日本における裁判員制度の 現状と課題 東京大学 井上正仁 はじめに ○日本 ・2004年5月,大規模な司法制度改革の一環として,裁判員法 制定 ・5年の準備期間を経て,2009年5月試行 ・2009年8月,初の裁判員裁判(東京地裁) それ以降2011年1月末までの18ヵ月間に全国で約1,900件 の裁判 ・裁判員・補充裁判員を務めた人は約14,000人 ⇒ ○さまざまな統計,裁判員経験者に対するアンケート調査 や座談会等,裁判官その他の関係者の聴取,国民の 意識調査等の積み重ね ○運用や制度の見直しに備えた検討 2 Ⅰ 裁判員制度の概要 (1)裁判員制度とは? ○一般の国民の中から選ばれた6名の裁判員が 刑事事件の裁判(第一審)に参加 3名の裁判官とともに裁判体を構成 公判の審理に出席し ・有罪か無罪か ・有罪の場合,どのような刑罰を科すか(量刑) を決める制度 ※ 公訴事実について争いがなく, 事件の内容その他の事情を考慮して適当と認められる場合 ⇒ 裁判官1名,裁判員4名で構成する裁判体で審判可 3 (2)裁判員はどのようにして選ばれるか? ○それぞれの地方裁判所の管轄区域に居住する 衆議院議員の選挙権を有する者の中から, くじで無作為に選ばれる。 ☆裁判員裁判は,全国50の地方裁判所,10の地方裁判所支部で 行われる。 4 ○裁判員選任までのプロセス 5 ○裁判員となることができない者 ①欠格(国家公務員となる資格のない者,義務教育を終えて いない者,禁錮以上の刑に処せられた者,心身の故障の ため裁判員としての職務に著しい支障のある者) ②就職禁止 ・法律専門家 一般国民の良識の反映という制度趣旨 ・国会議員,国の官庁の幹部 三権分立 ・自衛官 ③事件関連の不適格(被告人・被害者本人やその親族等, 捜査関係者,弁護人etc.) ④不公平な裁判をするおそれのある者 6 ○裁判員を辞退できる者 ・70歳以上の人 ・県市町村議会の議員(会期中) ・学生,生徒 ・5年以内に裁判員や検察審査会委員を務めたか 1年以内に裁判員候補者として裁判所に出頭した人 ・裁判員を務めることが困難な特別の事情のある人 (重い病気・障害,親族や同居人の介護・養育,事業上の著しい 損害発生のおそれ,親族の結婚式等,身体上・精神上の重大な 不利益発生,妊婦・出産後8週間以内,地裁管轄外の遠隔地 居住etc.) 7 (3)裁判員の役割,権限,義務は? ○役割・権限 ・公判の審理(証拠調べや弁論等)への出席 証人に質問することも可 ・評議で意見を述べ,他の裁判員や裁判官ととともに ・被告人の有罪・無罪の判定 ・有罪の場合,被告人に科す刑の決定(量刑) =裁判官と対等の権限 ☆法令解釈・訴訟手続に関する判断は裁判官の権限 ・・・裁判員の意見を聴くことは可 ・判決宣告への立会い 8 ○裁判員の義務等 ・公判・評議への出席 ・守秘義務(評議の内容・経過・意見分布等,職務上知った秘密。 公開の法廷で見聞きしたことは対象外) 自由・率直な意見交換の確保 被告人等関係者のプライヴァシーの保護 ・裁判員の保護 ・氏名等の非公開 ・事件に関する接触等の禁止 etc. 9 (4) どのような事件が対象になるか? ○裁判員裁判の対象事件 ・死刑または無期の懲役・禁錮に当たる罪 ・短期1年以上の懲役・禁錮に当たる罪であって 故意の犯罪行為により被害者を死亡させたもの 殺人,強盗致死傷,現住建造物等放火 身代金目的誘拐,傷害致死,危険運転致死 覚せい剤の密輸等を業とする罪 etc. ⇒当初の見込み:1年に全国で2,000~2,500件 (地方裁判所管轄事件の2~3%) (5)被告人は裁判員裁判を拒否できるか? 被告人が罪を認めている場合は? ○被告人の拒否・選択不可 ・英米の陪審制度や韓国の国民参与制度とは相違 ○被告人自認事件も対象 ・英米の陪審制度と相違 ・量刑にも国民の健全な良識・感覚を反映するとの趣旨 11 Ⅱ 裁判員制度の趣旨 1.裁判員制度導入の基本的考え方 (1)裁判員制度導入・実施に至る経緯 ・1999年7月 内閣の下に司法制度改革審議会設置 2001年6月報告書⇒裁判員制度の導入の提言・基本枠組の提示 ・2002年1月~2004年11月 司法制度改革推進本部裁判員制度・刑事検討会 ⇒裁判員制度・関連する刑事手続整備の具体的設計 ・2004年5月 裁判員法・刑事訴訟法一部改正法成立 ・2005年11月 公判前整理手続等実施 ・2009年5月21日 裁判員法施行 12 (2) 司法制度改革審議会報告書の基本的考え方 ・国民に縁遠く,利用しにくい法律や裁判,法律家 「裁判沙汰」,「杓子定規」,「三百代言」,「金も時間もかかる」 ⇒ しかし,泣き寝入りも ・社会の複雑化・多様化,国際化,規制緩和 ⇒ 争いの増加,明確なルールと公正な手続による解決 利用者である国民に身近で,親しみやすく,頼りになる司法 ①制度的基盤の整備(民事司法制度・刑事司法制度の改革など) ②人的基盤の整備(法科大学院制度の創設など) ③国民的基盤の整備(国民の司法参加=裁判員制度の導入など) 13 ○裁判員制度導入の趣旨・意義 (1)法律専門家だけで行っていた裁判 緻密で確実,しかし, ①国民の感覚と乖離する面 ②国民には理解困難,時間もかかる ⇒① 一般の国民の良識・感覚を反映 ⇒より信頼されるものに ②国民に開かれ,分かりやすく,迅速な裁判に (2)司法=3権の1つ 主権者である国民の意思に基づくもの しかし,司法だけ参加なかった ⇒他の諸国の状況 (3)社会の安全・安心=自分たちの事柄 自ら支え,責任を分担。権利でもある ⇒その自覚,実行 14 (3) 関連する刑事手続等の整備 ①公判の充実・迅速化 ・公判前整理手続の新設⇒争点・証拠の整理,そのための証拠開示 手続の整備⇒有効な審理計画の策定 ⇒裁判員裁判対象事件では必須の手続 ・公判の連日的開廷,審理計画に沿った争点中心の集中的審理 公判開始後の新たな証拠調べ請求制限 ②被疑者に対する公的弁護制度の新設 ・必要的弁護事件(死刑,無期,長期3年を超える懲役・禁錮に当たる 罪)で勾留される被疑者が,貧困その他の事由で自ら弁護人を選 任できない場合 ⇒被疑者の請求により,裁判官が国選弁護人を選任 ⇒早い段階からの防御の準備⇒公判の充実・迅速化にもつながる 裁判員の負担を過重にせず,充実した審理の実現 15 2.