カスピ海ヨーグルトに含まれる 新規機能性糖質ラクトビオン酸の開発

業界の動向
カスピ海ヨーグルトに含まれる
新規機能性糖質ラクトビオン酸の開発
食品技術懇話会
技術士(生物工学部門)
、農学博士 酒井
重男
ラクトビオン酸とは
ヨーグルトの LacA 生産菌である A.orientalis
───
と同じ酢酸菌に分類される菌株を生産に使用す
ラクトースの還元末端を酸化するとラクトビ
ることは、LacA がヨーグルトなどの乳製品に
オン酸(LacA)が生成する。筆者らは㈱ダイ
配合するのに適した素材であることを示してい
セルヘルスケア事業部と共同で、酢酸菌を用い
た。LacA は酢酸菌休止菌体とラクトースを反
る LacA の 工 業 的 生 産 法 を 確 立 し た。 現 在、
応させることで生産される。一般的に、気質濃
LacA カルシウムは「乳酸発酵物」として乳酸
度を上げると反応速度は上昇するが、気質阻害
品やサプリメントにに配合され市販されてい
や生成物阻害が起こるだけでなく、高い気質濃
る。ここでは LacA 生産の実用化に至る経緯を
度が菌体にダメージを与えることで反応効率が
エピソードと共に紹介したい。
低下する恐れがある。
しかし、
酢酸菌はラクトー
スの最大溶解度近傍の約 300g/L 溶液中で反応
食品生産に適した LacA 生産菌
(酢酸菌)の発見
を行っても、基質及び生成物阻害や、酸化活性
の顕著な低下が見られず、効率的に LacA を生
───
産した。その結果、基質濃度の上昇で、反応効
食品生産に利用可能な LacA 生産菌を得るた
率を向上させることに成功した。
また、
ラクトー
め、工業研究所が所有する保存菌株から、食品
ス酸化活性は極く微量のグルコース存在下で強
に利用可能で且つ目的の活性を示す菌株の検索
く阻害されることを筆者らは明らかにした。酢
を行った。その結果、酢酸菌が目的の活性を示
酸菌がラクトースや LacA 分解活性を示せば、
すことを突き止め、食品の生産に利用可能な
ラクトースや LacA の分解による収率の低下だ
LacA 生産菌の取得に成功した。
けでなく、分解に伴うグルコース生成による酸
化反応の阻害が起こることが予想された。しか
LacA の工業的な生産法の確立
し、酢酸菌は原料のラクトロースや LacA 分解
───
活性を持たず、それらを資化しなかった 1)。こ
筆者らはかねがね LacA を配合する食品とし
のため大量の菌体を高濃度のラクトースに作用
て乳製品を考えていたが、その根拠はラクトビ
させても、収率低下やグルコース生成による反
オン酸の「ラクト」がラテン語で「乳」を表す
応阻害は認められず、大量の菌体で高濃度のラ
言葉に由来すると言う位しかなかった。
しかし、
クトースを反応させることが可能であった。
カスピ海ヨーグルトでの LacA 発見や、その
2 JAS 情報 ◆ 2016.7
酢酸菌のラクトース酸化酵素の同定
ン酸」と言う名や、カスピ海ヨーグルトでの食
───
経験などは消費者に広く受け入れられるもので
筆者らは m-GDH 遺伝子を導入し発現させた
あると筆者らは考えている。また、LacA カル
酢酸菌の m-GDH 導入株及びゲノム上の m-GDH
シウムは殆ど無味で配合する食品の味を損なわ
をノックアウトした m-GDH 欠失株を調製し、そ
ないことや、他の有機酸のカルシウム塩と異な
の酸化活性を調べることで、
従来の報告に反し、
り溶解度が極めて高く(60% 以上のシロップ
m-GDH がラクトースの酸化を触媒する酵素で
の調製が可能)
、透明な飲料などに配合しても
あることを明らかにした。また、酢酸菌がイソ
白濁の心配が無いなど、
使用上の利点も大きく、
マルトース、ゲンチオビオース及びメリビオース等
今後の更なる普及が期待されている。
のα1,6 やβ -1,6 結合を持つ二糖をラクトースの 10
~ 60 倍の効率で酸化することを見出している。
おわりに
従来、酢酸菌とその糖酸化酵素である m-GDH
───
はマルトースに対して微弱な酸化活性を示すも
大阪市立工業研究所の糖質関連酵素研究所と
のの、二糖類は酸化しないと報告されていたこ
その研究成果の産業化の伝統は古く、福本壽一
とから、この結果は酢酸菌の糖酸化活性につい
郎博士の細菌、カビ由来アミラーゼによるブド
ての新たな知見と言える。特に、イソマルトー
ウ糖生産の実用化(1959 年)に始まる。さらに、
スを主成分とするイソマルトオリゴ糖は汎用的
糖加水分解酵素の糖転移活性を利用し、岡田茂
機能性オリゴ糖として利用されており、イソマ
孝博士や北畑寿美雄博士がカップリングシュ
ルトオリゴ糖を基質として用いれば、イソマル
ガーや「オリゴのおかげ」で知られるラクトス
トビオン酸は LacA より安価に生産出来ると期
クロースの実用化に成功している。これらの糖
待されている。
加水分解や転移反応の技術に続く筆者らの研究
室 の 新 し い 技 術 と し て、 筆 者 ら の 入 所 し た
LacA の現在と将来への展望
2000 年頃から、村上洋研究室長を先頭に糖酸
───
化技術の確立に取り込み、10 年もの歳月を経
カルシウムの吸収促進効果が期待される LacA
て、その成果とも言えるラクトビオン酸を実用
はカルシウム塩の形状で「ラクトビオン酸含有
化することが出来た。しかし、この成果も、LacA
乳糖発酵物」として、乳製品やサプリメントな
生産の工業化に取り組まれた㈱ダイセルヘルス
どに配合されている。さらに、LacA が更年期
ケア事業部の技術者の方々の成果があってのも
障害の予防に効果のあると言われるエクオール
のであり、紙上を持って御礼申し上げたい。ま
(equol)の腸内での産生を促進すると言う新た
た、本研究に多くの知見を齎した Burkholderia
なる機能性も報告されている。エクオールの前
属や Paraconiothyrium 属による Lac 生産の研
駆体であるイソフラボンを配合するサプリメン
究にご協力頂いた、大阪府立大学 笠井尚哉教
トの補助成分としても利用されている。現在の
授、竹原化学工業㈱、塩水港製糖㈱及び大和化
ところ、まだ一般消費者に対する LacA の知名
成㈱にも深謝申し上げたい。
度はそれほど高くない。しかし、
「ラクトビオ
<参考文献>
1)Kirku,T.et.al.:Biosci.Biotechnol. biochem.,72,833(2012)
2)桐生高明、木曽太郎、中野博文、村上洋:生物工学、93、(8)494(2015)
2016.7 ◆ JAS 情報 3