SCMによる競争優位

2015年春学期
「現代の経営」
第14回 SCMによる競争優位の獲得
樋口徹
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6-2-3 SCMによる競争優位の獲得(p.151)
• 優れたSCMによって、競争優位を獲得した企業は多数ある。その中でも有名な企
業が トヨタ自動車 とDell(デル)である。
• トヨタ自動車は優れた技術力と ジャスト・イン・タイム (JIT)によって世界有数
の自動車メーカーの座を獲得している。それに対して、Dellは技術力ではなく、
SCMによって、1999年にパソコンの出荷台数が世界一となった企業である。
車台(シャーシ)と
車体などの取り付け
言われる自動車の
骨格部分(機械溶接)
鋼
タイヤ、ハンドル、エンジン
など様々なものを取り付け
ベルトコンベヤー
倉庫には保管しない
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部品供給、復旧すばやく
トヨタ、災害時の情報網 10次下請けまで把握、日産も展開
(2015/3/9付日本経済新聞 朝刊)
トヨタ自動車が大災害時に自動車生産に必要な部品の供給をすばやく復旧さ
せる仕組みを構築している。10次下請けにいたる国内部品メーカー約 1万3千
社の生産情報を把握し、災害が起きたらすぐに代替調達などの対策に乗り出す。
日産自動車も同様の仕組みを構築し、世界規模で導入を進める。東日本大震災
から4年。災害に強いサプライチェーン(供給網)が日本の主力産業でできあがり
つつあり、国際競争力の強化にもつながりそうだ。
2011年の東日本大震災では、自動車各社の生産・開発拠点が直接的な被害を
受けたほか、半導体部品や樹脂部品などの 調達 が寸断した。生産の本格回
復までには半年程度かかり、11年の国内自動車生産台数は10年比12.8%減の
839万8000台に落ち込んだ。
トヨタはこの教訓を生かし、災害対応に限定した情報システムの運用を始めた。
約4000品目の部品について、 資本関係 のある1次や2次だけでなく、トヨタ
本体はほとんど情報を持っていなかった10次以降までの取引先の協力を得て生
産場所や緊急連絡先をデータベースにした。対象は約1万3千社、約3万拠点に
及ぶ。
東日本大震災までは、 災害 のたび
に被災地で生産する取引先を探し出し、
そのつど対策をとってきた。新システム
では、対策が必要な拠点や部品をすぐ
に割り出すことが可能。震災前は事態の
把握だけで数日から数週間かかってい
たが復旧支援にも早期に取り組める。
トヨタはこの仕組みをつかってサプライ
チェーンをさらに進化させる。各部品の
生産情報を定期的に更新。取引先が部
品を震災想定地域だけで生産していたり、
代替がきかない材料を使ったりしている
場合は、拠点の 分散 や 材料変更
を促す。
日産 も取引先工場の立地や生産
部品などを網羅するデータベースを構
築しており、被災時にどの 車種 の
生産に影響が出るかを即座に把握し
対応できる体制を整えた。災害発生か
ら数週間をメドに復旧できるという。
海外でも災害に強いサプライチェーン
づくりを進める。トヨタは工場のある世
界10地域すべてに国内と同じ仕組みを
広げる。日産は11年に大洪水があった
タイ のほか、欧米中印でもデータ
ベースを完成させた。今後はメキシコ
やブラジルでも導入を急ぐほか、資本
提携先の仏 ルノー にもノウハウを提
供する。
6-2-3 SCMによる競争優位の獲得(p.151)
• Dellの強さは、 受注生産 に基づく、パソコンの 通信販売 にあった。
当時の大手PCメーカーは、技術開発に力を入れながら、 見込み生産 を
行い、既存の流通チャネルを通して販売を行っていた。それに対して、後発
メーカーのDellは製品の技術力やブランド力が弱く、専門店や量販店などの
流通チャネルにおける地位が低かった。しかし、それによって、受注生産に
基づく通信販売に特化することができた。
• パソコンの部品は急速に 値下がり するものが多く、さらに不必要な機能
まで組み込まれている製品では不要な費用が 上乗せ されていることに
なる。消費者にとって、必要な部品のみを最新の価格で組み立てられたオー
