の伝承 -黒鍬の知、河童の知-」

 〈水土の知〉の伝承 ― 黒鍬の知、河童の知 ―
広瀬 伸*
Shin HIROSE
1. は じ め に 〈 水 土 〉は「〈 水 〉と〈 土 〉と〈 人 〉の 複 合 系 」
( 学 会 ビ ジ ョ ン )で あ る 。
「複
合 系 」は 文 化 人 類 学 に い う complex、
「 系 」は 水 系 や 生 態 系 の 系 と 同 じ く 一 連 な り で 切 り 離
せ な い こ と を 表 す 。「〈 水 土 〉 を 扱 う 知 」 と は ど ん な も の か 。 農 業 土 木 は 「 水 と 土 に 係 わ る
学 と 技 術 」と 称 し て き た が 、上 記〈 水 土 〉の 規 定 か ら す れ ば 、〈 水 〉と〈 土 〉か ら〈 人 〉=
なま
農 家 や 住 民 が 切 り 離 せ ず 当 然 対 象 と な る し 、施 設 の 運 営 に も そ し て〈 水 〉と〈 土 〉に も 生 で
はなく人手が入っている。それら総体を相手にしていることを忘れないでおこう。
2. 黒 鍬 の 知 黒 鍬 は 開 墾 用 の 大 型 の 鍬 、も し く は 土 方・人 足 を 意 味 す る 。モ ノ と そ れ を 使
う 人 を 同 じ 名 前 で 呼 ん だ 。 江 戸 末 期 の 大 蔵 永 常 『 農 具 便 利 論 』( 1822) に は 「 大 黒 鍬 」 と
「 小 黒 鍬 」が 紹 介 さ れ 、
「 尾 張 国 知 多 郡 か ら 諸 国 へ 土 工 と し て 働 き に 出 る 者 が 使 う 」と の 説
明がある。方言としての「クロクワ」は関東から四国にかけて広く分布する。
黒鍬は4つの異なる性格を持つ存在が同
じ 名 称 で 呼 ば れ る 。ま ず「 道 具 」
( 農 具 )と し
黒鍬の 4 つの性格
て 。次 に「 タ ビ( の 人 )」と し て は 、乏 水 性 台
地の知多半島から年間 1 千人を超す出稼ぎが
あった。得意技はため池築造で培った床締め
と セ マ チ 直 し( 区 画 整 理 )。方 言 の 分 布 は 、関
西のため池や塩田、そして近代以降も各地の
道路工事などに出かけた各地での足跡だろう。
「 石 の 達 人 」と し て は 、
「 ク ロ ク ワ さ ん 」と 呼
ばれた巧者が、岐阜や三重の「百選」級の棚
田に石垣を組んだ。
「 お 役 目 」と し て は 、古 く
は工兵として軍道・砦などの造成や城攻めに携わった者たちが、幕臣として代を重ねるう
ちに門番や使い走り、行列の文箱持ち、堀の掃除などという雑用係になった。性格の違う
存 在 が 同 じ 名 で 呼 ば れ る 現 象 は 、黒 鍬 が 複 数 の 性 格 、知 恵 、能 力 を 持 っ て い る こ と を 示 す 。
「 百 姓 」 と い う 存 在 も 同 様 だ 。 江 戸 初 期 の 『 百 姓 伝 記 』( 1680 頃 ) は 、 現 在 は 学 や 技 術
として独立する気象・作物・肥料等々と章立てし、これら農業に必要な知識や技を備えた
か ば ね
者 と し て「 百 姓 」を 想 定 す る 。す な わ ち 、職 業 を 意 味 す る「 姓 」を 百 種 も 持 つ 者 、
「マルチ
タレント」
(「 ト ー タ ル・マ ン 」と 呼 ぶ 人 も い る )で あ る 。
〈 水 土 〉を 相 手 に す る と は 、各 分
野の知を兼ね備え「総合的に」扱うこと、さまざまな事物(要素)を関連づけて一つの全
体(系)として見る知、つまり「百姓の知」といえる。
伝 統 的 な 〈 水 土 〉 の 扱 い 方 は 「 土 地 相 応 」、 そ の 土 地 の 性 質 に 応 じ て と い う こ と 。 土 地
の持つ〈水〉や〈土〉や〈人〉の特性が制約条件となった時代から、科学技術の進歩で人
