温暖化時代の臨機応変な追肥で 米の食味を維持しながら品質・収量

グリーンレポートNo.565(2016年7月号)
●巻頭連載 :
「農匠ナビ1000」の成果(農業経営者が開発実践した技術パッケージ)
第4回
温暖化時代の臨機応変な追肥で
米の食味を維持しながら品質・収量アップ!
∼「気象対応型追肥法」の開発状況∼
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 九州沖縄農業研究センター 水田作研究領域 上席研究員
(現 農林水産省 農林水産技術会議事務局)
森田 敏
外観
横断面
水稲は比較的暖かい気候でよく育つが、米が実る時期
の前半にあたる出穂後約20日間が暑すぎると、本来透明
になるはずの米が白濁する「白未熟粒」が増加する。白
濁部は、デンプンの蓄積が粗くなっており、精米時や洗
球レベルの温暖化に加え、場所によってはヒートアイラ
た場合に、臨機応変
に追肥を行うことが
重要となる。なお、
追肥量は、多すぎる
胚
米時に砕けやすく、多発すると食味も落ちる。近年、地
後の高温が予測され
と米のタンパク質濃
ンド現象の影響も受け、白未熟粒の発生は増加傾向にあ
写真−1 乳白粒(左)
、背白粒(中央)
および基部未熟粒(右)
る。高温が広範囲かつ長期間発生した2010年には、全
が落ちるため、葉色に応じて適正量を決める必要がある。
国的に米の等級が低下した。このため、高温による白未
農研機構 九州沖縄農業研究センターは、このような考
熟粒の発生、すなわち高温登熟障害の対策技術の確立と
え方から、気象予測と葉色の情報から追肥診断を行う
普及が急がれている。
度が高くなって食味
「気象対応型追肥法」
(図−2)の開発を進めている。
高温登熟障害の対策技術の考え方
対策技術の考え方は大きく2つある(図−1)
。ひとつ
温暖化の進行・気候変動の増大
年による気象の違いが大きい
は高温を回避するタイプで、遅植え(田植えを遅らせ、
猛暑!
秋に涼しくなってから実らせる)などがあり、もうひと
ムシムシ…
気象予報を活用した1㎞メッシュ農業気象データ
(中央農研)
つは高温耐性を高めるタイプで、耐性品種への転換が有
✚
効である。そして、このタイプのもうひとつの技術とし
て追肥がある。すなわち、生育後半の追肥量を増やすと、
出穂後気温と葉色で追肥診断(九沖農研)
異常高温+多照
出穂後の高温で多発する白未熟粒(特に背白粒と基部未
背白粒・基部未熟粒対応シフト
追肥増→品質向上+収量も増
熟粒:写真−1中央と右)の発生を軽減できることがわ
かってきた。ただし、追肥量を増やしてから出穂後に日
高温+日照不足・
台風
乳白粒対応シフト
追肥控えめ→品質向上
図−2 気象対応型追肥法の考え方
照不足や台風が発生した場合は、別のタイプの白未熟粒
である乳白粒(写真−1左)が増えるほか、稲が軟弱に
「気象対応型追肥法」の構築と効果の検証
なって倒れやすくなる。このため、気象予測情報で出穂
高温回避技術
穂の温度を低下
予防的技術
出穂期を遅らせて
涼しくなってから登熟
直播
晩生品種
遅植え
葉が大きく穂の
温度下がる品種
田んぼの配置(夕方、日陰になる
場所、建物の輻射熱を避けるなど)
水管理
治療的技術
登熟期のかけ流しかん漑
や落水時期延長で穂の温
度低下
気温が高くても
穂の温度を低下
追肥の可否を決める目安
高温耐性強化技術
前述したように、出穂後20日前後の気温が高いと背白
栽植方法
粒や基部未熟粒が増加する。1回目の穂肥時期は、多く
疎植
品種
高温耐性品種
土壌管理
の地域で出穂前17日頃であり、この時期に1ヵ月予報で
地力向上
深耕
基肥の量・
タイプの選択
出穂後の気温を予測することを想定し、出穂後15日間の
気温と品質の関係を解析した。なお、JAや普及センタ
分げつ期の深水管理でも
み数を抑制し耐性強化
ーの穀粒判別器の多くは、背白粒と腹白粒を区別できな
登熟期の水管理の選択で
穂肥の量・
耐性強化の可能性あり
タイプの選択
いため、本研究では、まず基部未熟粒を対象に気温との
関係を解析した。その結果、九州沖縄農業研究センター
収穫・乾燥
適期収穫
過乾燥の回避
(筑後市)における2003∼2014年の普通期栽培(6月植
え)の「ヒノヒカリ」では、出穂後15日間の日最低気温
図−1 高温登熟障害の対策技術の考え方(森田・2011年)
2
グリーンレポートNo.565(2016年7月号)
平均が24.5℃を超えると基部未熟粒歩合が10%を超える
がって、出穂前17日時点での出穂後14日間の予測気温は、
ことがわかった。等級の格付けでは、整粒歩合が70%以
前述のとおり十分な精度はないが、高温予測が外れた場
上で1等、60%以上で2等となり、白未熟粒が10%を超
合でも、穂揃期の葉色35を目標にした追肥診断によるリ
えて増加すると等級が1ランク下がると思われるため、
スクは小さいことから、気象予測を使った追肥診断の意
出穂後15日間の日最低気温平均24.5℃が、追肥の可否の