裁判員制度の要点とその趣旨 (1) 何故,陪審制度ではないのか? ○陪審制度採用論 ・「官僚司法」批判と司法の「民主化」の主張 ⇒民主主義(多数決原理)と司法の役割 ・誤判防止策としての陪審論 ⇒前提としての現状認識, 根拠不十分 ○参審制度採用論 ・事件ごとにアド・ホックに選任される陪審員では適切な判断や裁判官 と対等な意見表明が難しいため,任期制で経験積んだ方が良い ⇒国民の新鮮な感覚,良識の反映という趣旨と背馳 16 ○従来の裁判官のみによる刑事裁判についての評価 ・日本では,従来から国民の間で,裁判所・職業裁判官に対する信頼が比較的 高く,刑事裁判も総体として良質という評価 ただ,一般国民の感覚とはズレたところも(特に量刑など) ⇒国民が参加し,その健全な良識・感覚を裁判に反映させるこ とによって,より良いものになる,という発想 ⇒有罪・無罪の認定も量刑も裁判官と裁判員の協働 ※韓国で英米陪審型が採用されたのは,従来の職業裁判官による刑事裁 判に対する国民の不信感が強かった(世論調査)からという指摘 17 (2) 裁判員に裁判官と対等な評決権を与えた のは何故か,憲法上問題はないか? ○司法制度改革審議会での審議 ・最高裁事務総局は,評決権を持った形での裁判体への国民の参加に対 しては憲法上の疑義もあり得るため,参加する国民は評決権は有さず, 意見を述べるだけという形なら問題ない旨の意見表明(2000年9月) ⇒・それでは参加する国民は「お飾り」に過ぎなくなる ・国民参加の趣旨からは,裁判内容形成への主体的・実質的な参加を という意見が多数 18 ○憲法上の問題 ・韓国では,陪審員の評決には拘束力なし ○大韓民国憲法は「法官による裁判を受ける権利」を保障 ・日本でも,旧陪審法(1923年。1928~43年実施)は,裁判所 が陪審の評決結果を不当と考えるときは,新たな陪審に やり直させること(陪審の更新)ができるとしていた。 ○旧憲法(1890年)は「裁判官ノ裁判」を受ける権利を保障 ⇒学説でも,陪審の評決に拘束力を認めるのは違憲とい うのが多数説 19 ・日本国憲法 「裁判所において裁判を受ける権利」(32条) 「公平な裁判所の・・・裁判を受ける権利」(37条1項)を保障 ○従来の学説では,拘束力付与は違憲とする考え方も多数 ・憲法の第7章「司法」では裁判官についてのみ規定 ・被告人がその権利を放棄すること必要とする説も ○日本国憲法と同時期に制定された裁判所法(1947年)は,「刑事につ いて,別に法律で陪審の制度を設けることを妨げない」(3条)と規定 ⇒連合国の占領下に置かれていた当時において,英米流の陪審制 度の導入が必須とされるとの予測もあり,憲法の「裁判所におい て裁判を受ける」との新規定と相俟って,裁判体への国民の参 加の可能性を許容する考え方が採られていたとの見方 ○若い世代の学説,合憲とする考え方が増加 ○この種の憲法論議,東アジア(台湾,韓国,日本)に特有 欧米では例なし 20 ・司法制度改革審議会での整理 ○憲法の裁判官についての規定は,職として常時,裁判に 携わる裁判官の独立性や身分を保障するためのもの ○裁判官を裁判所の基本的構成要素とするが, これに国民が加わることを排除していない。 ⇒評決のルール: ○裁判員のみの意見で決定すること不可 +裁判員参加の意義の確保 ⇒ 裁判官のみの意見で決定すること不可 ⇒裁判員法は,被告人に不利な決定の要件として規定 ○憲法76条3項は個々の裁判官の職権行使における独立性を 保障するもの。裁判官のみの合議体において多数決で,少数意 見を斥けて裁判内容が決定される場合でも,少数意見の裁判官 の独立性を侵すものとは考えられていない。 ⇒裁判員が加わる場合も同様 ⇒ 裁判員制度違憲論 東京高裁合憲判決(後述) 21 (3) 対象事件:なぜ刑事の重大事件なのか? ○様々な意見 ・陪審論者 ⇒ できるだけ広い範囲 ・慎重論者 ⇒ 中程度の事件 ・刑事ではなく,民事の近隣紛争や行政事件からという意見(少数説) ○結論 ・歴史的経緯 ・・・ 旧陪審法 ・諸外国の例 ・国民一般が関心の強い事件 ⇒ 刑事の重大事件 ⇒ 死刑・無期事件 法定合議事件で故意の犯罪行為により被害者死亡 22 (4)何故,被告人は,裁判員裁判を拒否し裁判 官による裁判を選択することが許されないのか? ○アメリカなどでは,陪審裁判を受けるのは被告人の権利 (放棄可能)⇒選択可 ・・・韓国の国民参与制度も同じ ○日本の裁判員制度では,裁判員裁判は被告人の権利ではな く,司制度ないし国民一般に裨益する制度という位置付け ⇒対象事件については裁判員裁判が望ましいという立法 的政策上の判断 23 Ⅲ 裁判員裁判の実施状況 1. 5年間の準備 ・国民に対する広報活動 ・公判廷等の改修 ・法曹三者間の協議 ・法曹三者各々の法廷活動についての工夫・研修 ・模擬裁判等 24 法曹三者の準備活動例 ○裁判所 ・法定の改修(AV機器の開発・設置を含む) ・各地方裁判所での模擬裁判 ・各地方での法曹三者協議会 ・司法研修所での実務研究会,最高裁での協議会等 ・刑事法学者,鑑定人候補者等との研究会(用語,説明等) ○法務省・検察庁 ・最高検察庁裁判員公判部の設置,基本方針の策定 ・法務総合研修所での法廷活動(話し方,AV機器の使用)の研修 ・各地での模擬裁判,協議等 ○弁護士会 ・裁判員実施本部の設置,マニャアル等の作成 ・米国弁護士等を招聘した研修・研究会 ・各地での模擬裁判 ・刑事法学者等の協力による易しい法廷用語集の作成等 25 2.裁判員制度の実施状況 (1) 概 況 ○2009年5月21日の裁判員法施行から17ヵ月 同年8月の初の裁判員裁判(東京)から15ヵ月 ○当初は起訴人員数に比べて処理少なく,停滞の印象 ・始めなので関係者慎重(起訴も) ・公判前整理手続に時間を取り,入念に準備 ⇒次第にペースアップ ○2011年1月末までに ・起訴人員3,100中終局裁判1,781名)(57%) 26 裁判員制度対象事件罪名別裁判所新受人員 (2009.5~2011.1) 偽造通貨行使 96 強制わいせつ致死傷 167 強盗致死(殺人) 95 その他 179 強盗致傷 785 強盗強姦 168 強姦致死傷 205 総数 3,100 殺人 652 傷害致死 219 覚せい剤取締法違反 250 現住建造物等放火 284 27 裁判員対象事件罪名別第一審終局人員数 (2009.5~2011.1) 偽造通貨行使 54 強盗致死(殺人) 40 その他 141 強盗強姦 57 強盗致傷 464 強制わいせ つ致死傷 79 強姦致死傷 99 総数 1,781 殺人 418 傷害致死 138 覚せい剤取締法違反 139 現住建造物等放火 152 28 (2)裁判員の選任 ○国民の参加意欲と協力度 ・開始前は疑問とする声も ・・・各種アンケート結果:積極的に参加するとの答え少数 29 22.2% 4.4% 参加したい 11.1% 参加してもよい 47.6% 余り参加したくない が義務なら参加 44.8% 義務でも参加したく ない 分からない 参加意欲(全国,2008年3月) 30 ○負担軽減の措置 ・繁忙期回避の調整 ・争点の整理や計画的審理などによる裁判の期間 の短縮 (7割の事件は3日間以内,9割の事件は5日間以内) ・休業についての不利な取り扱いの禁止 etc. ⇒企業等の特別休暇制度整備 31 2009年用 約295,000名 選任過程の実績 2010年用 約344,900名 約315,900名 2011年用 148,868名 110,331名 呼出し取消し 40,061名 裁判員10,074名 補充裁判員3,602名 呼び出さない措置 38,537名 56,662名 (出席率80.6%) *「選定」以下(青ラベル)の数字は2009年8月~2011年1月実施の裁判員裁判事件の実績 