Common Sense -濱口桂一郎の問題意識- 「失業時のセーフティネットに関心が寄せられてこなかった。労働法学 は就業時の雇用労働条件、社会保障法学は年金や医療保険が主た る関心だった」-同感! リーマンショック後、「雇用保険と生活保護を一体的にとらえる重要性 が浮上した」「第2層のセーフティネットの領域を考える上で有用と思わ れる諸制度の歴史的展開と最近の動向を解説する」から学ぶ。 労働市場のセーフティネット -雇用保険制度の展望と課題- JILPT統括研究員 濱口桂一郎 労働運動への発信 №.38 2012. 1.25 [email protected] Business Labor Trend 2010.4 失業保険制度の「モラルハザードとのたたかい」の意味と「改正」経過 1947年の制定時 一律6ヵ月の被保険者期間で180日 間の給付。 「季節的に半年ずつ就労と失業を繰り返す」状況が生まれた。 (東北の出稼ぎ-冬の農繁期に雇用、夏は失業保険、北海道の 季節労働者は夏働き、冬は失業給付の繰り返し-ryo) 1955年改正 雇用継続期間に応じ、270日から90 日の段階性とした。 改正は、「給付日数と継続雇用期間のリンクは、長期勤続して払い 込んだ保険料の払い戻しとの考え」の源泉となった。 1960年代には女子の結婚退職金的受給が問題となった。(次に 雇用の働く意思なく家庭に入る)雇用保険法で改めた。 1974年雇用保険法 被保険者期間1年以上は、30歳未 満90日間から55歳以上の300日と年 齢階層別とした。 失業給付は再就職までの生活安定が目的。従って「就職の難易 度に応じて定めることが合理的」とした。 その後、高齢化が進展する。 1984年改正 拠出期間と給付日数のリンクの再度 の導入。 「短期間で離職する高齢者の長期間保障するのは、若年の長期 勤続者と公平を欠くとの批判」に対応し、「私的保険」と排除された リンクを再度導入した。 パートタイマーが急増する。 1989年改正 パートタイマーを一般被保険者より 最大90日短い給付日数とした。 「パートタイマーは離職率が高く、求人倍率が高い」との理由によ る。次第に疑問が呈され、2003年改正で一般とパートタイマーは 統一された。 この時点では離職理由(解雇or自己都合)で給付日数の差はない。 2000年改正 解雇・倒産による離職か自己都合退 職で差がつけられた。 年齢、被保険者期間、パートか一般か、離職理由の4次元のマト リックス(鋳型)で複雑となった。さらに「3ヶ月の待機期間」(1984年 改正)が加わる。 2002年 「運用改善」の通達発出- 再就職の促進や失業認定の厳格化 ・月2回以上の求職活動実績の確認。サンプリングで問い合わせ。 虚偽は不正受給として処理する。 ・紹介事業所の面接で故意に不採用になるような言動は、紹介拒 否。給付制限を行う。 2007年改正 財政運営 財政当局が、原則1/4の国庫補助の廃止を求める。当分の間、負 担額の55%の引き下げて決着。 2009年改正 国庫負担の廃止問題、 非正規労働者への適用が論点(注) となる。 リーマンショック前の追加経済対策(麻生内閣)で雇用保険料0.4% 引き下げを決定。直後に政権交代。派遣・期間工切りの失業増。 年越派遣村の出現。09年3月、非正規労働者が「6ヵ月以上の雇 用見込み」で適用が拡大された。 2010年改正 政権交代。「雇用保険 をすべてに労働者に適用する」(民 主マニフェスト)が背景となる。 季節労働者は“特例”被保険者扱 いが、より固定化される。 ①所定労働時間20時間未満の者、②日雇労働保険者にならない 日雇労働者、③短期特例被保険者にならない季節労働者、④学 生アルバイトが適用除外と明示された。これ以外は、非正規労働 者が適用対象となることを意味する。 事業主の雇用保険料未納は、2年以上前に遡及適用できる。 保険料を元に戻し、国庫負担を1/4に2011年度から戻す。 (注)制定時の失業保険法は、非正規労働者を「適用除外する」とはなっていない。技術的に日雇労働者は除外されたが、 1949年に日雇雇用保険が創設されている。当時、臨時工とか社外工には適用されていた。フルタイム直接有期雇用は現在 まで一貫して適用対象である。ところが1950年の通達ですなわち「臨時内職的‥」(意味- 内職や臨時就労は、労働者と認 めがたく、失業者となる恐れがない)を「失業保険の被保険者としないこと」が指示され、それが続いてきた。