01 Financial markets 金 融 市 場 フェア・ディスクロージャー規制の 導 入に向けて 金融審議会ワーキング・グループの提言に基づき、フェア・ディスクロージャー規制の導入が検討され る。規制の精神は当然のものだが、制度化にあたっては、企業を萎縮させないための配慮が求められる。 金融審WGの提言 海外における規制の内容 2016年4月、金融審議会のディスクロージャーワー フェア・ディスクロージャー規制の詳細は、国によっ キング・グループが、上場企業と株主・投資家との建設 て異なるが、基本的な内容は共通している。すなわち、 的対話に向けた制度改革に関する提言を取りまとめた。 証券価格に影響を及ぼすような未公表の重要な情報を証 そこでは、会社法、金融商品取引法、取引所規則に定め 券アナリストや機関投資家のファンド・マネジャーだけ られた情報開示の内容を整理することに加え、上場会社 に選択的に開示することの禁止である(図表) 。 等が未公表の重要な情報を特定の第三者に対して選択的 重要な情報の選択的開示を行ってしまった場合には、 に開示することを禁じるフェア・ディスクロージャー規 速やかな当該情報の公表が義務付けられる。上場企業が 制の導入が、検討課題の一つとして提示された。 重要な情報を発信する場合には、情報を公平に提供しな フェア・ディスクロージャー規制の先駆となったの ければならないというわけだ。ただし、弁護士やアドバ は、2000年に米国の証券取引委員会(SEC)が制 イザーなど、契約によって守秘義務を負う者への情報提 定したレギュレーションFD(フェア・ディスクロー 供などは規制の対象とはされない。 ジャー)である。欧州では、EU(欧州連合)が2003 既にSECによる規制違反事案の摘発実績のある米国 年に採択した市場阻害行為指令に同じような内容の規制 を例にとると、業績に関する企業の予想が強気に振れて が盛り込まれ、各国の国内規制に反映されることとなっ いる場合に、業績公表時の株価急落を恐れた企業が、ア た。例えば英国の場合、金融行為規制機構(FCA)の ナリストにだけ自社の予想情報を漏らすといった行為が 開示及び透明性規則に規定が設けられている。 問題視されることが多いようである。 図表 米国と英国のフェア・ディスクロージャー・ルール 米国 英国 規制根拠 レギュレーションFD(SEC規則) EU 市場阻害行為指令に基づいて定められた FCA の開示及び透明性 規則 規制の対象となる 情報 未公表の重要事実 未公表の内部情報(合理的な投資家が投資判断に利用するものと思 われ、 証券価格に重要な影響を及ぼすような情報) 選択的開示を 禁じられる者 上場会社等、その役員、市場のプロフェッショナルや株主と日常的に 証券発行者 接触する従業員など 選択的開示を 禁じられる相手方 ブローカー・ディーラー(証券会社)、投資顧問会社や機関投資家の ファンドマネジャー、投資会社(投資信託) 、 証券を売買することが合 アナリスト、 従業員、 格付機関、 金融機関、 主要株主その他の第三者 理的に予想される者など 主要な適用除外 弁護士、投資銀行社員、会計士など信認義務を負う者や守秘義務契約 守秘義務の対象情報などをアドバイザー、交渉相手、労働組合、官庁、 を結んだ者、格付機関など 主要株主、 銀行、 格付機関等に選択的に開示することは許容される 特記事項 報道機関に対する開示は、証券を売買することが合理的に予想され 守秘義務の対象情報などは公表時期を遅らせることが可能 ないため、許容される (出所)各種資料を基に野村総合研究所作成 2 野村総合研究所 金融 ITナビゲーション推進部 ©2016 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. る以上、日本だけ規制が緩やかだと思われれば市場の信 日本の現状と今後の課題 認が損なわれかねないという懸念もあるだろう。 しかし、制度化にあたっては留意すべき点もある。最 これに対して日本では、株価に影響を及ぼすような未 初に規制を導入した米国でも、当初多くの企業が機関投 公表情報の取扱いについて一定の規制が設けられてはい 資家との一対一のミーティングを一律に中止するなど過 るものの、欧米のように未公表の重要情報を上場企業等 剰反応とも言うべき現象が起きた。規制の効果をめぐる が証券会社のアナリスト等に選択的に開示することが正 実証研究の中には、市場に発信される情報の質や量が低 面から禁じられているわけではない。 下したと指摘するものもある。 例えば、上場企業等から未公表の重要事実を伝達され 今後の論点の一つは、規制の形態をどうするかであ た者が、当該企業の株式等を売買すれば、インサイダー る。法令上の義務として違反者に刑罰を課すという厳格 取引として処罰される。2013年の金融商品取引法改 なルール化から取引所などの自主的なルールとして違反 正で、未公表の重要事実を伝達する行為自体について 者には情報開示実務の改善を求めるという緩やかな手法 も、一定の場合には処罰の対象とされることとなった。 まで、様々な選択肢が考えられるだろう。 また、証券会社が、上場企業等に関する未公表の情報で また、規制の対象とする情報をどこまで拡げるかも重 顧客の投資判断に影響を及ぼすようなもの(法人関係情 要な課題である。日本ではインサイダー取引規制の対象 報)を提供して勧誘する行為も禁じられている。 となる重要事実が詳細かつ技術的に定義される一方、か こうした中で、最近になって、証券会社が法人関係情 なり幅広い情報が法人関係情報として規制されるといっ 報を顧客に伝達して株式の売買を勧誘したとして金融庁 た状況にある。それらのどこまでについて、選択的な情 による行政処分を受けた。これらのケースは、インサイ 報開示を禁じるのか検討を深める必要がある。 ダー取引規制違反とまでは考えられないものの、一部の 近年、上場企業等が機関投資家との建設的な対話を通 投資家だけが不当に得た情報によって取引したという点 じて「稼ぐ力」を高めるべきとの声が高まっている。 で、一般投資家に不公平感を与えかねない。行政処分の フェア・ディスクロージャーは重要だが、仮に企業の情 対象事案は、決算発表前に証券アナリストが業績につい 報開示姿勢を萎縮させれば、そうした動きに水を差しか てヒアリングする「プレビュー取材」に絡むものであ ねない。慎重な検討が求められる所以である。 り、既に複数の証券会社が今後は「プレビュー取材」を 行わない方針を明らかにしている。ワーキング・グルー プによるフェア・ディスクロージャー規制導入の提言 Writer's Profile は、こうした事情を背景としたものである。 大崎 貞和 フェア・ディスクロージャーの精神を頭から否定する 未来創発センター 主席研究員 専門は証券市場論 [email protected] 人は誰もいないだろう。また、欧米でルール化されてい Sadakazu Osaki Financial Information Technology Focus 2016.7 3
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