32 ○調査票や質問票に対する回答率高い ○具体的事件の裁判員選任手続への出席率も80%超 ○前提として,相当の余裕を持って候補者を選定 事前の調査票・質問票への回答を基に,かなり緩やかに免除 ○呼び出しに応じて選任手続に出席したが最終的に裁判員・補 充裁判員に選任されなかった者が多数 逆に,「せっかく仕事の調整などしたのに」という不満も ⇒呼出数をどこまで減らせるかが一つの課題 33 (3) 審理期間等 ○公訴事実にほとんど争いのない(量刑のみ争点の)事件が先行 ○公判前整理手続に相当の期間をかけているが,公判の審理 は,大半の事件で3~5日,長くて10日以内に終了 ○ほぼ連日開廷 週末を間に入れて設定する例も ⇒裁判員の家事,リフレッシュ,整理の時間 34 実審理期間別判決人員(2009.8~2011.1) *実審理期間=第1回公判から終局まで 700 600 500 400 300 総数 200 自白 否認 100 0 1月を超える枠内の35人は,区分審理を行ったもの及び裁判員裁判対象事件以外の事件 について第1回公判を開いた後,裁判員の参加する合議体で審理されて終局したものなど 35 公判開廷回数別判決人員(2009.8~2011.1) 900 平 均 開 廷 回 数 800 700 総 数 自 白 否 認 3.8回 3.4回 4.4回 600 500 400 総数 300 自白 200 100 否認 0 36 裁判員職務従事日数別判決件数(2009.8~2011.1) 2日 19 6日以上 226 5日 240 3日 573 平 均 4.2日 4日 595 *職務従事日数=選任手続, 公判,評議及び判決宣告等の ため裁判所に出席した実日数 の合計 37 ○2010年春頃から,争いのある事件や死刑等重刑の求刑が 予想される重大事件の公判が開始 ・無罪判決6 他にも一部無罪,縮小認定が数例 ・審理期間(特に公判前整理手続期間)も長くなる 実質審理期間・公判開廷回数もやや増 ・死刑の求刑が予想される事件では評議にも十分な期 間を設定 ☆現在までの最長:裁判員選任から判決まで40日間。 ただし,公判は平日のみ10日間,評議に実質最大約 2週間を確保(2010.11~12,鹿児島夫婦殺し事件) 38 自白事件・否認事件の割合の推移(2009.8~2011.1) 20.0% 80.2% 29.3% 70.7% 37.2% 62.8% 41.5% 全期間平均 否 認 34.5% 自 白 64.5% 58.5% *「否認」には一部否認 を含む。 **「有罪」には一部無罪 を含む。 39 審理期間・開廷回数(平均) 全体 2009.5 ~11.1 自白 否認 2009.5 全体 ~10.10 自白 否認 2009.5 全体 ~10.1 自白 否認 全審理期間 実審理期間 開廷回数 公判前整理 手続期間 8.0月 N/A 3.8回 5.3月 7.1月 9.7月 7.7月 7.0月 9.1月 5.5月 5.2月 6.4月 N/A N/A N/A N/A N/A 4.6日 4.6日 4.7日 3.4回 4.4回 3.6回 3.4回 4.2回 3.3回 3.2回 3.7回 4.6月 6.6月 5.1月 4.5月 6.4月 3.1月 3.0月 3.5月 *全審理期間=裁判所の事件受理~終局裁判 **実審理期間=第1回公判~終局裁判。 ☆算定の基礎となった事件には,裁判員裁判対象事件以外の事件について公判を開始した後に, 対象事件と併合され,裁判員の参加する合議体で審理されたものが含まれている。 40 長期の審理期日が設定された事例 ○鹿児島強盗殺人事件(2010.11~12 鹿児島地裁) 被告人は,91歳と87歳の老夫婦を殺害したとして強盗殺人の罪で逮捕・起訴されたが, 一貫して犯行を否認。 弁護側は無罪を主張,全面的に争う方針で,公判前整理手続でも,ほとんどの書証の 取調べに不同意,争点の絞り込みができていないため,鹿児島地裁は,11月1日の裁判 員選任手続から判決(12月10日)までの期間を40日間(土日・祝日を含む。ただし,公判 の審理は11月2~16日の平日のみ10日間。17日以降判決まで裁判官と裁判員による評 議)と設定。 11月1日 裁判員6名,補充裁判員4名選任(候補者を2回にわたり計450名選定,295名 呼出し,辞退を認められた者を除く79名中34名出席)。 11月2日から始まった公判では,検察側は,被告人の犯人性を立証するため,犯行現場 で採取された指紋や細胞片のDNA型がいずれも被告人のものと一致したことを強調,こ れに対し,弁護側は,それらの原資料の保管方法の不備を指摘,いずれも真犯人の偽造 か捜査機関のねつ造の可能性があるとして,それらの鑑定結果の証拠価値を否定。16日 までに,これらの点をめぐり,27名の証人の尋問が行われ(尋問時間計約28時間),裁判 員による現場検証も実施。 11月17日,検察側死刑求刑,弁護側無罪主張。 鹿児島地裁2010年12月10日判決《無罪》 検察官控訴 41 (4) 公判の審理 (a) 法廷等 裁判員裁判法廷(北海道・釧路地方裁判所における模擬裁判) 〈裁判所広報パンフレットから〉 42 法廷に設置されたディスプレイ(広島地方裁判所) (裁判所パンフレットから) 43 ○法廷 ・AV機器の活用 ・裁判官・裁判員・両当事者用モニターと傍聴者用ディスプレイ 証拠等の性質(被害者の遺体写真等)により後者切断 ○被告人についての配慮 ・服装 勾留中の場合にもジャケット等に着替えさせる例 裁判員入廷前に手錠・腰縄はずす 弁護人の横に着席 44 (4) 審理方法等 ○法廷で見て聞いて分かる弁論・立証が浸透 ・冒頭陳述は1~2枚のメモを配布(表やチャート等を使用) 争点,要証事実と証拠との関係明示 ・被告人側も冒頭陳述 ・争いのない事件の場合,検察側立証は書証使用 量を限定,要点のみを朗読 ・証人尋問・被告人質問は,証人が裁判員の方を向いて答え られるよう質問者が立ち位置を工夫 ・鑑定結果などの提示・尋問には,適宜,図,イラスト等を活用 ・被害者の遺体や負傷状況等の写真の展示は必要最小限の 範囲・部分に限定 45 ○裁判官も,証人等の発言に分かりにくい点や不十分な点があ ると即座に補充質問,独自の視点からの質問も多い ○裁判員も比較的積極的に質問 ・質問し易いように,証人の証言・被告人の陳述の後,休憩 を入れ,緊張をほぐしたり整理の時間を取る配慮も ・両当事者の質問とは別の視点からの的を射た質問も少な くない ○裁判員の集中力確保・疲労防止のため,比較的頻 繁に休憩 ○検察官・弁護人の準備の負担は大幅に増加 ・裁判官・検察官の増員わずか ⇒非対象事件の処理に影響という指摘も ・弁護人は共同受任の例多い(国選も複数選任増加) 46 検察官の執務体制・準備(一事例) 被告人は飲酒運転で事故を起こして逃走を図り,止めようとした被害者を車のボ ンネットに乗せたまま約2キロ走行した上,振り落とし,加療11日間を要する傷害 を負わせたという殺人未遂事件の審理(熊本地裁)で,検察側は,逃走経路を事 件と同じ夜の時間帯に車でたどった映像や,逃走経路を俯瞰した空撮写真を用意 し,冒頭陳述や証拠調べの際に法廷内モニターに映すことにより犯行を再現した。 