連載 第9回 日本・韓国・台湾の 死や終末期医療に対する 考え方の違い 宮下光令 教授 東北大学大学院 医学系研究科 保健学専攻 緩和ケア看護学分野 みやしたみつのり:1994年3月東京大学医学部保健学科卒業, 臨床を経験した後,東京大学大学院医学系研究科健康科学・ 看護学専攻助手・講師を経て,2009年10月東北大学大学院医 学系研究科保健学専攻緩和ケア看護学分野教授。専門は緩和 ケアの質の評価。 今回紹介する論文は,日本・韓国・台湾の Morita T, Oyama Y, Cheng SY, Suh SY, Koh SJ, Kim HS, Chiu TY, Hwang SJ, Shirado A, Tsuneto S. Palliative Care Physicians' Attitudes Toward Patient Autonomy and a Good Death in East Asian Countries. J Pain Symptom Manage. 2015;50(2):190-9. Cheng SY, Suh SY, Morita T, Oyama Y, Chiu TY, Koh SJ, Kim HS, Hwang SJ, Yoshie T, Tsuneto S. A Cross-Cultural Study on Behaviors When Death Is Approaching in East Asian Countries: What Are the Physician-Perceived Common Beliefs and Practices? Medicine. 2015;94(39). 終末期医療や望ましいあり方に対する考え方 ア医で,最終的に日本505人,韓国211人, の違いに関するものです。東アジアの終末期 台湾207人から回答が得られました1,2)。参 医療は欧米と比較して,家族を中心とした意 加した医師の信仰はキリスト教が日本11%, 思決定,仏教や儒教などを基にした宗教や社 韓国56%,台湾14%,仏教が日本18%,韓 会規範を有していると言われてきました。し 国13%,台湾42%でした。調査内容は治癒 かし,近年では,各国で医療の欧米化が進ん 不可能な場合の病名告知1),望ましい死のあ でいるだけでなく,台湾ではリビングウィル り方 1),家族との関係 2),自宅での死亡 2), を基本とした尊厳死が法制化されているなど その他の終末期医療に関すること2)などで, 変化しています。知っているようでよく知ら 3カ国語と英語に同時に翻訳したものを使用 ない,この3つの国の終末期医療に関する考 しました。 え方の違いを知ることにより,日本人の緩和ケ 治癒不可能な場合の病名告知に対する考え アに関してもう一度考えてみたいと思います。 方の結果を図1に示します。3つの国の比較 調査の対象となったのは3つの国の緩和ケ では,日本が最も患者の自律性を尊重すると 《図1》患者が治癒不可能な進行がんの場合の (%) 100 80 病名告知に対する考え方 82 41 40 20 49 48 52 台湾 韓国 患者がはっき りと病名の告 知を望んでい る 場 合 で も, ま ず 家 族 に, 患者に告知す るかどうか相 談する 日本 台湾 韓国 日本 台湾 韓国 患者がはっき りと病名の告 知を望む場合, まず患者に告 知し,次に,家 族に伝えるか どうかを尋ね る 望ましい死のあり方の違いを図2に示しま す。日本人の特徴として信仰や死への準備な 7 日本 0 年で大きく状況が変わったことになります3)。 68 60 査では, 「患者に先に話すべき」という医師は 17%しかいなかったことを考えると,この20 93 74 いう結果でした。1992年に日本で行われた調 家族が患者へ の病名の告知 に同意しない が,患者が明 確に望む場合, 患者に病名を 知らせる ※ 「とてもそう思う」 「そう思う」と回答した割合の合計 どを重視しないことが示されました。これは, 日本の一般市民のデータとアメリカの比較で も同様の傾向が見られています4)。また,台 湾では尊厳死法の影響もあり,機械や管につ ながれていない,心残りがないなどが若干高 い傾向にあったようです。 家族の役割に関する結果を図3に示します。 オンコロジーナース Vol.9 No.3 109 《図3》家族の役割 《図2》望ましい死のあり方の違い 7 (%) 100 6 80 90 61 60 50 台湾 韓国 日本 台湾 韓国 日本 台湾 意識がしっかりしている ユーモアの感覚を失わない 家で最期を迎えられる 機械や管につながれていない できるだけの治療を受けることができる 人に迷惑をかけない 誰かの役に立つと感じられる 信仰︵3項目︶ 心残りがない︵4項目︶ 準備︵4項目︶ 自律性︵4項目︶ 身体的苦痛がない 「終末期の患者が望ましい最期を迎えるためにそ れぞれの項目がどのくらい重要と考えるか?」 という質問に対する回答。 「不可欠である(7) 」「非常に重要である(6) 」 「重要である(5) 」「やや重要である(4) 」「ど ちらともいえない(3)」「あまり重要ではない (2)」 「全く重要ではない(1)」の平均点。 0 55 16 韓国 4 20 日本 韓国 日本 台湾 72 43 40 5 3 85 66 医師は「悪い 最期の瞬間に 可能性が低く 知らせ」を家 家族全員が立 ても, 「できる 族に伝える時,ち会うことが ことはすべて まず家族の中 大切だと考え することが親 で年長者また られている 孝 行 で あ る」 は“家長”に という考えが 尋ねる (患 者 の 子 ど もたちに)あ る ※「非常によく行う」「よく行う」と回答した割合の合計 という理由から自宅での死亡を望まないことは 以前からアジアでは言われてきましたが,今回 の調査ではそのような傾向は小さかったです。 