ダーメイドの製品を1週間程度で受け取れることのメリットは大きかった 。
• Dellにとっては、受注生産に特化することによって、在庫の保有や処分に関
するコストを最小限に抑えられ、キャッシュフローが大幅に改善するなどのメ
リットがあった。
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バーチャル・インテグレーション(仮想統合)の4か条
• マイケル・デルはDellのSCMをバーチャル・インテグレーション(仮想統合)とい
う概念で説明している。バーチャル・インテグレーションの条件として以下の4ヶ
条を挙げている。
(1)客・製造業者・サプライヤーの溝を埋める ダイレクト な関係を構築する
(顧客からの注文に対して、協力企業と一丸となって迅速に生産・加工・出
荷するための仕組みづくりに力を注ぐ)。
最新の市場動向と納
入先の生産計画・戦
略が把握できない
協力企業
(部品メーカー)
情報システムの互 新鮮かつ正確な顧客 小売りや卸
情報が把握できない
換性不足や機密保
売りなどの
持等の連携不足
流通機構
デル
顧
(セットメーカー)
客
ダイレクトな関係
新鮮かつ正確な顧客情報に基づき、デルと協力企業が連動してい
るので、迅速に行動可能(製品在庫と部品在庫を極限まで削減)
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バーチャル・インテグレーション(仮想統合)の4か条(2)
(2)自社の付加価値を把握し、 得意分野 に絞り込む(その他の労働・資
本集約型サービスは他社との提携で賄う)。
原材料(A)
部品(A)
原材料(B)
部品(B)
デルの強み
直販と受注生産体制
(流通段階)
完成品
原材料(C)
消
費
者
部品(C)
原材料(D)
川上
⇒
川中
⇒
川下
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バーチャル・インテグレーション(仮想統合)の4か条(3)
(3) 最高 レベルのサプライヤーと協力関係を構築する(品質、納期、対応力な
どで優れた会社ならば、企業の社会的責も適切に遂行していると期待できる)。
A部品会社
(高コスト・低サービス)
B部品会社
(低コスト・高サービス)
品質と価格
に悪影響
デル
(セットメーカー)
ライバル会社
品質と価格
に悪影響
C運輸
(高コスト・低サー
ビス)
D運輸
(低コスト・高サー
ビス)
顧
客
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バーチャル・インテグレーション(仮想統合)の4か条(4)
(4) インターネット を戦略の必須要素と位置付ける(顧客や協力企業とのコミュ
ニケーションに加えて、データを収集し、ビッグデータを活用する)。
※今日では、Dellの作ったSCMを効果的に活用したビジネス・モデルを多数の企業が
採用している。それによって、Dellは圧倒的な競争優位を失った。しかし、 SCM
で技術力に勝てることを最初に示したことは大きかった。
協力企業
(部品メーカー)
デル
(セットメーカー)
ダイレクトな関係
「顧客⇔デル」のインターネットを介したミュニケーション:
・サイト上での情報公開
・受発注・決算にかかわる業務の省力化(伝票や請求書の自動作成)
・顧客データベースの管理(販売促進;そろそろ買い替えの時期では?)
「デルと協力企業」のインターネットを介したコミュニケーション
・最新の市場動向把握(部品の需要予測精度向上)
・受発注の迅速化と省力化(在庫水準の把握や決算の容易さ)
顧
客
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以下は補足:DELL
マイケル・デルのリーダーシップの秘訣
1. 注文生産(直販)
2. 在庫の評価・管理
3. サプライヤーとの連携(連結経済におけるバーチャル・インテグ
レーション⇒サプライチェーン・マネジメント⇒ 6に)
4. 従業員との間にパートナーとしての関係構築
5. マーケットを革新(流通経路を変更)
6. 顧客の満足体験を総合的に捉える(製品、買い方、利用方法等)
7. 革新がなければ、消え去るのみ(改善?)
8. グローバルに試行し、グローバルに行動(?)