裁判員裁判開始を控えた昨春,熊本地検は検察官の体制も見直した。捜査と公 判それぞれの専従をなくし,4班に再編。各班が対象事件を捜査から公判まで携 わるようにした。捜査段階から事件を詳細に把握した検察官が,法廷で効果的な 立証を展開する狙いだ。 公判前には冒頭陳述や論告求刑をリハーサルする。熊本地裁そばにある地検 の一室には「犯行状況をもっと強調した方がいい」と手直しを指示する幹部の声が 響く。・・・次席検事は「これまで蓄積したノウハウを生かし,裁判員に理解される事 件の立証を目指したい」と強調する。(熊本日日新聞2010年5月22日朝刊) 47 弁護人の苦労(一事例) 「開廷中は徹夜の日々だった。普段なら考えられないこと」。裁判員裁判を 担当した県内の弁護士は打ち明ける。その日に法廷で出された証拠や証言 を精査し,翌日以降の裁判に生かすためだ。「検察側は組織的に準備が できる。組織力の差は歴然」と認める。 弁護側は,情報面でハンディがある中,公判前整理手続きまでに事件につ いて腹入れし,弁護方針を立てなければならない負担も抱える。ある弁護士 は「何度も被告の元に通ってコミュニケーションを図る。ほかの業務もある中 で拘置先への往復は大きな負担」とこぼす。(愛媛新聞2010.5.24朝刊4面) 48 裁判員にとって審理は理解しやすさかったか? 理解しにくかった 7.1% 不明 1.2% 普通 28.6% 理解しやすかった 63.1% (2010年中に実施の裁判員裁判で裁判員を務めた人に対するアンケート結果) 49 法廷での手続全般について分かりにくかった点・理由 事件内容が複雑 15.0% 証拠・証人が多数 4.3% 不明 13.7% 法廷で話す内容 17.1% 特になし 37.1% その他 25.0% 審理時間が長い 4.4% (2010年中に実施の裁判員裁判で裁判員を務めた人に対するアンケート結果) 50 裁判官・検察官・弁護人の法廷での説明等の評価 分かりにくかった 0.5% 分かりやすかった 88.6% 普通 10.3% 分かりにくかった 4.0% 分かりやすかった 71.7% 普通 23.6% 分かりにくかった 16.9% 分かりやすかった 40.4% 不明 0.7% 不明 0.6% 普通 41.7% 不明 1.0% (2010年中に実施の裁判員裁判で裁判員を務めた人に対するアンケート結果) 51 ○弁護人の説明,発言等の分かりやすさについての 評価やや低い ・被告人の弁解・主張自体の分かりにくさ ⇒弁護人はそれに沿った防御を余儀なくされる ・刑事弁護は,基本的に,個々の弁護士の活動 ⇒個々の考え方・流儀 サポート体制不十分 ・弁護士会も,個々の弁護士の集まり ⇒裁判所,検察庁のような組織的・継続的な取組みや 指導が必ずしも容易でない。 ⇒弁護人の能力・熟度にバラつき ⇒弁護人複数選任 弁護士会も,事例・ノウハウの蓄積,研修の高度化 52 (5) 評議 評議室(津地方裁判所) (裁判所パンフレットから) 53 ○中間評議は頻繁 ・当日の審理の整理,要点についての裁判官との質疑 裁判官による説明等 ○最終評議は1~2日(7~9時間)がほとんど ⇒死刑事件や深刻な争いのある事件の例外(前述) ○裁判員の満足度は全般的に高い ・裁判官による意見の押し付けの不満は少ない ※評決内容は判決には表示されず,また,それについて裁判員に守秘義 務が課されているため,意見の分立の有無等は不明だが,判決後の 記者会見に応じた裁判員・補充裁判員の会見内容や各種のアンケー ト調査の結果から推認 54 評議時間別判決人員(2009.8~2011.1) 600 500 平均評議時間 総数 499.0分 自白 433.8分 否認 622.7分 400 300 200 100 全体 自白 否認 0 55 評議についての裁判員経験者の評価 不明 0.4% 話しにくい 雰囲気 1.6% 不明 1.4% 普通 20.7% 分からない 20.1% 話しやすい 雰囲気 77.3% 評議の雰囲気 不十分で あった 7.1% 十分に議 論できた 71.4% 議論の充実度 (2010年中に実施の裁判員裁判で裁判員を務めた人に対するアンケート結果) 56 (6) 判 決 (a) 有罪・無罪の認定 終局区分別人員(2009.8~2011.1) 終局人員 有 罪 有罪・ 一部無罪 無 罪 公訴棄却 ・移送 1,781 1,740 1 4 36 *2011.2.10現在では,無罪6 57 ○争いのない事件が先行 ⇒当初,無罪判決なし ○2010年春頃から争いのある事件の公判が開始 ⇒・2011年3月末までに無罪判決6(死刑求刑事件無罪判決を含む) それ以外に,一部無罪判決,縮小認定判決も ・逆に全面否認や完全黙秘事件で死刑判決も 死刑判決は,2011年3月末までに4件 58 (b) 量刑 ○法定刑の幅大きい ○裁判員には「相場感」なし ⇒最もとまどう点 ⇒・検察官の求刑が一つの手掛かり ⇒求刑を上回る量刑の例,大幅に下回る例も ・弁護人も最終弁論で意見を述べるように ・最高裁事務総局「量刑検索システム」開発 ・2008年4月以降に言い渡された裁判員裁判対象罪種に係る事件の 判決のデータを集積 ⇒10数項目(ex. 計画性の有無,凶器の種類等)入力すれば,類 似事件の量刑の範囲・分布状況がグラフで示される ・検察官,弁護人も利用可能 ⇒・一般国民の感覚を反映するという趣旨に反しないか? ・裁判員経験者のごく一部に不満も ・他方,「量刑不当」は控訴理由となり得る 59 ○概況 ・全般的には,裁判官のみの裁判の場合と顕著な差はない ○求刑×0.75~0.80くらいが多い ・重大な事件では重くなる傾向(特に性犯罪)という指摘も ○検察官の求刑どおり or それを上回る量刑の例も ○弁護側による情状酌量の求めが困難化したとの指摘 ・紋切り型に,前科がないことや年齢が若いことなどを主張し ても効なし ・被害者に対する謝罪・示談なども有利な事情として考慮され にくい ・・・「悪いことをした以上,謝り,被害を償うのは当たり前」という感覚 60 (7) 控 訴 ○控訴率は,従前の裁判官裁判の場合よりやや低い ・当初,自白事件がほとんどのため? ○当初の控訴申立は,専ら被告人側からの,量刑不当を理 由とする控訴申立 ・2009.8~2010.5 検察官からの控訴申立0 最高検方針「国民の視点,感覚などが反映された結果はできる限り尊重」 ○控訴裁判所も慎重 ・裁判員制度の趣旨尊重,原判決維持の傾向 ・少数の第一審判決破棄事例のほとんどは,原判決後の事 情変化 (示談成立)により刑が「現時点では重過ぎる」ことを理由とするもの 61 裁判員裁判罪名別控訴率(2008.8~2011.1) 控訴率=有罪・無罪の判決を受 けた被告人中控訴した者の割合 70.0% 64.3% 全体平均 