体制移行期の中国都市部における所得格差と健康格差

馬論文へのコメント
学習院大学
鈴木 亘
論文の意義・評価
• 近年、学会で注目を浴びている「マルチレベ
ルモデルを用いた所得格差と健康」に関する
一連の先行研究と同じ手法を、中国の都市
部のデータに適用した研究。
• しかも、ジニ係数の算出で有名な西南財経大
学家庭金融調査並んで、有名かつ大規模な
調査である中国家計所得調査(CHIP)を用い
たものであり、いわば、「成功が約束された」
有望な研究と言える。
• 下記の重要な知見が得られている。
• 中国の都市部においても、①主観的健康状態
(SRH:self-rated health)に、地域のジニ係数が有
意に影響している(格差が大きいほど、SRHが悪
い)。
• ②ジニ係数の限界効果は、アメリカ0.054)、日本
(0.299)に比べて、中国都市部(0.326)が大きい。
また、日本は、そもそも有意ではない研究もある。
• ③ジニ係数の限界効果は、高所得グループ、年
齢が高い層(50~59歳)で大きいが、これは日本
の結果と共通しており、米国の結果とは異なる。
• ④ジニ係数が影響するルートについても分析。
論文の改善点
• 成功した先行研究(群)の「○○国版」を行う際に
重要なのは、先行研究と比較可能なように、推定
方法、スペックなどを、先行研究に完全に合わせ
ること。また、著名な研究はいくつもあるので、そ
れらに合わせて、いろいろなバージョンの推定結
果を用意するべき。
• ロジットだけでは無く、順序ロジット、プロビットも
用意すべき。格差の変数もいろいろ用いる。SRH
や所得をはじめとした変数も、先行研究に合わせ
て複数のバージョンを用意する。
• あるいは、日本、米国のデータは入手可能なの
で、比較研究にするという方法も。
論文の疑問点
• もっとも重要な変数であるジニ係数に違和感が
ある(所得の高い広東省や上海、重慶のジニ係
数が他都市より低い?、一人当たりGDPとジニ
係数がマイナスの相関(-0.384)?、全体的にジ
ニ係数低い(重慶市発表0.42に対して0.348)。
地元戸籍者だけを調査対象としているのか?)。
• 先行研究では、地域の所得格差がきくかどうか
が重要で、絶対所得仮説VS相対所得仮説とい
うまとめ方はしていないのではないか(そもそも
排他的な仮説ではない)。推定1、2は不用か。
マイナーな点
• 推定1~3の1人当たりGDPが1.000で全て同じ。
なおかつ全て1%基準で有意と言うことはあり
得るか。
• SRHは悪い方を1にする方が普通ではないか。
• 世帯所得は都市別の物価水準で調整して実
質化しているか。GDPも実質化した方が良い。
• 一人当たり所得は、人数で除すのではなく、
等価所得を使うべき。
先行研究群とも共通する課題
• SRHを①健康の代理指標としてみるのか、②
幸福感のような意識としてみるのかが、明確
ではない。
• ①ならば健康へのダイレクトな政策提言(例え
ば格差縮小すべき)につながるが、意識では
それはないので、両者の差は明確にすべき。
• 馬論文でも、結果の解釈で両者が混同されて
いる記述がみられる。
• 「地域の所得格差」が、SRHに影響を与える
ルート、理論が明確ではない。
• 格差自体は、通常は政策変数では無いのだ
から、格差が影響しているよりダイレクトな変
数(例えば医療関係のインフラ)を特定して、
政策提言すべきである。格差を格差のままと
して放置して議論するのは、あまりに「政治
的」である。
• この論文では、新唯物論仮説(適切な訳
か?)、相対的はく奪仮説、生活習慣仮説を
設定して、それらの変数をいれてジニ係数の
変化(大きさ、有意度)をみており、評価でき
る。
• ただし、多重共線性に配慮して、各仮説の変
数を個別に推定しているが、その必要性は低
い(各仮説の変数間にマルチコがあっても、
ジニ係数の係数にはバイアスをもたらさない)。
• 各仮説の変数が有意かどうかではなく、ジニ
係数が有意になるかどうかが重要なので、例
えばインフラの変数は複数を同時に入れれ
ばよい。どうしても仮説の変数が有意かどう
かを見たければ、主成分回帰という方法もあ
る。
• 他の仮説の変数も、どんどん説明変数に入
れて、同時にコントロールすれば良い。
• 仮説は他にもありそうである。例えば、①そも
そも格差の背景となる要素(高齢化(65歳以
上比率だけではなく、もっと非線形要素。高
齢者が多いことによる込み合い等の外部不
経済)、単身化、世帯人数減)、②ソーシャル
キャピタル、③流動人口の多さ(流動民、民
工)等。
• 特に、中国独自の要因を追加的に考慮する
と、論文のオリジナリティーが増すように思う。
なぜ、ジニ係数の限界効果が中国で大きい
かということの理由にもなるので。