「1年以上の雇用 見込み」がハードルなり、パートや派遣労働者がフルタイムでも実態として適用されずにきたわけである。 Business Labor Trend 2010.4 〔失業保険制度の基本的な視点-「モラルハザード」の要因〕 ●失業保険は、社会保険と雇用政策手段の2つの性格を併せ持つ。 ・社会保険-失業による所得の喪失を保険事故ととらえ、再就職するまでその所得の補償を行う。 ・雇用政策手段-完全雇用を実現するため、できるだけ速やかに再就職を援助する。 失業保険給付は、両者を一体的に担うもの。すなわち、求職活動中の生活安定を確保し、これを通じて求 職活動を奨励するということ。 ●2つの性格は、常に整合的ではない。生活保障が再就職を阻害するモラルハザードとして機能する。 「失業」には特殊性があり、労働の意思と能力という主観的要因が含まれる。この意思は外部から判断が 困難。離職そのものにも任意性がある。つまり、保険事故の主観性が濫用を容易にする基本的要因となる。 これを防止する制度設計上の工夫が必要となる。→「モラルハザードとのたたかい」 近年のヨーロッパでは、イギリスのニューディール政策やドイツのハルツ改革など、失業給付や公的扶助な ど福祉受給者を労働市場に連れ戻して就労させようというワークフェア政策が大きな柱になりつつある。 ・ハルツ改革-労働市場改革に関する諮問委員会(委員長をフォルクスワーゲンのハルツ取締役が務めた)(ryo) ・ニューディール政策-1人親方や障害者の福祉給付依存者に対する教育を通じた就労促進。働いた方が得になるという Making Work Pay と言われる税制改革。(ryo) 日本おける生活保護制度の「運用見直し」の議論 ・「利用しやすく自立しやすい制度へ」(社会保障審議会の専門部会、2004年)報告を受けて2005年度から 「自立支援プログラム」が実施された。 ・「新たなセーフティネットの提案-『保護する制度』から『再チャレンジする人に手をさしのべる制度』へ」 -2006年、全国知事会・全国市長会の報告、中心は稼働世代には5年間の有期保護制度。職業訓練による 就労支援など。 労働市場のセーフティネットをめぐる議論は「やや錯綜した状況にある」 第1層の雇用保険制度←2010年改正でほぼ解決のめどが立つに至った。 第2層の求職者支援制度←2011年10月から恒久制度化している。 第3層の生活保護制度←議論の方向を再度整理する必要がある。 〔錯綜している議論点〕 ●稼働世代であることと、職業訓練をすれば直ちに就労可能であることの間に大きな落差がある。そもそも 生活訓練や各種のセラピー(治療)をきめ細かく実施することにより、労働市場の入口にまで連れて行くこと 自体が課題の人びとが存在する。福祉事務所とハローワークの密接な連携で「ふさわしい支援サービス」と 「その間の生活を維持するための給付」の制度設計が必要である。生活訓練が必要なのに、いきなりの実 践的な職業訓練の実施は、効果がないばかりか、逆効果になる。きめ細かい「受け渡しの仕組み」が求めら れる。(濱口)←派遣村のワン・ストップ・サービスの教訓。(ryo) ●大阪市長-「訓練・生活支援給付」を生活保護制度に優先することの提案。←現在の稼働世代の多様 性を考えると財政を理由に生活保護制度の責任を縮小するのは疑問だ。(濱口) ●布川日佐史(静大教授)の「生活保護の論点」-「生活保護制度が利用しやすく、自立しやすい制度に なり、生活困窮状態の人をしっかりカバーすることになれば、重層的社会保障制度の土台が固まり、各 制度それぞれの機能強化することになるし、全体の機能を強化することになる」「社会保障制度全体を改 革するには、土台である生活保護制度をもっと活用せよ‥。社会保障改革を重点課題とするには、生活 保護改革を社会保障改革の土台として論じはじめなければならい」 ぜひ、「月刊全労連」11月号参照 〔濱口桂一郎の主張〕 適用拡大された雇用保険制度と、職業訓練受講を前提とする求職者支援制度とさまざまな生活訓練やセ ラピー(治療)など自立支援を伴った生活保護制度を組み合わせながら、誰も落ちこぼれることのない切れ 目のないセーフティネツトを構築することである。その際には、行政窓口をどのように設計するかが重要と なる。→京都支部の「ホームレス」のとりくみと事業団における就労はこの指摘を先取りする実践である。
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