643KB - 伊藤忠商事株式会社

July 26, 2016
No.2016-032
Economic Monitor
伊藤忠経済研究所
主任研究員 石 川
誠
03-3497-3616 [email protected]
ユーロ圏経済は Brexit の影響を受けても失速を回避へ
ユーロ圏経済はこれまで回復基調を維持してきたが、4~6 月期の実質 GDP 成長率は前期比ゼロ
近傍まで減速した可能性が高い。加えて、今後 Brexit の影響がどの程度出てくるか見極めづら
い状況にある。
ただし、Brexit はユーロ圏にとって、対ドルでのユーロ安を促し輸出競争力を高めるほか、これ
まで英国に向けられていた投資を取り込む機会にもなるため、必ずしも悪いことばかりではな
い。また、失業率の低下などファンダメンタルズの改善が続いていること、ECB が今年中にも
一段の金融緩和に踏み切る可能性が高いことも踏まえると、ユーロ圏経済は先行き、若干の成長
減速こそ避けられないものの、大崩れには至らないと考えられる。
(1)最近のユーロ圏景気:4~6 月期成長率はゼロ近傍まで減速か
ユーロ圏の今年 1~3 月期の実質 GDP 成長率は、記録的な暖冬が衣料品市場や建設市場にポジティブに作
用したこともあり、前期比 0.6%(年率換算 2.2%)の強い伸びとなった1。
しかし、4~5 月分の経済指標は、1~3 月期の高成長の反動もあ
って、4~6 月期の成長率がゼロ近傍まで減速した可能性を示唆
している。内外需ともに低調なため、ユーロ圏の景気回復力に
陰りが出始めたのかどうか、見極めが必要な局面を迎えている。
4~5 月分の経済指標を概観すると、鉱工業生産(除く建設)が
1~3 月期の前期比 0.8%から、4~5 月平均は 1~3 月平均比▲
0.2%と減少に転じた。需要面では、①小売売上や自動車販売と
いった個人消費関連指標がいずれも 1~3 月平均比でほぼ横這い
にとどまり、②建設投資が大幅に落ち込む2など、1~3 月期の反
消費関連指標の推移 (季節調整値)
110
109
108
107
106
105
104
103
102
101
100
99
98
97
※直近は4~5月の平均。
2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
小売販売指数(2010年=100、左目盛)
乗用車販売台数(年率、万台、右目盛)
動と見られる動きが出たほか、③輸出(ユーロ圏外向け、通関
ベース)の低迷3も続いた。
1250
1200
1150
1100
1050
1000
950
900
850
800
750
700
650
600
(出所) Eurostat、ECB
(2)Brexit 問題のユーロ圏経済への影響:必ずしも悪いものばかりではない
以上のような足元の成長鈍化に加えて、英国が 6 月 23 日の国民投票で EU 離脱を選択4したことも、ユー
ロ圏経済の先行き不透明感を急速に高める要因になっている。
主要国の成長率を見ると、ドイツ(10~12 月期前期比 0.3%→1~3 月期 0.7%)
、フランス(0.4%→0.6%)
、イタリア(0.2%→
0.3%)がいずれも上昇し、スペイン(0.8%→0.8%)も好調を維持した。
2 建設活動指数は、1~3 月期に前期比 1.0%と伸びたが、4~5 月平均は 1~3 月の平均を▲1.7%も下回った。
3 1~3 月期に前期比▲1.8%と大幅に落ち込んだ後、4~5 月平均が 1~3 月平均比 0.03%にとどまった。仕向地別には、ASEAN
向けの回復が続き、米国・中国・アフリカ向けも下げ止まったが、一方で、ユーロ圏外向け輸出の約 3 分の 1 を占める中東欧向
けや、中南米向けの減少が続いたことから、全体では横ばいとなった。
4 Brexit 問題をめぐる最新情勢については、当研究所の「日本経済情報」2016 年 7 月号(世界経済の見通し)を参照されたい。
1
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研
究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告
なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。
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伊藤忠経済研究所
Brexit 問題がユーロ圏経済に及ぼす影響について、欧州委員会は、2017 年時点の GDP が(残留ケース
との比較で)0.2~0.5%減少すると試算している。ただし、影響は必ずしも悪いものばかりではなく、景
気を押し上げるものもあり、合わせてどちらへどの程度の影響となるのかは、EU 離脱後の姿が確定して
いない現時点では見通し難い。
主な具体的経路としては、以下のようなものが想定されよう。
【悪影響】
