リサーチ TODAY 2016 年 7 月 21 日 日銀はこれまでよくやった、バトンタッチで目標修正も 常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創 今月28~29日開催予定の日銀の次の一手に関心が集まっている。みずほ総合研究所は、Brexitによる 日本経済への影響の試算をベースに『緊急リポート』を発表している1が、下記の図表は当該レポートで示 した日銀の次の一手の一覧表である。今回は、日銀がこれまで示してきた三次元、すなわち①金利、②量 的緩和、③質の緩和のうち、最後の③だけを用いるとした。すなわち、ETFとREITの購入拡大と、外貨での 資金繰り支援である。日銀としては、まずマイナス金利でもう一段金利を水没させ対米の金利差拡大で円 安を狙いたいだろう。というのも、マイナス金利に一度した以上、複数回の対応をしないとこの選択肢を自ら 否定することになる。しかし、現実には、米国が自らドル高圧力を阻止すべく実力行使(達磨さんが転んだ) に出るという誤算があったため、金利という手段は効果を発揮しにくい。第2に、国債の購入で長期金利が 極端に低下し、しかも国債購入の持続性にも問題があるので、量の拡大も困難だ。日本の市場は、先週久 しぶりに円安株高となったが、その背景には「ヘリコプターマネー」の活用への期待が海外ファンドの間で 生じたとされる。日本のように、資金不足セクターが国と海外しかない場合、金融政策は資金需要がある海 外か(為替誘導)、財政に働かせる(財政ファイナンス)しかない。「達磨さんが転んだ」で為替レートの水準 変更が困難な以上、「ヘリコプターマネー」と表現するかは別として財政に依存せざるえない。依然日銀へ の期待があるとされながら、その主役は変わりつつあるのではないか。 ■図表:日銀の次の一手の可能性 緩和策 問題点 可能性 ・金融機関収益、消費マインドへの影響 ・米国のドル高修正スタンスが変わ らなければ円安効果の期待薄 ○ ETF・REIT買い増し ・ポートフォリオリバランス進展 (現状:ETF 年3兆円、REIT 年900億円増) ・日銀バランスシートの損失懸念 ◎ 国債買い増し (現状:年80兆円増) ・実質金利の引き下げ ・国債市場の流動性低下 ・政策の限界が意識されやすい △ CP・社債等買い増し (現状は残高維持:社債 3.2兆円、 CP 2.2兆円) ・企業の資金調達コスト引き下げ ・社債市場の規模(約50兆円)から、 買入れ拡大余地は限定的 ○ ・貸出金利引き下げ競争につながる 可能性 ○ マイナス金利の 拡大(現状:▲0.1%) 効果 ・実質金利の更なる引き下げ ・円高進展の歯止め 金融機関向け貸付金利へのマイナス金利 ・金融機関の貸出増と資金調達 コスト引き下げ効果 適用(現状0.0 %) 成長基盤融資(米ドル特則)の拡充 (現状120億米ドル、 6カ月Libor) ・金融機関のドル資金調達、企業の 海外展開をサポート (資料)みずほ総合研究所作成 1 - ◎ リサーチTODAY 2016 年 7 月 21 日 下記の図表は過去10年余りのドル円相場と想定為替レートの推移である。一般的に、アベノミクスは三 本の矢で円安政策により、円安と株高の好循環をもたらしたとされる。この側面は確かに否定しないが、実 際には米国の為替スタンスが2012年末に、それまでのドル安誘導からドル高容認に転じたことが円安の前 提にある。アベノミクスは米国サイドからの「追い風」に乗って、その流れを加速すべく金利の低下誘導を行 った。米国からの「追い風」が未来永劫続くものではないので、米国がドル高を許容する猶予期間のうちに、 短期戦、奇襲攻撃まで行ってデフレマインドを払しょくしようとした。このトレンドは、2013~2015年まで続い たが、2016年になって米国が「達磨さんが転んだ」でスタンスを転換した以上、従来の短期戦の奇襲攻撃 は続けられない。そもそもこうしたスタンスを最初に示したのが2013年1月の政府と日銀との合意である。そ れは、白川総裁時代の産物ではあるものの、黒田日銀はこのミッションに沿って物価目標の2%を忠実に 志向することで、「追い風」にのった短期戦のスタンスを明示した。 ■図表: ドル円相場と想定為替 130 (円/ドル) 想定為替レートより円高水準に 120 110 100 90 ドル円相場 想定為替レート 80 70 05/4 06/4 07/4 08/4 09/4 10/4 11/4 12/4 13/4 14/4 15/4 16/4 (年/月) (注)想定為替レートは、日銀短観 2016 年 6 月調査 (資料)日経 NEEDS、日本銀行よりみずほ総合研究所作成 しかし、問題は米国が「達磨さんが転んだ」でスタンスを転換した以上、2007年以降12年までの円高トレ ンドの再来リスクが高まっている。当時との違いは、日米双方にある。米国では今回長期停滞論の不安は 残存するが、2007年以降のような大恐慌再来不安から金融緩和を強めるまでには至らない。日本について は、企業がこの3年の間に蓄えた蓄積に政治安定が加わり、日本企業が海外投資を中心とした新たなビジ ネスモデルに踏み出した可能性がある。それため、過去3年のアベノミクスが水泡に帰するとするのは言い 過ぎだが、短期的には円高の嵐のなか、当面は防御的な長期戦に備える局面になってきた。ここで、2013 年1月の合意の修正を日銀側から持ち出すのは困難だ。政府は、日銀の力で過去3年かなり助けられたゆ え、ここは日銀に助け船を出す局面だろう。政府サイドが日銀に助け船を出し、環境変化に対処した長期 戦に備えるべく日銀の目標を弾力化し、財政政策と成長戦略と合わせて行うべきではないか。 1 「英国の EU 離脱による金融市場、経済への影響」(みずほ総合研究所 『緊急リポート』 2016 年 6 月 28 日) 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき 作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 2
© Copyright 2024 ExpyDoc