その他の終末期医療に関することの比較の 結果を図5に示します。死後に家族が体をき れいにしたり,湯灌をしたりする習慣は日本 韓国と台湾では,家族や年長者の重視という だけでなく台湾にもありますが,韓国ではな 儒教的な考え方が強いことが分かります。こ いようです。 のような考えの下では,死は必ずしも個人的 この研究で日本,台湾,韓国では同じよう なことではなく,家族も含めて意思決定やケ な側面もあるものの,大きく違う点もあるこ アをすることがより重要になるでしょう。 とが分かりました。台湾,韓国に関してはそ 自宅での死亡に関する考えの結果を図4に の国での結果ですので,日本に長期的に住ん 示します。ここで特徴的なのは台湾で,病院 でいる台湾系,韓国系の人にそのままあては で亡くなると魂がその場所に留まるという考 まるかは分かりません。私たちは「○○出身 えから,死亡直前で意識レベルが低下してい だから△△なはず」と人種や国名で画一的に ても自宅に連れて帰ることが珍しくないよう とらえるのではなく,誰にでも(日本人でも) です。また,欧米の研究,特にラテンアメリ 育ってきた文化や規範があり,いろいろな考 カなどでは,友人や近隣の住民も家族のよう え方があることをよく理解しておくことが必 に世話をすることが少なくないようですが, 要だと思われます。個々の文化や考えを尊重 今回の3つの国ではそのような回答は少なく, した上で,このような知識を持っておくこと 血縁がある家族が主なケアの担い手と考えら は,患者・家族の理解やケアの助けになるも れていました。 「世間体」や「縁起が悪い」 のと思われます。 110 オンコロジーナース Vol.9 No.3 《図4》自宅での死亡に対する考え (%) 100 89 90 74 80 60 50 40 20 13 9 9 10 台湾 韓国 在宅療養中には, 家族の誰かが,患 者の世話をするも のだと考えられて いる 3 日本 台湾 韓国 「世間体」のため, 患者・家族が自宅 で亡くなることを 望まない 日本 台湾 韓国 「自宅で死を迎え ると家に不幸をも たらす」という考 えがあるために, 患者・家族が自宅 で亡くなることを 望まない 14 9 日本 台湾 韓国 「病院で死を迎え ると魂が戻ってこ ら れ な い」た め, 患者・家族が自宅 で亡くなることを 望む 14 3 日本 韓国 日本 0 台湾 3 0 患者が,親族・血 縁ではないもの (友人や近隣の住 人)に家族の代わ りに身の周りのお 世話を依頼する ※「非常によく行う」「よく行う」と回答した割合の合計 《図5》その他の終末期医療に関すること (%) 100 80 59 60 42 40 20 45 42 25 11 17 16 台湾 0 韓国 日本 台湾 0 韓国 患者が亡く な っ た と き, たとえ男性で あっても,家 族は泣き叫ぶ など自分自身 の感情をあら わに見せ,隠 そうとしない 日本 台湾 韓国 患者が終末期 に宗教家の訪 問を望む 日本 台湾 韓国 日本 0 0 39 患 者 が 亡 く 患者を死後に なった後,家 入 浴 さ せ る 族自身が患者 (湯灌をする) の体を拭いた りきれいにし たりする ※「非常によく行う」 「よく行う」と回答した割合の合計 引用・参考文献 1)Morita T, Oyama Y, Cheng SY, Suh SY, Koh SJ, Kim HS, Chiu TY, Hwang SJ, Shirado A, Tsuneto S. Palliative Care Physicians' Attitudes Toward Patient Autonomy and a Good Death in East Asian Countries. J Pain Symptom Manage. 2015;50(2):190-9. 2) Cheng SY, Suh SY, Morita T, Oyama Y, Chiu TY, Koh SJ, Kim HS, Hwang SJ, Yoshie T, Tsuneto S. A Cross-Cultural Study on Behaviors When Death Is Approaching in East Asian Countries:What Are the Physician-Perceived Common Beliefs and Practices? Medicine. 2015;94(39). 3)Ruhnke GW, Wilson SR, Akamatsu T, et al. Ethical decision making and patient autonomy:a comparison of physicians and patients in Japan and the United States. Chest. 2000;118:1172-82. 4)Miyashita M, Sanjo M, Morita T, Hirai K, Uchitomi Y. Good death in cancer care:a nationwide quantitative study. Ann Oncol. 2007;18(6):1090-7. オンコロジーナース Vol.9 No.3 111
© Copyright 2024 ExpyDoc