31.7% 60.0% 51.9% 50.0% 40.0% 35.8% 32.0% 28.4% 27.2% 30.0% 20.3% 20.0% 19.3% 10.0% 0.0% 62 ○争いのある事件の裁判員裁判が徐々に開始 無罪,一部無罪,縮小認定判決も ⇒検察官の控訴申立,量刑不当でも控訴 ○控訴裁判所も,第一審の審理に注文をつけるように ・審理不尋による破棄事例 ○無罪判決破棄・差戻し/自判(有罪判決),量刑不当破棄・自 判の例も現れる ⇒控訴審の在り方についての議論再燃の可能性(後述) 63 控訴審での理由不備に由る破棄事例 (東京高裁2010.7.14判決) 社員寮の管理人男性を包丁で刺殺したとして起訴された被告人に対し,横浜地裁 は,裁判員裁判の結果,殺人の罪で有罪としたが,同時に, 被告人は包丁を手に 取っ た被害者から危害を加えられると思い違いをして,これを防ぐため,防衛に必要な程 度を超えて,被害者に包丁を突き刺したと認定,誤想過剰防衛の成立を認めて,刑を 減軽し,懲役4年6月の刑を言い渡した。 被告人側のみ量刑不当を理由に控訴 破棄・自判 単に危害を加えられるおそれがあると思ったというだけでは誤想過剰防衛が成立し ない可能性があるから,被害者によるどのような急迫不正の侵害があると被告人が 誤想したのかについての認定判示を欠く原判決には理由不備の違法があるとして原 判決を破棄。 そのうえで自判し,包丁は被告人に近い位置にあったことや,被害者は温厚な性格 だったことなどから,むしろ,被告人の方が包丁を手に取って被害者を攻撃したと認 めるのが相当であるとして,誤想過剰防衛の成立を否定。 しかし,刑訴法による不利益変更の禁止に従い,原判決と同じ刑を言い渡した。 64 裁判員裁判による無罪判決の破棄・自判 第一審 ・被告人は,他人に頼まれて,クアラルンプールから1kg近い量の覚せい剤をチョコレート缶3箱に 収納しボストンバック内に隠して成田空港着の航空機で持ち込み,税関の検査場を通過しよう として発見されたとして,覚せい剤密輸の罪等で起訴。 ・被告人は,①Aから偽装パスポートの密輸入を依頼されて同地に行き現地の男に会ったときに, 偽造パスポート入りの袋のほかにチョコレート缶を預かったもので,Aへのみやげだと考えてい た,②その際,中に覚せい剤が入っているかもしれないと不安を感じたものの,外見上異常が なかったことから,その不安は払しょくされた,などと弁明,覚せい剤の存在の認識はなかった として,無罪を主張。 ・検察官は,①被告人が覚せい剤密輸の罪で裁判中のAからの依頼で,報酬を約束され,航空運 賃等も負担してもらって同地に赴き,本件チョコレート缶を持ち帰っていること,②本件チョコ レート缶が不自然に重いこと,③税関検査時の被告人の言動や被告人の弁明の不自然さ,な どから,被告人は覚せい剤の存在を知っていたはすだと主張 《千葉地裁2010年6月22日判決》 検察官の指摘する点は,いずれもそのことから直ちに,被告人が覚せい剤の 存在を知っていたとまで断定することはできず,被告人の言い分を排斥するこ とはできないから,被告人がチョコレート缶内に違法物質が隠されているのを 知っていたことが,常識に照らして間違いないとまでは認められない。 検察官控訴 65 控訴審(東京高裁2011年3月30日判決) (原審での証拠に加え,原審では検察官が撤回していた証拠を職権で取り調べた結果) ・逮捕当初以降,チョコレート缶を預かった経緯についての被告人の供述が何度 も変遷しているのは,自己の供述が捜査状況により通用しなくなると,その都 度,供述を変えて嘘の話を作ったということにほかならず,外見だけで覚せい 剤が入っているかもしれないという不安を払しょくしたという被告人の弁解も 不自然,不合理であるから,信用し難いことや,第一審で検察官が指摘した ①~③の事実その他の点を総合すると,被告人はチョコレート缶内に覚せい 剤が隠匿されていることを認識していたと認めるのが相当。 ⇒原判決は証拠の評価を誤り,事実を誤認したものであるから,破棄。 ・懲役12年,罰金600万円に処する。 66 量刑不当による破棄・自判事例 東京地裁2010年11月17日判決(裁判員裁判) 被告人(49歳)は,復縁した元(妻(50歳)が浮気をしていると思いこんで憤激し,同人に対し 顔面等を殴打して転倒させたうえ,腹部や胸部を他数回蹴るなどの暴行を加え,肋骨骨折, 腸間膜損傷等の傷害を負わせ,よって同人を出血性ショックにより死亡させたと認定したうえ で,①被告人の暴行が強固な犯意による執拗・苛烈で,凶暴なものであること,②被害者には 全く落ち度がなく,被告人との間に生まれた娘が被告人に対し厳しい処罰感情を表明している こと,③被告人には覚せい剤取締法違反の累犯前科があるうえ,2ヵ月前に被害者に暴力を ふるって警察の事情聴取を受けたのに更に本件に及んでいることなどを指摘し,被告人に対 し懲役12年の刑を言い渡した。 東京高裁2011年3月10日判決 原判決は,本件犯行が偶発的なものであったことや犯行当時被告人がアルコー ルと睡眠誘発剤の併用の結果として自制の効かない興奮状態にあったことを軽視 している半面,①の点を過大視し過ぎたことにより量刑判断を誤り,不当に重い刑を 言い渡したものと断じ,原判決を破棄したうえ, 以上の事情に加え,原判決後,被告人が更に反省・悔悟を深めていることや,母 親が被告人の身を案じていること,娘の処罰感情も整理されつつあることなどを併 せ考慮して,被告人を懲役8年に処した。 67 控訴審の在り方をめぐる議論 ○裁判員制度導入の際,上訴の規定に変更なし ⇒裁判員裁判による有罪・無罪の認定,量刑についても控 訴可能 ⇒裁判官の間で,控訴審の在り方をめぐる議論 ○第一審の裁判員裁判の結果を最大限に尊重すべきとす る立場 ・裁判所は,自ら真実究明にあたるという旧来の像から離れ,裁判 員制度の導入によって求められるようになった,当事者の主 張・立証に基づき,これを吟味するという立場を控訴審でも貫く べきとする。 ○最終の事実審として,従来どおり,第一審の誤りをチェッ クし,積極的に真実の解明を図るべきとする立場 ・控訴審における新たな主張を許したり,証拠調べを行うことを躊 躇すべきでないとする。 