9. うまく行っていることに余計な手出しはしない
10.成長を管理する(急成長はひずみを生む)
※レベッカ・ソンダーズ著(2004年)『ダイレクト・モデルで躍進するデ
ル』三修社
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デルの製品の人気の理由(デル社による分析)
• スタンダード・テクノロジー
CPUをはじめすべてのパーツは、世界が認める高い安定性を
持った製品を採用。信頼度が高い。
• プライス・パフォーマンス
直接販売による低い流通コストと、継続した効率訴求によるコ
ストダウンで、常に顧客に最適な価格を提供。
• カスタマイズ・システム
パーツから、周辺機器、ソフトまで、豊富な選択肢をご用意。ム
ダのない最適な1台がオーダーメイド可能。
• デリバリー・レポート
ご注文のマシンの受注・組み立て・空輸・配送など納品状況を
WEB上で確認できるオーダーステータスページを提供。
• ダイレクト・サポート
ご購入後にお客様専用のサポートサイトを設置。電話やメール
により常に的確なサポートを提供。
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マイケル・デルの年表
1965年
2月23日テキサス州ヒューストン生まれ(ユダヤ人)
1977年頃
全国規模の切手オークションを主催し2000ドル稼ぐ。
1970年頃
パソコンをアップグレードし、友人や知人に販売開始(卸売業者から
部品をまとめ買い;利幅を上げつつ、サポートサービスと掲示板
システムを活用して大手に対抗できると思っていた)。
新聞の購読勧誘(郡書記事務所で新婚家庭と転居者の情報を収集
し、的を絞る)。
高校の時に所得申告作成が宿題として出され、年間18,000ドル稼い
でいたことが判明した。
1983年
テキサス大学医学部入学
1984年
学生寮の一室でPC’s Limited(資本金1000ドル)を起業し、大学中退。
1985年
Turbo PCを設計し、製造・販売(返品対応と翌日のオンサイト対応)
1987年
イギリスに初の海外支社設置
1988年
NASDAQに株式公開し、社名を「Dell Computer Cororation」に変更
1990年
アイルランドに工場設置(欧州、中東、アフリカ向け)
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マイケル・デルの年表(続き)
1992年 Fortune500に登場(最年少CEO)
1993年 直販戦略に特化(小売りへの損失補償から脱却へ)
日本とオーストラリアに支社を設置(アジアとオセアニア初)
1996年 Dell.COMをオープンし、販売および企業向けプレミアサー
ビスを開始。
1997年 テキサスの第二工場操業開始(在庫15日分)。
1998年 中国の厦門に製造・販売・サポートセンター設置
1999年 PCとサーバーの出荷台数世界1位獲得。
ブラジルに製造拠点設置(中南米向け)
2001年 コンピュータシステムプロバイダ(ソリューション)の売り上
げ世界1位を獲得。
2003年 社名を「Dell」に変更。
2004年 CEOを辞職(2007年にCEOに復帰)
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デル製品を購入する手順
1. 欲しい製品を探す
製品情報を参照しながら欲しい製品を絞り込む。
2. 製品のカスタマイズ
パーツ、サービス、周辺機器、ソフトウェアをニーズに応じてカスタマイズ。
3. ショッピングカートに入れる
構成内容を保存すれば、後日注文可能(見積書 を発行することも可能)。
4. チェックアウト
STEP 1: 顧客の情報
・請求先、配送先、連絡先を入力(登録済みなら不要)。
・質問事項や販売契約条件などに回答し、支払方法を選択。
STEP 2: 支払い方法
・選択されたお支払い方法によっては、更に詳細情報を入力。
STEP 3: 注文のご確認
注文内容を確認し、発注。
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※正式発注は、最終的に代金の振込、もしくはフィナンシャル契約の承認が確認されてからとなる。
デル製品を購入する手順(続き)
5. ご注文確認メールの配信
(登録したE-メールアドレスに注文内容の確認するメール送付)。
6. オーダーステータス(お届け予定日)のチェック
注文製品の支払い手続き完了後、24時間以降WEBオーダーステータスに
