3. 「モノづくり」の歴史的変遷とデザイン概念の変化 (1)

Hisataka Noguchi at JSSD 2016 Ueda
デザインの基本問題を再考する
(1)
ー 私たちは本当に自分たちの生活を「デザイン」できているのか?
主な内容項目
1.はじめに(研究目的)
2.デザインの現状
3.「モノづくり」の歴史的変遷とデザイン概念の変化
4.デザイン行為の主体は誰なのか?
5.何が問題なのか?
Hisataka Noguchi at JSSD 2016 Ueda
デザインという分野がそれとして取り上げられ、その理
論研究が行われるようになってから、すでに100年近く経
つ。その間、「デザイン」の意味も時代とともに変化して
きた。それにしたがって、デザイン研究の領域も拡大し内
容も多様化してきた。
しかし、ともするとデザインの基本的な問題が充分な議
論を経ずに残されたままであるように見える。ここで、も
う一度基本的問題に立ち帰って、再びデザイン研究におけ
るこれらの問題への議論のきっかけをつくることも必要で
はないかと考えた。今後何回かに渡って問題提起する。
Hisataka Noguchi at JSSD 2016 Ueda
1) 私たちは本当に自分の生活をデザインできているのか?
生活の中には「デザインされたモノ」が溢れている。私たちの生活
は便利にはなったかもしれないが、豊かになったのだろうか?そこに
私たち自身の生活に対する意図や美意識が表現されているのか?
2) デザインの二極化
普通の生活者は、量産メーカーのデザイナーがデザインした商品を
購入して生活空間を形成する。それはある意味で画一化された生活空
間を形づくる。一方で個性あるデザイン商品や手造り工芸品は高価で
一部の富裕層の人々にしか手が届かない。
3) 持続不可能な経済体制
経済は消費拡大を要求し、企業は販売促進のため新製品を次々と発
売し、そのために莫大な資源とエネルギーを消耗する。そのため資源
枯渇や環境破壊が進む。一方でまだ使えるモノがどんどん捨てられ、
廃棄物が環境を汚染する。しかしそれを誰も止めることができない。
Hisataka Noguchi at JSSD 2016 Ueda
このような現状を踏まえ、それがどのような歴史的経緯によって形
づくられてきたのかを大まかにとらえてみよう。
(1)近世以前の社会の成り立ち
自立的共同体
他の自立的共同体
領主
土地の
使用権
年貢など
の租税
農民および職人が
食料・生活資料の
生産と消費
商人は共同体外
部で商品の流通
を担っていた
他の自立的共同体
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(2)商人たちによるモノづくりの支配
自立的共同体
他の自立的共同体
領主
土地の
使用権
貨幣によ
る租税
農業やモノづく
りの商品生産化
商人があら
かじめ売る
ための商品
を作らせる
他の自立的共同体
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(3)その結果によるモノづくりの変質
1) 職人工房内作業の分割・分業化
すべての職人が全体の作業を経験していた職人工房が、商品生産のた
めの効率化という視点で作業が分割・単純化され並列化された。
2) 作業機の登場
次に、細分化・単純化された作業が機械に置き換わっていった。
3) 動力機による機械制大工業の登場
最後に、全体の作業機が動力機械によって同時進行的に動かされるよ
うになった。
その結果、職人たちからモノづくりの目的意識が喪失し、そこに商人の目
的意識が反映されるようになった。
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(4)近代資本主義社会登場による生活者の変質
1) 生産手段を喪失した生活者
領主は大土地所有者化し、農民を小作人として雇用し、産業資本家
は、農家から農地を買収し、そこに商業的目的の牧草地や工場を建設。
こうして生活者(農民や職人)から生産手段が奪われた。
2) 生活者の賃金労働者化
生きるため必要な生活資料の生産手段を失った農民や職人は、資本