68 ○背景 ○現行刑事訴訟法の控訴審 旧法の覆審⇒事後審査審 ・第一審公判中心主義の理念 ・最高裁の負担軽減⇒控訴審の法律審化 ○他方で,新たな証拠の取調べ可 実際にも,事実誤認,量刑不当を理由とする控訴が多数 第一審も,書証に依存⇒控訴審でも同様の心証形成可能 ⇒控訴審の続審化 ○事実認定についての控訴審での審査の在り方 ・心証優位説・・・控訴審自ら証拠から心証を形成し,それに照らして第一 審の事実認定を評価 ・論理則・経験則違反説・・・原則として第一審の記録に基づき,第一審の 事実認定における証拠の評価やそこからの推論に論理則・経験則違 反がないかを審査 69 ○裁判員制度導入時に控訴の規定が不変更であった理由 ・欧米では,陪審制度でも参審制度でも,国民が参加した裁判 の結果を尊重する趣旨から,有罪・無罪の認定や量刑に対し ては控訴を認めていないところがほとんど ・特に,裁判官のみで構成される控訴裁判所が,国民の参加し た裁判の結果を審査し,覆すことが正当化されるかは大問題 ・第一審公判で証人の証言などを直接聴いて心証形成した裁判 員裁判の結果を,記録のみに基づいて評価し,覆すことが適 切かも問題 ※フランスでは,控訴があった場合,元の裁判所より国民の数が多い 新たな裁判体で裁判をやりなおさせる方式 70 ・しかし,有罪・無罪の認定の誤りや不当な量刑は正す必要がある というのが多数の意見 ・現行刑事訴訟法の事後審査審という原点に立ち返り 控訴審は,第一審の記録に基づき,その判決に誤りがな いかどうかをチェックするという役割に純化させる そのような作業は,裁判員には無理で,裁判官が行うべき ⇒法規の変更は不要 趣旨は,従来の続審的在り方の変更を求めるもの ⇒裁判官の間でも,第一審尊重,論理則・経験則違反説的 在り方を指示する見解支配的になりつつある観 東京高裁の2判決,議論誘発すること必至 71 3. 裁判員制度のもたらす影響 (1)法曹三者の意識・スタンスの変革 (a) 裁判官 ○これまでの真実究明への強い責任意識 =職権主義的「精密司法」=供述調書への依存 ・裁判員とともに審理・評議 ⇒主張吟味型対応 ・公判中心,書証の使用限定 ⇒ 「核心司法」 当事者主義の実効化 ○裁判員に対する説明・種々の配慮,裁判員との意見交換 ・暗黙の前提,当然視してきた事項の客観化・確認 ・新鮮な視点の認識 ○民事に傾いた裁判官人事 ⇒刑事に人材配置 刑事裁判官の充実 72 (b) 検察官 ○捜査重視 ⇒公判活動にも注力 ○供述調書への過度の依存を見直す契機 ○取調べの録音・録画の要求への対応 ⇒捜査についての意識 (c) 弁護人 ○定形的ないしおざなりの主張,独りよがりの法廷活動は通用 せず ○弁護活動の適否・不十分性露見 ⇒意識的な改善・向上の努力 ○尋問技能の向上 ⇒民事にも活用可能性 73 (2)刑事訴訟法規の解釈・運用 (a) 証拠開示の拡充 ○最高裁判例の積極主義的傾向 公判前整理手続における証拠開示命令の対象は検察官が現に保管するもの に限られず,捜査の過程で作成された警察官の取調べメモなどもその対象に なる。(最高裁第三小法廷2007年12月25日決定・刑集61巻9号895頁,最高裁第一小 法廷2008年9月30日決定・刑集62巻8号2753頁) 74 (b) 証拠法の厳格化 ○これまでは,裁判官が証拠能力と証明力の双方を判断 ⇒証拠として採用し,調べてから証明力を判断しようとする 傾向 証拠能力は裁判官が,証明力は裁判官と裁判員が判断 ⇒不適切な証拠を裁判員に提示させないよう,証拠能力の 判断が厳格化する可能性 ex. 類似前科による立証を認めなかった東京地裁の例 ⇒控訴審で破棄⇒最高裁の判断注目 ○供述調書 ・裁判員裁判の公判での使用,事実上限定 ・証拠としての許容の要件である「任意性」(被告人の自白), 「特信性」(証人等の供述)の判断の厳格化の可能性 ・取調べ録音・録画の要求強まる ⇒政治的争点化 鹿児島選挙違反事件,足利事件,大阪郵便不正事件等の影響 75 類似前科を証拠とすることが争われた事例 被告人は,アパートの1室に侵入して現金1000円等を盗み,室内に灯油をまいて火をつけ, 約1平方メートルを焼いたとして,住居侵入・窃盗及び現住建造物放火の罪で起訴。 被告人には,11件の放火の前科があり,そのうち10件は今回の事件と同様,住居等に侵入 したうえ灯油をまいて放火するというものであったため,公判前整理手続において検察官は,被 告人が本件犯行を行ったことを推認させる証拠として,それらの前科の判決書謄本や被告人の 供述調書の取調べを請求をしたが,裁判所は,窃盗後の放火は特殊な手口ではなく,それらを 証拠とすることは裁判員に予断を与えかねないとして,検察官の請求を却下。公判においても, 被告人質問で検察官が,それらの前科の存在に言及するのを,裁判所は許さなかった。 東京地裁2010年7月8日判決 被害者が外出した午前6時半以降,出火が発見された11時50分頃までのいずれ かの時間に上記室内に侵入して現金を盗んだことは証拠上十分認定できるけれど も,その間5時間20分の間隔があり,かつ出火当時,玄関や窓が施錠されていな かったことや同アパートの立地が侵入容易なものであることなどから,被告人が立ち 去った後に,「第三者が〔同室〕に侵入して本件放火に及んだ可能性を証拠上払拭で き」ず,「被告人が放火犯人とするには,なお合理的な疑いが残る」として,住居侵入・ 窃盗のみの成立を認め,被告人を懲役1年6月(求刑懲役7年)に処した。 検察官控訴 76 控訴審(東京高裁2011年3月29日判決) 破棄・差戻し 前科の放火は,①侵入した居室内で灯油を撒布して火をつけるという犯行 の手段・方法において本件放火と類似しているうえ,同様の手段・方法に よる放火を繰り返していることから,行動傾向が固着化していると認められ るので,特徴的な類似性があるといえ,②いずれも,窃盗を試みたが欲する ような金品が得られなかったことのうっぷん晴らしのために他人の住宅に火 をつけるという,窃盗から放火に至る動機の点でも,行動傾向が固着化して いると認められるところ,本件でも,被告人は,放火と接着した時間帯に,犯 行場所に侵入して僅かな金品を窃取したことは争いがないから,放火に至 る動機においても特徴的な類似性がある。⇒前科関係の各証拠のうち,犯 行に至る契機や犯行の手段・方法に関するものは,前科の放火の犯人と本 件放火の犯人との同一性を立証する証拠として関連性があると認められる ので,それらの取調べ請求を却下したが原裁判所の措置は違法。 77 (c) 刑法の解釈,さらには在り方への影響 ○裁判員に説明可能,理解・適用の容易なものとする必要 ⇒ ・単なる用語の言い換えでは不十分 ・意味不明,独りよがりの学説は駆除? ・真価問われる ex. 未必の故意 責任能力(心神喪失・心神耗弱) ○法規間の不整合や矛盾の是正・合理化 疑義の余地を少なくする明確化・平明化 78 Ⅳ 裁判員制度をめぐる議論 1.違憲論・反対論 ○実施前後に反対論者の出版,街頭活動等活発化 ・旧来の考え方墨守の元裁判官,検察官等が中心 ・基本的に,素人不信 ⇒生理的拒否・感情的反発が実体 ⇒裁判員裁判実施後の実績 ・全般的に高い評価 ⇒マスコミ等も肯定的論調に ・深刻な争いのある裁判員裁判の成り行きによっても左 右? ○違憲論の展開 ⇒東京高裁の合憲判決(いずれ最高裁も判断) 79 裁判員制度合憲判決 (東京高裁2010年4月22日判決・高刑集63巻1号1頁) ①被告人の裁判を受ける権利(憲法32条,37条)の侵害なし ○憲法が裁判官を下級裁判所の基本的構成員として想定していることは 明らかだが,裁判官以外の者をその構成員とすることを禁じていない。 ○「裁判官の裁判」を受ける権利を保障していた旧憲法とは異なり,憲法 32条が「裁判所における裁判」を受ける権利を保障していることや,憲 法と同時に制定された裁判所法3条2項が「刑事について陪審の制度を設 けることを妨げない」と規定していること ⇒国民の参加する裁判を許容し,あるいは排除しないのが立法者の意図 ○裁判員が関与することについての種々の措置 ⇒独立して職権を行使 する公平な裁判所による法に従った迅速な裁判を受けることを被告人 に保障するという憲法の趣旨に沿う。 (次頁に続く) 80 ②国民の基本的人権の侵害なし (i)参加の義務付けは憲法13条(幸福追求権),18条(苦役からの自由), 19条(思想良心の自由)等に反しない。 ○裁判員制度は重要な意義を有する制度であり,広く国民の参加を求 めるのは負担の公平を図るためであるから,十分合理性がある。 ○種々の負担軽減措置 ⇒義務付けは必要最小限度のもの (ii)守秘義務は憲法21条(表現の自由)に反しない。 ○公共の福祉による表現の自由に対する合理的でやむを得ない制限 (iii)財産的負担は憲法29条(財産権)に反しない。 ○公共の福祉のため財産権を規制する立法府の合理的裁量の範囲内 81 2.国民の意識・参加意欲 ○日常的・継続的報道,裁判員経験者の感想の公表等 ⇒親近感 ○中等教育課程での法教育 ⇒次世代の理解増進 ○できれば避けたいという思いは不健全ではない ⇒それでも参加し,参加すれば肯定的評価が多数 ○裁判に対する親近性・理解,相当に増進 ○統治への主体的参加意識の増進・強化という政治的意味 82 裁判員経験者の経験前と後の気持ち(2010年) やりたくなかった 19.1% 積極的にやってみた かった 7.4% 前 やってみたかった 23.7% 特に考えず 14.7% 無回答 0.6% あまりやりたくなかった 34.4% 特になし 0.4% 後 非常に良い経験 55.5% 良い経験 39.7% あまり良い経験とは感 じず 2.5% 良い経験とは感じず 1.0% 無回答 0.8% 83 裁判員制度実施前と後での裁判に対する印象の変化 公正中立 実施前に抱い ていた印象 4 裁判・司法を自分の問 題として捉える 3.5 3 信頼できる 実施後の印象 2.5 2 1.5 迅速 1 身近である 0.5 0 手続・内容が分かりや すい 事件の真相が解明 納得できる 国民感覚が反映 (2011.1~2月に実施された国民の意識調査の結果。数値は,「そう思わない」,「あまりそう思わない」,「どちらとも言えない」,「ややそ う思う」,「そう思う」という5の選択肢に順に1~5の点数を割り当て,各質問事項ごとに回答の点数を集計して算出した平均点。) 84 3. 報道の在り方と裁判員への影響 ○報道機関が自主的に取財・報道のルールを策定 ⇒新聞(主要全国紙)は相当に変化 ○注目事件の過熱取材・報道 ○一定方向に偏った一面的報道や興味本位の報道も ○裁判員の方が冷静・理性的 ・・・ex. 押尾事件 報道による不適正な影響は,今のところ認められない。 85 押尾事件判決(東京地裁10.9.17) 男性タレントである被告人は,被害者女性と性行為を行うに当たり,MDMA10錠を被害者に渡 し,これを飲んだ被害者が錯乱状態になり,やがて意識不明に陥ったのに,速やかに救急車を 呼んで救命する措置を取らなかったため,死亡するに至らせたとして,保護責任者遺棄の罪で 起訴された。 公判では,被告人側は,被害者は自ら持参したMDMAを飲んで錯乱状態に陥ったものである から,被告人は保護責任を負う立場にはなかったうえ,被告人が被害者の状態に気付いた時点 で救急車を呼んでも救命できる可能性はほどんどなかったとして,無罪を主張して争った。 保護責任者遺棄罪の範囲で有罪(懲役4年6月) 被告人が被害者にMDMAを渡し,被害者がこれを飲んだ結果,錯乱状態から意識 不明に陥ったものと推認できるから,被告人には被害者を保護すべき責任があり,被 害者が錯乱状態に陥ってから遅くとも数分が経過した時点で緊急電話をして救急車を 呼ぶべきであった。この場合の救命可能性が一定程度あったことは医師らもおしなべ て認めており,肯定でき,救命できる可能性があったのに緊急電話をかけることをして いないのだから,保護責任者遺棄罪が成立することは明らか。 しかし,保護責任者遺棄致死罪の成立には,保護をしていれば救命が確実であった ことが合理的な疑いを入れない程度に立証されることが必要となるところ,被害者の 救命可能性の程度については医師の間でも見解が分かれており,この点が合理的 な疑いを入れない程度に立証されたとは言えない。 被告人側控訴 86 押尾事件での判決言渡し後の記者会見 (裁判員・補充裁判員を務めた9人全員が出席) (問い) 初公判前の報道が審理に影響を与えたか? (裁判員5番) 客観的にできるか不安もあったが,審理が進む中で,「被告人の行 為に対してどのような刑罰が必要か」と考えられるようになった。 (問い) 裁判中の報道の影響は? (同3番) 公正な立場で被告人を見ようと考え,テレビやネットは見なかった。 (補充裁判員1番) 家に帰れば,いつも通りテレビを見たが,見聞きして判断がぶ れたことはない。 (問い) 争点になった被害者の救命可能性は専門的で判断が難しかったと思うが? (裁判員3番) 審理を重ねるうちに理解が深まった。証言などを聞き,自分でも理解で きたと思う。 (同6番) 自分1人だけではなく,裁判員が6人いることに意味がある。皆さんの意見 も聞いて判断した。 (問い) 刑事裁判では,合理的な疑いを入れない程度に立証されていないと被告人 に有利に判断しなければならない。この考え方をどう思ったか? (同1番) 審理の最初に裁判官から聞いた。厳しいなと思う一方で,そうしないと冤罪 を生んでしまう可能性があるのだと理解した。 (読売新聞10.9.18朝刊37面) 87 押尾事件判決についての新聞社説(一例) 「押尾被告判決 市民の力が発揮された」 ふつうに地域に住み、ふつうの暮らしをしている市民。そんな私たちの仲間が持つ力 を,ニュースを通して感じ取った人も多いのではないか。 ・・・「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が働いたことが,判決理由 から読み取れる。 被告が芸能人とあって,事件発生直後からおびただしい量の報道があった。裁判員の 心証形成や量刑の判断に影響が出るのではないか。そうした観点からも法廷は注目され た。・・・いまの報道に反省すべき点がないとは言わない。だが・・・議論と実践,そして何 より,責任感をもって事件に向き合った裁判員が,この日の判決を導き出したといえよう。 市民の力を信じる――。・・・もちろん市民の判断がいつも正しいとは限らない。個々の 疑問や批判はあっていい。だが市民への信頼を抜きにして,私たちの社会も制度も,そし て民主主義も成り立たない。 素人と専門家が役割の違いを自覚しつつ,互いを尊重し協働することによって新しい司 法を築く。裁判員制度はそうした理念に基づいて始まった。 