工的な手段によって制約を克服していく。するとつい何の制約もないかのように考え振る
*
三井住友建設(株)
舞い、実際にはムリをして、災害など手痛いしっぺ返しを往々にして招く。
制 約 の 厳 し い 江 戸 期 、農 書 の 主 張 は 経 験 に 基 づ い た「 作 り ま わ し・作 り な ら し 」だ っ た 。
「 回 す 」は 、土 地 条 件 を そ の ま ま に 最 大 限 の 収 益 を 上 げ る こ と 。
「 均 す 」は 、ム ラ の 構 成 員
がひとしなみに幸福であるように分け合い資源を融通しあうこと、つまり「セーフティ・
ネ ッ ト と し て の ム ラ 」で あ る 。そ う い う 知 、知 恵 の 働 か せ 方 が 農 書 の キ ー ポ イ ン ト だ っ た 。
再 生 産 を 持 続 さ せ る 土 地 利 用 構 造 は 「 マ イ ナ ー ・ サ ブ シ ス テ ン ス 」( お か ず 採 り の 楽 し
み仕事)が媒介しており、他にも「見試し」など忘れられかけている知も豊富だった。
3. 河 童 の 知 地 域 の 人 々 が 世 界( 自 然 )に 対 し て 抱 く 、感 謝 、供 養 、畏 れ 、境 界( 区 別 ・
差別)といったさまざまな想いとそれを託すモノに注目する。河童はそんな想いを託され
たモノの一例だ。
河童も多様な性格を持つ。淀みや淵など
河童のイメージの形成
「 水 の イ メ ー ジ 」、猿 や ヘ ビ 、カ ワ ウ ソ な ど
水 辺 の「 動 物 」、子 供 と し て 現 れ る 水 の 神 =
ち い
「 水 辺 の 小 サ 子 」、左 甚 五 郎 伝 説 で 木 屑 が 化
身 し た「 人 形 」、東 京・台 東 区 の 合 羽 橋 の 起
源となった「技術者」など。
想いを託される無形のモノ、昔話や伝説
は 、経 験 の 記 憶・解 釈 装 置 と し て 機 能 す る 。
研究会では、河童のイメージと想いを紡ぐ
“物語”について、青森の河童にまつわる
す い こ
伝説と有形物の「水虎様」を紹介し、関東
の河童や奄美のケンムンと対比しながら検
青森・津軽の水虎様
討してみたい。
4. ま と め 「 化 け 物 は 進 化 す る 」。 化 け 物 は 世 の 中
を説明する巧妙な作業仮説だと寺田虎彦は言う。化
け物の領域は科学の認識範囲外にあり、科学の進歩
とともに不可視状態から見えて説明可能になる。だ
が、前代の化け物が可視となった外側には、再び化
け物の領域が広がる。
「 化 け 物 の 進 化 」で あ る 。化 け
物の存在は、実在するかどうかが問題ではなく、人
間にとっての「意味」ないしリアリティの問題だ。
結 論 と し て 、 化 け 物 に 象 徴 さ れ る 「 よ い か げ ん な 知 」(「 き ち ん と し た 知 」 + α 、 渡 部 信
一による)の重要性を強調したい。知は多様である。ハンドブックのように体系化された
「きちんとした知」がある。その底辺には、経験式のように「体系まで行かないがある程
度 整 理 さ れ た 知 」が あ る 。最 も 基 層 に は「 未 整 理 の 知 」が 厚 く 横 た わ る 。現 場 で 働 く 知 は 、
実践的だが多くは整理されていない。熟練・カンなど言葉やマニュアルの及ばない性質の
知は、
「 き ち ん と し た 知 」で 扱 い き れ な い 暗 黙 知 と さ れ る が 、こ れ も い わ ば 化 け 物 の 領 域 に
あ る 。さ ら に は 、狭 義 の「 技 術 」の カ テ ゴ リ ー に 入 ら な い 別 の 様 態 の 知 も あ ろ う 。
〈水土の
知〉はこれらの総体である。さまざまな事物(要素)を関連づけて一つの全体(系)とし
て見る知、黒鍬も百姓も河童も、そのような豊かな領域に棲んでいる。