義は高いと考えられた。
*
閾値 になると考えた。
次に、
「気象対応型追肥法」で対照区(各地域の慣行
*:ある反応を起こさせる限界値、最小量。
的な施肥)より追肥量が多くなった場合の経営メリット
穂揃期の葉色を35付近に
を検討したところ、葉色診断に使う物品(SPADメータ
追肥量は葉色に注目して決めることが重要である。高
ーあるいは葉色板)
、肥料代、これらに関わる労働費がか
温年であった2003年と2010年に九州沖縄農業研究セン
かるものの、品質向上と増収による売上げの増加がこれ
ターで栽培した「ヒノヒカリ」では、穂揃期の葉色が濃
らを上回り、10a当たり4,500円を超える収入増加に結び
いほど基部未熟粒歩合が低下し、葉色(SPAD値)が35
つくと試算され、本技術のメリットが明らかになった。
を超えると基部未熟粒歩合が10%を下回った。なお、穂
揃期の葉色が濃いほど玄米タンパク質濃度が高くなるが、
葉色35程度であれば、食味官能値に影響をおよぼさない
技術普及に向けた今後の取り組みと課題
前述したように「気象対応型追肥法」の効果が検証さ
とされる玄米タンパク質濃度6.8%以下に抑えられていた。 れたことを受けて、インターネットで本技術を利用でき
このため、穂肥によって穂揃期の葉色を35付近に持って
るよう準備を進めている。インターネット上の地図で田
いくことが、追肥診断のポイントになると考えられた。
んぼを登録して、農研機構が開発した「全国1㎞メッシ
SPAD値から追肥量の算出式を構築中
ュ農業気象データ」を使い、自分の田んぼが高温になる
現在、穂肥時の葉色と追肥量の組み合わせが穂揃期の
と予測された場合に、葉色に応じて追肥量を算出するシ
「ヒノヒカリ」と
葉色におよぼす影響を解析することで、
ステムの試作版を中央農研と協力して開発した。来年度
以降の提供をめざしている。
「コシヒカリ」の葉色に応じた追肥量の算出式を構築し
つつある。低コストで入手できる葉色板による葉色から
なお、農業現場では、農業生産法人などの担い手に多
SPAD値に変換する式も構築中である。本技術の普及に
くの圃場が集積し、追肥作業が困難になっている地域も
は1ヵ月予報の精度も大きく関わるため、アメダス久留
少なくない。このため、本技術の普及に向けて、農家の
米の過去33年間(1981∼2013年)の実測気温と最新の
追肥労力を軽減することが重要である。最近、茨城県農
気象予測モデルで過去にさかのぼって予測した気温を比
業総合センターと㈲横田農場が共同で流し込み追肥技術
較することでその精度を評価した。その結果、出穂前17
を開発しており、今後、
「気象対応型追肥法」との組み
日時点で出穂後14日間の気温を予測することは統計的に
合わせが期待される。
可能だが、有効性は十分でなく、予測精度が高まる出穂
一方で追肥を行わない基肥一発体系の普及が進んでい
前7日や3日での追肥をターゲットにした「気象対応型
るが、倒伏や玄米タンパク質濃度の上昇による食味低下
追肥法」の検討も必要であると考えられた。このため、
を懸念して、施肥量を控えざるを得ないため、高収量が
望めないばかりか、高温年の品質低下を食い止めること
「ヒノヒカリ」
「コシヒカリ」で、出穂前7∼10日に行う
穂肥2回目での追肥量算出式も構築した。
は難しい。このため、生育後期に窒素発現が高まる一発
品質向上と増収により売上げ増加
肥料も開発されているが、増収効果は不十分で、年によ
本技術の効果検証は、この2年間、茨城県から熊本県
っては倒伏や玄米タンパク質濃度の上昇も懸念される。
に至る数ヵ所の農業生産法人などの協力を得て実施した
そこで、当センターでは、基肥一発体系でスタートして
(データ省略)
。その結果、葉色診断の閾値である「出穂
おき、高温による品質低下が懸念される年には葉色をみ
後15日間の日最低気温24.5℃」に達して追肥量を増やし
て追肥診断を行うことを想定して、緩効性肥料の窒素発
た試験区では、品質向上と増収が認められ、追肥の増加
現予測を組み込んだ「気象対応型追肥法」の準備を新潟
で懸念される玄米タンパク質濃度の上昇も、6.8%に達し
県や福岡県などの共同研究機関と進めている。
ない範囲だった。さらに、24.5℃を上回ると予測された
また、農業 I CT(Information and Communication
と仮定して追肥を行い、実際は高温にならなかった場合
Technology)のなかには、作物の生育情報を追肥量に
の品質は2014年と2015年の気象条件では大きく低下する
反映させる可変施肥機の開発・普及があるが、将来的に
ことがなく、この場合にも収量は増加し、玄米タンパク
はこのシステムに「気象対応型追肥法」のアルゴリズム
質濃度の点からもリスクは小さいことがわかった。した
を導入することも検討していきたい。
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