て製品のお届け状況の確認が可能となる。(オーダーステータスページに
てチェックアウト時に発行されるオーダー番号およびパスワードを入力、ま
たは、電話での音声による24時間納期情報案内サービスが利用可能)。
7. 製品の宅配
デルと契約した配送会社(佐川急便など)から製品を宅配(配
送は国内のみに限定)。製品は正式受注後、通常10日~21日
ほど(購入製品により異なる)で宅配。
※一部のソフトウェア&周辺機器の商品は、システムとは別発
送となる場合がある。
※製品到着後の誤品、欠品などの問い合わせはカスタマーケ
アに連絡。連絡先は、請求書・注文請書に記載されている。
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インターネットを利用した直接販売
製品や在
庫情報
出庫指示
ウェブ
サイト
(ICT)
情報提供
検索・注文
配送/商品受領(宅配市場の成長)
直接販売のメリット
• 効率的な販売(卸売りなどの仲介業者の排除)
• 効率的な物流(注文データから送り状自動作成)
• ウェブサイトで大量のデータを双方向で提供
• 24時間全国あるいは全世界から受注可能
• データベースも即座に作成
• 入金後、製造販売(受注生産)すればキャッシュフロー改善
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デル製品の発注から受領まで(オンライン) 特急便は除く
日
顧客(国内)
デル(中国)
1
注文・決済 →受注・決済確認
協力企業(中国)
2
生産準備中(生産・輸送計画)
3~5
組立(インストールと検査)← 部品生産(15分前納品)
6~
受領←← 宅配
注文
デルの
ウェブ
サイト
(佐川急便)
部品発注・需要予測
デル中国工場
部品
納入
近接す
る協力
企業群
受領←輸送←組立
デルの強さ:中間段階削除(マージンと製品在庫の削減)
消費者ニーズの把握と代金回収の速さ
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安価な部品(直近の価格;PC部品の値下りが早い)
デルのビジネス
PCのネット通販(受注生産 )
(存在しているものを
上手に組み合わせる)
直販に特化(サプライチェーン戦略)、マスカスタマイゼーション
※モニターやスピーカーなどは顧客へ直送(別送)
※1992年に204社あったサプライヤーを47社に絞り込み
修理とアップグレード(≠革新的新製品)⇒メンテナンス(対応力)
PCとサーバーで世界1
Dell.com開始(ネット通販)
副業
直販特化(小売りと卸売りを経由しない販売)
PC’s Limited設立、デル・コンピュータを経てデルに変更
1970年 1984年 1993年 1996年
1999年
整然とした最適化主義者:優れたアイデアで会社を興し、そのアイデアにそって
会社を運営し、絶え間なく改善を積み重ね、戦略上の核心は見失わない。 19
通常の量販店経由の消費者向けビジネス・モデル
部品⇒製品
組立開始
流通過程(複数卸売り)
「保管⇒輸送⇒保管」
の繰り返し
小売店⇒販売
(代金回収)
⇒売れ残り
約2ヶ月後
• パソコンの売上原価の約80%は部品代。
• メーカーは代金を回収するまでに長期間待たなければならな
い(金利負担や売れ残りリスクなどを抱える)。
• 消費者は、値下がり前の古い部品から構成され、不必要な機
能の分まで含まれている価格で製品を購入しなければならな
い。
• 価格には、複数回の卸売りあるいは物流センターを経由する
ので、時間と費用が上乗せされている。
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デルモデル(PCの直販)は時代の必然
PC市場動向
競争優位
の源泉:
競争相手:
利用者層:
業務用コン
ピュータ
技術力 → 市場影響力 → 価格競争力
(製品イノベーション→工程イノベーション→コスト削減)
ごく少数 → 少数 → 参入者増加
非常に狭い → 狭い → 急拡大
高価格かつ
低性能PC
1985年
PC時代幕開け
性
能
向
上
費
用
削
減
性能向上
用途拡大
費用
削減
1990年
PC時代本格化
技術優位の大手企業に新興企業が勝つには?
絶好の参入のタイミングを図る。大手には真似のできない手
法を採用したり、有利に展開できるニッチ市場を探索する。
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