①英国経済の悪化やポンド安ユーロ高による、対英の財・サー
ビス(含む観光)の輸出減少
… ユーロ圏の圏外向け財輸出(すなわち、ユーロ加盟国ど
うしの貿易分を除く)に占める英国向け輸出の割合は
13.5%(2015 年)に上る。また、各国ごとの財輸出5に
占める対英輸出のシェアを見ると、オランダやベルギー、
アイルランドが相対的に高い。英国経済悪化の貿易面を
通じた影響は、これらの国を中心に及ぶこととなろう。
②EU・欧州統合の先行き不透明感を背景とした企業・消費者マ
インドの悪化による、個人消費や設備投資の下押し
③ロンドンの金融機能低下に伴う、金融市場の混乱、投資資金
の流入縮小
ユーロ相場の推移 (ドル/ユーロ、週末値)
【好影響】
1.60
①対ドル、対円などでユーロ安が進むことは、対英以外の輸
1.50
↓ユーロ安
1.40
出に追い風
②世界各国からの対英投資の抑制が、ユーロ圏内に振り向け
1.30
1.20
られる可能性
1.10
… ロンドンにベースを置くグローバル金融機関は、一部
1.00
の機能や人員をユーロ圏内の主要都市に移転する検
討を開始。フランクフルトやパリ、アムステルダム、
2003
2005
2007
2009
2011
2013
2015
(出所) ECB (注) 直近値は7月22日。
ダブリンなどが候補地に挙がっている模様である。ま
ユーロ圏の失業率 (%、季節調整値)
た、アイルランド産業開発庁は 6 月 24 日、
「(Brexit
は)アイルランドが直接投資を誘致する好機になる」
12
との声明を発表した6。
11
10
(3)ユーロ圏経済の行方:大崩れする可能性は低い
9
以上の通り、ユーロ圏経済は回復に息切れ感が見られる上、Brexit
問題に伴い先行き不透明感も高まっているが、一方で、失業率が
5
6
ユーロ圏加盟国については、ユーロ圏内向けの輸出も含む。
2016 年 6 月 29 日付け JETRO 通商弘報による。
8
7
2003
2005
(出所) Eurostat
2
2007
2009
2011
2013
2015
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伊藤忠経済研究所
5 月には 10.1%と 2011 年 7 月以来のレベルまで低下するなど、
ユーロ圏の消費者物価 (前年同月比、%)
ファンダメンタルズの改善は続いている。
4
また、インフレ率(消費者物価の前年同月比、6 月 0.1%)が
3
ECB の政策目標(2%近傍)を大幅に下回る中、ECB(欧州中
2
銀)7は今年中にも一段の金融緩和に踏み切る可能性が高い。
1
これが、①金利抑制や銀行融資促進を通じて圏内需要を下支え
0
するほか、②ユーロ安地合いの持続を通じて輸出の底割れを回
▲1
2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
避させる要因になることも期待できる。
エネルギーおよび非加工食品を除く
そのため、当研究所は、ユーロ圏経済の先行きについて、若干
全品目
(出所) Eurostat
の成長減速を余儀なくされるとしても、大崩れには至らないと
考える。成長率予想は、Brexit の影響を考慮して、2016 年 1.5%、2017 年 1.4%へと下方修正するが、従
来予想(2016 年 1.6%、2017 年 1.7%)からは小幅な修正にとどめ、2015 年の実績(1.7%)からみても
緩やかな減速にとどまるとしている。
ユーロ圏の成長率予想
%,%Pt
2013
2014
2015
2016
2017
実績
実績
実績
予想
予想
▲0.3
0.9
1.7
1.5
1.4
個人消費
▲0.7
0.8
1.7
1.3
0.8
固定資産投資
▲2.6
1.3
2.9
3.0
4.0
在庫投資(寄与度)
(0.2)
(0.0)
(▲0.0)
(0.1)
(▲0.1)
0.2
0.8
1.3
1.2
0.7
実質GDP
政府消費
(0.4)
(▲0.0)
(▲0.1)
(▲0.2)
(0.2)
輸 出
2.0
4.1
5.3
3.0
4.8
輸 入
1.2
4.5
6.1
3.8
4.8
純輸出(寄与度)
(出所)Eurostat (注) 2013年は17ヵ国、2014年は18ヵ国、2015年以降は19ヵ国ベース。
ECB は 7 月 21 日の定例理事会で金融政策の据え置きを決定。ドラギ総裁は理事会後の会見で「Brexit の影響を見極めるのは
時期尚早」との考えを表明した。しかし、ドラギ総裁は、
「ユーロ圏経済のリスクは依然として下向き」との認識も示し、その上
で、9 月 8 日の理事会において Brexit の影響やトルコなどの新興国情勢などを勘案して経済予測を見直し、必要ならインフレと
成長引き上げのために一段の行動を取る用意があることを示唆した。
7
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