今後も曲折はあるだろうが,めざす方向に間違いはない。騒がしい空気のなかで始ま り,裁判員らの冷静な発言で締めくくられた元俳優の公判は,そのことを確認させるもの となった。 (朝日新聞10.09.19朝刊3頁) 88 4.長期重大複雑事件の取扱い ○審理・評議に長期間かかる事件出現 ⇒より長期間の審理必要な事件に対応可能か? ・参加可能な者を裁判員候補者に? ⇒ 専業主婦・主夫,退職者等に偏らないか? ○区分審理・部分判決制度の有限性 ・徐々に利用され始めている ⇒ 両様の評価 有効・有意義 v. 量刑に当たっての全体把握困難 ・区分審理が不適切な場合少なくない 検察官の立証上の必要(犯意・計画等の共通立証,事件相互が他の立証 のための間接事実となる関係にある場合等) 複数事件を合わせると死刑相当の場合など ○裁判員裁判の対象からの除外の可否・当否 ・可能か,妥当か? 弊害のおそれは? 89 5.死刑事件を対象とすることの当否 ○過酷だから除外すべきという意見も ⇒ 刑罰を科すのも,法律専門家が国民の意思と無関係に 行ってきたものではなく,国民の意思に基づいて代行して きたもの。一般国民は責任を意識してこなかっただけ。 ○死刑制度についても,一般論や感情論ではなく, 真剣に向き合って判断する契機 ○独りで判断するのではなく,他の裁判員や裁判官と意見を 交換し合い,議論した上で全員で決める ○評決要件についても,全員一致,特別多数決などの主張 ⇒他の刑事事件との整合性? 一人(少数者)による法の実質的適用拒否の危険? 90 横浜地裁裁判員裁判死刑判決直後の新聞各紙論説 【社説】死刑判決 裁判員には過酷な選択だ ・・・昨年8月から既に千件を超えた裁判員裁判で,初めての死刑判 決である。死刑制度がある以上,いつかは出ると予想されていた判 決ではある。しかし,裁判官3人との評議の結果とはいえ「究極の刑」 を選択せざるを得なかった市民裁判員の重圧と苦悩を思うと,私たち の胸にも重苦しさが迫ってくる。 同時に,日常とは懸け離れたところにあった「死刑」が,一気に現実 味をもって近づいてきたことを実感する。(以後省略) (西日本新聞2010.11.17朝刊6面) 91 【主張】裁判員死刑判決 制度定着へ意味は大きい 裁判員裁判で、初の死刑判決が横浜地裁で言い渡された。犯行の残虐性 や悪質性などを考慮すると妥当で適切な判断だったといえよう。 死刑制度が存続する限り,死刑求刑事件を担当する裁判員はだれもが究 極の判断を迫られる。制度スタート時点で懸念されたのも,一般から選ばれ た裁判員が,そうした重責に耐えられるのかということだった。その意味で今 回の判決は,裁判員がプロの裁判官と伍(ご)して,厳しい判断ができることを 示した点で大きな意味がある。(以後省略) (産経新聞東京2010.11.17朝刊2面) 92 (社説)裁判員と死刑 仲間が下した重い決断 ・・・これまでは、その営みを職業裁判官に委ねていれば済んだ。「ひどい犯行だ」と 眉をひそめたり、「判決は甘い」と批判したりして、そこで事件を忘れ、日々を過ごして いた。 だが裁判員制度が始まり、状況は一変した。私たちは、いや応なく究極の刑罰に向 き合わねばならなくなった。「自らの意思でそうした仕事を選んだのならともかく、 なぜ普通の市民が」と疑問を抱く人も多いかもしれない。 しかし、自分たちの社会の根っこにかかわる大切なことを、一握りの専門家に任せ るだけではいけないという思想が、この制度を進める力となった。長年続いてきた「お 任せ民主主義」との決別をめざしたと言っていい。 きのうの判決はそのひとつの帰結であり、これからも続く司法参加の通過点でもあ る。熟議を重ねて到達した結論は、表面をなでただけの感想やしたり顔の論評と違っ て、圧倒的な存在感をもって迫ってくる。 判決言い渡しの後、記者会見に臨んだ裁判員の男性は、背負ってきた重圧を語 り、あわせて「日本がいまどんな状態にあるかを考えると、一般国民が裁判に参加す る意味はあると思う」という趣旨の話をした。 こうした経験の積み重ねは長い目でみたとき、この国の姿をきっと変えていくに違 いない。死刑の存廃をめぐる論議も、国会を巻き込みながら、従来とは違う深度と広 がりをもって交わされていくことになるだろう。 (朝日新聞2010.11.17朝刊3面) 93 【視点】裁判員裁判初の死刑 制度の議論深める一歩 裁判員裁判で初めて死刑という結論に達した16日の横浜地裁判決。裁判 員制度は導入からまだ1年半,本格的な否認事件や死刑求刑事件がまだ少な く,どこか試行的な色彩が強かった。しかし刑法が死刑を定めている以上,裁判 員裁判が刑事裁判のあるべき姿として機能するために死刑宣告が「障害」とな ることは許されず,死刑判決が出されたことで,制度の在り方について本格的 な議論ができる土壌ができたといえる。(以後省略) (産経新聞大阪2010.11.16夕刊1面) 94 6.性犯罪の取扱い ○裁判員裁判の対象から除外すべきだという被害者援護団 体等の主張 ・地元住民である裁判員や裁判員候補者に事実を知られる ⇒被害者が二次被害やさまざまな苦痛・不利益を被る ・被害者がそのことを恐れ,被害を警察に届けることなどを躊躇 ⇒・性犯罪だけが特別か? 殺人事件などでも家庭や関係者の内密にしたい事情が絡んでい る場合が少なくなく,被害者等は地元の人に知られたくないと思う こと考えられる。ex. 血縁・地縁の濃密な地方 ・種々の配慮で相当程度,軽減できるのでは? ex. 裁判員選任手続において,候補者には被害者の氏名等は明 らかにしないで質問するという運用 95 7.少年事件を対象とすることの適否 ●少年の特性,可塑性を考慮した適切な判断をすることが裁判 員に可能か? ●少年の成育歴や家庭環境等についての詳細な社会記録を 裁判員裁判で証拠として用いることは困難 ●少年に対しては一定の期間をかけて観察し,対応していくこ とにより,適切な判断・処置ができるのに,迅速性を要する裁 判員裁判では困難 ○少年であっても,重大事件を犯し,家庭裁判所において刑事 処分相当と判断された以上は,成人と同様,国民の感覚と良 識を反映する裁判員裁判によって裁かれるべき。 96 7.守秘義務 ○制度設計時から争点 ⇒マスコミ等の根強い争点化 ・陪審支持派,マスコミ,一部研究者等の「裁判官による意見の 押し付け」に対する警戒,報道・研究上の関心 ⇒事後的チェック,開示可能に アメリカの陪審員の例,裁判員経験者の心理的負担強調 ・裁判員の議論の自由の確保,被告人等の秘密保護の必要性 ⇒守秘義務必要 アメリカは例外的,他の諸国には守秘義務 他の裁判員が暴露すること危惧する心理的負担も ○裁判員経験者の意見 ⇒守秘義務の範囲についての戸惑いを示す者もいるが, 義務の存在自体に対する強い反発があるか? 「評議の中身を話さないのは当然」 「特に負担と思わない」 「範囲があいまいすぎる」 97
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