ二位で…悔しかっ
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