家的農場や工場に賃労働者として雇用されなければ生活できなくなっ
た。
3) あらゆる生活資料の商品化と生活者の「消費者化」
これによって、近代社会ではほとんどあらゆる生活資料が資本家企
業の生産する商品として市場に登場するようになり、生活者はそれら
の商品を、与えられた賃金で買わねば生活できなくなった。
Hisataka Noguchi at JSSD 2016 Ueda
(5)モノづくりの変質が生んだ芸術家とエンジニア
職人の一貫したモノづくりの目的意識の
中に統一されていた論理性と美意識
資本家的分業化で職人が目的意識を喪失
その目的意識が資本家的目的意識として姿
を変えそれを担う新たな分業種として登場
科学的知識を
要求される機
械設計
富裕層の美意識
の表現を担う職
業的芸術家
・・・
目的意識を喪失した
直接的生産労働者
Hisataka Noguchi at JSSD 2016 Ueda
(6)エンジニアリングと芸術の関係の変化
1) W. モリス
近代的「モノづくり」で乖離した芸術家とエンジニア。それによるモ
ノのづくりの堕落へのモリスらの批判と運動。機械の否定と中世的職人
工房への回帰。
2) 機能主義
他方では、エンジニアが純粋に論理的に設計した機器や橋梁などの姿
を「美しい」と感じる人々が登場。それが「機能主義」を生みだした。
3) バウハウス
悲惨な第一次世界大戦を経て、資本主義社会のもたらす矛盾が自覚的
に捉えられるようになり、そこからバウハウス運動が登場。芸術とエン
ジニアリングの統一を取り戻す新たな試みが始まったが、再び戦争によ
り挫折。
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(7)販売促進を担うインダストリアル・デザイナーの登場
1) 大量生産・大量消費時代の幕開け
アメリカでは、市場競争の中で量産化技術が進み、それとともに過剰
生産という危機を招くことになり、世界恐慌のきっかけをつくった。
その中で過剰資本に結びつかない消費を産み出すことによって恐慌を回
避する経済政策が打ち出され、第二次世界大戦後、大量生産をベースと
した消費主導型経済体制を生みだした。→現代の過剰消費社会への基礎。
2) インダストリアル・デザイナー登場
バウハウスとは無関係なそのような状況の中で、量産技術を生活消費
財にも応用した耐久消費財商品を大量販売することが目指され、その販
売促進のため、商品を魅力的にする専門家 ”Industrial Designer” が登場。
Hisataka Noguchi at JSSD 2016 Ueda
(1)デザインのいま
1) デザイン概念の拡大・抽象化
20世紀末には、IT革命の時代が訪れ、モノとは別の「コトのデザイ
ン」が主張され、デザイナーの職域はソフトウエアの領域を含めてます
ます拡大された。デザイン教育ではそれらを包括する概念として「広い
意味でのデザイン」が「よい生活環境を形成するため人工物の構想・計
画をする行為」などと定義されデザインの目指す理想とされている。
2) 現実との乖離
しかし、実際に企業などがデザイナーに求める能力は、「モノやコトを
顧客にとって魅力的なものにする」であり、「快適さ」「便利さ」など
も実際にはそのための手段とされ、デザイナーは単に企業経営者の意志
決定に選択肢を提供する立場でしかなく、この理想と現実の間のギャッ
プの大きさにデザイナーはどうすることもできない。
Hisataka Noguchi at JSSD 2016 Ueda
いま必要なことは、こうした現実に目を向け、「何をデザインする
か」を問う前に「誰が誰のためにデザインするのか」を問うことでは
ないか。
もう一度、生活手段の生産能力を生活者自身の手にとりもどし、必要な
モノを必要なだけつくることで成り立つ経済体制のもとで個人生活と社会共
同体全体の維持発展が両立できるモノづくりを実現させる方向を考えること
が必要で、それはデザインという専門領域だけの問題ではない。
以上
参考文献
[1] 野口尚孝・井上勝雄:モノづくりの創造性--持続可能なコンパクト社会の実
現にむけて, 海文堂, 2014.
[2] 川添登:デザインとは何か, 角川新書, 1964.